Un-known

13話

遺跡は部屋と部屋が細い通路で仕切られていて、まっすぐ進むと階段に突き当たる。
その途中の道で、ソルトがしゅういちに手招きした。
「見ろ、しゅういち。取り除かれた跡がある」
ソルトの指さす部分には何かが刺さっていたような穴が、ぽっかりと空いており、恐らくは起動部品と思わしき物が欠如しているのだとアタリをつけ、しゅういちは首を傾げた。
「罠が、あったのか?それにしては、綺麗に取り除いてあるな……」
「罠を外してまわっている奴がいるんじゃないか?」とはソルトの弁に、しゅういちは探知機を眺めて呟いた。
「となると、この二つは少なくともモンスターじゃない。俺達と同じ人間ないし亜種族か……」
ただ、この二つの点がやったとは限らない。
トラップを解除したのは、過去に潜り込んだ者の仕業かもしれない。
いずれにせよ、この階にいるのが四人しかいないとあっては、どちらかに接触してみるしかない。
逃げ回ってばかりいては、幻の調味料も見つかるまい。
しゅういちは最初の目的通り、中央に留まって動かない点へ向かって歩き出す。
「それにしても」と手を壁について、小さく嘆息する。
遺跡は灯りが一つもないのに、ぼんやりと明るい。
一階にいた時は何処からか光が差し込んでいるのかと考えたが、五回も階段を降りた先でも明るいとは。
何故、明るいのか。
原因が判らないのは気持ちが悪い。
モンスターと全く出会わないのも、不思議であった。
廃墟や遺跡には、必ずといっていいほどモンスターが住み着く。
何層にもなった巨大な遺跡なら、なおのこと。
財宝目当てに忍び込んだ冒険者を喰らうモンスターがいるからだ。
なのに、ここにはモンスターの気配が全くない。
骨すら散らばっていないのは、どうしたわけか。
財宝が取り尽くされて久しいので、モンスターも出ていってしまったのであろうか。
「けど、幻の調味料は、ここで目撃されたんだよな……となると、食料になる生き物がいても良さそうなもんだが」
モンスターはおろか、ここに至るまで、遺跡に住み着いた生き物は全く見ていない。
これもまた、変だ。
いくら寂れているからといって、動物まで出ていってしまうなんて、ありえるのか?
ぶつぶつ呟き、手前に見えてきた扉の前で一旦止まる。
この向こうに赤い点の一つがいた。
先ほど確認した時と同様、一歩も動かずに。
「ソルト。何が出るか判らないから、俺の後ろに隠れているんだぞ」と言ったにも関わらず、ソルトは、しゅういちの前に飛び出してくる。
「嫌だ。俺が、しゅういちを守るんだ。しゅういちが後ろにつけ」
そこだけは譲りたくないソルトに、しゅういちのほうが先に折れた。
「……判った。じゃあ、しっかり守っていてくれよ?」
しゅういちは、しゃがみ込んで扉を調べる。
鍵のかかった様子もなければ、針が飛び出してくるような仕掛けもない。
――こんな何もない場所で、この赤い点は何をしているんだろう。
しゅういちは不思議に思ったが、それは実際本人に聞いてみれば判ることだ。
そっと扉を引っ張って、開けてみる。
やはり部屋の中も明るく、全てが見通せた。
中央に人影。
若い女性のようだ。眼鏡をかけ、真っ白な上着を羽織っている。
異世界の衣類で"白衣"と呼ばれるものだ。
しゅういちと女性の目があい、先に叫んだのは向こうだった。
「だっ、誰!?」
人間の言葉だ。
しゅういちは迷わず、名乗りをあげていた。
「俺は、しゅういちだ。こちらは仲間のソルトで、俺達は」
しゅういちの自己紹介を最後まで聞かず、女性が口元に手をあて驚愕の表情を見せる。
「あっ、あれは――まさか、奪われた失敗作!?」
「えっ?」となったしゅういちの横で、ソルトも首を傾げる。
奪われた失敗作とは?
念のため、後ろを振り返ってみたが、何もいない。
女性が、よろよろと立ち上がり、眼鏡の端をくいっとあげる。
まじまじソルトを眺めて、もう一度同じ言葉を繰り返した。
「やっぱり……間違いないわ。ちょっと、そこのあなた!」
かと思えば、しゅういちに向かって甲高い声を張り上げてくる。
「は、はい?」
動揺収まらぬしゅういちに、びしっと人差し指を突きつけて女性が怒鳴ってきた。
「どうして、その失敗作をつれているの?もしかして、あなたが不正アクセスで三昧及び失敗作を強奪した犯人なの!?」
ここまで言われれば、失敗作が何を指しているのかも、よく判る。
咄嗟に、しゅういちは怒鳴り返していた。
「失礼だな!ソルトは、失敗作なんかじゃないっ」
「いいえ、失敗作よ!」と間髪入れず怒鳴り返されて、ますます、しゅういちもいきり立つ。
「大体、いきなり人を失敗作呼ばわりする前に、するべき事があるはずだ。君は誰なんだ、名乗りも出来ないのかッ!?」
「ぐっ……」と言葉に詰まった女性は一旦顔を赤くさせたものの、すぐに一呼吸置いて冷静さを取り戻すと、改めて名乗りをあげてきた。
「……それも、そうね。泥棒かもしれない相手を前にして、礼儀が欠けてしまったわ。ごめんなさいね。私の名はカルキ。この世界の住民じゃない。マグリエラという世界から来たの。あなた達から見れば、そうね、異世界人ということになるのかしら」
初めての、しかも人型をした異世界の住民を目の当たりにして、しゅういちも咄嗟には言葉が出てこずポカンとなる。
マグリエラの名前には、聞き覚えがある。
幻の調味料の産地ではないかとアタリをつけた異世界だ。
何か手がかりが掴めればと思って来てみたが、まさか住民そのものと出くわすとは。
「ど、どうやってファーストエンドに?そっちの世界じゃ、人間も転送可能なのか!?」
驚くしゅういちを心底見下す目つきで睨みつけると、女性は満足そうに頷いた。
「そうよ。私達は自由に異世界を行き来できるの。そちらの低俗且つ無遠慮な転送と違って、滅多に使わないんだけどね。今回だって三昧と失敗作が強奪されなかったら、こなかったんだから」
失敗作がソルトを指しているのは判った。
そしてカルキが、それらを奪還するためにファーストエンドへ来たらしいという事も。
聞きたいことは山とある。
だが、その前に、しゅういちは頭をさげて謝った。
「召喚で転送できるのが面白くて、いろんな品を集めるのばかりに考えが集中して、転送での消失が相手の世界に及ぼす影響なんてのは、誰も考えなかったんだ……そうだよな。突然何かが奪われたら悲しいし、怒るのも当然だ。なんで商人は、誰もそれを考えなかったんだろう……すまない」
自分がやったことでもないのに謝る彼を、しげしげと眺め、カルキの表情も幾分和らぐ。
「……そう。あなたは、三昧を強制転送で強奪した張本人ではないのね?それに、とても飲み込みが早い。いいことよ。他の連中なんて、私が異世界人だと判った途端に襲ってくるんですもの!あいつらと比べたら、あなたは、ずっとお利口さんだわ」
カルキを襲ったのは、きっと海賊だろう。
異世界文化が流行っている今、異世界人を見つけようものなら奪い合いが始まる。
ここに隠れていたのは賢明な判断だ。
「あなたの言い分、信じてあげる。けど、その失敗作は返してもらえる?失敗作が他人の手に渡っているのって、どうにも気分が悪いのよね」
頷くかわりに、しゅういちは尋ね返した。
「どうしてソルトが失敗作なんだ?いや、そもそもソルトは何の失敗作なんだ。それと、サンミってのも探しているのか?もしよかったら、詳しく話を聞かせてくれ。何か力になれるかもしれない」
立て続けの質問にカルキは「えっ?」となり、きょとんとしたのも一瞬で、すぐに我に返る。
「もしかして、あなた、それが何なのか判らずに連れ回しているの?」
「ソルトは、波止場で俺がスカウトした。その……一目見て、気に入ってしまったんで……彼が記憶喪失なのは、知っている。故郷が何処だかも判らなかったんだが、そうか、君が知っているということはソルトも異世界人だったんだな」
理由を本人のいる前で話すのは勇気がいる。
頬を赤く染めるしゅういちを見て、再びカルキの質問が飛んだ。
「えっ、まさかの一目惚れ!?えっ、ちょ、ちょっと待って?あなた、本気でそいつと三昧が何なのか判ってないの?」
「判らないから聞いているんじゃないか」と、しゅういち。
「じゃあ、教えてあげるけど!三昧ってのはシュガー・ソルト・ペッパー三つの調味料を併せた商標で、そこのそいつはソルトを作ろうとしてシュガーになっちゃった失敗作なの!」
ビシッとカルキに人差し指を突きつけられて、ソルトはポカーンと呆ける。
いや、呆けたのはソルトだけではない。傍らの、しゅういちもだ。
ソルトが……シュガーになっちゃった失敗作だって?
シュガーってのは、確か異世界語で砂糖という意味だったと記憶している。
それで、ソルトからは甘い香りがするのか?
いやいや、ちょっと待ってくれ。
サンミが三つの調味料をセットにした総称だというのは、判った。
しかし、そこからソルトがシュガーになっちゃう経過が判らない。
つまり、どういうことなんだ……?
まだ判っていない顔のしゅういちへ、再度カルキが突っ込んでくる。
「だからぁ、三昧もそいつも人の形をした、生きる調味料なんだってば。私達の世界だけで作られている、私達のオリジナル商品なの!」
ソルトを、じっと見つめて、完全にしゅういちの思考は停止する。
探していた幻の調味料が、幻どころか、ずっと一緒にいたなんて――!?
ふん、と鼻息荒くカルキが片手を差し出した。
「やっと判った?じゃあ、返してもらえるかしら」
その声で我に返ったしゅういちは、慌ててソルトを背に庇う。
「だっ、駄目だ!」
協力したいのは山々だが、ソルトを彼女の元へ返すのは断固お断りだ。
返してしまったら二度と会えなくなる可能性が高い。つらい。
もはや一時も手放したくないほど、しゅういちはソルトを好きになっていた。
なんで塩が砂糖になったのかは判りかねるが、元の世界へ帰ったところで失敗作では商品として扱えまい。
だったら、しゅういちの元にいたっていいじゃないか。
「何が駄目なのよ!強奪を反省しているなら、返しなさいよね!」
カルキの言い分は尤もだ。
しかし失敗作だと言い切っている彼女に返したら、ソルトはどうなってしまうのか。
しゅういちが返却後の扱いについて尋ねると、シンプル且つ残酷な答えが返ってきた。
「そりゃあ勿論、処分するに決まってんでしょ。紛らわしいし」
「なら、絶対駄目だ!ソルトは渡さないッ」
ソルトを抱きしめ返すまいとするしゅういちには、カルキのボルテージもあがってゆく。
「いい加減にしなさいよね!大体あんたがどれだけ気に入ったって、そいつは人間じゃないのよ!?生き物みたいに見せかけたフェイク、擬似人工生命体なんだから!」
「フェイクなんかじゃないっ。俺は、人間だ!」と、叫んだのは誰であろう。
しゅういちに抱きしめられた格好の、ソルト本人であった。
「人間じゃないわよ、人工生命体だっつってんでしょ!?」
カルキも譲らず、言い争いのターゲットは、しゅういちからソルトへシフトする。
「あんたは、私達の手で作られた人工の生命体なのっ。物不足のマグリエラを補助するための、その為だけの存在なんだから!なのに失敗しちゃうし、おまけに野蛮な異世界人に強奪されちゃうし!おかげで私達が、どれだけ迷惑こうむったと思ってんの!?強奪されたのは私達の責任って事にされて、強制的に奪還チーム組まされて、野蛮人に攻撃されて、みんな先に帰っちゃうし!!私一人で、どーせーっちゅーのよ!」
最後のほうは、なにやら仲間にぶつけた鬱憤のようであるが、彼女が苦労したんだろうなってのは朧気に伝わってきた。
だからといって、大人しく処分される気は毛頭無い。
マグリエラなんて記憶にも残っていない異世界よりも、しゅういちと同じ世界に居続けたい。
「さぁ、戻ってきなさい?ソルト。あんたはシュガーになっちゃったけど、名前はソルトのまんまだったのね」
差し出された手を無視し、ソルトはしゅういちに向かって叫んだ。
「しゅういち!俺は、お前と一緒にいたいッ。マグリエラなんて場所には戻らない」
叫ぶソルトの背中には、カルキの呪詛が飛んでくる。
「いくら、あんたが頑張ったって人工生命体は人より長く生きられないわ!それにね、あんたに判るの?人間の愛ってやつが!そこの人は、あんたを好きみたいだけど、人工生命体が愛を返せるとでも思ってんの?」
それには応えずソルトは大きく伸び上がって、しゅういちの唇を勢いよく塞ぐ。
「んむっ!?」と驚く彼から、すぐに身を離して、カルキのほうへ振り向いた。
「判るさ!俺は、しゅういちが好きだッ。大・好き・だ!!
行動で示したソルトにはカルキも二の句が出てこなかったのか、ぺたんと床に座り込み、呆けた顔でソルトを見上げた。


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