Un-known

2話

船長室へ入るなり、ソルトはギルドマスターへ話しかける。
「鑑定、終わったのか?」
モニターと睨めっこしていた、しゅういちが振り返って答えた。
「あぁ、大体はね。驚いたことに今回は七割が異世界の産物だ。しかも花瓶や食器など、器ものが多い。女性の軍団だからかな」
エイストの時代には堅く封じられていたゲート魔法もサウストの時代には解禁されて、ゲートを呼び出せるのは冒険者ギルドだけの特権ではなくなってしまった。
異世界とファーストエンドを繋ぐ道を、ゲートと呼ぶ。
異世界への行き来が、誰にでも自由に出来るようになったのだ。
とはいえ、魔法は相変わらず魔術師だけに使いこなせるものであった。
では魔法を使えない者達は指をくわえて眺めただけかというと、それもない。
前時代の通信機を改良して異世界とのチャンネルを開き、ネットワークを開設した。
機械を動かすのは電力ではない。魔力だ。
マナとも呼ばれる大気中の力を動力に変換し、異世界と同調させた。
通信機を買う資金さえあれば、誰でも異世界の情報を見られる時代になった。
実際に現地へ飛べるわけではない。
物質の転送は可能だが、小さいものに限られた。
それでもファーストエンドの住民は面白がって、あちこちの異世界から物質を転送しまくった。
結果、この世界は異世界から集められた品々で溢れかえるようになった。
通信機は更なる改良がなされ、大きな物質も魔力の限りに転送できるようになり、出来ないのは現地移動だけになった。
異世界住民との交信は、序盤から可能であった。相手の言語さえ解読できれば。
「花瓶っていうのか」
戦利品の一つを手に取り、ソルトは、しげしげと眺めた。
一見すると、白い筒だ。上から覗き込むと細い穴が空いていた。
外側には青い染料で、鳥の絵が描かれている。
「綺麗だな」
「綺麗は綺麗だけど、あまり高く売れるとは思えないね」
ふぅっと肩をすくめて、しゅういちが席を立つ。
「衣類や書物を持っていないかと期待したんだが……こちらの宝を上回るものは発見できなかった。残念だよ」
船長室の本棚には、しゅういちのお宝コレクションが並んでいる。
多くが異世界の言語に関する書物で、これを集めるために海賊になったのだとは本人の談。
通信機が発展したと言っても、物質の転送には莫大な資金が必要だった。
魔力はタダではない。
商人から魔力の詰まったボックスを購入しなければ、魔法使いでもない者達は通信機を動かすことも、ままならない。
これがまた、足下を見た値段で売られているのだから、たまったものではない。
異世界文化を追い求めるしゅういちが海賊になったのも、道理と言えば道理だ。
「知っていたかい?俺が名前を借りている賢者笹川も、かつては異世界からやってきたゲート通過者なんだそうだ。ゲートを通ってファーストエンドに来て、再びゲートを通じて去っていった……俺も、いつかはゲートを通って異世界に行ってみたい。けど、それにはゲート魔法を使える魔術師を捜さなくちゃな」
「どうして、そんなに異世界に興味があるんだ?」
異世界に行かずとも、この世界を冒険したって異世界の物は手に入る。
そういったソルトの指摘に、しゅういちは首を振る。
「そうじゃない。俺は現地に直接行ってみたいんだ。ただ、魔術師を雇うにも莫大な金がかかるからね……俺が海賊になったのは、資金集めが第一の目的だ。その為なら、仲間の陵辱行為も多少は目をつむる必要がある」
地道に働いて金を稼いだ程度では、魔術師を雇うなんて生涯無理だと彼は言う。
ソルトには、よく判らなかった。
ギルドマスターが必死になって集めようとしている"金"そのものが。
だから、黙って話を聞いた。
異世界の話をしている時のしゅういちは、瞳がキラキラ輝いている。
いずれ彼は金を貯めて、ゲート魔法の使える魔術師を雇うだろう。
そして異世界へ足を運び、二度とこちらへ戻ってこなくなるのかも……?
急に黙ってしまったソルトを見て、しゅういちは顔を覗き込む。
「どうしたんだ?気分でも悪くなったのかい。あ、もしかして、こんな話には興味なかった?」
心配してくる彼を遮って、ソルトは尋ね返した。
「……しゅういちは、戻ってくるよな?俺を置いて異世界に行ったまま、戻ってこないなんてことは」
一瞬ぽかんとした後に、すぐさま、しゅういちは力いっぱい答えた。
「当たり前だ!俺は君を気に入ったからスカウトしたんだぞ。異世界へ渡る時は、君も一緒に連れて行くに決まっているさ!」
それに、と続けて破顔する。
「俺は異世界に移住したいんじゃない。異世界の文化を直に見たいんだ。たっぷり堪能したら戻ってくるとも、ファーストエンドにね」
スカウトされてから、まだ一週間も経っていない。
だがソルトはすっかり、しゅういちに心を許していた。
――俺の船に乗らないか。
彼は、そう言ってソルトに誘いをかけてきた。
漁師でも海賊でもないソルトに、だ。
話しかけてくる海賊は多々おれど、船に乗れと誘ってきた相手は初めてだった。
ちょうど隠れ家を探していた事もあり、一も二もなく誘いに乗った。
信用できない相手であれば即、船を降りる考えもあったのだが、驚くほど、しゅういちは率直で真面目な人間だった。
海賊とは思えないほど温厚で、それでいてギルドメンバーの信頼は厚い。
男性メンバーが行なう略奪行為や陵辱行為に、彼は一切関わらなかった。
代わりに宝の鑑定を一手に引き受けていて、語学も堪能であった。
ファーストエンドの亜種族のみならず、異世界の語学にも長けている。
腕っ節はからっきしな反面、交渉や修理、料理と多彩な能力を持つ。
海賊なんかにならずとも、商人としてやっていけるのではないかと思ったぐらいだ。
だが本人によると、商人では手に入らない宝もあるのだとか。
異世界の宝は現在、ほとんどが海賊の手に渡っている。
商船を襲い、まきあげた戦利品だ。
資金稼ぎと宝探しの両面から、しゅういちが海賊になるのは当然の成り行きであった。
「異世界の宝で一番高値なのは、今のところ衣類と書物なんだ。書物は個人的に俺が集めたいから売らないとして、衣類を持っていそうな海賊を探さないとね」
そう言いながら、しゅういちは再び席に腰掛け通信機を動かす。
ネットワークは異世界以外に、ファーストエンド全土の情報も把握できる。
情報の殆どが、どこそこで誰を見かけたといったクチコミだ。
単なる噂話レベルのものから信憑性の高い情報までピンキリで、中には悪質な罠もあったりするから、全てを鵜呑みにするのは危険である。
それでも無闇に街を歩き回るよりは、確実に情報を集めやすい。
目を皿のようにして通信機を睨みつけていたしゅういちが、小さく声をあげる。
すぐにスイッチを切って魔力の無駄遣いを避けると、立ち上がった。
「よし、それらしい海賊の居場所を見つけたぞ。バラク島南部の海域だ。すぐ出発しよう」
仲間達の陵辱行為も、そろそろ一段落ついた頃だろう。
犯すだけ犯した捕虜は、海に投げ捨てるか奴隷として連れていくかの二択だ。
今回は全員襲われていたから、全員が奴隷にされるのかもしれない。


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