10話
アルカナルガ島は、その昔、新古族と呼ばれる亜種族が生息していた島だ。しかし第四次聖戦の戦火で焼き尽くされ、現在は滅亡したとも言われている。
アルカナルガとは新旧の神々を指す言葉だという伝承もあるが、真実は定かではない。
「いずれにせよ、幻の宝が眠る場所としちゃあ、うってつけだな」
マラッカは船縁に寄りかかって軽口を叩いた。
空は晴天、潮風が心地よい。
この天候が、島へ到着するまで保てばいいのだが。
Oceansが根城とする無人島からアルカナルガ島までは、船で二週間かかる長旅だ。
補給で要所要所の港へは立ち寄る予定であるが、何が起きるか判らないのが海賊業だ。
ジョニーは救命具と船壁のチェック怠りなく、続いて水平線へ厳しい目を向ける。
そんな彼へも、マラッカの軽口が飛んできた。
「おいおい、何を心配してるんだか知らねぇが、大丈夫だよ。島を出る前マスターが念入りに調べていたの、お前も見ただろうが」
「マスター一人じゃ見落としがあるかもしれないだろ……」
ぶつぶつ呟き、なおもジョニーは大砲を覗き込んだりしていたが、ようやく安心したのか甲板に置かれた椅子へ腰を下ろした。
「まったく、いつまで経っても心配性だなぁ、お前は!俺達ァ、あのマスター様についていけば何の心配もいらねぇってのに」
暢気なマラッカを疎ましげに見上げ、ジョニーは溜息をつく。
このギルドのマスターは、他の海賊団と比べたら博識で優秀かもしれない。
だからといって一から百までマスターに頼りっきりでは、何のために自分が此処にいるのか。
仲間となったからには、マスターの役に立つことを一つ二つしてやりたい。
――なんて考えは、きっと目の前のこいつには一ミリもないのであろう。
マラッカだけじゃない。
このギルドは、そんな奴ばかりだ。
どいつもこいつもマスターのしゅういちに、おんぶにだっこを決め込んでいる。
もう一度深々と、ジョニーは溜息を吐き出した。
同刻、奴隷室では。
「ハルの奴、日に日に元気がなくなっていくな」
そんな話題で盛り上がっている。
女の尻につき入れて、腰を激しく動かしながら。
「なまじ、あんな堅物を好きになるからいけねぇんだ。俺らみてぇに恋愛にも自由じゃなきゃ、海賊なんかやっていけねぇってのに」
ぐいっと胴体を持ち上げられ、喘ぎとも呻きとも言いつかぬ声を奴隷があげる。
性処理用の奴隷は全て腰のあたりで板に留められ、身動きできない状態で拘束されていた。
生きるのに必要最低限の飯は、スプーンで口に突っ込まれる。
衣類は何も身につけておらず、糞尿は垂れ流し、一日の終わりに掃除担当が水で洗い流す。
ソルトが一目見て、嫌悪感を抱くのも無理はない。
家畜のほうが、まだマシな扱いであろう。
「なんでもよ、ソルトがマスターと仲良しなのが気に入らねぇんだと」
「ハッ、自分が嫌われているのを棚にあげて、新入りに八つ当たりかよ」
女に跨って腰を振りながら、そんな会話を繰り広げているのはイェルとヤンだ。
この時代、港町で一般女性に手を出そうものなら冒険者がいきり立って、すっ飛んでくる。
面倒な戦いを避けるには、海賊自身が性処理用の設備を持つ必要があった。
このギルドで一番最初に奴隷室の設置を提案したのは、イーサンだ。
そのおかげで港や街で女を調達する必要が、なくなった。
何ヶ月海の上にいようと性処理面でのストレスも、なくなった。
奴隷の食事は皆の食べ残した残飯だから、食費も気にしなくていい。
動かなくなった奴隷は海に埋葬すればいいし、元気がなくなったのや年老いたのは新しいのが入った時、野へ解放すればいい。
掃除以外は簡単だ。
「あいつ、なんで諦めねぇんだろうな。誰がどう見ても脈無しだってのに」
「さぁなぁ。第一、あいつが言うほどマスターって綺麗かぁ?」
「ま、女が好きそうな顔ではある。だが」
「あぁ。あそこまで執着されたら、俺でも退くぜ。マスターも気の毒なこった」
以前、ハルがマスターの部屋の前で怪しげな行動を取っていたのを、ヤンは見た覚えがある。
なんと奴は、ズボンを降ろして自分のイチモツを上下に扱いていたのだ。
誰もが通るであろう廊下で。
あれを見たら、さしもの新人ソルトでもドン引きするとヤンは予想した。
最低限のマナーでは、とっくにスリーアウトなのに、マスターがハルを船から降ろさないのは何故か。
それは彼の特技が戦闘で、非常に役に立つものであったからだ。
マストの上で見張りを担当していたスケハチは、ハッとなって双眼鏡を二度見する。
間違いない。敵影を確認した。
「敵だ、進行方向に海賊船が見えてきやしたぜ、親分ー!」
「バカヤロー、親分じゃねぇ!マスターと呼べッ」
即座に甲板からはハルに怒鳴り返されたが、そんな些細な間違いに突っ込まれている場合ではない。
通信機を手に取ると、再度スケハチは喚いた。
「マスター、敵機が現れやした!どうします、回避か攻撃か」
マスターは即答で『補給をかねて先手必勝だ!』と寄こしてくる。
咄嗟の判断が早いのは、数ある海賊ギルドでもピカイチなんじゃないかとスケハチは勝手に思っている。
そして、このギルドのマスターが見かけと反して好戦的な判断なのも、スケハチの好みであった。
これまでに渡り歩いてきたギルドの中で一番、ここは住み心地が良い。
「オッシャー!野郎ども、砲撃よぉーいっ」とスケハチが号令をかける前に砲撃が始まって、「わわっ」と下から来る衝撃でマストにしっかりしがみつく。
ぐんぐん近づいてきた相手の船は、やはり海賊船であった。
向こうも撃ってきたが、こちらのほうが回避力は上だ。
広い海の上でも海賊船との遭遇は、しょっちゅうある。
互いに船を確認したら、たちまち戦闘開始。
戦いは、どちらかが全員倒されるまで続く。
一度戦闘が始まってしまえば、敵前逃亡は許されない。
逃げる背中を撃たれて沈没が関の山だ。
海賊をやるのは命がけだ。
だが、勝ってしまえば山ほどの財宝が手に入る。
商人ではなく海賊が人気の職業になるのも、当然といえば当然であった。
『ハル、今回も威嚇だけでいいからな?やり過ぎは厳禁だぞ』
通信機越しにマスターからは命じられて、ハルは頬を紅潮させて叫び返す。
「おうとも、任せとけマスター!」
かと思えば、傍らに集めた異形の怪物――モンスター達を愛おしそうに撫でて囁きかけた。
「さぁ、お前達。今日も存分に働いてもらうぞ」
モンスター達も言葉にならない鳴き声を、思い思いにあげてハルに応える。
ハルは魔物使いだ。
昔は珍しい存在でもなかったのだが、今は滅多に見かけない。
幼い頃から人間よりも亜種族やモンスターと仲が良かった彼は、自然と魔物使いになった。
大きくなってからは冒険者の道を進むか、それとも海賊になるかで悩んでいたのだが、港町で偶然しゅういちを見かけて一目惚れし、Oceansへ参入する。
しゅういちもハルの実力を認めているから、セクハラも厳重注意だけで終わらせているのだ。
海賊同士の戦いで勝つのは、他にはない特技や魔法、武器を持つ者達なのだから。
船と船に板で渡しがついたら、生身で戦う接近戦の始まりだ。
まずはハルのモンスターが激しく嘶き、敵が怯んだところへイーが躍りかかる。
あちこちで血しぶきが舞い、怒号、悲鳴、逃げまどう奴は背中から斬られて倒れ込む。
ソルトも弓で牽制したり、ナイフで斬りかかったりと縦横無尽に戦った。
この場にいないOceansメンバーは、マスターのしゅういちぐらいなものだ。
男も女も戦闘員、普段コック担当のホイとクックでさえも刃物片手に奮迅している。
今回は敵も男女混合の海賊だ。
ろくな宝を持っていなさそうだと、船長室でモニターを眺めて、しゅういちは判断する。
海賊の財政は、船の外装設備を見れば大体判る。
例えば、大砲。金のある海賊は一発方式の旧型など使わない。連射が基本だ。
連射で且つ、弾が堅石であれば潤った海賊と言えよう。
堅石は鉛よりも威力が大きい。集中して船底を狙えば、数発で沈没にまで追い込める。
鉛でも散弾であれば、甲板の一掃が可能だ。これも財力のある海賊に限られる。
魔術師をつれているのは、かなりの富豪クラスと見ていいだろう。
もっとも魔術師は大抵、商人の船に乗っているものだ。
海賊では、まず見かけない。
今の相手は一発方式の旧型だ。
そんなチャチな大砲に当たってやる義理はない。
財宝が期待できない以上、奴隷ぐらいしか実りはなさそうだ。
弱ってきた奴隷を解放して新しいのと入れ替えしようと、しゅういちは考えた。
以前、奴隷は弱ったら海に捨てるか否かでイーと、すったもんだ揉めた事がある。
三百万歩譲って設置したものの、本音では嫌だったのだ。奴隷室を作るなんてのは。
散々討論を繰り広げた末、新しいのを補充する際に解放する、という案で妥協した。
無論、その前に命が尽きた奴隷は海に埋葬するしかない。
平たく言うと海にドボンして捨てるわけだが、棺桶に入れるだけでも気の持ちようは違った。
ブサイクは海に捨てるとイーサンは言ったが、何も生身でドボンさせているわけじゃない。
ちゃんと小舟に乗せて追放する程度の気遣いは、できるのだ。
ギルドのメンバーに金の無駄遣いだと苦笑されても、自分のポリシーを曲げる気はなかった。
やがて戦闘は終わりを告げ、通信機越しにイーが話しかけてくる。
『終わったぜ。行きがけの駄賃ぐらいには、なるんじゃねーか?』
「あぁ、ご苦労さん。奴隷はいつも通りに放り込んでおいてくれ、財宝はこちらで鑑定する」
『おっけ』と軽い返事を残して通信は切れる。
しゅういちも腰をあげ、宝を自分の船へ運び入れる為に甲板へと出て行った。