SEVEN GOD

act5-1 過去との決別

「――動きが早いな」
不意に呟いたリュウを振り返り、神宮が尋ね返す。
「なんだって?」
「誰の動きが速いってのさ」
傍らでジンも尋ねると、リュウはサングラスに手を当て彼方を見る仕草をした。
「ユニウスクラウニが移動を始めた。リーガルが今動き出すとは、な。運命の輪が崩れたか」
彼の独り言は誰にも理解出来ず、七神の面々は困惑に互いの顔を見合わせる。
そこへ、マッドに連れられてシンとアリスが戻ってきた。
どちらも血色が良くなり、だいぶ精神的にも安定したと思われる。
「よー、お疲れさん。体調は、もういいの?」
ジンに声をかけられ、アリスは無言で頷き、シンも遅れて頷いた。
「あ、ハイ。おかげさまで」
「皆、揃っているか?あぁ、シーナ以外は全員いるな」
マッドが全員の顔を見渡し、自ら、ぽつりと付け足す。
シーナだけが不在なのには理由があった。
彼女は性的暴行を受けたという理由で、別病棟に運ばれたのだ。
「二時間後には作戦を再開する」
そう言ったマッドが部屋の微妙な空気に気づき、リュウを見た。
「どうした?何か気がかりな点でもあるのか」
先と同じ事を、もう一度リュウが呟く。
「ユニウスクラウニの動きが早い。奴らは、もうすぐ此処へ来るぞ」
「ここへ?」
オウム返しに繰り返すマッドへ頷いた。
「そうだ。クラウニフリードごと突っ込んでくるつもりだ」
「どうして、そのような事が貴殿に判るのだ?」
もっともな質問を神太郎がする。
能力者である神太郎や神宮に、ユニウスクラウニの気配は感じない。
少なくとも半径五キロ以内には能力者の気配など、自分達以外には感じられなかった。
ユニウスクラウニの総本山、クラウニフリードが何処を飛んでいようと、何故それがリュウに判るのか。
皆の目が不審者を捉える目つきとなって、リュウに集中する。
リュウは素知らぬ顔でマッドを見つめ、淡々と応えた。
「大尉。俺の能力を、まだ説明していなかったな」
「君の能力か。雷を落とす以外にも、何かあるのか?」
マッドが尋ねる傍らで、シンには思い当たる節があった。
あの能力か。
シンを暗闇から救い出してくれた力。
亜空間だと彼は説明していた。
空間を渡る能力を、リュウは持っているのかもしれない。
そう考えるシンとは裏腹に、リュウは、とんでもない告白をする。
「俺には未来が見える。いや……正確には、運命の行方が見えるのだ。ぼんやりとだが」
これには全員がたまげて一斉にハモる。
「未来が!?」
皆の驚きなど歯牙にもかけぬ涼しい顔で、リュウが続ける。
「そうだ。俺が視た未来によると、ユニウスクラウニのリー=リーガルは此処へ特攻をかけるつもりのようだ。各地を襲う、全ての兵をカモフラージュとして」
額に手をあて、マッドが呻いた。
「ま、待ってくれ」
彼の話は何もかもが急展開過ぎて、ついていけない。
まず、リー=リーガルとは誰だ?
そして何故そいつは、空母で攻めようなどと思い立ったのか。
そもそも、リュウの言っていることは事実なのか?
かつての部下、高峰アヤの証言によれば、クラウニフリードはシールドで隠れて飛行しているとの話だ。
レーダーの包囲網から逃れる為のシールドを張る、能力者が乗り込んでいるらしい。
それの接近が何故リュウには判ってしまうのか。
奴らと同じ能力者だからか?
だが、同じ能力者であるはずの神宮や神矢倉は首を捻っている。
彼らには感じ取れていないのだ。
とすれば、何故リュウだけには感知できるというのか。
彼が嘘を言っている可能性もある。
しかし、その場合も、やはり何故――という疑惑が、つきまとう。
リュウがセブンゴッドを騙したところで、何の得になるというのか?
連邦軍を攪乱させるつもりだというのなら、マッドではなく別の士官に情報を流すべきだ。
マッドが「くだらん」と請け合わなかったら、この話は、ここで立ち消えになってしまうのだから。
悩むマッドを哀れんだ目つきで、しばし見つめた後、リュウがシンへ向き直る。
何の前触れもなく告げた。
「シン、アッシュが出た」
「え……?」
言われた意味が判らず、ポカンとするシン。
「南米支部で戦っている。支部隊長が森に火を放ったせいで、予想以上に死者が出そうな惨状だ」
「えっ、森に火を?アッシュじゃなくて支部隊長がって、連邦軍側が?」
しどろもどろなシンを押しのけ、ジンが息巻いた。
「マリヤか!あの女が、森に火を放ったってぇのかよ!?」
「こら、ジンッ。呼び捨てではなくアスベル中尉とお呼びしろ!」
途端に背後から神宮のツッコミが入るも、彼は無視してリュウに詰め寄る。
忌々しげにマッドも小さく吐き捨てた。
「さすがは中尉。毒ガスといい、なりふり構わぬ作戦の好きな人だ」
「どうなんだよ!マリヤが火を放てって、命令したのか!?」
鼻息荒く迫ってくるジンを、やんわりと手で押しのけてから、リュウは頷いた。
「その通りだ。マリヤ=アスベルが部下に命じて、火炎放射器を使わせた。当初の予定通り基地で待ち受けていれば、少なくとも女性士官の命だけは助かったのだがな」
「当初の予定というのは、君の能力で見た未来か?」
神宮の問いへ頷き、不意にリュウが話題を変えた。
「諸君らは知っているか?リー=リーガルの目的を」
「リー=リーガル……?」
誰もが首を傾げている。
聞き覚えのない名前だ。
しかし続くリュウの言葉には皆、はっとなった。
「リー=リーガルは、ユニウスクラウニの総司令官だ。彼は――」
「ま、待て!」
話の途中で神宮が遮る。
「何故、君はユニウスクラウニの総司令官を知っている!!」
訝しく思っていたものが、次第に大きな影となる。
リュウ=ライガはシン=トウガの友人だと名乗った。
今となっては調べようもない身元だが、シンの話とつじつまが合うので不承不承信じる形となった。
だが彼がシンと同じ世界の住民だとしたら、何故こちらの世界の反乱分子、しかもリーダー格の名前を知っているのだ。
「君は一体何者なんだ!君は本当に、シンと同じ世界の住民なのか!?」
その問いには答えず、リュウはマッドへ視線を向ける。
マッドもまた、リュウの視線を真っ向から受け止めた。
「リー=リーガルの狙いは、恐らく裏切り者の始末……特務七神と戦うつもりだ。彼は南米支部にある亜空間を死守するべく、虎の子であるアッシュ=ロードを差し向けた。しかし万が一、特務七神にでしゃばられては、亜空間の秘密が連邦軍に漏れないとも限らない。故に邪魔者を始末せんが為、本拠ごと此方へ突っ込む気でいるのだろう」
マッドは小さく溜息を吐き、二度三度と頭を振った。
判らない。
彼の予知を、このまま信じてしまって良いものか、どうか。
南米支部の様子は気がかりだが、七神にも任務があった。
ユニウスクラウニの北欧支部。
あれを落とさずして、任務完了と言うわけにはいかない。
時間は刻々と迫ってきている。
出発まで、あと一時間弱しかない。


めらめらと、赤い舌が煙を巻き上げる。
連邦軍の放った火は森の三分の一を焼き尽くし、なおも炎の手を広げようとしていた。
あっちに一つ、こっちに一つ、死体が転がっている。
死んでいるのは、連邦軍兵士ばかりではない。
能力者の死体も横たわっていた。
胸にナイフを突き立てられ、仰向けに転がっているのはガルシアだ。
傍らには連邦軍兵士と折り重なるようにして、トムも倒れている。
二人とも事切れてから、時間が経っているようであった。
「……これ……全部、君がやったのか……?」
血の海に沈んだミユの遺体に目をやって、アッシュが断腸の思いを吐く。
ミユは、ただ切られて死んだのではない。
顔を炎に焼かれた上で、腹を切り裂かれていた。
声をかけられた方は肩で荒く息をしていたが、絶え絶えに答えた。
「私だけの力じゃないわ。皆が、手伝ってくれたのよ。私を生かすために……」
後ろは炎で逃げ場もない。
アヤは追い詰められていた。
背中が炎に煽られて、焼けるように熱い。
手持ちの武器は全て使い果たした。
最後の頼みであったナイフも、今はガルシアの胸に刺さっている。
そんなに深く突き刺したつもりはなかったのに、どんなに引っ張っても抜けなかった。
アッシュが到着する寸前まで、ここは戦場だった。
いや、戦場と簡単に言ってしまえるほど、生易しい状況ではなかった。
血が噴き出し、肉片が飛び散る。
人間の焼ける匂いが鼻を劈く。
仲間の肉壁に守られて、なんとか一人だけ生き延びられた。
そう言ったほうが、正しい。
向こうの攻撃は容赦なかったが、仲間の攻撃も容赦がなかった。
容赦など、していられない。
生きるか死ぬか。
戦いにあるのは、それだけだ。
しかし理性では理解できていても、ミユが至近距離で顔を焼かれた時、アヤには直視できなかった。
彼女のあげた断末魔が、今も耳に残っている。
恐らくは一生忘れることのできない、魂の叫びだ。
ガルシアを刺した時だって、そうだ。
無我夢中で突き立てたのだが、ナイフからは肉の感触が伝わってきた。
ガルシアは何が起きたのか判らないという顔で、アヤを見た。
数秒の間をおいて彼が手をかざし、アヤに向けて何か言おうとしたが、代わりに出たのは大量の血で、ゴブゴブと謎の音を立てて彼がゆっくり倒れてゆくのを震えて見つめるしかできなかった。
銃で撃てば、人は簡単に死ぬ。
軍に入りたての頃、新兵が最初に教わるのは、そんな話だ。
なにも近づく必要などない。
能力者といえど、人間であることに代わりがない。
銃弾が心臓を貫けば即死する。
そんな風に言って、教官は笑ったものだ。
だが、現実はどうだ。
近寄って、突き刺して、敵の返り血を浴びて、死に物狂いで戦わねばならない。
今頃になって、胃の辺りがむかむかしてくる。
吐き気が喉元にまで迫り上がってきた。
木のはぜる匂いに混ざった死臭、そして血の臭いが酷い。
いつまでも、ここにいては、気が狂ってしまいそうだ。
「ねぇ……アヤは人を殺すの、初めて?」
ガルシアの側にしゃがみ込み、そっと開かれた瞼を閉じてやりながら、アッシュが尋ねる。
質問の意図がわからず沈黙するアヤに、なおも囁きかけた。
「俺はねぇ、たくさん殺してきたよ。俺自身を守るために」
ガルシアの胸に刺さったナイフを抜こうとして、アッシュの手が止まる。
ナイフは生半可な力では、抜けそうになかった。
そう判断してか、アッシュの指先に赤い炎が小さく灯る。
指先が軽く触れた瞬間、ナイフが音もなく、ぐにゃりと曲がり、一瞬のうちに溶けてなくなった。
「その能力で……今度は、私も殺すの?」
「アヤが」
すっ、と立ち上がり、アッシュの目がアヤを見た。
思いがけぬほどの優しい視線に、たじろぐアヤへ、ゆっくりと近づいていく。
「俺を殺すつもりなら、ね。でも、そうじゃないなら殺さない」
「……どうして?」
アヤの喉をついて出たのは、その一言だった。
「どうしてって?」
聞き返すアッシュへ、今度は挑むかのように叫んだ。
「私たち、敵同士なのよ!?どうして殺さないの?能力者は全て殺せって、軍で教わったわ。能力者は私たち普通の人間の生活を脅かす、悪魔みたいなバケモノだから、って!だからアッシュ、あなたが私の幼なじみだったとしても、私はあなたを倒さなくちゃいけない!!」
「勝てないよ」
アヤの叫びを、アッシュが、ぴしゃりと遮る。
「アヤ一人じゃ、俺には勝てない。それでも君は、俺と戦うの?」
「勝てないかどうかなんて……やってみなきゃ判らないわ!」
強がって答えたが、アヤは素手だ。
勝ち目がないことなど、アッシュに言われずとも判っている。
それでも、ここでスゴスゴと引き下がるわけにいかなかった。
仲間が死んでいる。
殺されたのだ、アヤの目の前で。
たかが足手まといの新兵一人を守るために、皆は死に物狂いで戦った。
アヤなんて見捨てて逃げれば助かったかもしれないのに、最終的に仲間はアヤの命を最優先した。
その結果が、これだ。部隊全滅。
能力者が何人生き残っているかは定かではないが、アッシュが五体無事でいる点を見ても他に生き残りはいよう。
マリヤ中尉は歯がみをしているかもしれない。
もしかしたら中尉も今頃は――
「勝てないよ」
アッシュが繰り返す。
じぃっと憂いの表情で見つめられ、アヤの怒りが先に爆発した。
「決めつけないでって、言ってるでしょォ!!」
ぶんっと勢いよく振り回した腕が、虚しく空を切る。
「何よ!よけないでよ!!」
「ごめん」
「謝るぐらいなら、当たんなさいよ!」
我ながら無茶を言っていると自分でも、アヤは思った。
視界がかすむのは悔し涙のせいか、それとも煙が目に染みたせいか。
「やめようよ、アヤ。例え当たったとしても、殴ったぐらいじゃ俺は倒れない」
上から下から襲いくる拳を、なんなくかわしながら、アッシュは徐々に後退する。
そうすることで、アヤの逃げ道を作ってやったつもりだった。
しかしアヤはアッシュの意図に気づいていないのか、やみくもに腕を振り回し、攻撃の手を休めない。
髪を振り乱し、彼女は喚いた。
「うるさい!実際に殴られてもいないのに、決めつけるんじゃないッ!!」
繰り出す拳は、かすりもせず、アヤの瞳に涙が滲む。
悔しい。
自分が、ここまで無力だったなんて。
無力の自分を、それでも皆は生かそうとしてくれた。
自らの意志でアヤを守り、命を落としてでも、生き延びさせてくれたのだ。
彼らの恩に報いるには、一人でも多くの能力者を道連れにしなくては、あの世で合わせる顔がない。
「うらぁぁぁぁぁッッ!!」
絶叫をあげて殴りかかってくるアヤには、かつての美しさが微塵も見られない。
汗と返り血でべたつき、髪の毛が額に貼り付いている。
流れる鼻水と涙が、彼女の美貌を台無しにしていた。
必死すぎる。
何が、ここまで彼女を戦いに追いやっているのか。
その理由が脳裏に閃いた時、最小限の動きでアヤの拳をかわしていたアッシュが、何を思ったか動きを止めた。
下方向から繰り出されたアヤのアッパーを、あえて顔面で受け止める。
ガシッと堅い衝撃が拳に伝わり、殴りかかったアヤのほうが痛みに顔をしかめる。
顔面をマトモに殴られたというのに、アッシュは倒れなかった。
代わりにアヤの腕を掴むと、小さく微笑んだ。
「ほら、ね?倒れないだろ。アヤの力じゃ、俺を倒すことなんか出来ないんだよ」
激しい脱力感がアヤを襲う。
「なッ、何よ!は、放して……!」
振りほどこうと暴れるが、びくともしない。
瞬時に繰り出した膝蹴りも、急所に当たる寸前で止められた。
それも、片手でだ。
「アヤ、皆がアヤを守ってくれたのは、君に生き延びて欲しかったからじゃないのかな」
片手でアヤの腕を掴み、もう片方の手で彼女の膝を止めたまま、アッシュが言う。
「君なら万が一俺達に囲まれたとしても、逃がしてもらえる可能性が高い。そう考えて」
「ど、どうして!?私と、あなたは敵なのに」
驚愕のアヤへ、アッシュは穏やかに答える。
「忘れちゃったの?俺達の計画。ほら、能力者じゃない女の人に、子供を産んで貰うってやつ」

全人類能力者計画。

能力者ではない女性を襲い、強姦してでも能力者を生ませようという計画だ。
能力者の女に能力者の子供は生まれない事からリーガルが考案した、苦肉の策である。
故に彼らは非能力者と戦闘の際、何があっても女性だけは殺さないように努めた。
アヤの犠牲となって死んでいった男達も、それを知っていたのであろう。
女性士官ならば殺されない。
生きていれば、必ず反撃のチャンスもある。
全ての希望を、比較的生き残る可能性の高いアヤに託したのだ。
「アヤ、ここから逃げて。逃げて、俺の子供を産んでよ」
「ふッ……」
アヤの顔が紅潮する。
「ふざけないでよ!!」
「ふざけてなんか、いない」
アッシュの顔から笑みが消えた。
真摯な瞳で、かつての幼なじみを見つめる。
「俺は君を殺したくない。だから、逃げて」
「殺したくないって、あれだけ皆を殺しといて!今更、そんなことを言うわけ!?」
彼が人を殺す、その現場を、アヤは直接見たわけではない。
しかし森の中での銃撃戦、ついでに火まで放った包囲網で五体無事というのは、ありえない。
飛び交う弾丸を炎で防ぎ、襲い来る相手を近づかせぬうちに燃やしたと考えるのが妥当であろう。
「アヤ……」
掴まれていた腕を放たれた。
すぐさまアヤは飛び退き、身構える。
力の限りに叫んだ。
「うるさい、だまれ、このッ、人殺し!誰が、誰が殺人犯の子供なんか、生んでやるもんか!!」
アッシュが顔を歪める。
殴られた時よりも、苦しげな表情を浮かべた。
人殺しを連発するアヤに一歩近づき、小さく呟く。
「でも君だって、そうだよ。君も人を殺した。人殺しだ」
背後で小さく風が唸る。
反射的にアッシュは、叫んだ。
「危ないッ!」
何が起きたのか、身構える暇もなかった。
アヤの髪が風に揺れたかと思うと、次の瞬間にはアッシュに抱きつかれ、草の上に転がった。
続いて、炎の海をかきわけて現われた何者かが彼に叫ぶ。
「ちょっと!アッシュ、どうして邪魔すんの!?」
飛んできたのはアユラの足で、アッシュが、その襲撃からアヤを守ってくれたのだ――
アヤが理解する頃には、アッシュも立ち上がっていて、仲間と睨み合っている。
「アヤは殺しちゃ駄目だ。リーガルの計画を忘れたのか?」
睨みつけるアッシュに「何言ってんのよ!」と、アユラの剣幕も負けていない。
「もう、それどこじゃないでしょ!?ボロッボロにやられてんのよ、あたし達!」
ガルシアが死んだ。
トムやミユも、二度と目を開くことはない。
恐らくはミィとクィッキーも、どこかで焼死体となっているはずだ。
煙に顔をすすけさせたスミスが、アユラの後ろで告げた。
「アッシュ、アンナとヴィオラが死んだ。僕を、庇って……うぅっ」
最後まで言い切れず、がくりと膝をついて泣き出した彼を一瞥し、アユラも悲しみに沈むが、すぐにアッシュを振り返ると、眉をつり上げた。
「ここまでやられたのよ。それでもアッシュは、そいつを見逃すつもりなの?」
アッシュは答えず、代わりに問い返す。
「アユラ、クロトとサムは?二人も殺されたのか?」
「あの二人なら」
炎の渦巻く森を横目に、アユラが答えた。
「基地に残っている奴らを全滅させるため、先に向かったわ」
奇襲さえ、受けなければ。
このような、なりふり構わぬ攻撃で襲われたりしなければ。
能力者が連邦軍兵士に遅れを取るような事態など、滅多にない。
サムとクロトの二人ならば、残った連中にやられるなど万に一つもないだろう。
森を焼く。
密林戦において、連邦軍はありえない策を取ってきた。
奇襲に振り回された挙げ句、精鋭十二人のうち七名が命を落とす羽目になるとは。
連邦軍は痛手だっただろうが、ユニウスクラウニにも致命的な戦いとなった。
「アッシュ、そいつを逃がすなんて言い続けるなら、あたしはアンタを許さないわ」
「許さないって、どうするつもりなんだ?」
じりじりと摺り足で動くアユラに、アッシュの緊張も高まってゆく。
仲間と戦うつもりはない。
しかしアユラがアヤに危害を加える気なら、黙ってみているつもりもなかった。
腹に一撃加えてでも阻止する気が、アッシュにはあった。
だが高まる両者の緊張を打ち破ったのは、他ならぬアヤ本人で。
「か、勝手に話を進めないで!私は……私はッ、殺されないし、逃げるつもりもない!」
「え?」
アユラ、アッシュの双方が、アヤへ振り返る。
差し違えてでも、この二人のどちらかを――いや、この二人じゃなくてもいい。
アヤの視線はアユラの背後に蹲っていたスミスに止まり、彼女が走り出す。
彼女の狙いはアッシュにもアユラにも、すぐに判った。
スミスを人質にして、どうにかするつもりなのだと。
「待って、アヤ――!」
止めるアッシュの脇を、一陣の風が通り抜ける。
バシッと鈍い音がアッシュの耳に響き、目の前で、ゆっくりとアヤが崩れ落ちる。
「私は……わ……た…………し…………」
アヤは最後に、何を言おうとしていたのか。
アッシュは駈け寄り、彼女の体を抱きかかえ上げる。
アヤの死に顔は紅に染まり、瞳は驚愕に見開かれていたが、苦悶に歪んではいなかった。
「アヤ……どうして、どうしてッ」
スミスの手を引き、立ち上がらせたアユラがポツリと呟く。
「ごめん。でもスミスまで殺されたら、たまんないじゃん。だから、あたし」
どうして?の続きは、どうして殺したのかに続くと、アユラは思ったのだろう。
小さく謝ると、火のない方角へと姿を消した。
後を追うようにスミスもうつろな目で去り、アッシュだけが死体の山に取り残される。
「アヤ……アヤッ、どうして君は」
何度揺さぶっても、彼女は目を覚まさない。
アユラの打撃は確実に、アヤの脳天を蹴り飛ばした。
生きているはずがない。
頭半分を吹き飛ばされて、しかし苦痛を感じずに死ねただけ、彼女は幸せだったとも言える。
「どうして、君は……連邦軍なんかに、入っちゃったんだ……!」
アヤの上に、ぼたぼたとアッシュの涙が降り注ぐ。
真っ赤な血が涙で洗い流されていく。
死んでも、やはり彼女は美しかった。
頭が半分えぐれていたとしても、アヤはアッシュの思い出にあるがままの美しさを残していた。


北欧支部への奇襲に取りかかるまで、あと三十分を切った頃。
ふと神宮は思い立ち、マッドに許可を貰ってシーナの様子を見舞った。
彼女が能力者に強姦されたというのは、マッド本人から聞いている。
なにしろ合流した時にはシーナは気絶した状態で、しかも裸で運ばれてきたのだ。
マッドの上着を羽織っていた件からも、帰り道では神宮による尋問が始まり渋々マッドが吐いた。
神矢倉の補足によれば、シーナは相手の精神攻撃にかかっていたという。
相手をマッドだと思いこみ一緒に腰を振っていたというのだから、なんともマヌケな話だ。
まぁ、彼女が殺されなくてよかった。
その点では神宮も、神矢倉やマッドと同意見である。
ただ彼らと違うのは、シーナの思いこみを正してやりたい。
その一念が神宮にはあった。
「敵に騙されていた。それだけで充分じゃないのォ?」
ジンは気楽に言っていたが、冗談ではない。
相手がマッドでなかったら、神宮も、ここまでこだわりはしなかっただろう。
何故マッドなのだ。
洗脳でシーナの動きを止めたいだけならば、別に神太郎や神矢倉でもいいじゃないか。
マッドとやったなどとシーナに思いこんでいてもらっては、困るのである。
何故、そうシーナに思いこまれると神宮が困るのか?
アリスにも同じ事を問われたが、それを聞かれると神宮も答えに詰まってしまう。
架空とはいえ、シーナとマッドが寝た。
そう考えるだけで、心の中に何とも言えぬモヤモヤした蟠りが生まれてくる。
それがイライラの原因であると、彼女は自分で自分に納得させた。
一応ドアをノックしてから、神宮は病室に足を踏み入れた。
「シーナ、入るぞ」
彼女を迎え入れたのは狂気じみたシーナの悲鳴で、思わずビクリと足を止めた神宮に、パジャマ姿のシーナが掴みかかってくる。
「ノリコォォ、あたし、どうしよう!?あたし、あたし、大尉を殺しちゃったかもしんない!」
何の悪夢にうなされていたのか、とんでもない事を口走っている。
かと思えば落ち着きなく左右を見渡し、わんわんと年甲斐もなく泣き始めた。
「あたし、大尉とやりたいとは思ったことあったけど、ホントにやっちゃう気はなかったんだよ?なのにバカバカ、あたしのバカァッ。殺しちゃったら、二度と大尉に会えないじゃないのよォ」
泣き言を喚くシーナを見ているうちに、神宮の脳裏に思い浮かんだものがあった。
神矢倉から聞き伝えに知った、シーナの能力である。
確か性行為で相手を死に追いやるという、物騒な能力ではなかったか。
精神攻撃で相手をマッドだと思いこんでいたシーナは、今頃になって自分の能力を思い出したらしい。
それでパニックに陥ってしまったのだ。
マッドを、自分の力で殺してしまったのではないかと。
「あー……シーナ、その件だが」
ごほんと咳払いして、神宮もシーナの真横にしゃがみ込む。
落ち着かせようと優しく背中を撫でてやりながら、真実を伝えた。
「安心しろ、大尉は死んでいない。君を犯したのは、残念ながら別人だ」
「えっ……」と呆けていたのも、ほんの一瞬で、すぐさま歓喜に顔を輝かせたシーナからは、けたたましいマシンガントークが立て続けに放たれる。
「じゃあ、大尉は死んでないの?良かったァ〜。あたし、本気で心配しちゃった!そうだよねェ、大尉にしちゃー、入ってくる時ちっちゃいなぁって思ったもん。大尉のアレってねぇ、ノリコは見てないかもしんないけどォ、すっごくおっきいんだよォ〜。しかもねぇー黒くて堅くて、ぶっといの!そうだよね、アレが入ってきたんなら、あたしだって、こんな短時間で痛みが治まったりしないハズだもん。ちょぉっと残念、カナ?あ、あれ?ノリコ、聞いてる?ちょっと、まだ話は終わってないんだってばァ!」
最後まで聞くことなく、神宮は真っ赤になって病室を飛び出した。

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