SEVEN GOD

act2-4 目が覚めると

時間にして、どの程度、意識を失っていたのか。
気がつくと、マッドは医療室のベッドに寝かされていた。
異世界でも真っ暗な場所でもない。
見覚えのある、連邦軍本部の医療室だ。
背中の他に腕やら足やら太股やらも痛むが、ガラスの破片を身に浴びたせいだろう。
特に酷かったのが背中だったようで、意識が覚めた時には既にミイラ男と化していた。
起き上がろうとして、彼は苦笑した。
確かに服は血まみれだったかもしれんが、何も全裸に剥く事はなかろう。
手当が済んだなら、元通りに服も着せておいてほしいものだ。
不意にコンコンと扉がノックされ、彼は慌てて下半身に布団を被せる。
入ってきたのは神宮だ。
マッドが起きていると知って、途端に顔を綻ばせた。
「大尉、お目覚めでしたか。……良かった……」
走りよる彼女の全身を、さっと眺めてマッドも安心する。
良かった、彼女は何処にも怪我を負っていない。
「俺は、どのくらい気絶していたんだ?」
尋ねると、神宮は的確に「時間にして一日と四十七分です」と答えた。
異世界から帰還して、一日しか経っていなかったのか。
何日も眠り続けていたかのような気怠さが、体には残っている。
「凄かったんですよ、出血が酷くて。シーツを何枚も変えなくてはいけなかったんですから」
だるいのは血を流しすぎたせいだ、と神宮は言う。
そうかもしれないな、とマッドも納得した。
納得したところで、他の仲間を心配する余裕が生まれた。
「シーナやジンも無事だったのか?」
「はい」と答える神宮の顔は、暗い。
「命に別状はありません……しかし」
「しかし?」
嫌な予感がする。
特に心配なのは、シーナだ。
彼女の顔には、ガラスの破片が降り注いでいた。
顔を押さえた手の間から鮮やかな赤が、幾筋も頬に滴っていたのを思い出す。
マッドが真っ黒な窓へ目を向ける寸前までの、光景である。
「御門神女は両目を失明。一之神舞は精神に異常をきたし、脳に障害を起こしました」
「マイが!?」
一之神舞は、"閉ざされた空間"への道を開く能力を持っていた。
彼女がいたからこそ、連邦軍も特務七神を異世界へ突入させたといってよい。

あの時、何が起きたのか――

神宮が人伝えで聞いたところによると、時空に歪みが発生したのだそうだ。
元々"閉ざされた空間"自体が不安定な処に、異世界から突入してきた二つの力がぶつかりあったこと。
それとは別に発動した大きな二つの力のせいで、空間は空間である状態を維持できなくなった。
空間が崩壊すると、そこに生きていた人々は、どうなるのか。
学者の話では全く別の空間へ飛ばされるか、世界と共に消滅してしまうという話であった。
時空崩壊が起きたというのに、セブンゴッドの全員が帰還できたのは奇跡に近い。
「一之神は我々の所在地を、元の軌道へ戻す事には成功しました。しかし……その負担がかかりすぎて、脳への障害を引き起こしたと聞かされています」
生きてはいるが、話す事も食べる事も自力では、ままならない。
チューブや点滴を通して、ただ生きているだけだ。
事実上、植物人間である。
回復の見通しも、つかない。
舞も可哀想だが神女、彼女も不幸だ。
まだ若いというのに、これから一生を盲目で過ごさなくてはならない。
「一応、アイリンクを埋め込んだそうですが」と神宮は言うが、その表情は暗い。
アイリンクとは、視覚障害者用に開発された補助システムだ。
目の見えない者でも、物の輪郭や位置が判るようになる。
完璧に見えるわけではない。あくまでも補助は補助でしかないのだ。
ぼんやりと見える程度であって、文字を読むのや捜し物などは壊滅的に無理であろう。
シーナが現役復帰できるのは、補助システムに慣れてからになる。
マイに関しては、見通しが立っていない。
マッドは、マイもシーナも現役復帰させたいとは思わなかった。
彼女達には軍を離れて静かな暮らしをしてほしいと、心から願う。
その願いの裏には、自分がついていながら負傷させてしまった後悔があった。
黙り込む彼を労るように、神宮が声をかけてくる。
「大尉の責任では、ありません」
眉尻に皺を寄せ、続けて言った。
「二人が負傷したのは、異世界の危険を把握し切れていなかった上層部の責任です」
「しかし……」
労ってくれる神宮の気持ちは有り難いが、やはりシーナの負傷には心が痛む。
彼女を助けようと思えば、助けられる位置にいたのだ。
ただし、救助は究極の二択でもあった。
シーナを助けていれば、今度はノリコが同じ目に遭っていただろう。
どちらを助ければ良かったのか、この選択は正しかったのか、マッドには判らない。
「……よぅ、隊長さん。もう起き上がれるようになったんだ?」
そこへ、ひょい、と顔を出したのはジン。
腕を三角巾で吊っている他は、彼も殆ど無傷である。
「ジンか。君も無事でよかった」
「無事っていうかね、こんな恰好が」
顔をあげるマッドへ彼は軽く茶化してから、部屋に入ってきた。
「シーナやマイに比べれば、まだマシかぁ」
空気を読まぬ発言に「ジン!」と思わず神宮が声を荒げるが、それを制したのはマッドだ。
「……すまなかった」
彼は項垂れ、ジンへ謝罪する。
「無能の隊長では、君達の能力も充分に発揮されまい。傷が治ったら辞表を出すよ。君達の上に立つ人間は、俺よりも有能な人間が相応しいだろう」
マッドの謝罪は、いかにも機嫌の悪そうな一言で中断させられる。
「冗談抜かすなよ」
マッドが顔をあげると、ジンと目があう。彼は怒っていた。
「俺達の隊長は、誰がやったって一緒だろ。あんな異空間が相手じゃ、誰だって無能にもならぁ」
それに、と指を突きつけ、ジンはマッドを睨みつけた。
「俺達の上に立ちたい奴がいなかったから、あんたにお鉢が回ってきたんだろうが。だったら、途中で投げ出さないで最後まで面倒ぐらいみろよ」
開いたドアをノックして、神太郎や神矢倉も姿を現した。
「お加減は如何ですか?フライヤー大尉。あなたが全身血まみれで運ばれてきた時は、僕も気を失う処でしたよ」
微笑む神矢倉の横では、神太郎がズバッと突っ込む。
「しっかり気絶しただろうが、貴殿は」
神矢倉も然る者、涼しい顔で受け流した。
「そんな事もありましたっけ?」
「アリスも、あんたを心配してたんだぜ?」と、ジン。
「あんたがいなくなったら、俺達の隊長をやる奴が、いなくなっちまうもんな」
素直ではない一言を吐いたものの、彼も内心は心配していたものと伺える。
照れくさそうに視線を外したジンは、年相応の少年に見えた。
彼が心配してくれたというのが意外なら、アリスまでもが心配していたのも意外であった。
まだ少ししか話していないが、口数が少なく、とっつきにくい少女だと思っていたのだ。
能力者といっても、やはり中身は普通の人間と大差ない。
胸の内にジーンと暖かくなるものを覚えて、マッドの目が潤む。
すぐさまジンが、それを見つけて、からかった。
「へっへ。泣くなよオッサン、いい歳してぇ。ま、俺達に見捨てられたくなかったら、早いトコ怪我を治せよな!」
神矢倉も神太郎も、優しい笑顔を浮かべている。
ますますマッドは感激したが、ひとまず涙を拭うとジン達へ微笑みかえした。
「言ったな?よし、俺も男だ。最後まで、お前らの面倒を見てやろうじゃないか!」
やっと、大尉が元気になった。
そう思い、神宮も安心する。
見舞客が三人も増えて、一気に狭くなった病室を見回して彼女は立ち上がる。
「シーナの様子を見てきます。また後で」
一礼して出ていく彼女の背中を見送りながら、神太郎がポツリと呟く。
「大尉、貴方は幸せ者です」
「ん、あぁ。幸せだよ、諸君らのように良い部下を持てて」
頷くマッドに被りを振り、神太郎は真っ直ぐ大尉を見つめた。
「そうではありません」
眼鏡の奥で、きらりと目が光る。
「いや、それもありますが、しかし私が言いたいのとは少し違います」
何かを含む謎かけに首を傾げるマッドへ、ジンがヘヘッと笑いかける。
「ノリコさぁ、あとシーナもだけど、二人とも、すっごく心配してたんだぜ?あんたのコト」
それに、彼の話を信じるならアリスもだ。
「シーナなんかサ、自分のほうが重傷だってのに、大尉は無事?って、そればっか聞いてくるんだもんな」
「神宮さんもです」と、神矢倉も会話に加わった。
「あの人、言っちゃ悪いですけど、今まで男の人に優しくなんて一度もしなかったんです」
僕達が相手でも一枚壁を隔てたつきあいでしたよ、と言って軽く苦笑する。
そもそも神宮自体が、充分に男らしい。
といっても、外見から受けるイメージだけではない。
さっぱりした物の言い方といい、動作もキビキビしているようにマッドは感じたものだ。
彼女は男に優しくないのではなく、単に男を必要としていなかっただけではなかろうか。
「なのに、フライヤー大尉。貴方の事は、すごく心配して。あの人が泣くところ、僕は初めて見ました。泣きながら、血まみれの貴方を抱きしめて……手術完了のランプがつくまで起きていたのは、神宮さんだけだったんですよ」
「俺達は途中で寝ちゃったんだけどな」と言って、ジンが肩を竦める。
ただし、あの時は疲れていたし、と言い訳を付け加えるのも忘れなかった。
彼らの言い分を信じるならば、女性陣は意識不明のマイを除いて全員がマッドを心配していた事になる。
――しかし、何故だ?
彼女達と違って、マッドは正真正銘、ただの人間である。
言ってみれば、平凡な兵士の一人に過ぎない。
しかも異世界での彼の取った指揮は、お世辞にも褒められるものでは、なかった。
せいぜいノリコを身を挺して庇った程度で、他は何もやっていない。
くるくると目まぐるしく変わる状況に驚くばかりで、無能を晒していたも同然である。
そのことは、アリスも神宮も知っているはずなのだが……
「大尉。貴方は能力者ではありません。だからこそ、我々は貴方を信用しているのです。いえ、信用しようと決めたのです」
真顔で述べる神太郎に、ますますマッドの疑問は深まってゆく。
「俺が能力者ではない凡人だから……?何故だ、君達は能力者だろう。なら同じ能力者のほうが」
ジンが混ぜっ返してきた。
「別に同じ能力者が信用できないってワケじゃないんだけどさ。なんつーの?あんたのバカ正直な人柄が、気に入ったっていうか」
あんたは知らないかもしれないけど、と前置きしてから彼は言った。
能力者は迫害されてきた分、他人を信用しない者が多い。
だが、彼らの置かれた状況を考えれば、それも当たり前だ。
信じていた人に裏切られる。そんなのは、日常茶飯事である。
生みの親に裏切られ、能力者狩りへ突き出された者だっているぐらいだ。
従って、人を信用できなくなった彼らは自然と疑り深くなり、互いに探り合いをするようになる。
なかなか自分の本音を、話さなくなる。
常に猫を被って、自分を誤魔化すようになる。
この世で一番大切なのは、自分だ。
他人など、どうなろうと知った事ではない。
連邦軍へ来たばかりの頃のジンやシーナも、そうだった。
そのように物事を考える、捻くれた人間であった。

親に捨てられた。
行く場所がない。
家族からは疎まれている――

そうした理由で、やむなく軍へ来ただけだ。
そこに理想や正義は、ない。
連邦軍に来た後も彼らは腫れ物扱いされ、特務部隊という名の部署へ隔離された。
彼らを率いる隊長が、正式に決まるまで。
はたして三度目の正直か、あっさり隊長を引き受けた男に皆は興味を持った。
そして普通の人と同じように叱ったり励ましてくれるマッドに、いたく感激したのであった。
「普通の人と同じように扱われる。それがどれだけ僕達にとって嬉しい事なのか……大尉には、理解できないかもしれませんね。ですが理解できなくてもいいですから、僕達が喜んでいた、というのだけは忘れないで下さい」
神矢倉が微笑む。
少し頬が紅潮しているのは、興奮しているためか。
自称捻くれているそうだから、正直に本音を話すのが照れくさいのかもしれない。
「……まぁ、そういう次第ですので。怪我が完治するまで、大尉は絶対安静でお願いします」
ピシャリと神太郎が話を締め、その横ではジンが悪戯っぽく笑った。
「退屈だからって、隠れて訓練したりしちゃダメだぜ?ノリコが心配するからな!」

シーナの病室にかけられたプレートを一瞥し、神宮は小さく溜息をつく。
『特務以外の面会者 お断り』
わざわざ断らずとも、特務七神のメンバー以外が、ここを訪れるはずがない。
七人の能力者は、連邦軍において腫れ物扱いされているのだ。
それとも、傷ついた能力者を眺めて嘲笑しに来る物好きが連邦軍にいるというのか?
セブンゴッドが異世界から命からがら脱出してきた件は、瞬く間に軍内へ広まった。
今や下級の兵士だって、マイが意識不明の重体であることも知っているはずだ。
シーナ達のいる病棟は、人っ子一人いなかった。
マッドが寝ている病室の廊下には、絶えず人の気配があったものだが。
「入るぞ」
短く呟き、扉をノックしてから神宮は入った。
シーナは着替えの最中であったが、神宮が入ってきたと看護婦に伝えられるや否や口元を綻ばせる。
「ノリコ〜!お見舞いにきてくれたの?ケッコーいいトコあるじゃん。あっ!アンタが来たってことは、大尉も気がついたのね?良かった〜!」
間髪入れぬマシンガントークに、神宮の口元も綻んだ。
両目失明という重傷だから、さぞ彼女が落ち込んでいるかと気を揉んでいたのだ。
「もうイイヨ、出ていって。二人だけで話がしたいの。女の子だけのヒミツってやつ!」
着替え終わったシーナが、看護婦を部屋から追い出す。
看護婦も最初のうちこそはアレコレと文句を言っていたが、割合すぐに引き下がった。
まだ背中が去りきっていないうちに、シーナが彼女の悪口を言い始める。
「あの人サ、着替えを手伝ってくれるのはいいんだけど、うるさいんだ。能力者なのにガラスの破片も避けられなかったの?とか、能力者っていっても無敵じゃないのね〜。とか!」
だから神宮も言ってやった。
「文句を言うんじゃない。手伝ってくれるだけ、まだマシだろう?」
能力者といっても、万能じゃない。
シーナの能力はガラス相手に発動するようなものではないし、神宮は動揺していたので能力が発動しなかった。
あの時、自分がきちんと動けていたら、マッドはシーナを助けたと予想される。
神宮の力は、破壊である。
ファニーの頭蓋骨を破壊し、胸に大穴を開けた謎の音。あれが彼女の持つ能力であった。
発動する時、紙鉄砲みたいな音がなるので、彼女自身は『空鉄砲』と呼んでいる。
たとえ強力な耐久を持つ剛化ガラスといえども破片程度なら、ノリコの力で簡単に破壊できたはずだ。
そうすれば、シーナだって両目を失明せずに済んだかもしれない。
だが、終わった出来事でIfを想定するのは無意味な行為ともいえる。
現実は、いつも予想通りに上手くいくとは限らないのだから。
「……ノリコは、いいよねぇ〜」
不意にシーナの口調が変わり、神宮はドキッとする。
「大尉に庇ってもらっちゃってサ。……ね、どうだった?」
「な、何が?」
冷静に切り返したつもりでも、つい声が上擦ってしまう。
するとシーナは、唐突に甲高い声をあげた。
「やっだ、何が?だって!決まってるじゃな〜いっ。大尉に抱かれた時、どう思ったの?ってコト!ね、ドキドキした?感じちゃった!?」
負傷していても、そこは年頃の乙女。
シーナは、いつも通りのシーナであった。
「馬鹿を言うんじゃない。それどころじゃなかったよ」
苦笑して、なんとか冷静を取り戻す神宮に、シーナの追求は容赦ない。
「ウッソォ〜。じゃ、大尉の体は、どうだった?」
「……どうって?」
「ゴツゴツしていたとか暖かかったとか、色々あるじゃない!どうだったのよォ〜?」
かと思えばハァ〜ッと長い溜息をついて、ベッドにごろんと横たわる。
「いいよねぇ、ノリコは〜。大尉に庇ってもらえてェー」
羨ましがられても、こればかりは、どうにもならない。
神宮にしたって、マッドが何故自分を最優先で庇ってくれたのかが判らないのだ。
ガラスが割れた時、窓際にいたのは神宮とジン、それからシーナとアリスの四人だ。
神宮は運転を担当していたのだが、ジンとシーナは持ち場を離れてサボッていた。
アリスは、後方でレーダーを見ていたように思う。
降り注ぐガラスに対し、彼女は冷静だった。
完全に破片の落ちてくる軌道を見切っており、刀で全てを切り払った。
アリスの能力は、神宮とは違ったタイプの破壊だ。
彼女の念が通った刀は、何であろうと真っ二つに叩っ斬る。
アリスの能力で斬れないものなど、ないといっても過言ではなかった。
ジンも咄嗟とはいえ、よく腕で顔をカバーできたものだ。
反射神経は尊敬に値する。
マッドはシーナとジンと神宮、この三人を庇える位置にいた。
庇おうと思えば、シーナやジンでも良かったはずだ。
――何故、自分だったのだろう?
あとで彼に直接聞いてみよう、と神宮は思った。
「もしかしてぇ、大尉ってばノリコのこと好きなんじゃないのォ?」
突拍子もないシーナの独り言に、またしても神宮は心臓が跳ね上がる。
どうも思春期の少女とは、やりにくい。
常に予想を覆した斜め上の反応をされるので、相手をする方は、たまったものではない。
「な、何を馬鹿な事を」
自分を落ち着かせようと言いかける神宮だが、シーナには指をさされて笑われた。
「あ〜!ノリコ、あんた顔真っ赤だよォ?アンタも大尉を意識しちゃってんの?」
「バカ!そんなわけ、ないだろう!!」
まともに狼狽えて、神宮は己の頬に手を当てる。
両頬は燃えるように熱かった。
認めたくはないが、大尉を男として意識してしまっているようだ。
実の父親が彼のようであればよかったとは思ったが、異性としても意識していたなんて……!
自分でも自分が信じられない。
「いいなぁ。ノリコ、歳近いもんねぇ〜。あーあ、負けちゃったかなぁ」
傷心の乙女心には、神宮もかける言葉がない。
なにより彼女自身が激しく動揺していて、それどころではない。
勝手に決めつけ落ち込んでいたのも一瞬で、シーナはすぐに立ち直る。
「でも!アタシだって負けないからね。ここ出ていいって言われたら、すぐ会いに行くんだからァ」
元々、気持ちの切り替えは早いほうなのか。
「目が見えない〜って言って、わざと抱きついちゃおうかなぁ?」
いくら見えないといっても、ぼんやりと影は見えるわけだから、その嘘が通用するかは怪しいものだ。
だが、相手が大尉なら通用しそうな気もする。
いや、彼なら間違いなくシーナを振り払ったりしまい。
はしゃぐシーナに、神宮は小さく溜息をつく。
失明しても、シーナの明るさは失われなかったのでホッとした。
このテンションなら大丈夫だ。
彼女が自殺する心配は、ないだろう。
「落ち込んでいるかと思ったが、元気そうで良かった」
マイの見舞いは、どうしよう。
意識不明だというし、恐らくは面会謝絶になっていよう。
出来るようになった時でいいかと考え直し、次に神宮が脳裏へ思い浮かべたのは。
やはりというか当然というか、マッド大尉の顔であった。
「また来るよ」
微笑み、出ていく神宮を、シーナも笑顔で手を振って見送る。
完全に彼女の姿が消えたと思えた瞬間、シーナの表情からも笑みは消えた。
「……バーカ。二度と来なくていいよ」
思わず黒い呟きが口から漏れ、シーナは枕に顔を埋める。
悔しかった。
マッドが、シーナではなくノリコを庇ったことが。
大尉に庇われたおかげで五体無事な自分を、わざわざ自慢しに来ましたか?
そんな風にノリコを捉えてしまう自分の腹黒さも、悲しかった。


神宮がマッドの病室へ戻る頃にはアリスが一人だけ残っており、他の三人は居なくなっていた。
皆は何処へ行ったのかと尋ねれば、彼女がポツリと答える。
「職場に戻ったわ。私は大尉に、次の任務内容を知らせに来た」
「次の任務?」
神宮は訝しげに眉を潜める。
七人のうち二人が負傷、隊長だって完治していないのに、もう次が入っているとは。
アリスは頷き、手元の資料を神宮へ差し出す。
「"閉ざされた空間"の生命体と思われる生物を保護したの。それとの対話が、次の任務」
一拍の間が開いた。
やや遅れて「えぇっ!?」と驚く神宮へ、マッドも補足する。
「俺もさっき聞いて驚いたんだがな、見かけや言語は俺達と何ら変わりがないらしい。で、もしかしたら能力者かもしれないってんで、俺達に世話を頼みたいと。そういう任務だ」
資料を見て、神宮は再び驚いた。
「名前も判っているんですか!」
手元の紙資料によると、異世界住民の名前はジェイミー=サーランサー。
本人が、そう名乗ったと書いてある。
写真の限りでは、温厚そうな老女に見えた。
これなら世話も、やりやすそうだ。
「今日明日にでも部屋へ送られてくるそうよ。忙しくなるわね、神宮さん」
ポツリとアリスが呟く。
まるで他人事な言い方に少しカチンと来た神宮は、お小言めいて非難する。
「君も相手をするんだぞ?刀の手入ればかりが、君の仕事じゃあるまい」
するとアリスも、よく言ったもので、なんと生意気にも言い返して寄越してきたではないか。
「あなたもね。大尉を気遣うだけが、あなたの仕事じゃないわ。早く職場に戻ったら?」
たちまち真っ赤に染まる神宮を一瞥すると、アリスは音もなく立ち上がる。
そして口元に、ほんの少しだけ優越感に浸った笑みを浮かべて出ていった。
無口な彼女にしては珍しく表情のある、しかも黒い笑顔であった。

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