これまで通り、見回りついでに薬師や茶焙師の家へ立ち寄る役割が再開した。
きっと冠士と役人との間で、何かしらの取り決めが行われたんだ。
あれだけの真似をしておいて、チィンダィンが無に還らず冠士のままでいるからには。
俺にしても、そうだ。咎を犯したはずなのに、無に還らず消失もしていない。
同僚は何も言わない。そればかりか、幽閉されていた俺を労ってきもした。
官署へ忍び込んだ茶焙師と薬師二人についても一切のお咎めなしと、これは隊長が俺に教えてくれた。
そうして、全てが元の日常へ戻った。
いや――
そうでもない、か。
今日は仕事休みの日、俺は隣家へお邪魔している。
これまで年中無休だった衛士に休みが与えられるようになったのは、俺が官署へ幽閉されて、その日のうちに脱走した後の話だ。
警備の勤務中に熟睡していた衛士が見つかり、働かせ過ぎだという結論に落ち着いたらしい。
翌日、役人が全ての衛士を集めて変更を告げてきた。
こんなのは俺が衛士になって初めての出来事でもあり、異例の事態だ。
だが、悪くないと思う。
俺達は確かに働きすぎだった。
増加する坏人に対して、劣勢を強いられていた。
そして坏人の増加も、衛士が働き詰めなのと深く関連していた。
少しでも疲労を回復させようと薬を飲む回数を増やした衛士が中毒になった姿、それが日々増殖していた坏人の正体だ。
俺達は世界を守るつもりで戦っていたのに、自ら滅びの道を進んでいたんだ。
俺も毎日薬を飲んでいた。
貰ったものを飲まないのは悪い気がしたし、飲めば疲労が取れたような気分になったからだ。
しかし、これからは飲む回数を控えるとしよう。
本当に具合の悪い時だけにしないと、また坏人になっちまうからな。
そういった事をシェンフェンに話したら、彼は少しバツの悪そうな表情を見せて俯いた後、ややあって顔をあげると「ごめんね。次からは、きみが倒れた時に薬を渡すよ」と寂しげに笑った。
だから、俺も言ってやったんだ。
「あぁ、その時は最高級の茶葉で入れてくれ」ってな。
そうしたら、彼の嬉しそうなこと。いつか本当に最高級の薬をご馳走してくれそうだ。
楽しみにしているぜ、シェンフェン。
🌘
ユェンシゥンが誘拐される大事件が無事解決した後。
ユェンシゥンは衛士の仕事に戻れたし、僕らには何のお咎めもなく、ついでにいうと冠士様も、お咎めがなかったんだ。
まるで、事件そのものが起きてなかったことにされたみたいだ。
まぁ、そうだよね。
世界を管理する冠士様が咎を犯したってんじゃ、他の住民に示しがつかないもんね。
幸い、例のバケモノがユェンシゥンの変身した姿だと知るのは衛士と僕だけだ。
巨大な坏人が出て、衛士が退治した。
そういうふうに近所の間じゃ伝わったようで、数日は何人ものお客が興奮して喋っていったっけ。
僕は勿論、真実を喋るつもりはない。
胸のうちに仕舞い込んで、しっかり鍵をかけたんだ。
ただ、注意事項は頭に叩き込んでおいたよ。薬の過剰摂取は体に害だって。
僕ら薬師の薬は毒にも益にもなる。大事なのは茶葉との配分だけじゃない、取る回数もだ。
時折訪れるお客に薬を売りながら、僕はチラッと棚の上を見上げる。
あそこには最高級の茶葉があるんだけど、いつ使うかは決めてある。
僕の大好きなお隣さん、ユェンシゥンが病で寝込んだ時に、最高のお茶兼薬としてプレゼントする予定だ。
ユェンシゥンは、休みの日には必ず僕の家へ遊びに来てくれるようになった。
最初は他愛ない雑談で始まるんだけど、会話が途切れた途端、彼ったら積極的に僕を求めてきて、ウヘヘ。
……ハッ!やばい、幸せで頬肉が緩んじゃうよ。
うん、そうなんだ。僕たち、正式に恋人としてつきあうって決めたんだ。
二人だけの約束じゃなく、世間へ大々的に発表した。
そうしようって言い出したのはユェンシゥンで、そうしないとまたトチ狂った人が出てきてしまうからなんだって。
勿論、異存はない。
僕たちが愛し合っているのは事実だし、また誘拐されても困るしね。
ユェンシゥンに憧れる住民は僕が予想していたよりも遥かに多かったらしく、発表後しばらくは、あちこちで冷やかされたと彼は言っていたけれど、誰に冷やかされたって僕への愛は変わらないって断言してくれて、ウヘヘ。
……ハッ!
うぅん、ユェンシゥンのことを考えると、どうしても僕の顔はにやけてしまう。
つい昨日会ったばかりだってのに、もう衛士の休日が待ち遠しくて仕方ない。
嗚呼、ユェンシゥン。
細い指で僕の顎をなぞりながら切れ長の瞳で僕を見つめて、さらさらの黒髪からは良い匂いが漂ってくるんだ。
僕んちのベッドが、もうちょっと大きれば……いやいや、何を言っているんだ、僕。
恋人になった早々でがっついていたんじゃ、彼だって引いちゃうよ。
次の休日は、少しばかり高級なクッキーを用意しておこう。
いつも安い煎餅とお茶ばかりじゃ、ユェンシゥンも飽きちゃうだろうしね。
そうだ、ヨーヨーセンに頼んで安く売ってもらおうっと。
僕はワクワクしながら、ベッドに潜り込んだ。
そして、あと三日待てば衛士の休日だという頃。
取るものも取らず、僕は慌てて隣家へ駆け込んだ。
「大丈夫かい、ユェンシゥン!?」
ユェンシゥンが倒れたってヨーヨーセンから聞かされて、馳せ参じたという次第だ。
彼の家には大勢の見舞客が来ていて足の踏み場もなかったけれど、僕のやるべきことは決まっている。
そうさ、最高級の茶葉を使って美味しい薬を作ってあげるんだ。
待っていてね、ユェンシゥン。これを飲めば、一口で全快さ!