彼女の元まで案内してくれたのはニィカフェカだ。
僕を心配してなのか、ハェンラェンも一緒だ。
「まって、ヨーヨーセン!行くなら、僕もつれていって!」
大声で呼びかけると「ふぇっ!?」と驚いた瞳が僕を見つめてきて、改めてニィカフェカが説明する。
「君は、これから冠士様の官署へ売り込みに行くんだろう?僕らも同行させてくれないか。安心して、君の商売の邪魔はしない。ただ、ちょっと、護衛の任についた衛士を野次馬したいだけさ」
ヨーヨーセンは腕組して僕らを見渡した後、お断りを入れてくる。
「あーうん。そのつもりだけど、あそこに薬師と茶焙師は入れないよ?」
官署は冠士と衛士の他に商人までが許可を出されているんだそうだ。
僕ら薬師と茶焙師はアウト。冠士は茶葉を必要としていないし、薬師は家で販売するのが役割だからだ。
「それなら大丈夫」とニィカフェカは胸を叩き、小声になる。
「僕らも商人のふりをしていけばいいんだ」
「そうやね」とハェンラェンがヨーヨーセンの背中に目をやった。
「ウチらも、その大きなリュックサックを背負っていけば商人になれるんじゃない?」
商人のトレードマークといえばリュックだ。ヨーヨーセンも、いつも背負っている。
リュック以外の外見は、てんでバラバラだから、装おうと思えば僕らだってリュック一つで商人の出来上がりだ。
「偽装は咎だよー?それでもやるつもり?」と、口では言いつつもヨーヨーセンは笑っている。
本音じゃ面白がっているんだ。
これまで偽装をしようなんて考える人は、きっと一人もいなかっただろうから。
役割を謀るのも咎になる。けど、ここで足止めを食らっている場合じゃないんだ。
リュックの予備を持っていないかとニィカフェカが尋ね、ヨーヨーセンはあると答える。
ついでに僕らの背丈を手で測り、ぼそっと呟くのも忘れなかった。
「んー。ぼうやとかのじょには、わたしのリュック、ちょっと大きいかもねー。ま、いっか」
また子供扱いだ。
些か気を悪くしながら、僕も異を唱える。
「僕らの身長より問題なのは、ニィカフェカだろ」
彼の身体は至る場所から茶葉が見え隠れしている。顔なんかモロだ。
だが僕の杞憂をヨーヨーセンは鼻で笑い飛ばし、妙案を聞かせてくれた。
「それなら大丈夫ー。わたしの商売道具を駆使して、きっちり隠してあげる」
かくして僕らは一旦、彼女の家へ立ち寄ることにした。
今こうしている間にもユェンシゥンが冠士に何をさせられているのか気になるけど、悩んでいたって何にもならない。
逸って失敗するよりは、策を練って完璧な状態で忍び込むべきだ。
と、いうのは頭の中じゃ判っているんだけど……
モヤモヤしているのが表に出ていたのか、僕の肩を軽く叩いてニィカフェカが慰めてくる。
「大丈夫。彼は殺されないし酷い目にも遭っていないはずだ。他にも出入りする人がいる限り」
「んー、けど奥の私室は衛士でも立入禁止だからねー。そっちで何かされたら、誰にも判らないよ?」
慰められた側から、ヨーヨーセンが僕の不安を煽ってくる。
やめてよ、そんなふうに言われたら余計想像しちゃうじゃないか。
人前でキスを強制してくるような相手だ、きっと服を脱がされたら身体中を触られたり舐め回されたりして、あぁ。
顔を覆った僕の横でハェンラェンが憤慨する。
「もーっ、やめてよヨーヨーセン!ウチらのお月様が汚されるなんて、想像でもやっちゃ駄目!」
お月様?
ぽかんとする僕の横で、なおも彼女は夢見る視線で語りだす。
「ユェンシゥンはキラキラしているから独り占めしたくなるのは判るけど、ほんとに独り占めしちゃ駄目だよね」
ニィカフェカの顔に白粉をパフパフはたきながら、ヨーヨーセンも相槌を打った。
「そうだねー。衛士の役割を奪うのも咎だし、もしこれが役人の耳に入ったら、チィンダィン様といえども無に還されちゃうかもねー。そうなったら冠士交代でユェンシゥンも戻ってこられて、一件落着だ」
「役人って、そんな役割も持っているの?」
僕の横入りにもヨーヨーセンはマイペースに頷いた。
手は忙しなく、ニィカフェカの顔だけといわず腕にも首筋にも白粉を叩きながら。
「そうだよー。冠士なんて威張っているけどね、役割を割り振る役割でしかないんだから。この街で一番重要なのは役人で、一番必要なのは薬師だよ。覚えといて」
役人ってのは次の役割を呼びに行くのが役割だとばかり思っていたけど、そんな役割もあったんだ。
驚く僕を見て、ヨーヨーセンがニヤッと笑う。
「ぼうやは世の常識を知らなすぎるよねー。ま、薬師だから仕方ないか。ユェンシゥンが戻ってきたら、いろんなことを尋ねてごらん。いっぱい教えてくれるよー」
「プライベートも?」
僕が尋ねる前にハェンラェンが横入りで瞳を輝かせる。
やはりマイペースにヨーヨーセンは答えた。
「そうだねー、気が向いたらプライベートも教えてくれるよ。当たり障りのない情報だけどねー」
口の軽い彼女にも教えられるってのは、辛口が好きだとか、そういった情報?
けど確かに、ヨーヨーセンの言うとおりだ。
今までの僕は聞き手に回るばかりで、自分から何かを尋ねたりしなかったかもしれない。
だからユェンシゥンは何が好きで何が苦手で僕と会う日以外に何をしているのかも、さっぱり判らずにいた。
何故あの時、冠士の要求を退けないでキスしたのかも理解できずにいる。
彼は、どんな気持ちで、やったんだろう。
皆の前で、あんな恥ずかしい行為を無理強いされて……
「ハイ、完成。何処から見ても茶焙師には見えなくなったね、ニィカフェカ!」
パンパンと手をはたいて、満足そうにヨーヨーセンが頷く。
結果としてニィカフェカは緑じゃなくなった。
全身真っ白ってのも珍しくはあるけど、リュックを背負えば商人の仲間入りだ。
「偽装するんだったら、服も変えとかないとねー。全員、わたしの服でいいー?」と、続けてタンスから取り出してきたのは白いシャツと短めのズボンが三人分。
に、似合うかな……?
生まれてこのかた、ローブしか着たことないんだけど。
ハェンラェンは果敢にローブを脱ごうとして、ジタバタしている。
「ぬ、脱げないー!引っ張って、ヨーヨーセーンッ!」
頭がつかえて上手く脱げないんだ。
腕だけ出してもがいている姿はマヌケだなと思うと同時に、僕も無事にローブを脱げるのかが心配になってくる。
この街に来る前からローブは着っぱなしだし、脱ぐなんて考えたこともなかったぞ。
「身体ピッタリに誂えてあるんだね。薬師のローブって」
ハェンラェンと比べたら、ニィカフェカは着替えもあっさりだ。
自前の服を脱ぎ捨てて、さっさと白いシャツと短めのズボンに履き替えた。
「よいっ……しょーっと!」
勇ましい掛け声と共に勢いよくローブを上へ引っ張られて、ハェンラェンがよろける。
「あぁっ、たったったっ!?ひゃんっ!」
あぁ、思いっきり尻もちをついちゃった……痛そう。
ヨーヨーセンって意外とガサツだからなぁ。頼む相手を間違えたんじゃないか。
呆れる僕を「ほら、ぼうやもー」とヨーヨーセンが急かしてくるから、僕は一応断りを入れておく。
「ニィカフェカ、手伝って」
「いいとも」
ニィカフェカはヨーヨーセンと比べたら、おっとりしているし、なんといってもガサツじゃない。
しっかり支えてもらったおかげで、僕は無様を見せずに済んだ。やれやれ。
出かける前から一騒動だったけれど、ようやく官署へ向かえる。
必ず助け出してあげるからね、ユェンシゥン!
ヨーヨーセンの案内で、僕らは官署へ入る。
入口で彼女が代表として挨拶するだけで、あっさり通れちゃったんだ。
真っ白なニィカフェカも、だぼだぼな格好の僕とハェンラェンも、リュックのおかげで商人だと認識されたっぽい。
いいなぁ。お咎めなしで自由に歩き回れるのって。
一番必要なのは薬師だと持ち上げられても、衛士がやたら薬師に気を遣ってくるのも、僕には全然実感がわかない。
だって薬師は一生を家の中で暮らさなきゃいけないんだ。
一度外を知ってしまった以上、行動範囲の広い商人や衛士が羨ましくなってしまうじゃないか。
こんな時じゃなかったら隅々まで見学して回りたいけど、長居は無用。バレちゃったら大変だしね。
官署は広い部屋が幾つも連なる、大きな建物だった。
各部屋には必ず衛士が一人いて、鋭い目を光らせている。
「冠士様の私室にいる可能性が高いね」と、ニィカフェカが小声で囁く。
ヨーヨーセンも頷いて、辺りを素早く見渡した。
「衛士の見回りを掻い潜るのは無理だし、わたしが代表で話をするから、皆は大人しくついてきてー」
官署は入るのが簡単な代わり、行動は全部、衛士に見張られている。
まわりに気になるものがあっても手を触れたりせず堂々と歩いて行けと彼女に命じられて、僕らは神妙に頷いた。
あぁ、でも気にするなと言われると、却って気になってしまうなぁ。
細長い机の上に乗っているのは、鼻の長い生き物の像だ。
壁にかけられているのは花畑の絵だ。よく描けている。
壁紙は金色で統一されていて、ずっと見ていると目がチカチカしてくる。
僕は、そっと目をそらしてヨーヨーセンの背中を眺めることにした。
彼女は、いつも大きなリュックを背負っているけど、中身は何が入っているのかな。
今日見せてもらったのは白粉だけだ。
僕が背負っているリュックには、彼女のタンスで眠っていた服がギッチリ入っている。
重たくはないんだけど、もし中身を調べられたら、なんと言い訳すればいいのやら。
「次の部屋の奥が私室だよ。わたしが入れるのも本来は、そこまで。そこにも見張りの衛士がいるけど……どうする?」
ぼそっとヨーヨーセンが囁いてきたので、僕は答える。
「君が衛士と話している隙に奥の扉を開くってのは?」
彼女は、しばらく無言だったけど、ややあってから一つの提案を出してきた。
「衛士は扉の前に立っているんだよねー……うん、じゃあ、こうしよう。わたしが衛士の気をひいて、扉の前から移動させる。ぼうや達は、衛士が離れた瞬間に扉を開いて飛び込む!」
素早い動きは苦手なんだけど、四の五の言っていられない。
僕らは神妙に頷く。
「飛び込んだら散開しよう。三人いたら、全員捕まえるまでに手間がかかるはずだ」と、ニィカフェカ。
それにも賛成だ。頷きで返すと、ヨーヨーセンの後をついていく。
問題の部屋に来た時だった。
ヨーヨーセンが聞き慣れない妙な猫なで声で衛士に話しかけたのは。
「ねぇ〜ん、そこの衛士サン。いいハナシがあるんだけどォ〜」
ぎょっとなったのは僕だけじゃない。話しかけられた衛士もだ。
瞬く間に頬を真っ赤に染めて、声だけは厳しく叱ってくる。
「な、なんだ、商人?怪しげな真似をしてみろ、役人に言いつけるぞ」
挙動不審になった衛士に、ヨーヨーセンがバチーンとウィンクした。
「怪しくないよォー。ちょぉっと気持ちよくなる、だ・け・だからァ〜。いつもお疲れ残業な衛士サンの為だけに、わたしがサービスしてあげるゥ〜。これは……あなたとわたしだけのヒ・ミ・ツ」
ふりふり尻尾を振りながら愛らしく微笑んだりして、およそ僕らには見せたことのない態度のオンパレードだ。
しかも、しかもだよ?
ゴキュリッと音を立てて唾を飲み込んだ衛士がヨーヨーセンの手招きへ素直に従ったってんだから、僕らはニ度驚かされた。
二人は部屋の隅っこへ歩いていき、ヨーヨーセンが上着を脱ぐ素振りをしているのが見えた。
え、何、まさか、ここで全裸になるつもりなの?そんな、破廉恥な。
目が離せない僕の肩を叩き、ニィカフェカが小声で促してくる。
「今だよ。奥へ行こう」
そぉっと扉を開けて僕ら三人が入り込んだ後も、衛士が怒って走り寄ってくる足音は聞こえてこない。
ありがとう、ヨーヨーセン。
もうちょっとだけ引きつけていてね。ユェンシゥンを見つけて戻ってくるまで!
🌗
官署の奥まで連れ込まれた俺は、役割ばかりか制服まで取り上げられた。
裸に剥かれて隅々まで洗われた後は、薔薇の花びらを敷き詰めたベッドへ横たわれと言い残して冠士は仕事に戻っていった。
いわゆる監禁だ。部屋から一歩も出られない。
冠士は休憩時間のたびに寝転がる俺を眺めに来ては、満足して帰っていく。
手を出さないのは、今の時間が仕事中だからってだけだろう。
なにかされた時には自らの解体も考えにあったが、月シリーズが交代すれば隣人も俺の消失に気づきよう。
シェンフェンが早まった真似をすれば、ここに来た意味もなくなっちまう。
感情を無にすれば、我慢できないこともない。
どうせ、もう、二度と表に出られないんだ。だったら感情なんて必要ない。
禁を犯して坏人化した時点で、俺の一生は終わっていたんだ。
そう結論づけると、すぐ脳裏にはシェンフェンの顔が浮かんできて、俺は俺の思考に悩まされる。
まただ。どうして彼を思い出さなきゃいけないんだ。
感情を無にすると考えた直後、瞬間的に彼を思い浮かべてしまう。
我ながら嫌になってくる、諦めきれない自分の未練がましさが。
発掘所には衛士と一緒に乗り込めたとしても、ここは無理だ。
なんせ衛士が扉を守っているんだからな。衛士の監禁を衛士が手伝っているんだ。
だから、二度と会えない。シェンフェンとは。
最初から出会いなどなかった。そう考えれば、忘れられるだろうか?
……無理だ。
忘れようとすればするほど彼の笑顔が浮かんできて、俺は頭を抱えた。
忘れられないんじゃない、忘れたくない。
あの時、確かに俺と彼の心は繋がりあったんだ。
その感動を、どうして忘れられようか。
絶望にくれる俺の耳が、微かな音を聞き取る。
また休憩時間に入ったのか?
そう思って扉を見た俺は、目が点になった。
「見つけた、お月様」と囁いて入ってきたのは小さいのが二人と、背高が一人。
どちらも冠士とは似ても似つかぬシルエット、完全に部外者だ。
外の見張りは何をやっている?
いや、外の部屋で仕事をしているはずの冠士も気づかなかったというのか?
どうやって、ここまで辿り着いたんだ、こいつらは。
リュックを背負っているからには商人なんだろうが、商人といえど奥の私室への出入りは禁じられている。
それに全身真っ白な奴なんて、全く見覚えがない。どこかの商人が交代したのか?
いや、しかし、商人が無に還った報告も最近は全然聞いていない。
訝しむ俺の耳に、とてもよく聴き慣れた声が入り込んできた。
「助けに来たよ、ユェンシゥン!」
走り寄ってきた三人のうち、二人がキャッと叫んで視線を外す。
「な、なななな、なんでユェンシゥン、裸なの!?」
「やだぁ、もう、あのブタ、絶対許さない!」
向こうも驚いただろうが、俺も驚いた。
小さいのはシェンフェンとハェンラェンだった。
全身真っ白なのはニィカフェカ、シェンフェンの家で多々見かける茶焙師だ。
薬師と茶焙師が入口で呼び止められないはずがないから、こいつは商人の手引に違いない。
こういった、とんでもない事をやりそうな商人には一人、心当たりがある。
ばれたら全員無に還されるぞ。だが、彼らも承知の上で乗り込んできたのだろう。
たった一人の衛士を救うためだけに勇気を出せる、それがシェンフェンという少年だ。
ベッドを降りた俺にニィカフェカが予想通りの商人の名を口にし、彼女の手引で忍び込んだのだと微笑む。
「さぁ、急いで。これに着替えて。こんなこともあろうかとってんで、リュックに入れてきてよかった」
俺が裸で監禁されるのを予想していたとは、如何にも彼女らしい小賢しさだ。
渡されたのは緑色のシャツとズボンで、あちこち毛糸が飛び出ているのは、恐らく茶焙師をイメージして作られた服なのだろう。
こんな服を作って、あいつは誰に売りつける予定だったんだ?
偽装は咎だというのに。
まぁ、いい。今だけは目を瞑ってやる。
シャツもズボンも俺には窮屈なサイズだったが、裸で廊下を走り回るよりはマシと言えた。
「それと、これもかぶって」と茶焙師が渡してきたのは、緑色のウィッグだ。
やはり、これにも毛糸がついている。
「茶焙師が官署を走り回るのは不自然じゃないか」と悪態をつく俺に、ニィカフェカが肩をすくめる。
「本当は君用のリュックを持ってきたかったんだけど、数が足りなかったんだ」
この服は、ニィカフェカが即興で作り上げたのだと言う。
茶を育てる以外にも得手があったのかと驚く俺に、服を作ったのは今回が初めてだよと彼は笑った。
俺が着替え終えたタイミングで、シェンフェンが促してくる。
「さぁ、早く。ヨーヨーセンが時間稼ぎしてくれているけど、いつまで保つか判らないし」
一人だけいないと思ったら、扉の前の衛士を引きつける囮役を買って出たのか。
あいつにしては殊勝な。
きっと、ことが終わった暁には、俺かシェンフェンから礼をふんだくる気なのかもしれないな。
「見て。この窓、外に続いている」
ハェンラェンが窓を示し、彼女より背の高いニィカフェカが窓を開ける。
俺が何度回しても外せなかった閂を、いともあっさり、リュックから取り出した工具で取り去ったのだ。
これこそ商人の商売道具に違いない。ヨーヨーセンなら、これぐらい持っていてもおかしくない。
俺の視線に気づいたのか、ニィカフェカが苦笑する。
「今回だけは、彼女の咎に目を瞑ってあげてくれるかい?僕らが一緒に来なくても、きっと彼女は君を助けに行ったと思うしね」
俺のせいで無に還されるのだと考えたら、三人とも無事に逃してやりたい。
俺は「あぁ」と頷き、窓から身を乗り出した。
外に見張りは一人もいない。見張らなきゃいけないのは常に中、そして入口だけだからな。
「シェンフェンとユェンシゥンは窓から逃げて。僕とハェンラェンはヨーヨーセンを拾って帰るよ」
俺が答える前に扉がノックされて、部屋は一瞬にして静寂に包まれる。
まさか、冠士が来ちまったのか?ヨーヨーセンは、どうなった――
「あー、まだいた。うん、大丈夫だよー。外の衛士は寝かせたから、廊下を歩いて戻ろうか」
ひょこっと顔を出したのは、ヨーヨーセン当人だった。
あぁ、驚かせやがって。俺を含めた全員が安堵の溜息を漏らす。
部屋を出てみれば、衛士が部屋のすみっこで熟睡しているのが遠目に見えた。
「お疲れ様だね、ここの警備を担当している衛士サンは。マッサージしてあげたら、そのうちぐっすり寝ちゃったよ」
そりゃそうだ。
ここに詰めている衛士は年中休まず警備しているんだ。
疲れきっている時にマッサージされたりしたら、誰だって安らかな気分で寝入っちまう。
皆と歩調を併せながら、俺は、それとなく尋ねてみた。
「ただで、やったのか?」
「そうだよー。わたしにしては大サービスすぎたかもね」と答えて、ヨーヨーセンが俺を見上げる。
「けど、お得意さんを一人なくすよりは、ずっとマシだよねー」
いつも通りの現金な答えで安心した。
先の金より未来の金を求めてこそ、ヨーヨーセンだ。
俺達は早足にならないよう、堂々とした足取りで官署を出た後は月路地にある俺の家まで直行する。
一つ気になったのは、シェンフェンが始終無言だった点だ。
視線はまっすぐ前を見て、俺のほうを見ようともしない。
家に入った後も、ずっと無言を貫いている。
ひとまず義理立てで助けに行ったけれど、腹の中では勝手な俺を許していないのかもしれない。
些か不安になって何か声をかけようと口を開いた俺は、間髪入れずドンッと勢いよく抱きつかれる。
「おかえり、ユェンシゥン!君が無事で良かったー!」
満面の笑顔を浮かべたシェンフェンに――