SEVEN GOD

act4-1 闇に呼ぶ声あり

夢を見た。
薄暗い階段を、シンは登っている。
電気がないのか足下は真っ暗だというのに、転ぶ様子はない。
ふと前方を見やると、廊下の角に投げ出された足がある。
青いジーンズ。
ゾナが履いていたやつだ。
この角を曲がりたくない。
直感的に、現実の自分が思う。
夢の中のシンも、立ち止まる。
この角を曲がれば、見たくないものが見えてしまう。
すなわち血にまみれた、ゾナの死体が。
嫌だ。
そう思っているのに視線だけがぐいぐいと動いて、廊下の角に達してしまう。
だが角を覗き込んだ瞬間、シンの視界は真っ暗になる。
文字通り、暗闇だ。
死体も廊下も消えてしまった。
闇の中に、ニーナの死体が浮かび上がる。
うつぶせに倒れていた。
夢の中の自分は抱きかかえようともしない。
あの顔を見るのは、一度でたくさんだ。
あんな酷い殺し方……
連邦軍は、人の命をなんだと思っているんだ。
あれが、同じ人間のやることなのか。
酷い世界だ。この世界は。

闇の中で声を聞き、リュウは目覚めた。
シンが、また泣いている。
闇に目を凝らし、彼の居場所を確認する。
今は連邦軍の手の内にいるようだ。
そうか、捕らえられたのか。
ならば彼は、いずれマダムとも再会しよう。
彼女は連邦軍側の常識で、シンを諭そうとするに違いない。
シンは、きっと反発する。
なぜなら彼は、ユニウスクラウニ側の常識で世界を見ているからだ。
誰かが間に立ってやらねば、この不幸な二人は分かれた道を辿ることになろう。
たった二人っきりの生き残りだ。
なんとかしてやらねばなるまい。
だが――
リュウは腕を組んで、考える。
介入することに何の意味があるのか。
彼がシンを亜空間から救い出したのは、本来の運命から道を外れていたからだ。
シンとマダムが仲違いをするのは、運命の道から外れた行動ではない。
二人は仲違いし、やがて敵対する立場となる。
これは、初めから運命づけられているルートだ。
そこへ自分が割り込んで、果たして何になる。
運命が変わるとでもいうのか?
考え込んでいると、今度は、はっきりとシンの声が聞こえてきた。
それは、リュウに対する呼びかけであった。

そうだ。
酷いと言えば、アッシュも酷かったじゃないか。
連邦軍だけじゃない。
アッシュも大勢の人を殺していた。
倒すというのは、殺すという意味だったのだ。
シンは、そこまで深く考えていなかった。
せいぜい気絶させる程度だろうと、たかをくくっていた。
彼らは、ユニウスクラウニの皆は、初めから相手を殺すつもりで出かけたのだ。
知らないのはシンだけだった。
連邦軍の兵士に、説教できたもんじゃない。
戦争だ、と誰かが言う。
長髪の男、リー=リーガルだ。
戦争って何だ、と闇の中でシンが問う。
シンのいた世界に、戦争という言葉は存在しなかった。
知らないのか、これだから異世界の住民は。
リーガルが鼻で笑う。
一拍おいて、答えた。


戦争とは、殺しあいだ!


戦う力を失うまで互いに殺し合うのが戦争だと、夢の中でリーガルが言う。
連邦軍は武力で能力者を押さえ込もうとした。
だから、能力者も武力で抵抗した。
するしか、なかった。
連邦軍は反論を聞く耳など、持ち合わせていなかったのだから。
その理屈は、判る。判るが、しかし。
戦う力を失わせるというのなら、何も殺す必要など、ないじゃないか。
気絶させるなり手足を縛るなりして、戦力だけを失わせればいい。
どうして、殺す必要があるんだ。
シンは不意に亜空間で出会った男、リュウを思い出す。
あの男は全てを知っているようだった。
シンが、どこから来て、どこで目覚めるのかも言い当てた。
彼なら戦いを終わらせる方法を、知っているかもしれない。
なぁ、教えてくれよ。リュウさん。
連邦軍と能力者が共存できる方法って、ないんですか――?



「氷の取り除き作業は完了しました。心拍、脈拍、脳波も全て正常です」
シンは凍った状態のまま連邦軍本部へ輸送され、病棟へと運び込まれる。
氷の取り除き作業が行われた後もベッドに寝かされ、精密検査を受けていた。
南米基地での戦いから一週間が過ぎようとしていた。
シンの意識はまだ、戻らない。
こんこんと眠り続けている。
「身体異常なしか……何故目覚めないんだ?」
呟くマッドに、医療スタッフの一人が答える。
「これは予想ですが、氷で包まれていたのが冷凍睡眠と同じ効果を与えたせいではないかと」
「冬眠と一緒か。体は目覚めていても、脳が活発じゃないんだな?」
何かきっかけがあれば目を覚ますかもしれない。
マッドは手元の資料へ視線を落とす。
神宮とアリスが事情聴取した、異世界住民との対話内容だ。
これによると、ベッドの上で眠る白髪の青年は名前をシン=トウガ。
ジェイミー=サーランサーと同じく、閉ざされた空間の元住民であるらしい。
二人は知人でもあるという。
ジェイミーが雇い主で、シンは彼女の店のバイトだった。
彼女が呼びかければ、シンは目を覚ますだろうか?
やってみる価値はある。
ドアが開いた。
「どうですか?異世界住民の様子は」
入ってきたのは神宮であった。
「神宮か。いつ戻ったんだ?」
「つい先ほどです」
神宮は能力者殲滅作戦において、アジア区域を担当していた。
能力者の利点は、その特異な力にある。
だが同時に弱点も、その能力にあった。
精神を、ひどく消耗するため、無制限に使えるというわけではない。
あらかた強力な能力者を始末した後、オーバーワークだと感じた神宮は本部へ帰還した。
南米区域に飛んだアリスも戻ってきている。
彼女達だけではない。
今は全員が本部に戻ってきていた。
拡散させるのではなく、救援コールが入った場所へ全員を向かわせる。
そのように作戦が変更されたのだ。
捨て駒部隊といえど今の時点で七神は、連邦軍にとって切り札ともいえる強力な手駒である。
そう簡単に使い捨て出来ない。
「アジア区域では、ご苦労だった。向こうの指揮官も喜んでいたぞ」
ねぎらいの言葉をかけてから、マッドは彼女の質問に応える。
「ごらんの通りだ。体は異常なしだが意識が戻らない」
「シン=トウガ……」
神宮は呟き、しばらくシンを眺めていたが、不意に提案をもちかける。
「どうでしょう。一之神特尉の代わりとして、彼を七神へ加えるというのは?」
「何!?」
この案にはマッドのみならず、他の連邦軍兵士も驚いたようだった。
周りの反応など気にもせずに、神宮が続ける。
「彼は能力者です。能力は氷……いえ、凝固でしょうか。元気神が目撃しています」
「凝固?物を凍らせるということか?ならば」
マッドの問いを遮り、神宮は頷いた。
「えぇ。彼が凍りついていたのは、元気特尉が彼の能力を反射で跳ね返したせいです」
ここへ運び込まれた直後のシンは見事なまでにカチンコチンで、冷凍マグロのようだった。
七時間もかけて空輸されたにもかかわらず、彼を覆う氷を溶かす作業は本部で行われた。
シンは少なくとも七時間以上凍っていた計算になるが、脈拍心拍共に正常、普通に生きている。
相手の動きを完全に束縛し、なおも殺さない。
これは、かなり優秀な能力である。
神宮がシンを仲間に引き入れたくなるのも当然だ。
だが、待って欲しい。
シンは、ユニウスクラウニと行動を共にしていたというではないか。
彼も能力者だとすれば、奴らがシンを仲間に引き入れない訳がない。
彼は、ユニウスクラウニに洗脳されている可能性が高い。
起こした途端、暴れ出しやしないだろうか。
「神宮、皆をここに集めておいてくれ。特にジンの力は必要だ」
「了解です」
マッドの命令に何かを察したか神宮は即座に頷き、部屋を出て行った。

特務七神用に割り当てられた会議室では、ユニウスクラウニ要人リストの作成が行われている。
「ざっと見て、強い!って思える奴の数は、たかが知れてるねェ」とは、シーナの弁。
ユニウスクラウニのメンバーとされる大半の能力者は、彼女の言うとおり同じ能力者から見ればピンキリだ。
だが、その雑魚ばかりのメンバー討伐においても彼女の成果は芳しくなく、シーナは、たった半日で向こうの司令官に『帰っていい』と命じられ、戻ってきた。
アリスやノリコのように、精神を消耗したわけではない。
単純に役立たずの烙印を押されての帰還であった。
「よく言うよ。シーナは誰が相手でも、強い!って思えるじゃん」
ジンに憎まれ口を叩かれ、シーナは、たちまち頬を膨らませる。
「何よォ。あたしだってねェ、イチローとペアを組んでたら役に立てたんだからァ!」
「そうですね」と、神矢倉もフォローに入る。
「僕の気配消去をシーナさんに加えれば、シーナさんは普通の女性として扱われたはずです」
能力者は互いに互いの気配を察知することができる。
姿形で判断するのではない。
恐らくは、能力者だけが嗅ぎつけられるフェロモンなのであろう。
能力者はシーナがどんなに誘っても、乗ってこなかった。
能力者の女には、向こうも用がないらしい。
「じゃあ、大尉のミスだっていいたいのかよ?二人とも」
間髪入れずジンが突っ込み、神矢倉もシーナも黙り込んでしまう。
「それは……」
すぐに、神矢倉は脱出口を見つけた。
「初め、大尉は草壁さんに同行して、ご自分が行くつもりでしたから」
「え?マジ!?」とジンが神太郎を振り返れば、神太郎は顔も上げずに頷いた。
「そこへシーナさんが急遽割り当てられたんです。大尉の責任では、ありません」
僕達も北欧へ出発した後でしたしね、と苦笑して、神矢倉が締めくくる。
「そォだよォ。ホント、突然だったんだから!」
声を張り上げ、シーナも頷く。
「目の治療も終わったばかりだってのに、かり出されたんだよ?ヒッドイよねぇ〜」
「仕方ねぇじゃん。俺達ァ、捨て駒部隊なんだからよ」
ジンが肩をすくめ、神太郎はというと雑談にも加わらず、黙々と資料作成に励んでいる。
「そういえば」
室内を見渡して、神矢倉が話題を変える。
「神崎さんの容態は、どうなんでしょう。元気くん、あれから何も聞いてませんか」
アリスは部屋にいない。
精神的な疲労が回復していないとの理由で、病棟に寝かされているはずだ。
帰って来るなり資料作りが待っていた為、見舞いにも行けていない。
ジンは掌をヒラヒラさせた。
「別にィ?つっか初陣で三人斬りだしさ、疲れてもしょうがないって、あれは」
「三人ったって内一人は雑魚でしょ、雑魚ォ!」
シーナが声を張り上げ、つられてジンの声も大きくなる。
「だからァ、シーナがソレを言えるワケェ?お前だって雑魚中の雑魚じゃん!」
「何ヨォ、ジンだって相手が攻撃してくれなきゃ何もできない能力のくせに!」
「攻撃も防御もできないオマエよかぁ、ずっとマシですー!」
だんだん子供の喧嘩じみてきたところへ、神宮が戻ってきた。
「何をやっているんだ、君達は。廊下まで声が響いていたぞ、恥ずかしい」
「だってジンがー」
言い訳するシーナの横で、ジンが、さっと頭を下げる。
「すいませーん。以後気をつけまーす」
言い方は横柄だが、一応謝っている。
神宮は気をよくし、一同を見渡した。
「皆、ついてきてくれ。大尉が呼んでいる。あぁ、それと草壁くん。君は第一病棟までひとっ走りしてくれるか?ジェイミー=サーランサーの貸し出し許可を、監視室まで届けて欲しい」
立ち上がると、神太郎は短く「了解です」と応えて、部屋を出て行った。
今やジェイミーの名は連邦軍の兵士であるならば、誰もが知っているはずだ。
通称『閉ざされた世界』において、唯一の生き残り――とされている人物だ。
彼女の存在は、異世界が本当に存在したという事実を物語っている。
大変貴重で重要な人物とみなされ、現在は第一病棟に保護されていた。
保護というのは無論、連邦軍側から見ての話である。
実際には、病棟に隔離されていると言っていい。
身体構造は人間と大差ない彼女だが、なにしろ異世界の住民なのだ。
人類と接触した場合、どんなアクシデントが起こるか予測もつかない。
迂闊に野へ放すわけには、いかなかった。
人類を脅かす存在は能力者だけで充分だ。
人類を守る立場にある連邦軍としては、これでも充分な対応といえた。
借り受けられたジェイミーが神太郎の案内で、シンの眠る病棟へ到着する。
既に神太郎から大まかな説明を受けていた。
シンが生きていた。
のみならず、意識不明で眠り続けているというニュースは、ジェイミーの心を打ちのめした。
だが、悲観に暮れている場合ではない。
連邦軍特務七神の司令官マッドにも改めて頼まれた。
彼を起こさなくてはいけない。
ジェイミーはシンの寝るベッドの側へ、腰を下ろした。
「いいですか。心の中まで届くように囁きかけるのです。心で念じて下さい。彼の名を」
神矢倉と名乗った青年に言われ、ジェイミーは心の中でシンを呼ぶ。
目を閉じ、天に祈った。
シン、シン、どうか目を覚まして。
元気な姿を、もう一度見せて――


闇の中は上も下もない。
どれくらい、闇に向かって祈っていたのだろう。
ふと気づくとニーナの死体も消え去って、シンは一人、暗闇にポツンといる。
どこか遠くの方で自分を呼ぶ声がする。
どこだろうとシンは辺りを見回すが、声が闇に反響し、正確な位置をつかめない。
「シン、あの声は君を現世へ呼び戻す合図だ」
耳元で急に男の声がして、シンは飛び上がる。
慌てて振り返ると、背後には長髪の男リュウが立っていた。
闇にとけ込むようにして、黒い背広を着込んでいる。
「リュウさん!」
たちまちにして笑顔を浮かべるシン。
対してリュウは、にこりとも笑わず先を続ける。
「声に応じれば、君は目を覚ます。しかし、現実は地獄だ。どうする?今ならまだ」
言葉を遮り、シンが問う。
「リュウさん、教えて下さい!連邦軍と能力者は戦うしか道がないんですか?」
一拍も間をおかずリュウは頷いた。
「その通りだ。それもまた、逃れられぬ彼らの運命」
「そっ……そんな……」
シンが言葉を失い、蒼白で黙り込む。
その隙にリュウは話を戻した。
「それよりも君は今、現実世界で意識不明の重体となっている。今、俺が君と話している場所は、君の意識にある深層内部ということになっている」
「意識の……シンソウ?」
青ざめた顔で、シンが繰り返す。
リュウは頷き、なおも続けた。
「俺と君が、こうして話しているのは夢であって夢ではない。あぁ、理解できなくても構わない。理解しようと考えるだけ無駄なのだから。これは一時的な夢だが、起きても君は内容を覚えていられる。そういう夢なのだ」
「……どうして?」
悩む脳裏の奥で閃いた。
思いついたことを、シンは尋ねる。
「リュウさんも能力者なんですか?」
それには答えず、リュウはシンを真っ向から見つめた。
重ねて問いかける。
「目覚める気があるのなら、君は連邦軍とユニウスクラウニを繋ぐ橋となれ」
唐突な言葉にシンはパチクリと瞬きするが、次第に飲み込めたのか、コクリと一つ、頷いた。
連邦軍と能力者。
両者の戦いを止める為のヒントをリュウは出してくれたのだと、受け止めた。
「そうするしか、連邦軍と能力者の戦いを止めることが出来ないんですね?」
シンから視線を外し、リュウが闇を見つめる。
「君は地球での戦争において、予期されていなかった存在とも言える」
正確には――と再びシンへ視線を戻し、上から下まで彼を眺め回した。
「君の能力が、これほどまで早い時期に地球で発動したのは予想外だった」
「予想外?」
お得意の運命とやらと比較して言っているのだろうが、何が予想外だというのだ。
シンからすれば、何から何まで予想外だった。
シンの生まれ育った世界が崩壊したのも、自分が能力者だったことも、アッシュが人殺しだったのも。
そういやアッシュは、どうなったんだろう。
人間を真っ二つにするような凶暴な輩がうろつくジャングルを、無事に逃げおおせただろうか。
「そうだ」
リュウが頷く。
「君の能力は、もっと遅い段階で発動するはずだった。俺の視た君の運命では、な」
これから起きることを知っているリュウの口ぶりは、以前にも感じた覚えがある。
しかし彼の知る未来と今の状況は、だいぶ食い違っているようでもあった。
シンが口にするよりも早く、リュウが彼の思ったことを言葉にする。
「定められた運命は、もしかすると変えられるものなのかもしれない。シン、光のない運命に辿り着きたくなければ、君自身が変えてゆくしかない」
「そのために」
シンの表情にも光が差す。
「俺に、両者の駈け橋となれと言うんですね。でも、どうやって」
「心配ない」
リュウの手がシンの肩に置かれた。暖かい、大きな手だ。
「俺も君の力となろう。目が覚めたら、特務七神を連れて北欧区域に来い。そこで待つ」
「とくむ、ななかみ?」
シンは、またまたキョトンとする。
リュウと話していると訳のわからない単語ばかりが出てきて、悩まされる。
呆然とするシンの様子に、黒眼鏡の奥が僅かに苦笑する。
相変わらず物わかりの悪いシンに、呆れてしまったのかもしれなかった。
「君に味方をしてくれる、連邦軍の兵士達だ。彼らは必ず北欧区域へ応援として駆けつける。その際、君は俺に到着したぞと闇へ念じてくれればいい」
「連邦軍?連邦軍が、どうして俺の味方を」
訝しむシンへ、きっぱりとリュウが言ってのける。
「君は連邦軍に保護された。南米区域で気絶した君を、連邦軍兵士が本部へ輸送したのだ」
保護といえば聞こえはよいが、要は捕獲である。
気絶した後の記憶がシンにはないのだが、リュウが言うからには真実に違いない。
ならば起きた直後に攻撃されるかもしれないと脅えるシンに、リュウは首を振って否定する。
「連邦軍にも能力者がいる。それが、特務七神と呼ばれる部隊だ。彼らは協力してくれる能力者を欲しているから、そう簡単に君を殺したりはしない」
「でも!」
シンの脳裏でアッシュの言葉やリーガルの苦悩が蘇る。
「連邦軍が能力者を殺すから、戦いが起きているんでしょう!?どうして、その特務七神って人達は連邦軍に味方するんですか!」
「皆が皆、同じ運命の下で生きているわけではない。それに」
リュウはシンの肩に、もう一度手を置いた。
「君は先ほど聞いたな。連邦軍と能力者との戦いを止める方法はないのか、と。この戦いは、能力者の能力を恐れる一般人を連邦軍が守るという名目で始まった。能力者が大人しく連邦軍の支配下に収まっていれば、戦争など起きなかったのだ。ユニウスクラウニは連邦軍に支配されることを嫌い、反乱分子となった。ならば能力者が連邦軍と協力して反乱分子を潰すのは、一番手っ取り早い解決方法ではないのか?」
「それは……でも……ッ」
反論を見失い、狼狽えるシンは、不意に抱きしめられて息が止まった。
「君は一人も死者を出したくないと考えている。だが、それは不可能だ。異なる思想を押しつけ合う者同士が、平和な解決など出来るものではない。戦争は今後も続き、死者の数は一千万を超える。互いに殺し合い、相手が滅するまで続けるのさ。愚かな種族だよ、人間というものは」
シンを抱きしめ、背中を優しく撫でてやりながら、リュウが訥々と問いかける。
「それでも君は、この戦いを止めたいと願うのか?」
シンの背中が小刻みに震えている。彼は、泣いていた。
「俺は……助けたい、だけなんです。せめて、あいつの力にぐらいは……なってやりたい」
あいつとは、アッシュのことだ。
たった一日二日、一緒にいただけの仲だが、シンにとってアッシュは大切な知人となりつつある。
だって彼は右も左も判らぬ異世界で、シンを暖かく迎え入れてくれた人物なのだから。
海の怪物に食われそうだったのを、咄嗟に助けた。
たった、それだけの事を心から感謝され、シンが捕まっても助けに行くとまで誓ってくれた。
しかし本部に輸送されたのでは、さすがのアッシュでも助けには来れまい。
リュウの言うように、ここは自分で何とかするしかない。
「よかろう」
リュウが頷く。
「俺は君の味方だ。君が必要とすれば、俺は必ず君の元へ現われる」
どうして?当然の疑問を涙に濡れたシンが問えば、リュウは以前にも聞いた言葉を口にする。
「前にも言ったかもしれないが、俺と君の運命は混ざり合う運命にある。今が、その混ざり合う時期なのだ」
では、北欧区域で会おう――
そう言い残し、リュウの姿は闇へ溶け込んだ。


どれくらい、天に祈っていたのだろう。
ベッドに眠るシンの腕が、ぴくりと動いたような気がした。
「患者が目覚めました!」
誰かが叫び、ジェイミーもハッとなってシンを見つめる。
皆の視線が集中する中、ゆっくりとシンが身を起こした。
ぼぉっとした表情で部屋の中を見渡している。
自分が何故ここにいるのか。
ここは何処なのかを、懸命に思い出そうとしているようでもあった。
「あぁ、シン……神様!」
無我夢中でジェイミーが彼の胸へ飛び込み、そこでようやくシンもジェイミーの存在に気づく。
「マ……ダ、ム……?マダムッ!?」
間違いない。
しわくちゃの顔が、余計しわくちゃになっている。
シンのよく知る見慣れた老婆が、腕の中で啜り泣いている。
「あぁ、シン、シン……生きていたのですね、無事だったのですね……!」
生きていたのか、無事だったのかと言いたいのは、こちらの方だ。
アッシュもリーガルも言っていた、崩壊した世界の生存者は君一人だけだと。
どうやってマダムは助かったのか?
連邦軍が彼女を助けてくれたのだろうか。
いや、どうやってなど、どうだっていいじゃないか。
生きていたんだ、マダムが!
死んだと思っていたのに、もう二度と会えないと思っていたのに。
「マダム、マダム……うぅっ、あぁぁっ」
ぼたぼたと涙がこぼれて、シンの腕や服、ベッドのシーツを濡らしていく。
シンも泣いていた。
ジェイミーと二人で抱き合って、ただひたすら泣き続けた。

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