コンペ当日――
撮影の為に飾りたてられた編集部を見渡して、小町が感嘆の溜息をつく。
「ほぇ〜っ、すごいねぇ……たかが内輪コンペで、ここまでやるぅ?」
いつもは雑然とした編集部が、今日だけは立派なパーティ会場と化した。
どこから持ち出したのか丸いテーブルが規則正しく並べられ、そのへんの弁当屋で買ってきたようなオードブルが置かれている。
編集者も、この時とばかりに誰もがお洒落に着飾ってきた。
何しろ会社の金で、しかも社内での飲み食い会だ。
参加しなきゃ損する。
伊藤も、ばっちりタキシードなんぞを着込んでやってきた。
集まったのは編集部の連中だけではない。
他メディアの記者や、業界関係者、株主などの姿もあった。
「オシャレする必要なんて全然ないんだけどねー。ま、空気ってやつ?」
霧島も胸元の涼しいドレスを着ているばかりか、メイクまでばっちり決めている。
小町は、さすがにドレスではないが、年相応に小綺麗な服装を選んできた。
普段着や制服だったら、今頃は浮きまくっていたところだ。
前情報をくれた叔父には感謝せねば。
「審査は、いつから始めんの?」
小町の問いに、伊藤が答える。
「全員が集まってからだよ」
ざわざわと落ち着かなげに、ざわめいていた会場が、やがて静かになると、中央に歩いてきた編集長がマイクで話し始めた。
『えー、本日は当社へお集まりいただき、まことに恐縮であります。これよりピコ通読者マスコット・コンペを開催いたします!』
致しますったって、マスコットが此処で競い合うわけじゃない。
コンペ自体の流れは地味なものだ。
審査員がデザインを見比べて、あーだこーだと意見を戦わせたのちに入賞が決まる。
その間、見ているだけの編集者各位は特にすることがない。
よって、飲み食い雑談に励むしかないというわけだ。
「ウサミッチも連れてくれば良かったのに〜」という小町に、霧島も伊藤も苦笑する。
「や、さすがに参加者を連れてくるわけには、いかないっしょ」
「そうだね。それに結果は後で知るほうが、きっと嬉しいよ」
チキンを目一杯頬張った馬原が雑談に混ざってきた。
「そういや、お前が言ってた公式マスコットとのコラボだがよ」
「ん?笹っち動いた?」
気軽に尋ね返してくる伊藤へ頷くと、馬原はチキンをごくんと飲み込む。
「ウサピョンコと並べて遜色ないマスコットならオーケーだとよ」
ウサピョンコとは、ピコ通・幻の公式マスコットの名前である。
デフォルメされた二足歩行の兎で、マンガテイストのデザインだ。
当時、無名の社内デザイナーだった笹川がデザインしてくれたのだが、編集部が彼のデザインを上手く商売へ繋げることが出来なかったのは痛恨の極みだ。
不意に照明が落とされて、真正面のスクリーンに絵が映し出される。
伊藤の横で、ぼそっと馬原が呟いた。
「おっ、送られてきた読マ・デザインの公開が始まるぞ」
スライド形式で、一定時間ごとに切り替わってゆく。
かの公式マスコットを覚えている人が多かったのか、読者マスコットもマンガテイストの兎デザインが多いように伊藤は感じた。
「兎に兎じゃ、類似商品になっちゃうねぇ」
霧島がボソッと毒を吐く横では。
「パクリじゃん」とは今時の子供っぽいことを小町も言う。
しばらく兎が続いた後に、犬、猫、イルカと動物が続き、男の子や女の子も表示される。
どれも漫画調のデフォルメ二等身だ。
ゆるキャラブームに乗っ取って、マスコットとは原則二等身であると、すり込まれているのかもしれない。
デザイナーの頭の中にも。
「マスコットって枠に囚われすぎだよなー……おっと」
人間の次は星や四角など、何にも例えられない謎のキャラクターが続く。
一番最後に表示されたマスコットを見て、会場が一斉にざわめいた。
「えぇっ、かわいくなっ!」「ブサイクゥ〜」
ここまで、ずっと可愛い二等身キャラのオンパレードだった。
題材は違えど似たようなデザインばかりで、会場内に飽き気味な雰囲気が漂いつつあった。
そこで最後に現われたのが、今、皆の目を釘付けにしている異形のマスコットだ。
ひぃふうみぃと指で数えて、伊藤がポツリと呟く。
「八頭身ある……」
八頭身だが、人間ではない。
ここで市役所ばりの萌えキャラ美少女マスコットが来ても皆は驚いただろうが、トリを務めたキャラクターは、そんな生やさしいものではなかった。
八頭身の兎――
アメコミ劇画チックの兎だ。
そいつがニヤけた笑みを浮かべているのだから、同じような二等身のコロコロしたキャラクター祭りの中で最後に持ってこられると、強烈なインパクトがあった。
「うわー、最後にゲテモン持ってきたなぁ〜。この応募作品スライド作った奴、あきらか狙っただろ」
ドン引きしたような、それでいて面白がる声色で馬原が呟く。
伊藤も同感だ。
スライドを作成した人は応募作品を全部見て、この順番でウケを狙ったのだ。
ただ、伊藤は馬原とは違う感想も抱いていた。
この兎……どこかで見た記憶がある。
どこと、はっきり覚えては、いないのだが……
つい最近、誰かがメモ帳の端っこに落書きで描いていたような気が?
審査員も、ざわざわとざわめいている。
デザインは、ただ可愛ければいいというものではない。
初見でのインパクトの強さも、評価に影響する。
トリの兎は運が良い。
スライドのおかげで、だいぶ評価が上がったことだろう。


入賞作が決まるまでの間も、編集者は特にやることがない。
他メディア陣と雑談するか、ひたすら飲み食いに明け暮れるかの二択だ。
向こうのテーブルでは、審査員が論議を戦わせている。
「これだけ似たり寄ったりな応募作だらけでも、激しく争えるんだねー」
スイーツばかりを選んで食べる小町に、霧島が肩をすくめる真似をする。
「まぁ、そこは選ばれし審査員ですし?」
「俺達には違いが判らなくても、デザイナーには判るんだろ」と、再びチキンをもぐもぐ頬張って馬原も付け足した。
「あんた、またチキンばっか食べてぇ〜。野菜も取んなよっ」
水木に窘められても、馬原のチキンゲットは止まらない。
「うっせぇ、鶏肉ほど栄養満点な食べ物は他にねぇんだ!お前ら女子は二言目には野菜食えって言うが、青虫じゃあるめーし、青菜ばっかバリバリ食っていられっか!」
馬原と水木の遣り取りを眺めて、伊藤は目を細める。
ウサミッチも野菜を食えって俺に言ってくるんだよなぁ。
けど、俺は馬原のように子供みたいな言い訳をしないでバリバリ食ってやったぞ。
だって、そのほうがウサミッチも喜んでくれるしね。
いつか畑を借りて、彼のために野菜園を作ってやろう。
そこで二人で一緒に野良仕事したりして、ウサミッチがおにぎりを作って俺にあーんしてくれるんだ。
あーん、むちゅっ、あっ、ごめんごめん、つい、君の指まで食べちゃった♪
そんな俺の顔を見て、ウサミッチが赤面して――
あらぬ妄想に鼻の下をゆるゆる伸ばしていたら、不意に照明が元に戻る。
伊藤が脳内で妄想に浸っている間に、結果が出たようだ。
『えー、それでは入賞作品の発表に参りたいと思います』
編集長がスライドの前に立ち、全員がそちらを見た。
『それでは、最優秀作品の発表です!』
どこからともなくドラムロールが流れてきて、無駄な演出に伊藤も驚く。
小町の言うように、たかが身内の思いつきコンペである。
だというのに立食パーティだわ、スライドで見せるわ、ドラムロールまで鳴るわ。
やがてジャジャーン!と、お馴染みのファンファーレまでが鳴り響き、編集長が大きく息を吸い込んだ。
『最優秀作品は、荒野のギャング・ウサ野郎ですっ!』
途端に会場は割れんばかりの大拍手。アンド、爆笑。
何故なら荒野の某とやらは、一番最後のアメコミ劇画な兎であった。
「も〜〜デキレースにも程があるゥ」とオオウケしているのは霧島だ。
なんと、笑いすぎて涙まで。
他にも「くると思ったわー」だの、「ウサ野郎の一人舞台だったよね」だのと、あちこちから納得の声が漏れている。
「スライドの順番が決まった時点で、優勝も決まってたようなもんだよなぁ」と馬原が言うのには、伊藤は曖昧に返しておいた。
「さぁて、どうかねぇ?結構争っていたみたいだし、多数決かもしれないよ」
続けて編集長が口にした、入賞作品の作者名を聞いて伊藤は一人納得する。
やはり、やはりか。
あの兎をデザインしたのは、宇佐美だったのだ。

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