Un-known

9話

ソルトがしゅういちをペロペロした件は、一日足らずでメンバー全員に広まる。
ほとんどの者がソルトの推理に呆れる中、ハルは一人、悶々とした想いを抱えていた。
マスターの肌が、すべすべで白くて綺麗?
そんなのは、新参に言われるまでもなく知っている。
元々の白さもあるが、滅多に甲板へ出てこないから、とても色白だ。
それが華奢な手足と相まって、まるで人形のように美しい。
月明かりに銀髪が輝く光景だって何度も見た。
この船に乗ってから、ずっとマスターの事は眺め続けてきた。
否、マスターを好きになったからこそ、このギルドに入ったのだ。
何度となく告白したが、いつも『恋愛には興味ない』の一点張りでかわされた。
勢い余って抱きついたら『今のでワンアウトだ』と脅され、完全に拒絶の意志を感じた。
そのマスターが、ペロペロされても怒らないとは、どういう了見だ。
そいつは最低限のマナーってやつに引っかかるんじゃないのか。
舐め回すのが許されるんだったら、俺が抱きついた時だってペナルティーにならなかったはず。
ソルトはよくて、俺は駄目な理由が判らない。理不尽だ。
でも、マスターが好きすぎて船を降りるのも、ままならない。
「うっ、うおぉぉーんっ!マスターッッ」
――今日も個室で、ハルは男泣きする。
このギルドの私室が一人一人に与えられていて、本当に良かったと思いながら。


さて、幻の調味料探しは幻だけに難航するかと思いきや、しゅういちが少々検索をかけただけでも出るわ出るわ、クチコミが。
実物は幻でも、結構前から噂が出回っていたシロモノであったらしい。
「目撃情報は、ほとんどなし、か……」
ぶつぶつ呟きながら、検索範囲を縮めていく。
目撃情報は眉唾なものしかヒットしなかった。
なのに何故、"ある"という噂が広まったのか?
実物を手に入れたか、或いは見た者がいるからに他ならない。
せめて、どこの異世界産か、それだけでも判らないものだろうか。
「生産地も不明……なら、他方面から調べてみるか」
一旦通信をオフにすると、これまでに判明した調味料の異世界産地をリストアップして、再び通信を立ち上げる。
「よし……この中で、SALTと類似の調味料を作っていない産地を割り出せば」
既に甘味料があるなら、生き物でわざわざ作ろうとは思わないはず。
という推測で絞り込み検索した結果、たった一つの異世界がヒットした。

―マグリエラ―
全てを機械で補っている世界。
人間と機人に似た種族が住んでいる、とされている。
生産物は生活品からカイゴ品まで様々。
カイゴ品というのは、老いた生物を補助する道具であるらしい。
座標チャンネルは3−5−99−833。

聞き覚えのない世界名だ。
少なくとも、これまでに書物で知った中には含まれていない。
「ふむ……スチームパンクに分類される世界、なのかな……?」
スチームパンクというのも異世界発祥の言葉で、蒸気機械文明に囲まれた世界を指す。
しゅういちは次に、マグリエラの世界から引き出された物品を取り扱う交易を探した。
聞き馴染みがないだけあって、商人の取引には使われていないようだ。
もし本当に、この世界に幻の調味料があるのなら、座標チャンネルから誰かが引き出していても、おかしくないはずなのだが。
それにしては目撃情報が、あまりにも少なすぎる。
まず、このチャンネルが本物かどうか試してみよう。その価値はある。
しゅういちは周波数を併せるモードに通信機を切り替えて、数字を打ち込んだ。
異世界との通信及び物品召喚だけなら、魔術師がいなくても何とかなる。
長いことザーザーと雑音が聞こえるばかりであったが、不意にパッとモニターに何かが映った。
真っ白なタイルで一面を覆われた、どこかの部屋のようだ。
白い衣類に身を包んだ女性も映ったが、しゅういちに判ったのは、そこまでで。
『あぁ!また異世界からの通信が!!カタギリくん、シャットアウトして!』
何やら金切り声で叫ばれて、驚いている間に通信は一方的に遮断されてしまった。
えらく異世界との交信に対してピリピリした世界だ。
だが、一応マグリエラが座標通りに存在すると確認できた。
しゅういちは再び検索に切り替えて、マグリエラの調味料を片っ端から探す。
今度は商人だけじゃない、海賊も検索対象だ。
三時間以上粘って検索したおかげで、やっと情報の鱗片らしきものを発見したのであった。


「皆、聞いてくれ!これからアルカナルガ島へ向かう」
談話室に全員を集め、しゅういちが宣言する。
ざわめくメンバーへ目的を告げた。
「幻の調味料の情報を掴んだんだ。真実を確かめに行こう」
「ヘェ、情報が?やるじゃん」
肩をすくめてイーが褒める。
けど、と余計な一言をつけるのも忘れずに。
「通信に使った魔力が無駄にならなきゃいいけどな、その情報」
嫌味に挫ける事なく、しゅういちも言い返す。
「無駄になる可能性は高いさ。なにしろ相手は希少価値のお宝だからな。それでも、望みがある限りは現地に直行して調べるしかない」
「どういう情報だったんです?」
尋ねたのは、メンバーの一人で名をシトゥ。
イーやゴロメと負けず劣らずなガッチリ筋肉系男だ。
「アルカナルガ島に香りの妖精が現る――という見出しの記事でね。その妖精らしき生き物が通った後は、甘い匂いが残っていたそうだ」
「甘い匂いかぁ。匂うんだったよね、その調味料も」と、ミトロン。
しゅういちは頷いた。
「あぁ。だから、調べてみる価値はあると思う」
現状、甘い香りをまき散らすような生き物はファーストエンド上に存在しない。
甘い香りのする妖精だって、聞いた試しがない。
銀狼族も妖精の類だが、体臭は薄いほうだ。
「妖精なら、ここにもいるけど」と、しゅういちの頭をツンツンしてイーが笑う。
「しゅういちは甘く香ったりしねぇよなぁ?」
くんくんと露骨に匂いを嗅がれ、しゅういちは、そっと身を退いた。
「そりゃそうだ、毎日風呂には入っているからね」
笑顔だが眉間には、うっすら縦皺が寄っており、怒っているのだけは間違いない。
しゅういちは、いつでもこうだ。
基本、やんわり笑顔で説教する奴なのである。
ソルトを怒った時のように、顔を真っ赤にするなんてほうが珍しい。
「そうだぜ、風呂の後のマスターの体からは、ほんのり優しい石鹸の香りが」
「とにかく出航に向けて皆、準備に取りかかってくれ!」
何か言いかけたハルの発言はマスター本人に遮られ、鬨の声をあげて出ていくメンバーにも背中を押されるようにして有耶無耶になった。


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