5話
翌日の夜。ギルドメンバーは食堂に集められ、作戦会議が開かれた。
「敵の主砲の弾道を考えると、飛距離は――」
バックボードに計算式一覧と海域地図を貼りだし、しゅういちが説明する。
他のメンバーは真剣な表情で、一言も聞き漏らすまいと耳を澄ませている。
敵の攻撃範囲を割り出し、ギリギリ攻撃の届く範囲で攻める。
今回は船に乗り込まないで沈める作戦のようで、砲撃手ではないソルトの出番はなさそうだ。
ぼ〜っと流し聞きしているうちに作戦会議は終わり、全員が席を立つ。
少し遅れて立ち上がったソルトを、しゅういちが呼び寄せた。
「なんだ?しゅういち」
「明日の戦い、君は作業がないと思う。だから明日は、俺と一緒にいよう」
「あぁ、わかった」とソルトは頷き、自室へ戻った。
朝日が昇るまでには、目的の海域へ到着する。
肉眼でも島が見える距離まで近づく頃には、戦闘準備も万全に整っていた。
『ターゲット確認!港を離れて停留していやがりますぜ』
見張りの声が通信機を通して船長室へ届けられ、しゅういちが号令をかける。
「よし、攻撃開始だ!」
途端に轟音が鳴り響き、船は大きく揺れ始める。
「わわっ」とよろけたソルトは、しゅういちの腕にしっかり抱き留められた。
「おっと、大丈夫かい?椅子に座っていないと危ないよ」
「あ、あぁ」
羞恥でポッポと顔を熱くしながら、しゅういちと共にソファへ腰掛けた。
「随分、揺れるんだな」
照れ隠しに尋ねてみれば、しゅういちは天井を見上げて応える。
「あぁ、攪乱で旋回しまくれと命令してあるからね」
「撃たれても当たらない距離なのに?」
「当たらないと判ったら、向こうも距離をつめてくるだろ?それをさせない為にも攪乱は必要だ」
話している間も、船はぐらんぐらん揺れている。
終わるまで大人しくソファに座ったままでいたほうが、よさそうだ。
「……今回は、略奪、しないのか?」
「あぁ、船員は男しかいないし、船自体は狙いじゃない。お宝は別の場所に隠してあるそうだ」
通信機相手に情報収集していたようだが、そんなことまで判るとは。
隠し場所も見つけたのか否かは、聞くまでもなかろう。
見つけているからこそ、沈めると決めたのだ。
「バラク島の海は浅い。溺れて死ぬ奴も出ないだろう。だが、まぁ、追いかけてこられるのは面倒だからな。だから船は沈めさせてもらう」
相手の海賊が死んだところで、しゅういち以外で気に病む奴もいまい。
「しゅういちは優しいんだな」
ぽろりとソルトの口をついて出た言葉に、しゅういちはポカンとなり、ややあってテレたように頭をかいた。
「いや、そういうつもりではないんだけど……そうか。ソルトは俺を、そんなふうに捉えてくれていたんだね」
殺さないように浅瀬で沈めるんじゃないとしたら、どんなつもりで、この作戦を立てたのか。
ソルトが尋ねると「戦場が浅瀬なのは偶然だよ」と、あっさりした答えが返ってくる。
「たまたま相手が、ここを根城にしていた。それだけだ。船を沈めることに躊躇がなかったかと言えば嘘になるけど、足を潰すには船を沈めるしかないからね」
「うん。結果的にでも命が助かるなら、しゅういちは優しいと思う」
ソルトにベタ褒めされて、しゅういちは、ますますテレた格好になる。
「そういや」とソルトは、ついでに尋ねてみた。
「しゅういちが海賊になったのは、異文化探しが目的なんだよな。別に、団を組まなくても出来たんじゃないのか?」
「あぁ、それはね」とソファの背もたれに背中を預けて、しゅういちが言う。
「俺も最初は数人スカウトしたら、航海に出るつもりだったんだ。交渉だけでもやっていけるんじゃないかと思ってね。けど、そんな考えは甘い、やめたほうがいいと助言されて」
「誰に?」
「イーサンだよ。たまたま港町で声をかけた最初の相手が、彼だったのさ」
「イーサンが、一番最初の仲間だったのか!?」
驚いて立ち上がりそうになるソルトを「おっと!」と押さえつけて座らせると、しゅういちは頷き、話を続ける。
「海賊は腕っ節の強い奴じゃないと出来ない、お前にないなら俺が補ってやると言われて、それで彼を仲間に引き入れたんだ。実際、彼は一人でも強かった」
イー=サンは昔、陸で暗殺者をやっていた事もあったらしい。
地上で勝てない相手がいなくなったから、海に出たのだとは本人からも聞いた覚えがある。
しかし、まさかギルドの最古参だったとは。
彼は何も言っていなかった。
それについてソルトがしゅういちの意見を求めると、ギルドマスターは断言する。
「最古参だと自慢したって意味がないからだろう」
「どうして?ここって有名ギルドなんだろ、だったら」
「海賊ギルドは、メンバーの出入りが激しいからね……むしろ、あちこちのギルドを渡り歩いているほうが戦士としての箔は上なんだそうだ。彼ら独自のルールってやつかな」
天井を通して、砲弾発射の衝撃が伝わってくる。
まだまだ戦いは終わりそうにない。
ここぞとばかりにソルトは、しゅういちを質問責めにした。
こんなに長い間、彼と二人っきりでいられる時間も珍しかったので。
「イーサンで思い出したけど、しゅういちは誰も好きじゃないのか?」
「え?」
質問の意味が判りかねたのか、眉をひそめる相手に重ねて問う。
「男にも女にも興味が無さそうだって、イーサンが言ってたぞ。そうなのか?」
「あー……なるほど、恋愛論か。まさか、君にそれを聞かれるとは」
天井を仰ぎ、しばらく何と答えるか、しゅういちは迷っていたようであったが、ややあって意を決したように視線をソルトへ向け直すと、答えた。
「結論から言うと、俺だって恋愛には興味がある。ただ、今は恋愛よりも異文化を紐解くほうに気持ちが傾いているだけだ」
「本当か?じゃあ、男と女、どっちが好きなんだ。亜種族でもいいぞ」
ぐいぐい攻め込んでいったら、逆に茶化し返された。
「なんだ、えらく深く突っ込んでくるけど、もしかしてソルトは俺に興味があったりするのかい?」
「当然だ。だって、しゅういちは俺を拾ってくれたマスターなんだからな!」
唇同士が接触するんじゃないかという距離まで、ソルトは顔を近づける。
しゅういちと向かいあう形になり、その顔が見る見るうちに赤く染まるのを見届けた。
しゅういちはゴクリと唾を飲み込み、しばしの間が空く。
「……ん、そうか。マスターとしての興味か、なるほど」
何やら小さく呟き、緩く頭を振ったしゅういちは、再び笑顔を浮かべて追加質問に答えた。
「うん、そうだな。男でも女でも人外でも、俺に興味を持ってくれる人なら誰でも大歓迎だよ」
「しゅういち自身が誰かを好きになるってのは、ないのか?」
「いや、うん。それもケース・バイ・ケースだ。ないこともない」
「なんだ、歯切れが悪いな。じゃあ今は、いないのか?」
「いることはいる……けど、これ以上はプライバシーの侵害じゃないかな?」
しゅういちが汗を垂らしつつ目を泳がせて突っ込んだところで、表の砲撃も収まった。
もう決着がついたのか。
もっと色々聞き出したかったのに。
例えば俺のことは、どう思っているのか――とか。
気に入ったからスカウトしたと言っていたが、どこらへんを気に入ったのか。
何故異世界に、自分をつれていきたいのか。
つれていって何をさせるつもりなのか。
全部具体的に聞き出したかったが、次の機会を待つとしよう。
ふぅっと小さく溜息をついて、ソルトは、しゅういちから身を離す。
「大体わかった。でも、肝心なことはサッパリだ」
よほど悲しげに見えたのか、しゅういちにも動揺が走る。
落ち着かなさげな視線を向け、彼はソルトに謝ってきた。
「そ、そうか、説明が下手ですまない。というか、肝心なことって?」
「しゅういちが好きな奴は誰なのか。いつか、俺にも教えてくれよな」
先に出ていったソルトの背中を見送った後、しゅういちはソファに沈み込む。
どっと疲れた。
戦闘中、何気ない雑談に花を咲かせるつもりだったのに、こんな会話になろうとは。
好きな人は、いる。
いるが、しかし、言えるわけがないじゃないか。
君が好きだと、面と向かって本人へ直接言えるわけが――!