SEVEN GOD

act3-5 こんなのは、間違っている

アッシュとはぐれたシンも裏口付近で彼を見失った事に気づき、動揺していた。
ゾナ達と合流しよう。
そう言ったのに、何故ついてきていないんだ!
もしかして、先に中へ入ってしまったのだろうか。
シンを置いて。
いや、アッシュはシンを置いていくほど非情な男ではない。
だがシンを探して入っていった、という行動なら大いに考えられる。
ともかく、いつまでも同じ場所で、じっとしている訳にもいくまい。
シンは意を決し、裏口の扉を開けた。

建物の中は、驚くほど人の気配がない。
これはシンの与り知らぬ事だが、先ほど入口で待ちかまえていた兵士達、あれこそが、この基地に残された最後の戦力だったのだ。
オペレーターの面々がアッシュに消された今、ここを守る連邦軍兵士は大将のマリヤ、そして特務七神の二人しかいない。
連邦軍の事情など知るよしもないシンは、びくびく脅えながら廊下を歩いていく。
その足が不意に止まった。
前方から、異様な匂いが漂ってくる。
この匂い……アッシュが燃やし尽くした人間の匂いとは異なる。
たとえるならば、生臭い。
おろしたばかりの魚が放つ匂いに似ている。
人の皮が燃えるのとは、違った意味で嫌な匂いだ。
本能が嫌がっている。
無意識に撫でた腕が粟立っているのを、シンは感じた。
行きたくない。
近づきたくない。
匂いは前方に強く広がっている。
しかし前に進まなくては、ゾナ達と合流もできない。
廊下は一本道なのだ。
震える足を自ら叩いて勇気づけ、シンは一歩一歩、ゆっくりと歩いた。
角を曲がる前、一旦止まって恐る恐る向こう側を覗き込む。
誰もいない。
入口での銃撃戦が嘘のように、周囲は静まりかえっていた。
廊下の左右にはドアが対照的に並んでいる。
少しでも物音が聞こえやしないかと、シンは耳を傾けたが、コトリとも聞こえない。
自分の心臓のほうが、うるさいぐらいだ。
シャツの胸辺りを強く掴み、一つ一つの扉に近づいては聞き耳を立てた。
そのシンの眼に、不意に飛び込んできた者があった。
――誰かが、倒れている!
壁を背に、ぐったりと床に倒れた少女がいる。
俯せに倒れており、気を失っているのか死んでいるのかすらも、よく判らない。
そして、周辺に漂うのは強い異臭。
少女が生臭さの発生源と思われた。
少女の倒れる場所だけ、やけに汚い。
赤黒っぽい何かが廊下を染めている。
足音を忍ばせ、シンは彼女に近づいた。
床をよくよく見て、びくっと足を止める。
倒れている周辺を染めていたのは、夥しいほどの血であった。
彼女が流した血で間違いない。
これほどの血を流す大怪我を負ったのでは、もう生きていないかもしれない。
「お……おい、大丈夫か?しっかりしろ」
それでも恐る恐る声をかけ、背中を軽く叩いたが、反応はない。
躊躇したものの、思い切ってシンは彼女を抱き上げてみた。
ひっくり返すと、朱に染まった顔面が表われた。
鼻を境界線として、上下真っ二つに避けた顔がシンを見上げる。
少女は、顔面を真っ二つに断ち切られていた。
何で切られたのか、肉が綺麗な断面を見せている。
皮一枚で顔の上と下が、かろうじて繋がっているような状態であった。
持ち上げた衝撃で、顔の下半分が、ぶらんと垂れ下がる。
少女が既に、こと切れているのは、一目瞭然だった。
「う……あ…………あぁ……ッ!」
引きつった悲鳴をあげ、シンは少女を投げ出し、尻餅をつく。
尻餅をついたまま、後ろに退いた。
腹の中から、何かが喉元まで迫り上がってくる。
猛烈な吐き気がシンを襲った。
「う、ぐっ、ぐぅぅっ」
口元を押さえるシンの鼻孔が、新たな異臭を感じ取る。
匂いの根源は、この少女だけではなかったのか。
もう一つ、別の方角から、これと同じ臭いが漂ってきている。
嫌だ。
もう、見たくない。
これと同じ死体が、そこにも転がっているのかと思うと、確かめる勇気がない。
脅えるシンを奮い立たせたのは、異臭の先から聞こえてきた大きな物音だ。
そいつは、物音なんてレベルじゃなかった。
誰かと誰かが、激しく争っている。そういう音だ。
不意にシンの脳裏に閃いたのは、ゾナとアイアンの姿。
そうだ、早く彼ら二人を捜して合流しないと。
少女が誰で何故殺されたのかは判らないが、これをやった人物が、この建物の中にいるのだ。
アッシュも探さないといけないのに、こんな処で腰を抜かしている場合じゃない!
死体を見ないようにしながら、シンは、ゆっくりと立ち上がる。
落ち着け、落ち着くんだ。
何度も深呼吸をしたが、激しく脈打つ心臓は収まりそうにない。
それでも、何とか吐き気だけは押さえることができた。
胸のあたり、心臓の上に当たる部分のシャツを強く掴み、シンは再び歩き出す。
頭がクラクラする。
酷く、目眩がした。
気分も悪くなり、壁に手をつきながら前へ進んだ。
一歩進むごとに匂いも強くなる。
また曲がり角に出た。
角から、そっと覗き込んで、目の前に人影を見つけたシンは息を飲み込んだ。
チェック柄のシャツ。
目深に被った、黒の帽子。
くたびれたジーンズを履いた足が、力なく廊下に投げ出されている。
ゾナだ。
死んでいるのは、一目でわかった。
壁を背に、もたれかかる格好で座る彼の足下を汚しているのは彼自身の血だ。
目を背けたくなるほど大量の血が顎と喉を伝い、シャツを赤黒く染めている。
おそらくは先の少女と一緒で、顔を真っ二つにされるかどうかしたのだろう。
ゾナの顔は俯いていたが、シンには下から覗き込んで確かめる勇気など、ありはしなかった。
舌は凍りつき、足がガクガクと震えて、立っていられない。
死んでいる。
ついさっきまで一緒に話し笑ったりもした相手が、酷い殺され方をされたのだ。
近づいて、じっくり死体を調べる勇気なんて出るはずがない。
「う……あ…………あ、あぁ……」
よろめき、壁に背をぶつけ、再び尻餅をつく。
逃げ出すことも忘れ、青ざめた顔を死体に向けたまま、シンは力の限り叫んだ。
誰かに見つかるかもしれないという考えは、脳裏から吹き飛んでいた。

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」

叫ぶと同時に吐き気が喉元まで達し、床に勢いよく吐いた。
吐き続けるうちに涙がこぼれて、彼の頬を濡らしてゆく。
涙が出るのは悲しいからなのか、それとも恐ろしくて泣いているのか。
シンにも判らなかった。


司令室に一人、マリヤは残っていた。
手元の部下は全滅。
今この基地にいるのは、七神の二人と侵入者が三人。
マリヤを除けば、能力者ばかりである。
このタイミングで七神の二人が裏切りでもすれば、南米基地は奴らの手元に戻ってしまうだろう。
戦いは、どうなったのか。
監視カメラを全て潰され伝令に走れる兵士も残らなかったせいで、状況が判らない。
カメラが生きていたとしても、マリヤ一人では、どうしようもない。
狭いと思っていた南米基地が、急に広くなった。
誰もいない孤独。
マリヤは一人、自嘲する。
「たった四人に全滅寸前、か……フ、フフッ……」
毒ガスを使った時は、あっけないと感じた能力者が、今は強大に見える。
考えてみれば彼女は一度も、能力者と直接戦ったわけではない。
初めてマリヤは戦慄した。
能力者一人が持つ、力の恐ろしさに。
カメラが全て潰される前に見た、炎の威力は凄まじかった。
銃撃が瞬く間に炎へ飲み込まれ、一瞬にして消滅する。
コンクリートの壁や鉄製の銃が、まるで飴のように溶け落ちるのを見た。
たった一人で、あの強さだ。
徒党を組んで向かってこられたら、如何に連邦軍でも勝ち目があるまい。
上層部の連中がユニウスクラウニを最優先で倒せ、と騒ぐのも尤もである。
強すぎる力を持つ者は人間の築いた社会ばかりか、人間性そのものを壊してしまう。
連邦軍の支配で、まとまりつつある世界を、一部の暴力で崩される訳にはいかない。
その為に能力者の手を借りることは、今でもマリヤの頭の隅で引っかかっている。
しかし手数のない今は、彼らに頼る他ない。
もし、二人が討伐に失敗したら?
その時は、この基地を爆破して奴らを潰しておこうと、マリヤは考えた。


シンの絶叫を聞きつけ、現場に駆けつけたのはジンが先だった。
というのも神崎アリスは未だ、能力者の一人と戦闘の真っ最中であったのだ。
背後の壁が、激しい音を立てて崩れる。
アイアンは一歩も避けず、その場に踏みとどまった。
何度も一刀両断したはずなのに、彼の体は真っ二つになるどころか血の一滴も吹き出さない。
避けられているとは思えない。
一直線上にある壁は切れているのだから。
怪訝に眉をひそめるアリスへ、アイアンが怒鳴った。
「すごい切れ味ね。でも、あたしには効かなくってよ!」
何らかの能力で防いでいるのだとしたら、皆のためにも見極めておかなくてはいけない。
すっ……と、刀を構えなおし、アリスは摺り足で後方へ下がる。
水平に刀を構えた。
あの後、一拍を置いて真空破が飛んでくる。
ゾナは、それにやられた。
断末魔をあげる暇もなく、一発で顔を上下に断ち切られて死んだのだ。
廊下で見たニーナ、彼女も、こいつに襲われたのであろう。
死に方が同じだった。
女の腕の筋肉が、ピクリと動いた。
来る――!
真空破のぶつかる直前、アイアンは両手で顔をガードし身を固くする。
直撃の瞬間、重たいものとぶつかる衝撃はあったが、彼の体は一刀両断される事なく無事を保っていた。
アイアンをジッと見つめたまま、黒髪の女がポツリと呟く。
「……そう。体を硬化させる……それが、あなたの能力ね」
切れぬ物はない。
アリスは今まで自分の能力を、そう自覚していた。
少し、自惚れていたのかもしれない。
斬れない人物が、初めて目の前に現われた。
ユニウスクラウニのアイアンと名乗った男。こいつは強敵だ。
倒すとすれば硬化前を狙うしかないが、向こうは結構な場数を踏んでいるらしく、どうも波動のタイミングを読まれている気がする。
何か奴の意表を突く出来事でもあれば、優勢に立てるのだが……

入口から一目散に駆けつけたジンは、まず、廊下に転がる死体を目撃する。
顔を上下二分割された少女の死体だ。
誰がやったのかなど、確かめるまでもない。
アリスの能力で、やられたに決まっている。
死体を跨ぎ越し、絶叫の現場に急ぐと、二つ目の死体と遭遇した。
こちらも酷い有様で、どっぷりと血の海に浸かっている。
血は既に乾き始めていたが、辺り一面に漂う死臭がジンの鼻孔を劈き、彼は顔をしかめた。
「ったくアリスのやつ、手加減ってもんを知らないのかよ」
臭うのは、そればかりではない。
血の臭いに混ざって、吐瀉物の匂いもある。
匂いの発生地を眼で探り、うずくまる背中を見つけた。
色黒の肌。白い髪。
こいつは、アッシュと一緒にいた男ではないか。
「おい、お前……大丈夫か?」
明らかに大丈夫そうではない背中へ、声をかける。
すると、青年が顔をあげた。
「う……ぁ……」
幾筋もの涙の跡を頬に残し、充血した目がジンを捉える。
定まっていなかった焦点が定まるや否や、青年が吼えた。
「ぁぁああああああああああああああああッッ!!」
叫ぶと同時に繰り出された拳をジンは間一髪でかわす。
風圧で髪の毛が逆立った。
「んなッ!?何しやがんだ、このやろう!!」
二発、三発と殴りかかる手が、不意に止まる。
「そいつは……」
目元をぬぐうため、殴るのをやめたのだ。
「こっちの台詞だぁぁッ!!」
ホッとしたのも、つかの間で、再び青年が絶叫をあげて、殴りかかってくる。
何故だ。彼に襲われる謂われなど、ジンにはない。
一つ思い当たるとすれば、廊下に転がる二つの死体――
すなわち、この青年がユニウスクラウニの仲間であるという理由になる。
しかし彼からは、能力者特有の気配を感じない。
最初にアリスとジンが気配を察知した時だって、彼は頭数に入っていなかった。
能力者ではない人間が能力者側に立つことなど、ありえるのか?
頬に鋭い痛みを感じ、ジンは思いを断ち切った。
青年の拳が頬をかすめたのだ。
頬が、ぴりぴりと痛む。
……ピリピリだって?
殴られたのに、何故。
不思議に思って頬に手をやると、ひんやりとした。
「えっ!?」
ありえない感触にジンが驚いている間にも、青年が殴りかかってくる。
「なんで!殺した!!殺す必要なんて、なかったはずだ!!」
「な、なんでって、敵だもん!」
我に返ったジン、唸りをあげる拳を間一髪で避ける。
ひんやりとした風を感じ、またしても風圧で逆立った自分の髪の先が白く染まるのを見た。
「殺すんじゃなかったら、どうしろってんだよ!?」
ジンに反撃の隙を与えず、シンは殴りかかる手を止めない。
「倒すだけで良かったんだ!殺さなくても!!降伏を迫るだけで、逃がしてやれば良かったんだ!!こんなやり方は、絶対に間違っている!!」
「ば、馬鹿言うなよ、そんなことしたら、うわぁっ!」
足下が滑り、ジンは激しく転倒する。
何だと慌てて床を見てみれば、一面が白く凍りついていた。
まさか、まさか、この男。
本気で能力者なのか?
体勢を立て直そうと手をつくジンの頭上に、シンの拳が振り下ろされる。
「この、馬鹿野郎ォォォォッッ!!!!」
駄目だ、立ち上がる前に、やられてしまう――!
思わず目を閉じてしまいながらも、一か八かジンは念を込めた。
反射の能力、果たして、こいつに効くかどうか。
一秒、二秒。
三秒経って、ジンは、ゆっくりと目を開ける。
「……ふぅっ」
拳を振りかざしたままの格好で、白髪の青年が氷の彫像と化していた。
ツンツンと突っついてみながら、ジンはポツリと呟く。
「なんなんだろ、こいつ?凍りつかせる能力なんて、初めて見たなぁ」
床と彼の足が接着していないことを確かめて、青年の体を抱え上げる。
五体無事なメンバーを捕獲できたのなんて、連邦軍でもジンぐらいなものだろう。
珍しい能力の持ち主。
こいつを解剖すれば、殲滅作戦の役に立つかもしれない。
早くマッドにも見せてやろう。
その為にも、まずはマリヤの元まで戻らなくては。
ずっしりとした重さも、手柄の前には大した障害にならない。
ジンの心は一転して弾んだ。
重さに顔を歪めながら、ジンは凍りついたシンを引きずっていった。

引きずって戻る途中、激しい物音に耳を澄ませ、ジンは首を傾ける。
アリスのやつ、まだ戦っているのか?
もう、とっくに決着がついたと思っていただけに驚きであった。
アリスほどの能力者を、てこずらせる奴がいたなんて。
落ち着いて気配を探る余裕の出てきたジンは、改めて周辺を探ってみた。
一つだけ遠くに離れた気配がある。
それは、こちらへ近づいてきているようだ。
先ほど逃げ出したアッシュが、戻ってきているのか。
背負っている青年を一瞥する。
奴の炎なら、氷ぐらい簡単に溶かせるだろう。
いくら跳ね返せるといっても、アッシュを含めた二人がかりを相手にするのは骨が折れる。
「えぇーいっ」
引きずるのをやめて、床を転がしながらジンは叫んだ。
「アリス!敵を一人、捕獲したぞ!手を貸してくれッ」
凍ったシンと一緒に戦場へ転がり出る。
アリスは対面で刀を構え、背中を向けていた相手もジンの声に驚いて振り向いた。
その目が、さらに驚愕で見開かれる。
「シン!?シンなの?よくも、シンを!!」
氷の彫像と化した青年は、シンという名前らしい。
叫ぶマッチョに、アリスが反応した。
「シン?……シン=トウガ?」
彼女も、この白髪青年を知っていたのか。
知っているなら教えてくれればいいものを。
文句の一つも言ってやろうとジンは口を開きかけるが、マッチョの大声が遮った。
「そうよ、シン=トウガよ!でも、あんた達の討伐リストに、どうして彼が載っているの!?」
ジンの聞きたかったことを聞いてくれた。
対してアリスが、ぽつりと呟く。
「討伐……じゃないわ。あの人に頼まれていたの、彼を見つけたら保護して欲しいと」
「あの人って誰よ!」
「あの人って誰だよ!?」
二つの声が綺麗にハモり、アリスは、ゆっくりと答えた。
「ジェイミー=サーランサー。異世界の住民よ」
視線をジンに、ひたりと合わせて尋ねてくる。
「元気くん……彼は、死んでいるの?それとも、まだ生きている?」
「え?えぇっと」
聞こえるはずはないだろうと思いながら、足下に転がる氷の彫像に手を当ててみた。
規律正しく心臓の脈が、氷を伝わって手に響いてくる。
ジンは飛び上がった。
「うぇっ!い、生きてる!!」
「そう……生きているのね。なら、あの時の化け物も……」
彼女が何か呟く。
それに対しジンが「化け物?」と聞き返すよりも早く、鋭い殺気にマッチョが襲われた。
「あ……え……?」
鈍い痛みだったそれは、瞬く間に鋭い痛みを伴い、全身へと広がってゆく。
アイアンは信じられない思いで、自分の体を見下ろした。
心臓から背中を貫通して、刀の切っ先が飛び出している。
ジンの出現で油断していた相手を、アリスは能力も使わずに突き刺したのだ。
刀に貫かれたまま、二、三歩よろめいた男は、口から大量の血を吐いたかと思うと、仰向けに倒れ込む。
それと、ほぼ同時であった。
飛び込んできた誰かが叫んだのは。
「アイアンッッ!シンーーッ!!」
息を切らせて飛び込んできたのは、アッシュだ。
シンとはぐれ、彼を捜しに、ここまで来たか。
だが、一歩遅い。
ゾナもアイアンも殺され、シンは、こちらの手の内だ。
アリスもジンも、それは重々承知である。
今にも襲いかかってきそうなアッシュへ牽制をかけたのは、ジンが先だった。
「動くな!俺の能力は知ってんだろ、何回でも跳ね返してやらぁ!!」
「うっ……!」と固まるアッシュへ、アリスも応戦する。
「動かないで。動くと、彼を粉々に砕きます」
アイアンの体から抜き取った血まみれの刀を、凍りついたシンに押し当てた。
「やッ、やめろォ!!」
慌てるアッシュに刀を向け、アリスは静かに言う。
「……ならば、ここは退きなさい」
「アリス!?こんな奴、俺達だけで充分倒せるぜ!俺の能力で跳ね返して、お前の能力で斬れば!」
喚くジンを彼女はチラリと一瞥しただけで、もう一度アッシュへ向けて話しかけた。
「退きなさい。彼は、私達が保護します」
二対一。
一人はアッシュの炎を跳ね返し、もう一人がゾナやニーナを、あんな目に遭わせた張本人だ。
アッシュ一人では苦戦も免れまい。
シンも人質に囚われている。
「く……くそっ!必ずだ、必ずシンを取り返しに来るからな!!」
捨て台詞を残し、アッシュが踵を返す。
追いかけようとするジンを止めたのはアリスだ。
「アリス、なんで逃がすんだよ!?」
くちを尖らせる彼に黙って首を横へ振ると、彼女は淡々と答える。
「……精神が、限界。一日に斬れる量は、決まっているわ」
そう呟くのも重労働だったのか、答えると同時に床へ崩れ落ちた。
「あ、アリス!!」
駆け寄って抱き起こしてみれば、アリスは全身、汗でぐっしょりと濡れている。
能力者の能力発動は無限ではない。
精神力が、ものを言う。
立て続けに強力な能力者三人と戦ったせいで、精神の糸が切れてしまったのだろう。
「ったく、一人ぐらい俺に回しても良かったんだぜ?アリス……」
懐から通信機を取り出し、マリヤへ繋ぐ。
一人逃したとはいえ一応、防衛は成功したと告げるために。

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