Un-known

7話

地下に本拠地がある、といっても皆が皆、地下に引きこもってばかりではない。
島の地上に庵を構えるメンバーも少なからずいる。
ただし庵の場所は森の奥や岩陰など、外から見えづらい地帯に限定された。
イーの庵も、森の奥にあった。
休息中、彼は仲間のいる地下には滅多に寄りつかない。
はずで、あったのだが……

「お〜い、ソルト、ソルトちゃ〜ん。チェッ、ここにもいねぇか」
ふらっと遊戯室に入ってきたイーを、ゴロメが呼び止める。
「おう、イー様。珍しいじゃねぇか、あんたが地下に立ち寄るなんてよ」
「イー様は、やめろっての」
眉間に皺を寄せて突っ込んでから、イーは室内を見渡した。
遊戯室にいるのはゴロメの他に、二、三人ばかり。
ソルトの姿はない。
「お前ら、ずっと此処にいたんだろ。ソルト来なかった?」
「いや、ここに顔を出したのはマスターとミランダぐらいだ」と答えたのは、ロク。
「ふーん、しゅういちが遊戯室へねぇ。珍しい事もあるもんだ」
首を傾げるイーへ、こうも付け足した。
「そういや、マスターもソルトを探していたな。あいつに何か用でもあんのか?」
「や、用っていうか」
がりがりと頭をかいて、イーが答える。
「俺の庵に案内しとこうと思って、サ。いつか来たくなった時に、場所が判らないと困っだろ?」
「そんな日は、永遠に来ねぇと思うぞ?」などと仲間からは冷やかされたが、イーは意に介さず踵を返す。
「ここにもいねぇとなると、あとは奴隷室か、霊安室か……」
「そんなとこにゃ、ソルトも行かねぇだろ」と、ロク。
ゴロメも「ソルトは奴隷を嫌ってるもんな」と付け足した。
「けど」とイーも振り返り、反論した。
「食堂にも船長の個室にも自室にも、森にも浜にも居なかったんだぜ?じゃあ、あいつは一体どこに行っちまったんだよ」

ソルトが行方不明になった――

その知らせを受けるまでもなく、しゅういちも彼を捜していた。
一体、どこへ消えてしまったのか。
この島から出るには、船以外の足はない。
従って、必ず島の中にいるはずなのだが……
どこを探してもいない。
ギルドのアジトは全部くまなく探した。
島の中、森や浜辺も見てきたが、ツンツン茶色頭の少年は見あたらない。
捜索に疲れ切ったしゅういちは、ベッドにバタンと横たわる。
腹は空いていたが、暢気に飯を食べる気にもならなかった。
一体どこへ行ってしまったんだ、ソルト。
夕べまでの彼は、いきなり失踪するような素振りもなかったはずなのに。
何故、マスターの俺にも言わず出て行ってしまったのか。
質問に、きちんと答えてあげられなかったから?
しかし、それは――
次第に意識が朦朧としてきて、しゅういちは眠りに落ちる。
ぐっすり熟睡してしまったから、気づかなかった。
寝入った後、誰かが部屋に忍び込んできたなんて事には。


ねっとりと、生暖かい。
全身を、巨大な舌で舐め回されるような感覚。
舌は、しゅういちの腕から始まり、首筋、胸、背中と舐めていき、足を伝って下腹部に辿り着く。
そのまま執拗にペロペロされたかと思えば、ちゅぅっと勢いよく吸われて目を覚ます。
「あ、起きちゃったのか」
聞き慣れた声にハッとなって顔をあげると、侵入者と目があった。
「ソッ、ソルトッ!?」
同時に、何も身につけていない自分にも二度仰天した。
「えっ?は??」
「うーん、絶対しゅういちが幻の調味料だと思ったんだけどなぁ」
何やら小さく呟きながら、ソルトはペロペロと舐めている。
しゅういちの乳首周辺を。
くすぐったさに、しゅういちは身悶えしつつ、頭をフル回転させる。
「いや、待って待って、なんで俺、裸なんだ?それとソルト、なんで俺の部屋に……いや、えぇと、その前に!」
ガバッと跳ね起きたしゅういちに、上に乗っかっていたソルトも飛び退いた。
「ソルト、なんで君は俺の身体を舐めているんだ!?」
「しゅういちが幻の調味料だと思ったんだ。けど、違ったみたいだな。どこを舐めても、しょっぱいし、こことか苦いし」
他人には触られたくない箇所、下半身にぶらさがるモノを指でツンツンされて、「わぁぁぁ!」と、しゅういちは慌てに慌てる。
それに、なんだって?今おかしな言葉を吐かなかったか、この少年。
「なんだって俺が幻の調味料だと思ったんだ?」
「だってしゅういち、お前は一人だけ皆と髪の色が違うよな。お前みたいに綺麗な銀髪、海でも陸でも見たことがないぞ」
己の頭髪を指さされ、しゅういちはポカンとなる。
銀髪が珍しい?
確かにOceansで銀髪なのは自分だけだし、海賊で滅多に見かけないのも事実だ。
だがファーストエンド全域で考えたら、銀髪は珍しい存在ではない。
少数ではあるがザイナ地方へ行けば、今でも銀髪の者達は住んでいるはずだ。
「えぇと……」と言葉に詰まるしゅういちを置いてけぼりに、ソルトは得意げに自分の推理を語った。
「それに、しゅういちの肌って皆と違ってスベスベしていて白いだろ?お尻もスベスベしていて綺麗だったし、これなら舐められるかなって」
「な、何を言って!?」と再びパニックに陥るマスターを横目に、ソルトは持論を締めた。
「舐め心地はよかったけど、でも全然甘くないんだ。残念だな」
「……まさか、唾液も確かめたんじゃなかろうね?」
ちらっと恨みがましい目を向けられて、ソルトは首を真横にふる。
「まず、肌を調べたかったんだ。だから、そっちはまだ」
なんてことだ。
いくら名前を伏せているからとはいえ、とんだ疑いをかけられたものだ。
しゅういちの種族なんて髪の毛を見りゃ一発だろうに、どうして判らないのか。
――あぁ、そうだ。
しゅういちは不意に思い出す。
ソルトには、記憶がないのだった。
故郷の記憶はおろか、ファーストエンドの基礎知識にも疎いようであった。
きっと何かの衝撃を受けて、すっぽり抜け落ちてしまったのであろう。
「えぇと、そうだな……まず、俺は幻の調味料じゃない」
「あぁ、それは判った」
頷くソルトへ、重ねて説明する。
「かといって、人間でもない……それで君は誤解したんだろうけど。俺は、人間から見て亜種族と呼ばれる種なんだ」
「亜種族なら、知ってるぞ。サンダーが、そうだろ?」
サンダーとはギルドメンバーの一人で、リザードマンの男だ。
あれだけ人間と比較しての容姿が違っていれば、ソルトにも亜種族だと判ったのか。
と、思いきや。
「一番最初に会った時、言ってた。亜種族のリザードマンだって」 
彼には予め名乗られていたようだ。
ならば、自分もソルトと出会った時に名乗っておくべきだったか。
「しゅういちもリザードマンなのか?」
そうは見えないけど、と首を傾げる少年には、しゅういちも首を振る。
「いや、俺は銀狼族だよ。亜種族とひとくちに言っても、種類はいっぱいあるんだ」
銀狼族はザイナ地方の森、かつては光の森と呼ばれた地帯にのみ住む少数種族だ。
妖精に属し、普段は人間の擬態を取っているが、本性は狼である。
毛並みが銀色であることから、人間達には銀狼族と呼ばれている。
本来の種族名はシルヴァニアウルフ。
といった事を教えると、ソルトは、へぇーと感嘆の声をもらす。
「しゅういちは、狼だったのか。なら見せてくれよ、狼の姿」
「それは」と一旦言葉に詰まり、すぐにしゅういちは答えた。
「無理だよ」
「どうして?銀狼族は狼が本当の姿なんだろ」
当然の切り返しがソルトから飛んできたが、しゅういちは目を反らせて呟いた。
「……俺は訳あって、生まれてすぐ街に引き取られた身だからね。狼に戻る方法を教えられていないんだ。だから、狼には変身できない」
もっとごねるかと思いきや、案外素直に「そうか」とソルトは頷いて、「だから、偽名を名乗っているんだな?」と推理づけてきた。
「いや、偽名は種族とは関係な」「よーし、しゅういちの謎が一つ解けた!」
元気よくガバッと立ち上がったソルトに、しゅういちが尋ねる。
「謎って?」
「種族の謎だ。幻の調味料じゃないかって疑惑が解けただろ。本名の謎も、そのうち教えてくれるんだよな?」
「あ、あぁ、うん……そうだね、時が来たらね……」
笑顔を向けられた勢いで、つい約束させられてしまったが、今回のような誤解をたびたび受けていては、こちらの身が持たない。
いずれの機会で、彼には真実を教えておいたほうがよかろう。
そうだ、と思いだし、しゅういちは一応忠告しておいた。
「ソルト、今回は俺が相手だったから特別に許すけど。相手の意識がない時に、こういう真似をするのは駄目だからな?」
「こういう真似って?」
「俺の身体を、俺の許可なくペロペロした件だ!」
しゅういちは真っ赤になって怒鳴ってから、コホンと咳払いを一つ。
「こういうのは、お互いの同意があって初めて許されるんだ。このギルドのルール、最低限のマナーにも含まれているから覚えておくように」
「あぁ、わかった」
今度もソルトは素直に頷き、にっこりと笑顔で見上げてくる。
「また同じ事を俺がしたいと思ったら、しゅういちは許可してくれるのか?」
「ん、んん、そ、それは」
しゅういちの答えを待たずにソルトは扉へ踵を返す。
「しゅういちのお尻、スベスベで気持ちよかった。また今度、触らせてくれよな」
ぱたんと扉が閉まって小さな体が廊下に消えた後も、衝撃の告白にショックを受けすぎて、しゅういちは、いつまでも硬直するのであった……


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