普通に生活していて他人の性癖を気にする奴は、そういないと思う。
俺もそうだ。
俺の場合は、自分の性癖も気にしていなかった。
いや、気にしていなかったというと語弊があるかもしれない。
俺は俺の性癖が、どういったものか知らない。
女を見ても男を見ても、性的欲求が一度も沸かなかった。
子供と老人も然りだ。
誰も彼も興味の対象ではなかった。親ですらも。
伊藤さんが初めてなのだ。
"好き"――という存在になったのが。
ただ、それが性的欲求に繋がるのかというと、そうでもない。
人は誰かに性的欲求が沸くと、ムラムラするという。
しかし、そういった感情は伊藤さんを見ても全く沸かない。
彼が話しているのを見て、あぁ、楽しそうだな、あぁ、嬉しそうだな、というのが判る。
判るだけではなく、その感情が俺にも伝染する。
俺も彼の話を聞いて、嬉しくなったり楽しくなったりする。
だから、人として好きなのだと答えた。
そうとしか言いようがなかったのだ。
伊藤さんも、俺を好きだと言っていた。
伊藤さんの"好き"も、俺と同じ、人としての好きなのだろうか?


週末は伊藤さんも会社が休みになる。
「ねっ、ウサミッチ。何時ぐらいから始める?」
どこか弾んだ調子の伊藤さんに尋ねられ、俺は短く顎を引く。
「いつでもいいス」
休みの日、一緒にゲームをやる約束をしていた。
例の、伊藤さんのおすすめゲームだ。
前に家捜しをした時はパッケージの絵が汗臭いから敬遠したのだが、後々よく見たらパソコン用のゲームだった。
どのみち、あの時点では遊べなかったのだ。
今日は伊藤さんがいるので、彼のパソコンを使える。
いつでもいいと言った側から、伊藤さんはパソコンを立ち上げた。
「へへ……このゲームね、最初はかったるいんだけど後半から、話にのめり込むから!ウサミッチも絶対泣くって」
自信満々に俺の涙腺崩壊を予告している。
脳天気なタイトル画像が出ると、伊藤さんが俺に席を譲ってくる。
「さ、どうぞ。ゆっくり遊んでね」
一緒に遊ぶのではなかったのか?
俺が視線で尋ねると、伊藤さんは微笑んだ。
「これ、アドベンチャーなんだよね。ホントは一人でじっくり読んだ方が面白いと思うんだけど……なんだったら、一緒に読む?」
迷わず頷くと、伊藤さんは折り畳みの椅子を持ってきて真横に腰掛ける。
「うん。じゃ、スタートォ〜♪」
マウスの上から俺の手を握り、クリックした。
ゲームの概要は、こうだ。
安アパートへ引っ越してきた主人公が、若い男性管理人と知り合う。
アパートの住民は変人だらけで最初は戸惑うのだが、徐々に皆とも打ち解けていき、彼らの内情を知ることになる。
そして管理人とも仲良くなり、エロゲーならではの展開に突入した。
スピーカーからは大音量で喘ぎ声が出る。
無論、男の。
「なんか、こういうのって見てる方が恥ずかしくなっちゃうよね」
濡れ場に突入する前から、伊藤さんは、そわそわと落ち着かなくなった。
しきりに身体を揺すっては、居心地悪そうな顔で俺を見る。
「そうですか?」
所詮は二次元のフィクションだ。
何を恥ずかしがることがある。
男同士は初めて見たが、やっていることは男性向けR18と変わらない。
言ってしまえば恋愛ものは、全部展開が同じだ。
性別が異なるだけで。
お涙頂戴の過去を持つ者や、未来を語る若者。
家族に虐待されていた者、将来への悩みを持つ者。
これらは全て、この間やった美少女ゲームや乙女ゲームにも存在した。
人生とは、かくも型にはまったパターンしかないのか。
……などと、エロゲーをやって哲学ぶっている場合でもない。
俺は、ひたすらマウスをカチカチとクリックし、流し読みで進めた。
伊藤さんには悪いのだが、俺にアドベンチャーは向いていない。
読むのが、酷く面倒に感じられてしまうのだ。
おまけに、どのゲームでも大体同じ展開へ行き着いてしまう。
直感で遊べるアクションゲームのほうが何倍も楽しい。
そっと伊藤さんの様子を伺うと、涙ぐんでいるのが見えた。
何度も遊んだゲームだろうに、それでも泣くのか。
よっぽど、お気に入りなのだろう。
主人公と管理人が仲むつまじくくっついたエンディングで終わった。
他住民とのエンディングもあるのだろうが、やる気がしない。
「いいよねー……ラブラブハッピーエンディング」
ぽつりと伊藤さんが呟く。
「俺もね、いつか誰かと二人で仲良く暮らせたらな〜って、ずっと思ってた。やっぱり、一人暮らしは寂しいよ」
じゃあ、今は?
今は俺がいるから、寂しくないんだろうか。
と、考えていたら伊藤さんがコチラを振り向き、にっこり笑う。
「ウサミッチは、どう?誰かと一緒に暮らしたいって思った事ある?」
「あ……その……」
そっちに話をふられるとは予想しておらず、俺は返答に詰まる。
「……寂しいとか、考えたこともないんで……」
我ながら盛り下がる返事だと思ったのだが、伊藤さんは落胆したりしなかった。
「そっか。ウサミッチは強いんだね。俺は幾つになっても寂しがり屋のウサギさんだから」
俺は即座に頷いた。
「そうですね。伊藤さん、ウサギっぽいです」
言ってから、なんでそんなことを言ったのかと自分でも不思議になった。
伊藤さんはまともに驚き、目を忙しなく左右に動かした。
「えっ、そ、そう?そこまで寂しがり屋のエキスだだ漏れ?」
「あっ……いや、す、すいません」
「いやいや、謝らなくていいよ。ウサギさん説肯定されたの初めてで、驚きついでに嬉しかっただけ!」
今まで伊藤さんを寂しがり屋と称する人は、一人もいなかったんだろう。
馬原さんの対応が、良い例だ。
「そうなんだ、俺って昔から寂しがり屋で……距離感が掴めなくて、それで前のカノジョにも距離置かれて逃げられちゃったんだけど。って、あっ、こんな話をしても、つまらないよね、ごめん」
「いえ」
伊藤さんが初対面からグイグイ積極的だったのには、理由があった。
相手に逃げられたくなくて、それで伊藤さんは積極的に生まれ変わった。
距離を置かれる寂しさなら、俺も知っている。
俺も彼のように変われたら――
いや。
もう、変わる必要はなくなった。
俺の側に、この人がいる限り。
「俺、ウサギ、好きス」
「えっ?ま、前に飼っていたとか?」
尋ね返してくる伊藤さんから目を逸らし、俺は続けた。
なんとなく、顔を見て話すには恥ずかしかったので。
「……いえ。寂しがり屋なのは、俺もなんで」

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