今回の週末は充実したものになった。
いつもなら、土日は一人寂しくゲームをして過ごすだけだったのに。
買い物に、それも新しい同居人と行くことになるだなんて。
たったそれだけで、伊藤は子供のようにウキウキしてしまった。
本日の買い物は生鮮食品が数点と洗濯機。
一人暮らし故に、洗濯はずっとコインランドリーで済ませていた伊藤である。
「ウサミッチって家事好きなの?」
嬉々として尋ねてくる伊藤へ、宇佐美が答える。
「いえ……特には……」
視線は下向き加減に逸らして。
無駄な出費をさせたくないからタライで洗うと申し出たのに、伊藤はボーンと景気よく全自動洗濯機を購入してしまった。
しかも乾燥機能までついた、ドラム式の大きなやつだ。
宅配で二、三日後には届くという。
「けど、手洗いで洗濯できるなんてすごいよ。俺なんかハンカチでもガビガビにした記憶だよ?」
宇佐美に言わせれば、家電を一発買いしてしまう伊藤の財力のほうが凄い。
店員の話を聞いた上で数件回って吟味する――
なんてことを、伊藤は全くしなかった。
その度胸にも恐れ入る。
生鮮食品に関しても、伊藤は肉魚のどれがいいのか定価すら、ご存じなく、ほとんどの選択を宇佐美の判断で済ませたのであった。
今まで食事はどうしていたのかと聞くと、外食で済ませていたらしい。
編集者なんて時間にルーズな職業を、二十年以上も続けているせいだろうか。
「……ちゃんと乾かせば……」
「うん、そうだね。これからは洗濯機様が全部やってくれるよ!楽しみだなぁ〜」
今時、全自動の洗濯機を買って、これだけ喜ぶ人も珍しかろう。
はしゃぎまくって帰路につく伊藤を、宇佐美は微笑ましい視線で見守った。
「あ、そうだ。家事は分担しよう。ウサミッチばかりに任せるのは悪いしさ、俺も料理頑張ってみるよ」
全部お任せされるのかと思いきや、伊藤の意外な発言に宇佐美は顔をあげる。
「……伊藤さん、料理できるんスか?」
「大丈夫だよ。誰だって最初は習うより慣れろって言うしね!」
伊藤は自信満々に答えているが、もう、見るからに危なっかしい。
この分だと恐らく、包丁も握ったことがないに違いない。
家事全般は自分が引き受けたほうがいいな、と思った宇佐美であった……

「た〜だいまっとぉ!あ〜、一人じゃないっていいなーいいなー♪」
誰もいない玄関ではしゃぐ伊藤の背中を、そっと押して、宇佐美も部屋に入ると、まずは買ってきた食材を全部冷蔵庫に突っ込んだ。
入っていたビールとイカの燻製を全部外に出してから。
「イカクン、冷やす必要ないんで」
ぼそっと注釈を加えつつ、牛肉のパックは個別に仕切られた場所へ置く。
牛乳を扉のポケットに並べていると、背後で伊藤が「ふんふん」と眺めてくる。
「冷蔵庫って、そうやってしまうんだぁ〜」
「……いや、まぁ。俺の実家の並べ方スけど」
つい自己保身で呟いてしまったが、どこの家庭でも大体は同じ仕舞い方だと思われる。
伊藤は幼い頃に母親の家事を見て育たなかったのだろうか。
不思議に思った宇佐美だが、プライベートな質問をするのも気兼ねしてしまう。
まだ、そこまで親しくもないような気がするのだ、伊藤とは。
知り合って、一年も経過していないのだし。
伊藤は宇佐美のプライベートに、がんがん突っ込んだ質問をしてくる。
だが、これは彼の持つ素の性格であろう。
好奇心が旺盛、という。
宇佐美は伊藤のようには生きられない。
生まれ育ちも全く違うのだから。
宇佐美の実家は中流を下回る、少々家計の厳しい家庭であった。
切り詰めてやりくりする母親を見て育ったので、家電の一発買いなんて恐ろしくて出来ない。
そもそも、買おうにも宇佐美はクレジットカードを持っていない。
カードと呼べるのは、このマンションの鍵と銀行のカード、それから病院の診察券ぐらいだ。
実家からの仕送りは、未だに届いている。
本当は仕送りするのも厳しいはずだ。
大学を卒業したのだし、もう仕送りしなくていいと何度も母には伝えた。
母は何度となく息子の意見を無視し、今に至っている。
一人息子の自立が、そこまで心配か。
住居が変わったし、また母には連絡を取らねばなるまい。
仕送りは、もう要らないのだと。
ここの家賃を考えて、宇佐美は小さく溜息を漏らす。
伊藤は少しでも支払いしたいという宇佐美の申し出を却下した。
どうして誰も、宇佐美の支払いや現財産を無視するのであろうか。
自分は、そんなに金のない貧乏人に見えるのか?
金持ちか貧乏かと問われれば、貧乏である。
唯一の仕事、伊藤からの依頼報酬も全部生活費に消えていた有様だ。
しかし、出費を拒否されるのは己の存在感まで無視された気がして、宇佐美には悲しく思えるのであった。
「ウサミッチ〜。どうしたの?溜息なんかついちゃって」
がばっと背後から伊藤に抱きつかれ、宇佐美は慌てて振り返る。
しまった。
彼の前で溜息をついてしまうとは。
同居すると決めた日から、伊藤には迷惑や心配をかけまいと決心したのだ。
下がり眉で心配してくる相手に、宇佐美は精一杯愛想良く微笑んだ。
「いえ、大丈夫ス。これからの生活を考えたら、前とは違うなって思って」
実際には、ただテレているだけの格好となってしまったのだが、それでも伊藤の胸をキュンキュンさせるには充分すぎるほどの反応で。
「大丈夫だよ!判らないことがあったら、何でも俺に聞いてよ。このマンションの事だったら、なんでも答えられると思うから」
見当違いのフォローで励ましてくる伊藤を見て、再び微笑ましい気分になった宇佐美だった。

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