SEVEN GOD

act2-5 異世界


連邦軍の一之神舞が意識不明になったように、ユニウスクラウニのシールド役も重傷を負っていた。
時空が歪みを起こした時、サリーナは全身を強く打ちつけてコロッと気絶してしまったのである。
能力者といえど、生身の人間であることに変わりはない。
今もベッドでウンウン唸りながら、怪我の治療に専念している。
それ故、連邦軍の偵察機如きにクラウニフリードが発見されたとしても何らおかしくはなかった。

「ぎゃあああああッッッ!!」
アッシュに手を引っ張られ、大空に飛び出したシンは絶叫をあげていた。
いくら背中に噴射機をつけているといっても、彼はダイブ初経験。
飛行機に乗るのでさえ、初めてだったのだ。
さらに飛行機から飛行機へ飛び移るなどという芸当は、訓練のない者には厳しすぎる行為である。
だからシンが、みっともなく騒いだ挙げ句、アッシュに抱きかかえられるようにして連邦軍側の飛行機に着陸したとしても、誰も彼を責められまい。
「も〜、シン。静かにしてよ。気づかれちゃうじゃないかぁ」
アッシュに怒られ、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながらシンは怒鳴り返す。
「だ、だって、怖かったんだぞ!ホントに怖かったんだぞ!!」
思わず何度も繰り返してしまうほど、今のは本当に怖かった。
足はガクガク震えているし、心臓は爆発しそうなほど激しく脈打っている。
「怖かったのは、判ってるってば〜。シン、鼻水垂れてるよ?」
おまけに軽く茶化されて、すっかりむくれてしまったシンだが、アッシュはお構いなしに飛行機の戸口へ手をかけた。
「いち、にのさんで飛び込むからね?シンは怖かったら、外で待ってていいよ」
飛び込むだって?
この船がレンポーグンの物だというのは、リーガル達の会話で判っている。
レンポーグンとアッシュが、敵対しているのも知っていた。
だからといって、一人で飛び込んで勝ち目はあるのか?
アッシュは素手だ。
武器らしいものも持っていない。
不意に、海の英雄アックスがシンの脳裏に浮かぶ。
そういえば、彼も非武装で怪物を追い返したんだっけ。
レンポーグンも海の怪物同様、素手で打ち倒せる相手だと良いのだが。
「いーち、にぃのぉ……さんっ!」
ガララ、と激しい音を立てて戸口が開いた。
どうやってかは知らないが、アッシュが開けたのだ。
同時にヒュンッと何かがシンの頬をかすめて飛んでゆき、また情けない悲鳴をあげた。
アッシュはというと、飛んでくる何かに怯えるでもなく両手の掌に炎を生み出す。
炎は、たちまち大きく膨れあがり、掌のみならず彼の全身を包み込んだ。
「銃弾なんか、俺には効かないよっ!」
はたして、その言葉通り。
彼が片手を一振りするだけで、飛んでくる弾は片っ端からジュッと音を立てて溶け落ちる。
「弾の無駄は経費の無駄遣いだよ?もう、撃つのは止めたらどうかな」
ひっきりなしに銃撃は鳴り響いているのだが、どれ一つとしてアッシュに当たる弾がない。
どれもこれもアッシュが一薙ぎする炎によって、届く前に溶かされているのだ。
これ見よがしに彼はクスクス笑い、角の壁際に隠れた連邦軍兵士達を逆上させる。
戸口の向こうで頭を引っ込めたシンにも「くそぅ!」「バケモノめが!!」といった悪態が、通路の先から聞こえてきた。
バケモノとは、言うまでもない。
アッシュを指して言っているのである。
全身を炎に包まれて平然としている奴など、シンも初めて見た。
いや、それをいうなら、さっきだって。
気絶する前に見た、アッシュの掌に生まれた赤い光。
あれも炎だったのではないか?
炎を出す人間を、能力者と呼ぶ。
初めて出会った時、アッシュはシンに、そう教えてくれた。
しかるに能力者とは、奇妙な力を持った人間の総称であろう。
自由自在に炎を出せるのは、なるほど、確かに普通の人間から見れば奇妙ではある。
だが、バケモノというほどの存在でもなさそうだとシンには思えた。
シンにはバケモノとは海の怪物、それぐらいのスケールがないと、どうにもピンと来ないのだ。
「でさぁ、君達は物陰に隠れて撃つしか出来ないの?じゃあ、俺が近づいてあげるね」
ヒュンヒュン飛んできていた小さい何かが、次第に数も少なくなっている事にシンは気づく。
飛ばしすぎて、手持ちのストックが切れたのだろうか。
アッシュはニコニコしながら両手を広げると、一気に通路を駆け抜けた。
「わぁ!」「ぎゃあ!!」といった悲鳴があがったのも一瞬で、すぐに静かになった通路を恐る恐るシンは覗き込む。
飛んでくるものは、何一つない。
通路の角から、ひょこっとアッシュが顔を出してシンへ手招きした。
「隠れてた奴らは一掃したよ。ほら、早く運転席に行こっ」
おっかなびっくり足を踏み入れアッシュに追いつくと、シンは何の気なしに足下へ目をやった。
壁際には、こんもりと大量の灰が積もっているだけだ。
誰かが倒れているといった光景もない。
さっきまでは、人の声もしたはずなのに。
この灰は何だ?
そう尋ねようと思ったが、アッシュがさっさと先へ進むので慌てて後を追いかける。
通路は短く、すぐに扉が待ちかまえていた。
「さっさと終わらせようねぇ。シン、なんだか疲れてるみたいだしぃ」
後も振り返らずに、アッシュが言う。
顔は見えないが、声の調子からするとクスクス笑われているような気もする。
シンは心持ちムッとしながら、答えた。
「別に疲れてなんか、いないよ。ただ、次から次に色々な事がありすぎて、驚いてるだけさ」
「そっか」
ちらっとアッシュがシンを振り返る。
その顔は全然笑っておらず、むしろ慈愛に満ちていて、笑われていると勘違いしたシンは自分を恥じた。
バケモノとは、もっと話の通じない奴を指して言うものだ。
アッシュはバケモノではない。
少なくとも、シンの身を案じてくれる優しさがある。
「そうだよね、ここはシンのいた世界とは違うもん」
でも、すぐ慣れるよ。
耳元で囁かれ、シンは思わず身を引いた。
くすっと微笑んでアッシュも離れると、両手を扉へ押し当てる。
「……操縦桿を握っているのが二人、あとの三人は補佐かな?」
小さく呟いていたが、不意に両手の炎を強めた。
途端に、どろどろと飴のように鋼鉄の扉が溶け出して、ぽっかりと大きな穴を作る。
例の小さな何かが無数、穴を突き抜けて飛んできたが、全ては炎の壁で遮断された。
「銃なんか効かないって言ってるのになぁ」
炎を張り巡らせ、片っ端から銃弾を溶かして、アッシュが呟く。
「でもシンは危ないから、下がっててね」
振り向かずに彼が言うので、シンは大人しく従った。
穴を離れ、壁際にぴたっと張りついて待つ。
待ちながら、俺も戦わなくていいのかな?という疑問が脳裏を掠めてよぎった。
そういや、出がけにアッシュも言っていたではないか。
リーガルにシンの能力を見せつけてやるのだとか、何だとか。

俺の能力――

シンは、じっと己の掌を見つめる。
シンが能力者だと、アッシュは信じて疑っていないらしい。
海の怪物を素手で倒したのだ。
アッシュがシンを、能力者と勘違いするのも無理はない。
だが、シンには炎を出す力などない。
炎を出す者を、能力者と呼ぶのではなかったのか?
もし勘違いされる要素があるとすれば、それは怪物を倒した時の手段に他ならない。
あの時、シンの掌に生まれた氷の刃。
海に落ちていたのでもなく、自然に生まれたわけでもない。
怪物を倒したいと願った瞬間、手の中に発生した。
あれを意図的に出現させる力こそが、シンの能力だとしたら?
シンも普通の人間ではない、という結論になる。
俺もバケモノの仲間入りか。
マダムに合わせる顔もないが、ひとまず、ここで生きていくには必要な力かもしれない。
アッシュはレンポーグンと戦っている。
そしてレンポーグンはアッシュ達を、根絶やしにしようと企んでいる。
シンも能力者の一人だというのなら、レンポーグンと戦わなくてはいけない。
人間相手に戦うなど嫌だが、一方的に殺されるのだけは勘弁だ。
せめてマダムと再会するまでは、生きていたい。
「シーンー。終わったよ〜」
アッシュのお気楽な声にハッとシンは我に返り、扉に開いた穴を覗き込んだ。
まただ。
またしても、こんもりと大量の灰が積もっている。
どうもアッシュが戦った後に発生するものらしいが、これも彼の能力の一つなんだろうか。
そして、もっと重大な事にシンは気がついた。
この船――落ちている!?
ぐらっと床が傾いたと思えば嫌な落下感に襲われ、シンは目眩を感じてよろめいた。
「あっ!大丈夫?シン」
手を伸ばすアッシュへ向き直り、彼は口から泡を飛ばして騒ぎ立てる。
「ア、ア、ア、アッシュ!この船、もしかして、落ちてないか!?」
「うん」
あっさり頷かれ、しばしポカンとくちを開けた後。
シンは必死の形相で、アッシュの肩に掴みかかった。
「落ちてるって、じゃあ、ぼーっとしてる場合じゃないだろ!どこかに逃げなきゃ!!」
アッシュは焦るでもなく呆れた顔で、聞き返す。
「シン〜、俺達の背中についてるのって何だっけ?」
シンは聞いているのかいないのか、窓に張りついてガタガタやっている。
「くそっ、開かないぞ!どうなってんだ!?」
全然話を聞いていない。
背中に噴射機をつけているから、墜落しても大丈夫だと言っているのに。
「シン、連邦軍の戦闘機の窓は開かないよ。開けたら、俺達に飛び込んで下さいって言ってるようなもんだしね」
無視されて口を尖らせるアッシュに、くるっとシンが振り向いた。
ようやく話を聞いてくれるのかと期待してみれば、ぐいっと腕を掴まれ引っ張られる。
思いもかけぬ行動に、今度はアッシュがポカンとなる番で。
呆気にとられている間に、シンに抱えられる恰好で通路を疾走した。
「ちょ、ちょっとシンー、慌てなくても大丈夫だってば!」
我に返ったアッシュがジタバタ暴れた程度ではシンの腕力からは逃れられるはずもなく、結局戸口につくまでアッシュは大人しく抱きついておいた。
「……もうっ」
人の話もろくすっぽ聞かず、墜落すると慌てていたから、次は彼が泣き出すんじゃないかと思った。
ところがアッシュを抱えて逃げ出そうとするあたり、なかなかどうして冷静である。
一人で逃げるのではなく、アッシュをつれて――という点が気に入った。
風が顔に吹きつける。
戸口へ到着したようだ。
墜落しかかっているとはいえ、まだ目もくらむ高度のはずだ。
シンが緊張するのを、アッシュは体越しに感じた。
「シン、降ろしてよ。俺、自分で歩ける」
言いかけるアッシュを遮って、シンが叫ぶ。
「飛ぶぞ!!」
返事をする暇も与えられなかった。
次の瞬間には、シンの腕の中へ抱きかかえられたまま大空にダイブしていた。
密着しているせいで、アッシュの噴射機は使えない。
まぁ、ユニウスクラウニの噴射機は強力だから、一つで二人分を支えるぐらいは朝飯前である。
それにシンの腕の中は暖かくて、アッシュを全身で守ろうという気持ちが直に伝わってくる。
振り解くのは、少々勿体なかった。
実の父親だってリーガルだって、こういう風に彼を抱いてくれた事など一度もない。
――おとうさんっていうのは、本当は、こういう存在を言うのかな?
自分と大して歳の違わない白毛の青年を、そっと見上げて、アッシュは満足の溜息をついた。

風を切り、緑の海が近づいてくる。
瞬く間に視界は緑一色になり、続いてシンを襲ったのは無数の枝による打撃であった。
ビシビシ当たる枝が痛いが、しかし腕の中にはアッシュがいる。
腕で顔を庇うわけにもいかず、シンは歯を食いしばって木々の攻撃に耐えた。
「シンッ、スイッチ入ってない!」
耳元でアッシュの声がしたかと思うと、背中から突然ゴォッという音が吹き出て落下速度が緩まる。
噴射機のスイッチを入れ忘れたのだと今になって気づいたが、その頃には着地していた。
シンの顔は引っ掻き傷だらけで、見られたものではない。
「サンキュ、助かった」
照れ隠しに笑う彼を見上げ、アッシュが口を尖らせる。
「俺を離してくれれば良かったのに。こういう奇襲は、俺のほうが慣れているんだしさぁ」
しかし項垂れるシンを見て、さすがに悪いと思ったのか小さく付け足した。
「……でも、ありがとう。これでシンに助けられたの、二回目だね」
「え?」
驚いた顔で見つめ返され、ちょっと照れてしまいながらアッシュは答える。
「ほら、海で怪物が出た時。俺が海に入ろうとしたら、シン、命がけで止めてくれたじゃない」
思い出すのに時間がかかったものの、シンも、ようやく「あぁ」と呟き、首を横に振った。
「あんなの、普通だろ」
「普通?」
首を傾げるアッシュに、シンが頷く。
「目の前で誰かが死にそうになってたら、誰だって助けたいと思うもんだろ。普通は」
話しているうちに、頭上へ影が落ちる。
リーガル達の乗る、クラウニフリードが救出に来てくれたのだ。
「……そっか。シンの住む世界では、それが普通だったんだね」
アッシュが何か呟いたようだが、着陸の轟音にかき消され、シンには、よく聞き取れなかった。

司令室へ戻ってみると、そこには渋い顔のリーガルと、もう一人、見覚えのない女性が待っていた。
「あ、母さん!もう怪我は大丈夫なの?」と、アッシュが真っ先に話しかける。
とすると、この女性が彼の母親なのか。
しかし、似ていない。女性は赤毛じゃなかった。
アッシュの赤毛は、一体誰の血を引いて赤くなったのだろう?シンは首を傾げる。
「えぇ。アッシュにも心配かけちゃって、ごめんなさいね」
薄い栗毛を、ふんわりと伸ばしている。
足首には、お義理程度の包帯が巻きつけられていた。
穏和な笑みを湛えて、彼女はシンを見た。
「こちら、シンさん?」
慌ててシンも姿勢を正し、直立不動で挨拶する。
マダムよりも若い女性というのは、どうにも苦手なのである。
「はっ、はい!シン=トウガと申しますッ」
「うふふ」
口元に手を当て、女性が優雅に微笑む。
「そんなに緊張なさらなくても、よろしいですわ。私はエリス、この子の義母をやっております」
「義……母?」
「義母ってのは、義理の母さんのことだよ!」
説明されなくても、義母が何なのかぐらいはシンでも知っている。
そうか、義理の母親か。
道理で、アッシュとは欠片も似ていないわけだ。
「……あれ?じゃあ、ホントの両親は?」
聞き返すシンへ答えたのは、エリスではなく当のアッシュ。
「死んだ。でも、いいんだ。今はリーガルとエリスがいるからね」
「そっか」
やはり、彼も影では苦労してきたのだ。
それを表に出さないアッシュは、実は凄い奴なのではないだろうか。
「シンの親は?どんな人だったの?」
アッシュに尋ねられ、シンはポリポリと顎を掻く。
彼と比べたら、自分の境遇が、えらくチッポケな悩みに思えた。
「どんなって、普通だよ。親父は、ちょっと偏屈で……お袋は、まぁ、まともかな」
とても偏屈な上、シンのサーフィンも認めようとしない頑固親父である。
だからシンは両親の住む家を飛び出して、その足でマダムの店へ向かったのだ。
だが、答えた後に驚いた。
アッシュがエリスに、窘められている。
彼もしまった、という表情を浮かべたが、シンの視線に気がつくと愛想笑いで誤魔化した。
「ご、ごめん。お父さん達の話は禁句だったね」
「え?」
気を遣われた方がポカンとしているようでは、世話はない。
今度はエリスまでもがリーガルに窘められて、へまをしたという風に肩を竦める。
「……どうしたんですか、二人とも。俺の両親が、何かまずいことでも?」
彼らがシンの両親を、知っているはずがない。
両親のことは今、初めて話したのだ。
それに知っていれば、アッシュがシンへ尋ねたりするはずがない。
理性では判っていても、シンは聞かずにおれなかった。
二人の身に何かあったのでは?
そう思うと、心臓が引き裂かれそうなほど痛み出す。
頑固でも偏屈でも、親父なのだ。
たった二人しかいない、シンの肉親。
やや沈黙が開いた後、言いづらそうにアッシュが述べた。
「その……シンのいた世界は消滅しちゃっただろ?だから」
「消滅?」
アッシュは、うん、と頷き、その後の説明はリーガルと交替する。
代わりに話し始めた司令官の話によると、こうだ。

時空の歪みが発生した時点で、"閉ざされた空間"は、空間である形を保てなくなっていた。
崩壊の原因は、能力者の能力発動だと思われる。
強すぎる力の干渉を連続で受けて、時空の持ちうるキャパシティを越えてしまったのだ。
しかしユニウスクラウニは、ここでも能力を発動させる。
亜空間へ取り込まれるのを防ぐためには、能力を使うしかなかった。
連邦軍の船が暗闇に取り込まれるのを横目に見ながら、皆が最後に見たのは。
"閉ざされた空間"への入り口が最後に真っ白くボウッと輝き、続いて粉々に吹き飛ぶ姿だったという。

「君の住む世界は、全ての次元から消えてなくなったのだ」
リーガルの声が、どこか遠くから聞こえる。
「つまり君はもう、君のいた世界、閉ざされた空間という俗称があるのだが、そこへ戻る事はできない。これから先、君は一生を地球で過ごさねばならない」
世界が消滅したと言われても、シンには、まだ、信じられなかった。
そもそも、消滅とは、何だ?
うつろな顔で尋ねてくるシンを見つめ、リーガルは言葉に詰まる。
しかし、すぐさま残酷な答えを返してよこした。
「世界が消滅すると、そこに住む人達は、どうなるのか……だって?ンン……言いにくい事だがね、全ての住民が消滅に巻き込まれると見て間違いないだろう。つまり君のご両親、ならびに友達や恋人も、全て死亡したと思われる」
死亡。
その言葉を耳にした瞬間、シンの視界からは何もかもが白くなって、消え去った。


嘘だ。


だって、シンは生きているじゃないか。


死んだ魚のような目を向けられて、リーガルは再び動揺する。
このまま続けてもいいものか迷ったが結局、彼はシンへ真実を話す事に決めた。
「……まぁ、すぐには信じられないだろうし、受け入れられない話だろうとは私も思う。だが、これは紛れもなく真実なのだ。君が助かったのは、アッシュという異質の乱入者が君を助けたからに過ぎない」
じゃあ、異質の乱入者が現れなかった者は、皆、死んでしまったのか?
親父も、お袋も、友達も、そしてマダムも、全員が?
嘘だ。
世界が消滅したからって、そんな、いきなり全員が死んでしまうなんて、嘘だ。
嘘だ、そんなのは、絶対信じない!
皆の死体を並べて見せられたって、信じられそうにない。
信じたくなかった。
どこかで認め始めている自分を感じながら、シンは、それでも精一杯拒絶する。
「嘘だ、そんなの……だって、俺は……生きているじゃないか……」
目の前を被う涙のせいで最後まで言い切れず、シンは膝から崩れ落ちる。
アッシュが慌てて駆け寄った。
「シン!」
ボロボロと泣き濡れる彼を支え、労るように肩を貸す。
アッシュも涙ぐんでいた。
「シン、シン……泣かないで。俺の部屋に行こう。ね、少し休んだら、きっと良くなるから、だから……」
効き目のあるとも思えない言葉を囁きかけながら、司令室を出ていった。
「何も、あそこまで断言しなくても、よろしかったのではありませんか?」
咎めるようにエリスから睨まれ、リーガルは肩を竦める。
「では、なんと言ってやれば良かったのかね?彼は真実を知りたがっていた。それに今ごまかしたところで、いずれは知る事実だ。遅いか早いかの違いしかない」


暗闇で、リュウは泣き声を聞いた。
こちらの魂まで搾り取られるような、もの哀しい慟哭を。
サングラスを外し、彼は虚空へ目をかざした。
何が見えるというわけではないが、彼には判ってしまった。
シンが、泣いている。
空間の崩壊を知らされたのだろう。
両親と友達、マダムが死んだと聞かされて、泣いているのだ。
ユニウスクラウニの誰かが、お節介にも彼に教えた。
遅かれ早かれ、そういう運命になっていた。
この運命は、逃れられない場所にあった。
リュウは考え込む。
あの子を助けたのは、失敗だったのだろうか?
シンは、これからも辛い道を歩いていく運命にある。
好きな人、せっかく出来た新しい友達や優しい知人を、次から次へと失っていく。
これは彼の人生であり、定められた運命だ。
誰にも変える事はできない。
運命というのは最初から最後まで道が敷かれているものだ。
途中の寄り道や分岐は可能だが、最後は定められていたゴールへ到着するようになっている。
シンを本来のルートに戻すというのは、本当に彼の為になる事だったのだろうか。
世界消滅の余波を食らってシンが亜空間に紛れ込んだのは、思わぬアクシデントであった。
彼の運命に、こんな分岐は予定されていなかった。
リュウとしても意表を突かされたが、同時に、なんとしてでも彼を助けたくなった。
自分ならば助けられる命を、むざむざ失わせたくなかった。
だからこそ、あえて直接干渉し、地球という本来のルートへ彼を送り戻した。
……などと助けた理由を並べたところで、つまるところはリュウ自身のエゴでしかない。
あのまま放っておけば、彼は安らかに何も知らぬまま死んでいけたのかもしれないのだ。
自分のエゴで彼を長く悲しませたのだとすると、良心がチクチクと痛む。
祈って欲しい。
今こそ闇に祈って欲しいと、リュウは切に願った。
その時こそ俺は彼を守る、彼一人の為だけの傭兵となろう。
これは贖罪だ。
君を悲しませた、俺の罪を償わせて欲しい。
リュウは再びサングラスをかけなおすと、別の空間にいるシンを思い浮かべた。
彼が一刻も早くリュウを思い出してくれるよう、深く念じながら。

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