SEVEN GOD

act5-3 クラウニフリード


巨大な影が遠方より姿を現す。
あれこそはユニウスクラウニの母艦、彼らの本拠地でもある『クラウニフリード』だ。
全長千メートルを越す大型空母が今まで連邦軍のレーダーに囚われずに済んでいたのは、何故か?
答えは簡単だ。
ユニウスクラウニのメンバーに、レーダーの反応をごまかす能力者がいたからである。
彼らは空を移動し、各地に点在する連邦軍の基地を襲っている。
今も北欧地区にある基地を目指して、全力前進していた。
たった一つの基地を潰すのに、全力でかかる必要はない。
そう反対する声もあったが、リー=リーガルは作戦を強行した。
彼は、どうしても許せなかったのだ。
非能力者へ味方をする、裏切り者の存在が。
窓の景色を眺めながら、エリスが夫へ伝える。
「連邦軍北欧支部の空域に入りました。そろそろ、撃ってくるかもしれませんわね」
「全員、衝撃に備えておけ」
険しい表情で頷くと、リーガルは背後へ立つジャッカルへ命じた。
「ジャッカル、君は後発部隊だ。アッシュ達が戻ってくるまで船を守っていろ」
「貴方が、直々に降りるのですか?」
ジャッカルは怪訝に眉を潜め、その側でマレイジアが叫ぶ。
「危険です!」
リーガルはゆっくりと首を振り、皆の顔を順繰りに眺めた。
「北欧支部は守りが堅い。加えて今は裏切り者も集まっている。ここは一気に叩き潰したほうが、被害も少なかろう」
目を瞑り、意識を集中しているサリーナの隣で、ニレンジが小さく呟く。
「裏切り者の始末なんてのは、どうでもいいけどさ。死なないって約束してくれる?リー」
拗ねたように、つけたした。
「あんたしかいないんだからね、あたしを理解できる人は」
彼女はリー=リーガルが見つけた能力者の一人だ。
リーガルと出会うまで、そして能力が実際に発動するまで、彼女は自分を非能力者だと信じていた。
能力が発現した今、かつての友人や家族の元へは戻れまい。
ニレンジが人として生きられる場所は、ユニウスクラウニの中にしかなくなったのだ。
「死にに行くつもりはない」
ふっ、とリーガルの顔が緩む。
しかし彼は、すぐに表情を引き締めた。
「だが、死なないという約束は出来ん」
せめてアッシュが側にいれば。
脳天気な義息の姿も一瞬脳裏に浮かんだが、リーガルはすぐに、それを振り払う。
アッシュを南米へ向かわせたのは自分だ。
アッシュが希望したからというのもあるが、彼に名誉挽回させてやりたかった。
リーダーの息子というだけで、周りからは影で、やっかまれていただろう。
ここの処、アッシュは任務に失敗続きで、やっかみが膨張した気配もある。
実力があるから彼を息子にしたのだと、今一度、周りに知らしめてやる必要があった。
クロトの報告によると、南米支部の制圧は成功したらしい。
でかしたと息子の頭を撫でてやりたかったが、それはもう叶わぬ望みになりそうだ。
「アッシュが戻り次第、全員で突入しろ」
ジャッカルに命じると、リーガルは噴射機を背中に装着する。
不意に、エリスの尖った声が響いた。
「リーガル、空域に味方の飛行船が接近中。いかがいたしましょう?」
「その船には誰が乗っている?どこの支部のものだ」
リーガルの問いに、エリスは気配を探ってから答えた。
「アジア区域と思われます。通信しますか?」
「アジア区域……リーダーは、ノギワか」
小柄な少年の姿が脳裏に浮かぶ。
野際尚也には、アジア区域を任せてあった。
ただアジア区域は先日、連邦軍の執拗な襲撃に遭い、基地を奪われたと聞いている。
基地にいた仲間は散り散りになり、野際も消息が知れなくなっていた。
「通信を入れてみろ」
「この位置では、連邦軍に電波をキャッチされる危険が」
言いかけるマレイジアを制し、リーガルはエリスへ命じた。
「かまわん、気づかれたところで攻撃範囲に入るまでは向こうも動けんはずだ」
エリスは少し躊躇したものの、リーガルに再度急かされ、味方の船へ通信を打つ。
「そこの小型機。乗っているのは、シュンヤですか?応答を求めます」
二、三度、同じ問いを繰り返した後、ようやく向こうが通信に応じた。
『こちら亜細亜支部、金秀英。敵空域での通信は危険、手短に頼む』
堅苦しい、どこか怒ったような響きを持つ声は野際少年と全く異なる。
あちこちでざわめきがあがり、リーガルも落胆で呟いた。
「キム?ノギワではないのか」
間髪入れず、金が応える。
『野際は死んだ。用件は、それだけか?』
慌ててエリスが用件を述べた。
「ここは北欧支部の空域ですが、あなたは何処へ向かうつもりだったのですか?」
即座に、短い答えが返ってくる。
『北欧支部に決まっている。野際尚也の仇は我々が討つ』
その言葉を最後に通信は切られ、後はエリスが何度問いかけても応答がなかった。
「単独行動か……司令の乗っている船だというのに、配慮も遠慮もない」
ジャッカルの悪態を横目に、リーガルは大股に歩き出す。
「構わん、今は一人でも多くの手数が必要だ。ロナルド――」
言いかけて、緩く首を振る。
駄目だ。
ロナルドは、戦える能力の持ち主ではない。
オハラは後に残るジャッカルやエリスの補佐として、船にいてくれないと困る。
シールド代わりのサリーナを降ろすなど言語道断。
マレイジアを連れていったら、シャラやココルコが悲しむのは目に見えて判っている。
幼い子供達の面倒を見られるのは、彼女しかいないのだ。
今、船にいるメンバーは、誰一人としてリーガルの道連れに出来そうもない。
ファニー、ニーナ、クィッキー、アイアン、ミユ。
どれも優秀なメンバーだったが、全て連邦軍の兵士に殺されてしまった。
ここにアッシュがいないというのは、本当に悔やまれる。
悩むリーガルへ、ロナルドが逆に呼びかけた。
「俺、一緒に行きますよ。ここで待っているなんて、ごめんだ。我慢できません」
明らかに、リーガルへ気を遣ったのだと思われる。
言っていることは気丈だが、足はガクガクと震えていた。
「無理をするな、ロナルド。君は、ここでアッシュの合流を待つんだ」
優しく肩を叩いてやると、ロナルドは膝からクタクタと崩れ落ちて床に座り込んでしまった。
そんな自分を自分でも恥じたのか、俯いたまま彼が呟く。
「す、すみません。俺、俺……」
謝ることはない。
誰だって、死ぬのは怖い。
リーガルが早足で戸口に向かう。
連邦軍の射程範囲へ入る前に、飛び降りるつもりだ。
「ジャッカル、後は任せる」
「アッシュ達が戻り次第、我々も続きます。ですから、どうか無茶をなさらぬよう」
ジャッカルの声を背に、司令室からリーガルの姿は消えた。

連邦軍北欧支部の屋上では、兵士達が空を見上げてユニウスクラウニの到着を待ち受けていた。
大型船が射程範囲距離に入っても、撃ってはいけないと命じられている。
上層部直々の命令だ。
違反者には厳重な処罰が待っている。
向こうの先制を許すなど、本来ならば考えられない。
上の連中は何を考えているのか。
それを問う声もあがったが、北欧支部をまとめるタナトス=ダイゲン大尉は文句を全てねじ伏せた。
彼は信じたのだ。
未来を予知できるという、能力者の言葉を。
実際に説明したのはマッド=フライヤーだが、タナトスは、それをリュウの言葉として受け取った。
はたしてリュウの予言通りか、空域上空で遣り取りされた怪しい通信を傍受した。
通信の内容は、能力者が仲間同士で連絡を取り合っているものであった。
兵士が各々つけている通信機、耳元のインカムからはタナトスの怒鳴り声が響いている。
『あと十分もすれば、奴らの船は俺達の真上に現われるはずだ!油断するんじゃないぞ、貴様等ッ』
勿論、奴らが撃ってくるのは予想できる。むざむざ銃弾の雨に、やられてやる必要もない。
兵士達には、撃ってきたら物陰へ避難するよう指示してあった。
何故、対空放射で攻撃しないのか?
予言者リュウが、タナトスに、こう進言したからだ。
奴らの船が見えても、攻撃するのは待って欲しい。
まずはシン=トウガが、リー=リーガルを説得する。
うまくいけば戦わずして、相手を降伏させられるかもしれない。
シンには、その力がある。
他の者が言ったのならば、タナトスは嘘だと判断して一笑に伏したかもしれない。
だが何の情報も持たないはずの民間人が、ずばりとユニウスクラウニのリーダーの名前を言い当てた。
リー=リーガルの名前は、タナトスには初耳ではない。
特務七神が捕まえてきた少女、ユニウスクラウニのメンバーであるアルからも同じ名前を聞かされている。
リュウは異世界の住民だという話だが、ユニウスクラウニからの脱走者ではないかとタナトスは考えた。
戦いに疲れ、リーガルのやり方に嫌気が差して、逃げてきたのではないか?
リュウが何者であるにしろ、情報提供者は大切にするべきだ。
たとえ彼の言うことが嘘だったとしても、こちらに抜かりはない。
騙された場合を考え、特務七神の半分を北欧にある能力者の基地へ向かわせてある。
シン=トウガは、リー=リーガルに保護されていた。
リーガルの説得をシンに任せてみる価値はあろう。
逆に説得されてしまったら、その時はその時だ。
リーガル共々、始末すればいい。
「来たぞ!」
誰かが短く叫び、皆が空を見上げた。
雲の向こうから、大きな影が現われる。
影は徐々に近づいてきて、やがて誰の目にも大きな飛行船であることが確認できた。
「でっ……でかいっ……!」
兵士の一人が息をのむ。
噂には聞いていたが、恐ろしく巨大な船だ。
船の落とす影に屋上全体が包まれている。
連邦軍にだって、あれほどの大きな空母はないだろう。
もし通常通りに対空放射を仕掛けたとしても、それで落とせるとは到底思えなかった。
そう考えると、上の判断は正しかったのかもしれない。
クラウニフリードが、ついに支部の真上に差し掛かった。
何故か、彼らは撃ってこなかった。
真上で空中停止したままだ。
こちらを攻撃するでもなく、じっとしている。
激しい砲弾の雨嵐を想定していた連邦軍の兵士達は、物陰から這い出ると、揃って首を傾げた。
七神メンバーにしても同じで、神宮がマッドに、そっと尋ねる。
「何故、奴らは攻撃して来ないのでしょうか?」
マッドは頭を振り、クラウニフリードの底辺を睨みつけた。
「判らん。この建物を乗っ取るつもりなのかもしれんな」
支部がアリス達に襲われていると、もしリーガルが知ったとすれば、充分あり得る作戦だ。
これほどの巨大戦艦を持っているのなら、これまでにも連邦軍の基地如き、爆撃で簡単に壊滅できたはずである。
だが彼らは、それをやらなかった。
マッドの覚えている限り、一度もやっていない。
ユニウスクラウニは、いつも肉弾戦で乗り込んできて、基地を壊滅ないし占領している。
建物を崩壊させるよりも、確実な勝利をものとしたいようにも伺えた。
「この、北欧支部をォ?無理でしょ、そんなの!」
シーナが素っ頓狂な声をあげ、神宮に窘められる。
言ってみただけだ。
マッドだって、本気で思ったわけではない。
北欧支部は、本部に次ぐ総員数で固めてある。
連邦軍が誇る第二の要塞と言ってもいい。
加えて、今は特務七神という能力者もいるのだ。
そう簡単に占拠されてたまるものか。
「向こうも交渉を望んでいるのか……?」
そんな呟きが、あちこちから漏れた。
油断が兵士を包んだ時、事態は一変した。
突如クラウニフリードの前方から小型機が飛来したかと思うと、確認の暇もないまま、そいつが銃弾の嵐を連邦軍基地の屋上へ向けて放ってきたからだ。
それは全くの奇襲で、屋上は瞬く間に阿鼻叫喚の場となった。
物陰へ隠れる事も出来ないまま、面白いように兵士がバタバタと倒れてゆく。
ちょうど、その時だった。
シンが屋上へ姿を現したのは。
「フライヤー大尉ッ。遅れてすみま、うわわっっ!?」
勢いよく扉を開けて飛び出そうとした彼は、足下に銃弾を受けて大きく後ろへ飛び退いた。
「シン、下がっていろ!本隊とは別の部隊が現われた!!」
慌てふためくシンへ声をかけると、マッドは再び物陰に転がり込む。
続けて、通信機へ向けて怒鳴った。
「リュウ!この襲撃は君の予知になかったのか!?」
数拍おいて、リュウの答えが返ってくる。
『……なかった。どうやら少しずつだが、運命の歯車は変わり始めてきているようだ』
クラウニフリードが姿を見せた以上、彼の予言を嘘だと言い切ることはできない。
しかし予知能力と言っても、百パーセント信用できるものではなさそうだ。
リュウにも予想できない未来があった。
上空を小賢しく飛び回っている、小型船がそれだ。
耳元で神宮が叫ぶ。
『小型船より、能力者の気配を一つ感じます!』
報告を受けずとも、連邦軍の基地を攻撃する者など能力者以外に考えられない。
それにしても、一人とは。
別部隊で連携を組むぐらいだから、もっと乗っているかと思いきや案外少ない。
やはり本隊は、あの空母に乗っているのか。
それならば何故、戦艦で攻撃してこなかった?
奴らの考えが読めない。
リー=リーガルは、本当に七神殲滅だけが目的なのか?
困惑するマッドの耳元で、リュウがボソリと呟く。
『気をつけろ。地上から近づく能力者の気配を一つ、感じる。強大な力だ。恐らくは、リー=リーガルに違いあるまい。地上入口を守る兵士に警戒を呼びかけろ』
リー=リーガルが、地上にいるだって?
クラウニフリード内に、いるのではなかったのか。
マッドの困惑は、ますます激しくなり、頭を抱える。
しかし、悩んでいる場合ではない。
リュウを信じると決めた以上、最後まで信じてやらねば。
マッドは通信先をタナトスへ切り換えると、すぐさま地上部隊の警戒を要請した。

連邦軍基地より手前、五百メートル先で降下したリーガルは、たった一人で地上ルートを進んでいた。
真上で飛び降りなかったのは対空を警戒してというのもあったが、奇襲の意味も兼ねている。
金秀英の駆る小型機は、恐らくは誰の制止も聞かずに屋上を攻撃するだろう。
仇討ちだと言っていた。
野際の仇だと。
野際尚也は能力者として優秀だった上、人を管理することにも長けていた。
故にアジア区域を任せたのだが、その彼が殺されていたとは、リーガルにとってもショックだった。
キムは野際を敬愛していたのだろう。
仇討ちという言葉を出したのが、決定打だ。
小型船内には、彼一人の気配しか感じなかった。
たった一人で、玉砕覚悟の仇討ちに臨んだのだ。
それだけキムの中で、野際の存在が大きかったのだと感じられる。
キムの顔を思い出そうとして、リーガルは、どうしても思い出せず緩く頭を振る。
ふと、赤や白の光が、連邦軍の建物屋上を照らしているのに気づいた。
攻撃しているのは連邦軍、或いはキムの乗る小型船だろう。
クラウニフリードには、攻撃するなと命じてある。
真上で停止するのは威嚇と、囮の両方だ。
生半可な対空砲火ぐらいで、クラウニフリードは落ちたりしない。
リーガルが奇襲をかけるまでの、時間稼ぎである。
彼が基地に乗り込んだと確認次第、ジャッカルには一時撤退しろとも命じてあった。
降下前、マレイジアに言った半分は本音だった。
全員で乗り込むよりは強い力を持つ少数で乗り込んだ方が、犠牲も少なくて済む。
無論たった一人で全部を倒せると思うほど、己の能力を過信しているわけではない。
たとえ自分が此処で倒れても、ジャッカルやエリス、残った者が必ず意志を継いでくれるはずだ。
黙々と歩くうちに、基地の入口が肉眼でも、はっきりと見えてくる。
銃を構えた歩兵が十数名、それから装甲車が二台と、戦車が一台、停まっている。
随分と守りを固めているようだが、そこに能力者の気配はなかった。
能力者ではない雑魚兵士など、何百人いようと所詮リーガルの敵ではない。
もやもやとした黒い塊が音もなく、リーガルの側に出現する。
それは一つ、二つと数を成してゆき、やがて数え切れないほど無数の塊がリーガルを取り囲む。
大きく息を吸い込むと、リーガルは目前の建物を睨みつけ、一気に息を吐く。
同時に走り出した。
黒い塊が次々と彼の側を離れ、一直線に建物の入口目がけて飛んでゆく。
誰かが叫んだ。
「目標、発見!近づいてきますッ!!」
次の瞬間には黒い塊が兵士を包み込み、「アウッ!」と一つ叫びを残して、この世から消え去った。
「な、何だ!?」
自分の目で見たものが信じられず、兵士の間で動揺が走る。
しかしリーガルは、彼らが立ち直る時間を与えてはくれなかった。
次々と彼の側を黒い塊が離れ、矢の如しスピードで飛んでいく。
装甲車も戦車も黒い塊に襲われた瞬間、丸ごと虚空へと飲み込まれた。
「黒いもやに触れるな!消されるぞッ」
誰かが叫ぶのを聞き、リーガルの口元に薄く笑みが浮かぶ。
馬鹿め。
貴様等が何処へ逃げようと塊は俺の意志で飛び、必ず貴様等を捕まえる。
触れさえすれば確実に相手を吸収し、分解する。
それが彼の能力であった。
飛んだ側から、再び黒い塊が生まれてくる。
彼の精神力が尽きるまで、塊が切れることはない。
もはや状況はリーガル側の、一方的な殺戮となりつつあった。
次々と消える仲間に、銃を構えたまま混乱する兵士達。
一台残った戦車の大砲が火を噴くも、砲弾は飛んだ側から黒い塊に包まれて消滅した。
「ダイゲン大尉、応援を、至急ッ!」
最後まで要請を言い終える事なく、通信機が地に落ちる。
やがて入口付近にいるのはリーガルだけとなった。
邪魔な敵がいなくなったところで、能力者の気配を探る。

いた。
屋上に、三人。

駆け上がるまでにも雑魚兵士の攻撃は予想されるが、所詮は非能力者だ。
たかが知れている。
待っていろ。
今すぐ、そこまで登ってやる。
誰もいなくなった入口を、リーガルは悠然と通り抜けた。

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