霧島の思いつきから始まったピコ通読者マスコットコンペの企画は、現編集長の桂 龍一が総会に乗せて、とんとん拍子に話が進んでいき、ついには本当に企画として通った事を伊藤達は編集部会議で知ったのであった。
「『読マ・コンペ』かぁ〜。よく企画通ったよね。嘘から出た誠ってやつ?」
記事原稿をペラペラめくりながら、小町が笑う。
「別に嘘のつもりでは言ってなかったけど、そのまんま通すとは思わなかったよね」
霧島も苦笑し、伊藤へ相づちを求めた。
「そうだね」と伊藤は一応同意し、自分で書いた原稿を読み直す。
コンペティションの内容は、霧島が編集長へ説明したまんまだった。
読者用のマスコットを作り、受賞した者を社内デザイナーとして契約する。
参加資格は素人でもオーケー。
ただし学生は却下。
プロの場合は、現在どこにも勤めていないフリーに限定された。
賞金はグランプリで30万。この手のコンペ報酬では安いほうだ。
また、雑誌企画なので大々的には宣伝されない。
賞金ゴロの参加を防ぐ狙いもあった。
「表向きには、まだ見ぬ未来のデザイナーを発掘する!って主旨で決まったらしいよ?」と、霧島。
なるほど、それなら株主を納得させる勢いは、ある。
審査員は株主から何人か選出。
あとは社内デザイナーと編集部からも数名出て欲しいと言われた。
伊藤は勿論審査員を希望したのだが、編集長には却下されてしまった。
「……まー、伊藤ちゃんがいたら八百長がバレちゃうし」
「八百長する気なんてないよ!ウサミッチのデザインは世界に誇れるレベルだしっ」
目を輝かせて叫ぶ彼を見て、小町も肩をすくめる。
「なる。依怙贔屓する審査員がいたんじゃ、コンペの信憑性も薄れちゃうか」
「依怙贔屓でもないよ!ウサミッチのデザインは――」
憤慨する伊藤を「ハイハイ」と、ぞんざいに霧島があしらって、やがて編集長が戻ってきたのをきっかけに、雑談も、なし崩しに終わる。
家に帰ったら、さっそく教えてあげなきゃ!
伊藤はウキウキしながら、原稿の手直しを始めるのであった。


「だからコンペだよコンペ、コンペに出てみないか?ウサミッチ!」
帰ってくるなり伊藤の鼻息の荒さに、宇佐美は気圧される。
近々ピコ通紙面で、デザイナー募集を兼ねたコンペが開かれるのだとか。
デザイナーの募集なら、自分を落とした時のだけでは足りなかったのだろうか。
そんなに人手が足りないなら、あの時採用してくれても良かったのにと思わなくもない。
だが人員募集は常に、新鮮さを求めて行なわれるものである。
コンペも社内に漂うマンネリズムを打破するために、行なわれるのかもしれなかった。
「素人が受賞したら、素人でもデザイナーになれるんスか?」
疑問に思ったことを宇佐美が問えば、伊藤はチッチと指を振る。
「本人が当社への就職を望めばね。でもコンペだからねぇ、素人が勝ち抜くのは難しいんじゃないかな〜」
チラッと宇佐美を見て、付け足した。
「編集部が狙っているのはフリーのデザイナーだ。つまりウサミッチは、まさに当社が求めるターゲットってわけ!」
チラッチラッこちらを上目遣いに伺ってくるのは参加して欲しい、そういうことなのであろう。
伊藤は前から宇佐美に仕事を回したがっていた。
このコンペが開催されたのは、伊藤の差し金か。
いや、しかし一大イベントを開催するには、株主にもお伺いを立てねばならない。
総会で企画が通ったのだとすれば、誰が発案者かなんてのは関係ない。
コンペの開催は銀英社全体の総意だ。
複数の審査員が立つとなれば、一編集者の依怙贔屓も通用すまい。
全員が平等な立場での勝負だ。
真に実力だけで評価される。
「……けど、読者マスコットって何なんです」
伊藤が霧島に聞いたのと同じ質問を、宇佐美も伊藤にしてくる。
伊藤は得意ぶって答えてやった。
「読者にフリーで貸し出しできるマスコットだよ。ピコ通の宣伝やファン活動に、どうぞお使い下さいってね。ただし悪意は禁止」
公式マスコットがあったのは、宇佐美も記憶にある。
かつてまだ、自分がゲーム少年だった頃に一度だけグッズが生産された。
読者プレゼントとして何回か使用された後、全く表に出てこなくなった。
ある意味、プレミア価値のあるグッズともいえる。
「……公式マスコット、復活しないんスか?」
尋ねてみたら、伊藤は「うーん」と唸り、腕を組んだ。
「あ〜、あれね、あれはグッズの売り上げが黒歴史でねぇ。あれはもう、なかったことになっているんじゃないかな」
そんな裏事情で、いつの間にか闇に滅されていたとは驚きだ。
「読者マスコットも、そうならないといいスね……」
ぼそっと呟いた宇佐美の哀愁漂う横顔を見て、伊藤が慌てて前言撤回した。
「い、いや!だったら読者マスコットと一緒に公式マスコットを復活させるって手もあるよね!二人で合同グッズなんてのも面白そうだ」
そういや聞きたいことがあったんです、と前置きして宇佐美が向き直る。
「なんだい?」と伊藤が促すと、宇佐美は真面目な顔で尋ねてきた。
「公式マスコット、誰がデザインしたんです?」
「あぁ。あれは当時の社内デザイナーだった、笹川がデザインしたんだ」
外注ではなく社内で済ませていたというのも、初めて知る新事実だ。
「彼にとっても黒歴史のタブーになっちゃったみたいだけどね……うん、読マと一緒のグッズ作り、悪くないかもな。今度は細々こっそり売るんじゃなくて、大々的に販売しよう!」
「細々だったんスか?」との宇佐美の問いにも、伊藤は頷いた。
「ん?うん、そうなんだ。当時は雑誌のマスコットのグッズなんて、ピコ通しか作っていなくてね。ちょっと気恥ずかしかったっていうか」
今は一企業でもナチュラルに公式グッズを売り出す時代だ。
長い歴史のあるゲーム雑誌なら、一定数の読者もついている。
今なら全く売れない惨敗には、ならないはずだ。
「俺、あれのノート欲しかったんスよね。読者プレゼントで。売ってたなんて、全然知らなかったです」
ぽつりと呟く宇佐美に、伊藤が声を張り上げる。
「え?そうなの?探せば、まだ社内にあると思うけど、持ってくる?」
それには苦笑して、宇佐美は話を元に戻した。
「いや、もういいです。それよりコンペ、いつから始まるんスか」
「あ、うん。再来月発売のピコ通に募集告知を載せるから。募集期間は、そこから数えて三ヶ月。賞金はグランプリで30万円だよ」
素人OKなコンペにしては、随分と賞金を頑張ったものだ。
それだけ未発掘の才能に期待しているという事だろう。
「俺……前に書類で落ちたんスけど、大丈夫ですかね?」
「あー、あー、そういうのは全部おっけー!問題なしっ。過去に当社を面接していようといまいと関係ないから。プロのデザイナーは、フリー大歓迎!」
社員に採用できそうであれば、素人でも無名でもいいわけだ。
その代わり、賞金目当ての奴や副業狙いは必要としていないのであろう。
「ま、株主はともかく現役デザイナーなら大体判るからね。その人がデザインで食っているか否かぐらいは」
宇佐美を書類選考で落とした社内デザイナーも、審査員として参加するのか。
ならば、また書類で落ちるのでは?という危惧も、なきしにあらずだが、株主や編集者も審査員を務めるのであれば大どんでん返しがあり得る。
「あとね、ゲストで何人か現役フリーのデザイナーさんにも審査員をお願いするんだ。ビックネームの先輩諸氏にも、見てもらえるチャンスだぞぅ!?」
ヒャッホウと喜ぶ伊藤は、まるで自分が参加するかのような盛り上がりっぷりだ。
ここまで伊藤から熱心にオススメされずとも、コンペには興味が沸いた宇佐美である。
グランプリになれなくても、参加してみる価値はあろう。
無名から一歩手前に進めればいい。
そんな気持ちになり、宇佐美は小さく頷いた。
「コンペ、参加してみます」
「おぉっ!やったね、ウサミッチ。もしグランプリになれたら盛大にお祝いしなきゃ!」と、気の早い伊藤のフライング祝賀会予定を聞き流しながら、はたして今のピコ通に似合うマスコットとは何だろうと宇佐美は脳内で試行錯誤を始めた。

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