6話
それまで、自分は書物と異世界文化にしか興味を持てないのだと思っていた。なのに、ソルトを見た瞬間。一目で好きになってしまった。
自分でも初めての事態で酷く動揺したが、ソルトと目があった時には「俺の船に乗らないか」といった言葉が口を飛び出していた。
初対面で下手なナンパ文句発言をする奴なんて、自分でも得体が知れないと思う。
だが当然断られると予想していた言葉は案外すんなり受け入れられて、しゅういちは二度驚かされたのであった。
一緒に暮らしてみて、見た目以外にもソルトの可愛い部分を幾つか発見する。
彼は何にでも興味を持ち、何でも質問してくる。
物事を素直に受け止め、変に歪曲したりしない。
狭い閉鎖空間、誰もが誰かの誹謗中傷を一度は口にするものだが、ソルトは一切しなかった。
それに、なんだろう。彼の側へ寄ると、不思議な香りがする。
甘くて良い匂いだ。
ずっと嗅いでいると、幼い頃によく入り浸っていた菓子屋を思い出す。
好きだと告白したいのは、山々だ。
しかし彼の記憶が曖昧な点や、年齢も不明な点から手を出しそびれていた。
ギルドメンバーの中にはソルトを狙っている者も多い。
特にイーなどは、あからさまにちょっかいをかけている。
もたついていたら、いずれ誰かに奪われてしまうのではという懸念はあった。
しかし純粋なソルトを目の前にすると、どうしても言い出せないしゅういちであった。
「うぅん……すごいぞ、これは……」
バラク島東にある洞窟。
先ほど海の藻屑と化したメランコリック海賊団が、宝を隠していた場所だ。
そこで、しゅういちが何に見入っているかというと、分厚いファイルであった。
「何がすごいんだ?しゅういち」
ソルトが尋ねてみれば視線は紙に落としたままで、しゅういちが答える。
「うん、ここの海賊団は宝の管理に、しっかりしていたようでね」
種類ごとにファイルにまとめ、一からナンバリングしてあるのだと言う。
「そればかりじゃない。種類も豊富だ、おまけに全部が異世界の宝ときている」
しゅういちが熱心に眺めているフォルダは、背表紙に『調味料』と書かれている。
彼が書物以外に興味を持つとは意外な気がして、ソルトは尋ねた。
「しゅういちは、調味料に興味があるのか?」
「ん?あぁ、調味料を溜め込んでいる海賊団なんて珍しいと思ってね」
しゅういち曰く、海賊団が溜め込む宝ナンバーワンは衣類。
次いで雑貨、家具、書物と並び、食料を溜め込む団は意外や少ない。
すぐに腐ってしまったり、料理方法の判らないものが多いせいだ。
「衣類は回し着可能だし、着飽きたら解けば雑巾にもなって使い勝手がいいからね。食物は取り扱いが難しいから、集めにくいんだ。それにしても……」
ぺらりとページをめくり、しゅういちが素早く目で文字を辿る。
ソルトも覗き込んでみたが、謎の文字列が並んでいて、めまいを起こした。
なんだ、こりゃ。全然読めない。
しゅういちは、よく速読できるものだ。
その彼が「へぇ!」と声をあげたので、ソルトは、しゅういちの顔を見上げる。
「どうしたんだ?」
「こいつは、すごいぞ。幻の調味料、だそうだ」
「幻の調味料!?が、ここにあるんですかいッ」
近くで宝を取り出していたメンバーの一人が振り返る。
しゅういちは「いや、ここにはない。情報を見つけたという記述だ」と断り、皆を見渡した。
メンバーは皆、収納されていた箱から宝を取り出す作業で忙しい。
種類ごとにナンバリングされた宝は、総勢五十箱。
宝は別の箱に詰め替えて自分達の船に乗せるのだが、こう多くては全部持ち帰れまい。
よって、ここで鑑定も済ませてしまう予定でいた。
「で、どんな事が書かれていたんですかい?」
メンバーに急かされ、しゅういちが朗々と読み上げるのを全員で聞いた。
その肌は舐めると甘く、体液は蜜の喉越しで、排泄物さえも甘味である――
「え?肌?」と首を傾げる者が多数出る中で、しゅういちが断言する。
「幻の調味料ってのは、生き物なんだ」
「え?でも、調味料……なんですよね?」
「うん。生きる調味料だと書いてある」
微笑むしゅういちに、誰もが「え〜〜っ!?」と大合唱。
「生きているから、殺さない限りは永遠に調味料が取れるんだそうだ」
「えぇー……なんかちょっと、気持ち悪いッスね」
ほとんどの者がドン引きだが、しゅういちは「なんで?」と尋ね返す。
「要は永久機関って事だろう?なくならない調味料を考えた結果、こうなったというだけじゃないか」
「けど、生きてるんですよね?その唾液を舐めるって汚いんじゃあ」
否定気味なメンバーには、少々意地悪に突っ込んだ。
「じゃあ君は、肉汁や牛乳も飲めないんだね。あれも生き物の体液だぞ」
「そ、それは、そうですが……」
「それで、なんていうんだ?」と途中で割り込んだ、ソルトの質問に。
「SALT……と書いてある。異世界言語のままの記述だ。さしもの大海賊メランコリックも、翻訳できなかったみたいだね」
「意味は?」ともソルトが尋ねてきたので、しゅういちは、にっこり微笑んだ。
「あぁ。塩、だ。読みはソルト」と答えてから、ふと気づいたように付け足した。
「ん、奇しくも君の名前と同じ読みだね」
「ソルト、ねぇ」とイーも会話に混ざってきて、腕を組んだ。
「こっちのソルトも舐めたら甘かったりして?」
すんすんとソルトの匂いを嗅ぐもんだから、しゅういちは、ぐいっと彼をソルトから遠ざける。
「おっと、俺の目の前でのセクハラ行為は許さないぞ?」
心なし、眉間に縦皺を寄せながら。
「忘れちゃいないだろうが、俺達のルールは」
「ハイハイ、皆仲良く最低限の礼儀を守りましょう!」
茶化すように手をひらひらさせて、イーが詠唱する。
「おーコワ。ったく、我らがギルドマスターはソルトの事となると必死なんだから」
などと肩をすくめるイーに対し、すかさず周りの連中が併せてくる。
「そりゃあ、ギルマス自らスカウトしてきたメンバーだからな!」
洞窟は笑いに包まれた。
全ての鑑定が終わり、宝を積み込んだ船はバラク島を離れる。
次のエモノが決まるまで、本拠地に戻る予定であった。
Oceansは漂流団ではない。ちゃんと陸地に本拠を持つ海賊団だ。
名もなき無人島の地下にあり、今まで一度も他の海賊や冒険者の襲撃を受けた事がない。
帰路でも、ソルトはしゅういちの部屋にお邪魔していた。
やはり自室よりも、ここで時間を潰していたほうが、ゆっくりできる。
しゅういちが必要以上に話しかけてこないおかげだ。
他のメンバーは、とにかくソルトに構いたがりすぎる。
おまけにベタベタ身体を触りたがる奴もいる。
イーサンなんざ、その典型だ。
仲間とは、つかず離れずな関係でありたいとソルトは思っている。
故に、しゅういちの持つ距離感が一番好ましい。
「しゅういちは、探すつもりなのか?」
「ん、何を?さっきの調味料の話かい」
先回りして聞いてきた彼に、コクリと頷く。
「そうだな……興味はあるよ。ただ、今の段階じゃ情報が少なすぎて探しようがないな」
「じゃあ、探さないのか?」と結論を急ぐ少年には、首を真横に振った。
「まずは情報を探すんだ。それを元に、本体も探す。物事には何でも順序が必要だよ、ソルト」
諭されて、ソルトは、もう一度コクリと頷いた。
「……あぁ、そうだな。そのとおりだ」
本拠地に戻った後は、しばらく骨休めと称して休息が与えられる。
ソルトも休んでおけと言われ、本人は頷くかわりに尋ね返す。
「しゅういちは休息中、何をする予定なんだ?」
「俺かい?俺は、そうだな、幻の調味料の情報でも探すかな……」
彼が何かするのであれば、その手伝いをしたいと考えていた。
きっと、しゅういちは通信機経由で情報を探すのだろう。
ならば、自分は足を使って探してみよう。ソルトは、そう考えた。