8話
「お前、昼間どこほっつき歩ってたんだ?」休暇中の夕食時、食堂で椅子に腰掛けたソルトはギルドメンバーのロクに尋ねられる。
「ん、俺なりに探してたんだ。幻の調味料を」
パラパラと胡椒を焼き魚にふりかけて、かぶりつく。
ギルドの飯はホイとクックが担当しているのだが、これがまたソルト好みの味わいで、このギルドに来て良かったと思わせる、もう一つの理由になっていた。
「海に潜ったり森を歩き回ってみたんだけど、珍しい生き物って探してみると意外といないんだなぁって」
「そら、まー。幻のって、わざわざ断っているぐらいだもんね」
横合いからミトロンも混ざってくる。
「それで、探しているうちに閃いたんだ。もしかしたら、しゅういちが、そうなんじゃないかって」
ソルトの発言には全員、口に含んだものを吹きだした。
これにはソルトも驚いて、ゴホゴホやっている仲間を問い質す。
「えっ!なんだよ、その反応。皆は一度も疑ったことなかったのか?しゅういちが人間かどうか」
「い、いや、人間か否かも何も」
ゲホゲホ咽せながら、ロクが切り返す。
「マスターは銀狼以外の何にも見えねぇだろ」
「それに自分が、その調味料だったら、わざわざ皆に言ったりするゥ?」とは、ミトロン。
「だよな。情報を見つけたとしても、隠すよな」
ロクが頷き、同じく側でゲホゲホ咽せていたイーも話に加わった。
「ソルトは何で、しゅういちが怪しいと思ったんだよ?」
焼き魚を皿に置き、ソルトが答える。
指を組み、どこか遠くを眺めるような表情のオマケつきで。
「だって、しゅういち、すごく綺麗じゃないか。肌は白くてスベスベだし、優しそうな顔だし。それに、あの銀髪、月明かりの下で見ると二倍キラキラ光るんだ……」
「ハ?マスターが、綺麗?」
その場にいた、誰もがポカンとなる。
海賊に見えない優男だとは思っていたが、綺麗だとは認識していなかった。
少なくとも、ロクとミトロンとイーの三人は。
ややあって、フォローのつもりかイーが言う。
「……まぁ、女には人気出そうなツラかもな」
「ソルトは男じゃねぇか」
すかさずロクが突っ込み、ソルトもぷぅっと頬を膨らませる。
「銀髪も顔も肌も、すごく綺麗なのに……それとも皆は、もう見慣れているのか?」
「見慣れているっちゃ見慣れているが、あんまそういう目で見たことねぇんだ」
ロクが素直に吐露し「どっちかってーと地味だと思ってた」とミトロンも苦笑した。
「地味!?」と驚くソルトに、「あぁ、顔がね?」と付け足す。
「俺らにとっちゃ、ひょろっとした優男ってだけの話だ。女どもに聞いてみたら、また違う印象が出てくるだろうよ」
ロクに話を締められて、むしゃっと勢いよくソルトは焼き魚を頬張ると、お茶で一気に食事を流し込んで席を立つ。
「おいソルト、スネちまったのか?」
イーの気遣いだか冷やかしにも答えず「他の奴にも聞いてみる」と言い残して出ていった。
「……なーんだろね、ありゃ」
ソルトの出ていった戸口を見つめて、ミトロンが呟く。
「ソルトのやつ、マスターに惚れたか?」と、ロク。
「懐いてるだけじゃねーの」と即座にイーが否定し、ミトロンには笑われる。
「そっかな〜、案外ロクの予想が大当たりかもよ?だって、見た?マスターの綺麗を語った時のあいつの顔!めっちゃ恋する少年って感じだったじゃん」
「幻想的なぐらい綺麗だったって言いたかっただけだろ?」
イーも負けずに言い返し、出口を見た。
そうとも、ソルトはマスターに懐いているだけだ。
ソルトがよくマスターの部屋に行くのも、子犬が飼い主を慕う心情だろう。
そうであって欲しいとイーは願った。
しゅういちみたいな朴念仁に、ソルトは勿体ない。
彼が悲しい失恋をする前に、是非とも味見をしておきたいものだ。
いや――失恋したところを、がっつりいただいてしまうのもアリか?
知らずイーの口元にはニヤニヤとスケベ笑いが浮かび、他の二人を呆れさせた。
食事を終えたソルトが向かったのは、遊戯室であった。
今の時間帯なら、女性も此処に集まってくる。
「マスターのこと?そりゃあ、もちろん最初は狙ってたわよ」
ソルトに答えたのは、ミランダ。
長く伸ばした金髪が麗しい、長身でパワフルマッチョな女性だ。
二の腕はソルトの二倍ぐらいの太さがある。
「あんなに綺麗な男って、海賊じゃ見かけないしねぇ」と、傍らのハニーも話を併せる。
球を棒で突いていたエリーも乗ってきた。
「そうそう、最初は商人かと思ったよね。奴隷になった商人!」
「そんなに意外だったのか?」
ソルトの問いに三人とも頷き、エリーが笑う。
「海賊だと知って二度驚きだよ。しかもキャプテンときた。そしたら、あたしらのやる事なんて判るよね?ナンパしたんだ」
「最初はあたし、次がエリーで最後はハニーが突撃したんだけど全員撃沈。ガードが堅いなぁってなって、最近は突撃もご無沙汰だねェ」
ひらひらとミランダが手を振り、ハニーも肩をすくめる真似をする。
「それに、最低限の礼儀を守らないと船を降ろすぞって言われちゃったし」
「ナンパって何をやったんだ?許可なく、しゅういちの体を舐めたりしたのか?」
ソルトの斜め上質問には、全員が「とんでもない!」と仰天する。
「舐められるもんなら舐めたかったけど無理だよ、そんなの」
「とにかく用心深くてさ、近寄れる隙がないんだ。真っ向から体当たり告白しても、例の人当たりのいい笑顔で『ごめん、今は恋愛には興味ないんだ』って流されっちまうし」
「抱きつきゃ最低限のマナーを持ち出されちゃうしねェ。あたしらに許されたのは遠目に眺めるか、無難な雑談をかわすか。それぐらいさ」
彼本人から聞いた恋愛論とは、だいぶ異なる内容が口々に返ってきた。
用心深い?
しゅういちの部屋の鍵は、いつでも開いているように思うのだが。
もしソルトが抱きついたとしても、しゅういちは嫌がるまい。
ペロペロしたって、多少怒られるだけで済んだのだから。
それに、しゅういちは言っていた。
『自分を好きになってくれるなら誰でも大歓迎』だと。
それらをソルトが言うと、三人の女性は目をひん剥いた。
「なんだってェ!あの野郎、あたしがコクッた時はハッキリ言ったんだよ!?恋愛には興味ないって、そりゃあもう、けんもほろろにサ!」
「そっ、それよりペロペロ?ペロペロしたって!?くぁー!羨ましいッ、マスターの体をペロペロ、ハァハァ」
「あたしが抱きついた時は、いやそーな顔で引きはがしたのに!?ずるい、ソルトずるいっ!これも可愛さ特権ってやつ!?」
他の仲間と比べて、自分は随分優遇されていたのだとソルトは知る。
それもこれも、マスターが自らスカウトしてきた人物だから?
悔しがる三人に、ソルトは尚も尋ねた。
「今の恋愛歓迎なしゅういちだったら、またナンパしてみたいと思うか?」
「あたぼうよ!」と、三人同時に返事が飛び出す。
「もう、思う存分キスして舐め回してハァハァ」
「やばい!チョーやばい!マスターを恋人に出来たら、あたし、もう死んでもいいッ」
告白してもいないうちから、気の早い妄想まで繰り出している。
「じゃあミランダとハニーとエリーは、しゅういちのこと、綺麗だと思っているんだな?」
最終確認を取ってみたら、これもまた即答で。
「あったりまえだよ!あんな知性派美形、海賊界隈では一人もいないんだからねッ」
「スマートでイケメンかつ頭が良くて、料理もうまくて優しくて財宝持ちなんだよ!?結婚したらマジスーパー旦那確定じゃん!絶対ゲットするしか!!」
先の三人と違って、この三人は、しゅういちを、よく理解している。
そればかりか、彼との未来計画まで立てているようだ。
この中の誰かが近い将来、しゅういちと結婚する。
それを考えたら、ソルトの胸はチクリと痛んだ。
……なんだろう?今の痛みは。
自分でもよく判らず、ソルトは己の胸を、そっと撫でる。
ありえない。
ありえないじゃないか。
しゅういちが、誰かと結婚するだなんて。
本人は恋愛に興味があると言っていた。
しかし三人の突撃結果を聞いた限りじゃ、それも怪しい。
本当に誰でも大歓迎なら、ばっさり告白を断ったりするだろうか?
しゅういちは、恋愛を理解していない。
だから、誰とも結婚するはずがない。
ソルトは無理矢理自分を説得しようと努めたが、もやもやした気持ちは全然収まらず。
「そうか、しゅういちは女が見ると、見慣れていても綺麗なんだな」
小さく呟いて、自分からふった話題を終わりにすると、そそくさと遊戯室を後にした。