SEVEN GOD

act1-2 炎の遣い手

ピピ、と小さな電子音で、彼は目覚めた。
「ん、んーっ」
大あくびと共に起き上がると、ベッドの傍らに置いてあった通信機へ手を伸ばす。
「ふぁい、こちら、俺」
『俺じゃない、俺じゃ。通信で受け応える時は、名前を名乗れと言っただろう』
通信機の向こう側からは、やや神経質な声が怒鳴り返してきて、アッシュは完全に目が覚めてしまった。
今、彼がいるのは、密林地帯に囲まれた基地の中。
ユニウスクラウニが地上に置いた、支部の一つであった。
彼らの本拠地は、地上にはない。
遥か上空、飛行船が彼らの総本山であった。
この情報は、まだ連邦軍も嗅ぎつけていない。
飛行中は、奴らの探知を防ぐ能力を使える仲間が乗っている。
見破られるはずもなかった。
『飛行降下部隊の、次の落下地点が判った。今から言うポイントを記憶しろ』
「んー」
アッシュのいる基地は密林のど真ん中に位置する。
連邦軍が侵入するには、空から降下するしかルートがない。
当然、こちらも判っているから対空砲も設置済みである。
それでも、彼らには何度か着地を許していた。
『なんだ、そのやる気のない返事は。言うぞ、ちゃんと記憶しろよ?』
向こう側で苛々しているのは組織の総リーダー、リー=リーガル。
少々神経質すぎる嫌いもあるが、司令官としては最高に信頼の置ける相手だ。
「いや、覚えない。今回は俺のいる場所まで侵入させてみようと思ってんだ」
アッシュの答えに、リーガルの癇癪は早くも爆発したようだった。
すぐにヒステリックな返事がくる。
『侵入させるだと!?お前のいる場所って、司令塔までか?馬鹿か、お前は!!』
怒るリーガルにアッシュも怒った口調でやり返した。
「いいじゃん、どうせ攻め込んできたって俺が全滅させるんだしさ」
数秒の間をおいて聞こえてきたのは、小さな溜息。続いて愚痴だった。
『……お前に南米支部を任せたのは、失敗だったかもしれん』
今までに降下部隊が南米支部を攻めてきたのは計五回。
五回のうち、リーガルが着地ポイントを突き止めて連絡を入れたのは三回。
しかしアッシュが奇襲で着地を防いだのは、たったの一回きりだ。
わざと見逃したとしか思えない。
彼は楽しんでいるのだ。連邦軍との戦いを。
能力者が生きるための策として、ユニウスクラウニを設立したリーガルとしては面白くない。
だが、どんなにリーガルが彼を嫌おうと、アッシュ=ロードは組織に必要な人材であった。
彼ほど戦闘に長けた能力者は、他にいない。
発火能力は勿論のこと、肉体能力も、ずば抜けていた。
アッシュは銃の弾道ですらも完璧に見切ってしまえるのだ。
リーガルの妻エリスが彼を拾ってきた時は、ここまでの期待はしていなかったのだが。
「とにかく、そんなわけなんで。通信切っていい?」
『ま、待て、アッシュ!話は、まだ――』
リーガルの叫びも途中で途切れ、アッシュは通信機をベッドの上に放り投げる。
司令官であり義父でもあるが、神経質すぎるのがリーガルの良くないところだ。
物事は何でも完璧主義で、他人へ任せた仕事にまで、いちいち口を挟んでくる。
もっと仲間を信頼して欲しいものだ。
その方が、お互い、気持ちよく仕事ができるというのに。

部屋を出た途端、アッシュは待ち伏せにあう。
「ちょっとォー。あんた、まった司令官の話を最後まで聞かなかったでしょー!」
腰より下の位置から叱られて、真下を見下ろしてみると、幼い少女が腰に手を当て仁王立ちしている。
「おかげで、さっきからカタカタカタカタ、うるさくってしゃーないわけよ。どうしてくれんの?」
何がカタカタうるさいのかというと、現場を見れば一目瞭然である。
ファックスだ。
年号も改まった新時代に博物館レベルの機材が現役稼働しているのなんて、ここぐらいなものだろう。
地球連邦軍だって、あれを見たら目を丸くするに違いない。
紙に打ち込まれた情報が、ひっきりなしに自動で送られてくる。
書かれているのは地球連邦軍、飛行降下部隊の着陸地点だ。
口で言っても無駄だと悟り、文字情報に切り替えてきたのか。
恐ろしく資源の無駄遣いだ。
義父の無駄な努力に、アッシュは苦笑いを浮かべる。
何を言おうと、どんなに良い策を与えられようと、それに従うつもりはなかった。
「ね。あそこまでしつこいと、脱帽もんだよね」と少女が言うのへ、強く頷く。
「ま、今回は自由行動ってトコかなぁ〜。リーガルの案に乗りたい奴は降下部隊を邪魔してもいいし、俺はココで、誰かが到着するのを期待して待つ事にするし」
支部の司令塔としては、頼りない発言だ。
というより、もはや命令でも何でもない。
アッシュに司令官は向いていないと心の中で毒づきつつ、少女は笑顔で敬礼した。
「わっかりましたぁ、ロードちょーかん」
「やめろって、アユラ。アッシュでいいっていってるだろ?」
照れくさそうに笑う彼を見て、少女アユラもつられて笑う。
司令塔としてのアッシュは頼りないが、こうして話す相手としての彼は好きだ。
ちょっとヌケている処もあるけれど、そこが近所の兄ちゃんっぽくていい。
「うおぉぉっ!絶滅種発見ッ」
ファックスを覗き込んでいた男連中が獣の如く大騒ぎするのを、ジト目で見つめた。
まったく、雑魚兵士には知性のかけらも見あたらない。
同じ能力者として、恥ずかしいかぎりだ。
「なによ、なにが絶滅種なん?」
それでも好奇心が疼き、アユラも覗いてみる。
送られてきた情報には、連邦軍兵士の顔写真も印刷されていた。
どうやって入手したのか判らないが、かなり鮮明に映っている。
ぺらぺらとめくっているうちにアユラの手が止まる。
「へぇ……」
思わず感嘆の声を漏らしてしまうほど、写真の女は美人であった。
同じ女であるアユラが見ても。
きりりとした顔で映っている。
名前は高峰アヤというらしい。アジア系人種だ。
「な!な!絶滅種だろ?俺、決めた!降下部隊を邪魔する、んで、この女をやるッ」
一通り情報に目を通したアユラは紙束を放り投げた。
降りてくる部隊の中で、女は、たったの三人。後は全員、男だ。
傍らの下級兵士は、はしゃいでいる。
リーガルの出した『全人類能力者計画 』、あれを一際目立つ、この女にやるつもりでいるらしい。
前回降りてきた部隊と戦った時は、それを実行した。
リーガルに命じられ、渋々アッシュは従った。
それでも作戦が始まる前までは、アッシュもそれなりに、やる気になっていた。
終わった後の彼は焦燥感を漂わせ、一言「つまんなかった」と残して自室へ消えたのだが。
何がどうつまらなかったのか、女であるアユラには判らなかった。
きっと今回のように、目の覚める美人が一人もいなかったのが原因じゃないかと考えた。
今回も、それでいけというのがリーガルの命令なのだろう。
だからアッシュは嫌がっているのだ。
「ねぇ、アッシュ、アッシュ。これ見てみて?どうよ」
さっと写真を抜き取り、アッシュに見せてみる。
これで彼がやる気になるというのも苛立たしいが、どういう反応をするのか見てみたかった。
「タカミネ・アヤ……?へぇ……美人じゃね〜か!」
アッシュがヒューゥと高く口笛を吹き鳴らし、たちまち兵士達のざわめきで騒然となる。
「駄目っすよ!長官は今回、部屋で待つって言ったもんね!この女をやるのは、俺だから!」
「何いってんだ、そいつは俺が一番最初に目をつけていたんだぞ!?お前は、こっちのゲジ眉にしろっ」
ゲジ眉と貶められた女だって、別にブサイクというわけじゃない。
そこそこ可愛い部類に入る。
ちょっと気の強そうな雰囲気もあるが、そういう女が好きという輩は多かろう。
もう一人、見向きもされない女の写真を取り上げて、アユラは溜息をついた。
膨らみすぎの熱気球、とでも称するべき醜い巨体が、そこには映っている。
名前はバーバラ=エイデル。
完全に名前負けしている。
この巨体で、よくパラシュート降下部隊に選ばれたものだ。
着地する前に、自前の重さで墜落するんじゃないの?


密林上空を、一機の戦闘機が飛んでゆく。
「もうすぐ降下だよ。心の準備はいい?」
緊張の面持ちで景色を眺めていたアヤは、隣へ座る竜喜へ頷いた。
ここまでのルートで、敵に発見された様子はない。
このまま降下に入る、と言われた。
「ね、ねぇ」
何か話していないと落ち着かず、アヤは竜喜へ話しかける。
「何?」
短く答える彼女へ、先ほどの雑談の続きを促した。
「さっきの、その……失敗した作戦の話だけど」
「あぁ……」
思い出すのも億劫そうに髪を掻き上げ、竜喜が聞き返してくる。
「女が犯されるって話?」
頷くアヤへ笑顔を作り、竜喜は言った。
「大丈夫だよ。何があっても、あたしがあんたを守ってやるからさ」
「でも……」
まだ心配げなアヤへ再度念を押してきたのは竜喜ではなく、前の座席に座る女性であった。
破裂寸前の風船みたいな体格の彼女は、野太い声で断言した。
「そんなに心配するこたぁ、ない。あたしは今まで二十五回も降下作戦に参加してるけど、作戦失敗で挿れられたなんてこと、一度もない。そこのタツキと一緒さ。ちゃんと助かってる」
「え?で、でも」
竜喜を見ると、彼女も微笑んでいる。
「そうそ。襲われても、犯されるとは限んないってコト。確かに身動きは取れないけど、全く抵抗できないわけでもないしね」
もちろん不幸にも犯された奴はいるが、と言葉を濁し、大岩体型の女性は黙る。
フォローするように、竜喜が後を続けた。
「やられちゃったのは、そうとうドンくさい子だけだよ。アヤは、どんくさい子じゃないよね?」
一応、カラテの黒帯を締めている。それなりに運動神経は良い方だと思う。
それを話すと、竜喜は嬉しそうに指を鳴らした。
「カラテってトーヨーのシンピじゃん!じゃあ大丈夫だね。万が一襲われたら、奴らのチンポコをガツーンと手刀で叩きおっちゃいなよ!」
それは御免被るとしても、二人の話を総合するにあたり、どうも女隊員は殺される対象ではないらしい。
例えば前の座席に座る女性、目見麗しいとは、お世辞にも言えない彼女でさえ殺されなかったのだ。
予想は確信に置き換えていい。
「エイデル先輩だって生き残ってんだからさ、もっと安心していいよ」
竜喜が余計な一言を加え、前の座席に腰かけた巨体女性に睨みつけられる。
「安心してもいいが、油断するのは別物だ。タカミネ、お前も過信だけはするんじゃない」
とばっちりでアヤまで怒られ、若い二人は肩を竦めた。

やがて戦闘機は降下地点に到着し、音もなく扉が開いた。
指で合図され、男性陣を先頭に竜喜も続いてエイデルが飛び出し、アヤは最後に飛び降りた。
痛いほどの風が頬を打ちつけ、地上がぐんぐん近づいてくる。
紐を解くタイミングさえ間違えなければ、作戦は成功すると思われた。
そう、誰もが、そう思っていたのだが――
『チィッ、出やがった!』
男性の誰かが通信越しに叫び、アヤは慌てて周囲に目をやる。
駄目だ、風が痛くて目も満足に開けられない。
これでは周囲を見渡すことも、ままならない。
不意にアヤの頭上に影が落ち、ハッと気づいた時には背後から何者かに抱きつかれていた。
「いやッ、誰ッ!?」
誰、なんて聞くまでもない。
ユニウスクラウニの誰かに決まっているではないか。
後ろから伸びてきた手は、アヤの胸をモミモミと揉んでくる。
「いやぁ!」
半狂乱になったアヤは腕を振り回し、偶然にも背後の誰かの顎を直撃した。
「あでェ!」
一瞬ではあるが奴の両手が離れ、その間にアヤは背後を振り返る。
視界に映ったのは、目に痛いほど鮮やかな赤い色。
アヤに抱きついてきたのは赤毛を逆立てた男、アッシュ=ロードであった。
「やッ、なんで、嘘!?」
思いがけぬ相手の奇襲に、アヤは軍人らしくなく狼狽える。
いつか彼とは出会うだろうと覚悟していたけれど、まさか此処で出会うとは思ってもみなかった。
「もー、何すんだよ。顎が粉砕するかと思ったじゃんか」
人の気も知らないで、アッシュは顎をさすりながらプンプン怒っている。
殴ってしまったのは、あくまでも偶然だが、だからといってゴメンナサイと謝る筋合いもない。
昔はどうであれ、今の彼は敵なのだ。
「ゆ、ユニウスクラウニね?覚悟しなさいッ」
尻ポケットからナイフを取り出し、威勢良く吠える彼女を見て、アッシュが口笛を吹く。
写真を一目見た瞬間、ビビンとくるものを感じたが、やはりコイツは只者ではない。
予定を変更して、わざわざ奇襲部隊に混ざって襲いかかった甲斐があったというものだ。
前回襲った女は奇襲に対し、満足に戦えなくなるほど弱っちぃ輩だった。
それが、どうだ。
この女ときたらナイフを取り出し、ちらつかせるほどの余裕がある。
ただ美しいばかりではない。肝が据わっている。
コイツなら、丈夫な子供を産んでくれそうだ。
決めた。この女を、何が何でも俺の物にする!
人懐っこい笑みを浮かべると、アッシュは宣言した。
「えっと、アヤっつったっけ?お前、俺とケッコンしよーぜ!俺の子を産んでくれよ」
「……はぁっ?」
いつ発火能力が来るかと内心怯えていたアヤである。
いきなりの空気を読まぬ脳天気な宣言には、ポカンとするばかり。
しかもムカつくことに、彼はアヤのことを全く覚えていないと思われる。
初めて呼んだかのような呼び方をしたのが、何よりの証拠だ。
「いいじゃん、俺の子供を産んでくれたって」
アヤの唖然っぷりを否定と取ったのか、アッシュが馴れ馴れしくも軍服に手をかけてくる。
反射的にアヤは胸元を隠した。
「駄目!」
必死な彼女にニッカと笑いかけると、アッシュは言った。
「駄目って言われたって、やっちゃうもんね」
同時に、彼の両手が赤く燃え上がる。
チリチリと焦げ付くほど熱く見えて、それでいて炎に包まれた両手は焼けただれもしない。
発火能力だ!
能力を発動させた、ということは殺す気満々か。
全身火だるまとなって地面に叩きつけられる自分を想像し、アヤは身震いする。
嫌だ。無様な死に方だけは、したくない。
ただではやられない、とばかりに無我夢中で斬りつけた。
だがナイフは空を切り、代わりに「あぁッ!」という驚愕が彼女の口から漏れる。
軍服が、胸元の辺りだけが綺麗に燃やされていた。
炎に包まれた手で掴まれたブラジャーが瞬時に燃え尽きるのを、この目で見た。
不思議と熱さは感じなかった。
自在に炎を操るとは、熱を調整するという意味だったのか。
「おっぱい〜!」
緊張感を台無しにするアッシュの声が、アヤを現実へと引き戻す。
嬉しそうにアヤの胸に顔を埋める幼なじみを、彼女は呆然と見つめた。
アッシュは確か二十一には、なっているはずだ。
アヤが二十二歳なのだから。
なのに彼は別れた十代の頃から、あまり変わったようには見えなかった。
いや、もちろん肉体は成長している。
背が伸びたし、顔も子供の頃と比べれば精悍になった。
変わっていないのは、精神年齢だ。
能力者であることが、何か関係するのかもしれない。
不意に、地上が迫ってきている事にも気づいた。
早くパラシュートを開かなくては。
「あのね、アッシュ、おっぱいはいいんだけど、このままじゃ私、死んじゃうから」
ふかふかとアヤの感触を楽しんでいたアッシュが顔をあげる。
不思議そうに首を傾げた。
「オヨ?なんで俺の名前、知ってんの?」
もう、なんだっていいじゃない。
彼には構わず、アヤはパラシュートの紐を引き、そして真っ青になった。
パラシュートが、開かない!
駄目だ、何度引っ張っても、何の手応えもない。
「パラシュートなんて、いらないよ」
焦るアヤの耳元で、アッシュが囁く。
「ど、どうして?このままじゃ落ちちゃう、私、このままじゃ死んじゃう!!」
アヤの声は悲鳴に近い。
死が間近に迫っていると知り、冷静ではいられなくなっていた。
出がけに必ず守ると言ってくれた、竜喜も側にいない。
ユニウスクラウニとの無理心中が人生の最後だなんて、嫌すぎる。
こんなところで死にたくない。
涙ぐむアヤを抱きかかえ、優しい声色でアッシュは囁いた。
「大丈夫、俺がアヤを守るからさ。アヤは俺に、しっかり掴まってればいいよ」
地上は、もう目の前だ。たまらず、アヤは絶叫した。
いやあああぁぁぁぁ……ッッ!!!
悲鳴は尾を引き、緑の絨毯へ吸い込まれるようにして、二人の姿は森に飲み込まれた。

最初に手に触れたのは、暖かい誰かの胸。
パチリ、と目を覚ましたアヤは、まず自分の体を確認した。
髪の毛に何本か小枝が挟まっている以外は、異常なし。
骨を折った感覚もない。
続いて、空を見上げた。
鬱蒼と生い茂る枝の重なりに、ぽっかりと大きな穴が空いている。
良かった。到着したのは、少なくとも天国ではなさそうだ。
最後に、手で触れたのが傍らに横たわるアッシュだと判り、アヤは慌てて身を起こす。
「アッシュ……アッシュ!?大丈夫、しっかりして!」
ゆさゆさと揺り起こされ、彼は大きく伸びをしてからアヤを見て微笑んだ。
「ん、んー。あ、アヤ。ほら、無事だっただろ?」
彼も五体無事で、どこにも怪我をしていない。
倒れていたのではなく、単に眠っていただけだ。
「あんな高いところから落ちたのに……これも能力者の力、なの?」
恐る恐る尋ねてみれば、アッシュは首を真横に振り、己の背中に手を回す。
「んーん、違う。えっと、これ」
ゴソゴソやっていたが、やがて背中から取り外したのはコンパクトなサイズの噴射機。
「ユニウスクラウニの奇襲部隊は、全員これをつけて飛ぶんだぜ。だから奇襲に失敗しても、大丈夫っていうか」
それよりもと彼はアヤの胸に手を伸ばし、先端を軽く摘み上げる。
「あ、やんッ!」
ビクッと仰け反り、胸が丸出しだったことに気づいたアヤは咄嗟に身を引いたのだが、再び近寄ってきたアッシュに唇を吸われ、目を閉じた。
「……アッシュ」
唇が離れた後も、うっとりとした目つきでアヤは彼を見つめる。
ずっと、こうしてもらいたかった。
十代の頃、いや、もっと前からアヤは彼を好きだった。
疎開さえなければ。
能力者狩りさえ、来なければ。
アッシュと同じ学校に通い、卒業して、いずれは結婚を申し出ていたはずであった。
「アッシュ、大好き……子供の頃から、ずっと、ずっと好きだったのよ、貴方のこと」
思いの丈が、言葉となって飛び出した。
いい、驚かれたって構わない。
もしかしたら、彼が私を思い出してくれるかもしれないし。
「へへ……」
じっと見つめられて照れてしまったのか、アッシュが視線を外す。
かと思えば、とんでもなく素っ頓狂な発言で、アヤの乙女心を苛立たせてくる。
「アヤって、地球連邦軍の兵士だよな。なのに俺の名前知ってたみたいだけど、どうして?」
ここまできて、まだ思い出さないとは呆れ果てた記憶力だ。
「もうっ。子供の頃から好きって、今言ったばかりでしょ!」
的確なツッコミに、しかしアッシュは首を傾げている。
「って言われてもなぁ〜。アヤみたいに綺麗な子がいたって記憶、ないんだよね」
「忘れちゃったの?酷いなぁ。……お隣のア・ヤ・ちゃ・ん」
アクセントをつけて囁いてやると、ようやく彼は何かを思いだしたようだった。
「……あー!」と叫ぶアッシュへ身を寄せて尋ねてみる。
「どう?思い出した?」
「あー、アヤちゃん!そうだ、アヤちゃん!そうだ、いたいた!高峰アヤちゃん、だよね!?」
今度は、ちゃんと思い出してくれたようだ。
「正解」
ご褒美にチュッと頬へキスしてあげると、アッシュの頬に赤みが差す。
「いやぁ、だってアヤちゃんって、こんな美人だった?全っ然、わかんなかったよ!」
褒められていると解釈するべきだろうか。
「……私、そんなに変わった?私はすぐに判ったよ、アッシュのこと」
「そ、そうなんだ。ゴメン」
しゅんとしょげる彼を見ているうちに、アヤは段々おかしくなってきてしまった。
「それでアッシュ、貴方はどう思ってたのかなぁ?お隣のおねーさんについて」
ズボンの上からでも、はっきり判る。
アッシュの股間にぶら下がるモノは、意外や大きい。
「あ、あ、その……好きだったよ、俺も。アヤ……ちゃん」
さっきまで忘れていたくせに、調子のいい。
「アヤでいいよ。いつまでもアヤちゃんってのも、おかしいでしょ」
「う、わ、わかった。アヤちゃん、じゃなくて……アヤ」
ぎゅっとアッシュが、しがみついてくる。
背は彼の方が高いのに、まるで子供みたいに体を震わせて。
「ア、アヤちゃん……」
「何?」
「俺、君をユニウスクラウニへつれていきたい……来てくれる、よね?」
「え?」
「一緒に来てくれよな、アヤ!」
かと思えば襲ってきた時の脳天気さに戻ってしまったアッシュが差し出す手を、渋々アヤも握り返す。
そしてユニウスクラウニの総本山へと、案内された。

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