3話
海賊とは、貧困に喘いだ層が手を染める非公式な職業である。――というのがエイスト世紀までの認識であったのだが、サウストには貧困に喘いでなくとも海賊になる者が多数いた。
交易を始めても、才能の欠如故に儲けられなかった者。
"財とは奪って肥やすものだ"と、教えられて育った者。
そうした者も、こぞって海賊業へ名乗りをあげた。
さらには元々の貧困層や腕自慢の若者までもが混ざってきて、サウスト世紀のファーストエンドは大海賊時代が幕を開けた。
海賊が増えたのは、都市や国家が軒並み消滅したのも一因である。
今や国家と呼べるのは、ザイナ地方の魔導帝国ザイナロック。
それから、サクヤ地方の機械国サイバネススティックの二つを残すのみだ。
他は集落規模の街が点々とある程度で、人々は地上よりも海での生活に価値を見いだした。
そしてゲート魔法を極めて、異世界文化を積極的に取り入れ始めたのだ――
「大昔と違って、今のファーストエンドは異世界文化と上手く融合している。海賊ギルドの名称なんて、まさに異世界文化の表れだろう?」
甲板へ向かう間、しゅういちがそんな雑談を振ってくる。
「俺達のOceansも、今回の相手だったAmazonesも異世界の言葉だ」
「意味は?」と尋ねてくるソルトへ、しゅういちが答える。
「大海原、それから女戦士だよ」
「なら、どうしてそうつけなかったんだ?」
「どうしてって?」と首を傾げるギルマスに、再度ソルトは質問を投げかける。
「だから、大海原ってつけたかったんならギルド大海原でいいじゃないか。どうして、わざわざ異世界の言葉で名前をつけたんだ?」
「あぁ、それは」
しゅういちは、にっこり微笑んだ。
「格好いいからさ。それに"俺達は異世界文化を嗜んでいるんだぞ"という威嚇にもなる」
異世界文化を知っているか知らないかで、海賊の戦力は大きく異なる。
ファーストエンドにはない魔法や機械を扱えるかどうかに、直接関わってくるからだ。
「今のところ、見たことのない魔法を使ってきた魔術師を見た記憶はないが……そのうち出てくるかもしれないね。商船あたりの用心棒として」
甲板に出ると、その場にいたメンバーの誰もが二人へ視線を向ける。
捕虜は組み伏せられて憎々しげな視線を向けているか、或いは放心した表情で仰向けに転がされているかの二択だ。
「おうマスター、鑑定お疲れさん。こっちも、あらかた選別し終わったぜ。怪物は海にシュート、美人は全員肉奴隷だ。ま、今回はシュートしなきゃいけねぇ怪物なんざ一人もいなかったけどよ」
陽気な声に、しゅういちが応える。
「イーサンこそ、汚れ仕事お疲れさま。今回も強敵が居なくて、何よりだったな」
ふふんと鼻で笑い、イーサンと呼ばれた男が言い返す。
黒々とした髪の毛を一つに束ね、全身に彫り物をした、背が高い筋肉質の男だ。
イーサンは彼のフルネームであり、文字で表記するなればイー=サンとなろう。
だが、仲間の多くは彼をイーサンと呼んでいた。
「俺が手こずる相手なんて、この海にいるのかねェ。ま、いるかもしれんから、あんたの船に乗り込んだんだけどよ」
ざっと甲板を眺めて捕虜の数を目視で数えると、しゅういちは他のメンバーにも命じた。
「いつも通り捕虜は奴隷室へ突っ込んでおいてくれ。あぁ、それと没収した食材は全部、厨房へ回してもらった。異世界の果物もあったから、食べたい人はコックに申請するといい」
イヤッホー!と、あちこちで歓声が上がる。
ギルドOceansは総勢46名の大所帯だ。
異世界の果物は、きっと早いもの勝ちになるに違いない。
母体となる船も大型で、船長室の他に各船員の個室や厨房、医務室、トイレは言うまでもなく、奴隷室や拷問室など本来船にはない部屋まで用意されていた。
しゅういちの話によると、船も魔力で動いているらしい。
これだけ大量に魔力を使うとなれば、多少の金では賄いきれない。
加えて、ギルドメンバーには賃金が支払われる。
しゅういち自身の儲けは、どこで出ているのだろうとソルトが考えていると、イーにポンと肩を叩かれた。
「食堂、行かねぇの?お前が欲しがったら、果物一番乗りな奴も喜んで差し出すと思うけど」
見れば既にギルドメンバーが船内と甲板を繋ぐ扉口へ殺到しており、果物を取りあう戦いは熾烈になると予想された。
それはそれとして、捕虜をせっせと縄で縛っている勤勉なメンバーも残っている。
ギルマスに言いつかったとおり、奴隷室へ捕虜を突っ込んでおくのであろう。
奴隷室へ放り込まれた捕虜達は胴体を壁で固定され、生涯肉奴隷として終わらされる。
実際に見にいって知ったのだが、全く面白いものではなかった。
肉奴隷とは、性処理用の肉体だったのだ。
動きを束縛され、無理矢理にでも飯を詰め込まされ、生かされるだけの存在。
家畜以下にまで貶められ、そこに人間の尊厳は存在しない。
一生縁のないシロモノだと判断して以来、ソルトは一度も奴隷室へ出入りしていない。
「別に」と視線を外し、ソルトは小さく首を振る。
「味が分からない物なんて、食べたいとも思わないよ。俺は、いつもの昼飯でいいから」
そんな仕草の一つ一つにも、ギルメン及び捕虜までもがキュンと胸を高鳴らせる。
顔がどう、というのではない。
彼が何をしていても、何を話していても可愛い。
特にテレた顔が一番ときめくんじゃないかと、イーは思っている。
しゅういちは、いい拾い物をしてくれた。
ソルトは、しゅういちが戦闘員としてスカウトしてきた少年だ。
どこの馬の骨とも判らぬ出身で、そして本人も故郷の記憶がないという。
記憶喪失なのではないか?とは、しゅういちの推測だ。
見た目は人間。
茶毛を短めにまとめ、額にはバンダナを巻いている。
背丈は、しゅういちの胸あたりまで。
小柄な体躯で、腕や足も細い。
この華奢加減も、ときめき要素の一つだとイーは冷静に分析した。
好んで海賊の戦闘員になりたがる奴なんて、どいつも無骨な筋肉質ばかりなのに。
華奢の割に、強さは本物であった。
弓による援護、及び短剣での攪乱を得意とし、けして足手まといになっていない。
時には単身でボス級の相手へ飛び込む事もあったりで仲間は皆、肝を冷やしてハラハラした。
死んで欲しくないメンバーランキングを作ったなら、ソルトが一位に輝くであろう。
そのぐらいギルドのメンバー全員に、こよなく愛されている。
仲間になって僅か一週間足らずの間で。
「そっか。んじゃまあ、昼になったら俺と一緒に飯でも食うか!」
破顔するイーにつられるようにして、ソルトも笑顔になった。
「あぁ。イーサンは、また肉か?」
「おうよ、肉はエネルギーの源だかんな」
「たまには野菜も食べたほうがいいぞ」
「んーまぁ、お前がどうしてもって言うなら?」
すっかり人影のなくなった扉へ歩いていく二人の背中を見送ると、捕虜を縛り終えた部下へも、しゅういちは労いをかけておく。
「皆、ご苦労様。次のエモノはバラク島南部の海賊に決めた。計算では一日かかる見通しだから、ゆっくり休めると思うよ」
「了解です、マスター」との返事を背に受け、しゅういちも船長室へ戻っていった。