第九小隊☆交換日誌

報告その4:クレイダムクレイゾン  【報告者:セーラ】

……何なの?この報告書は。
ナナは素人だから仕方ないとして、ユンとキースは何年軍人をやっているのよ。
仕方ないわね、ここは私が手本を示しておきましょう。

そうそう、ユンに頼まれていた大気成分の調査結果だけど。
手持ちのお粗末な機材だけでは、はっきりと断定は出来ないんだけど、
私達の住む世界と、そう大差ない成分が含まれているようね。
だって呼吸するのに息苦しいと感じた事なんて、一度もないんだもの。
ひとまず大気用のカプセルに入れて、保管しておいたわ。

そういやDr.セツナが見つけてくれたのよね。初心者歓迎のお仕事を。
私達は依頼人へ会うため、徒歩でレイザースからクレイダムクレイゾンへ移動したの。
丸一日かかってしまったけれど、道中魔物に襲われることなく無事に到着したわ。
それにしても綺麗な街よねぇ、ここ。
建物という建物が全て赤く塗られていて、全体が赤色で統一されているのよ。
遠目に見える畑と大きな建物は、葡萄のワイナリーかしら?
きっとワインが名産なのね。ワインって呼ぶかどうかは判らないけれど。
街並みに見とれていると、キースが私を窘めてきた。
「おい、キョロキョロしているなよ、おのぼりさんじゃあるまいし」
だから、私は言ってやったわ。
「あら、私達は旅行者なんでしょ?ならキョロキョロしたっていいじゃない」
そうよ、玄人のフリをして何の得があるっていうの?
私達は、異世界からの旅人なんですからね。旅行者に見られた方がマシだわ。
「全く……ああ言えばこう言う。だからババアは嫌なんだよ」
聞こえないと思って小声で文句を言っているわね、キースの奴。
まぁ、いいわ。馬鹿眼鏡なんか相手にするだけ、時間の無駄だもの。
誰か呼び止めて、酒場を探さないとね。
「皆さ〜ん!あっちに酒場があるそうですよ〜!」
あら、手の早い。レンが既に酒場の場所を聞き出していたわ。
私達はレンの道案内で、クレイダムクレイゾン唯一の酒場『ワイバーンの酒蔵亭』へ向かった。


入った早々、赤ら顔のマスターが私達を出迎えてくれたわ。
「やぁ、新入りさんかな?いらっしゃい。お客さん達、こちらへは観光で?」
酒臭い息を吐きかけられても眉一つ動かす事なく、ユンが頷く。
その横ではDr.セツナが陽気に答えた。まるで旧知の友人みたいな気さくさでね。
「えぇ、私達はレイザースのあちこちを見て回っているの。この街の見どころは何?」
「こいつは驚いた!何も知らないで、クレイダムクレイゾンへ来たのかい、お前さん方。
 この街はワインだ!」
あ、この世界でも葡萄酒をワインって呼ぶのね。瓶に入っている処まで一緒だわ。
この世界の葡萄酒も紫色だし。味も同じかしら?
「ワイン目当てに毎年多くの観光客が訪れる。どうだい、お嬢さん?一杯やっていくかい」
お嬢さんと呼ばれて気をよくしたのか、Dr.セツナは頷いた。
「えぇ、いただくわ。あぁ、それと、もう一つ」
「何だい?」
「この街にスレイブス=ネイトレットという方のおうちは、ありまして?」
スレイブス=ネイトレットというのは、今回のお仕事の依頼主。
いかにも成金っていうか、お金持ってます〜って風情のオッサンの顔写真が載っていたわ。
きっと服の下には三段腹のお腹が隠されているのよ。あぁ、ヤダヤダ。
やっぱり男は、強くて格好良くて、でも無鉄砲で、どこか可愛くて意地っ張りで……
総合すると、カネジョーくんみたいな子がベスト・オブ・イケメンだと思うのよ、私は。
そのカネジョーくんなんだけど、さっきから妙に大人しい。珍しいことに。
いつもなら、ここで疲れただの喉カラカラだと大騒ぎしていても、おかしくないはずなのに。
「ネイトレットさんのお宅かい?この街で一番の大富豪に一体何の用事だい」
驚くマスターへ、Dr.セツナがニッコリ微笑む。
「えぇ、探検隊の護衛に志願してみようと思いますの」
「へぇ、こいつぁ驚いた!あんた達、そこまで強そうには見えないけどねぇ。
 ネイトレットさんの本宅は大通りを真っ直ぐ抜けて、広場を更に奥へ向かった先にあるよ」
さりげに無礼な事を言われた気がするけど、Dr.セツナが突っ込まないみたいだから
私だって華麗に流してあげるわ。大人のオンナですしね。
「カネジョー、いくよ?……おーい、カーネージョー?」
ゆっさゆっさとナナがカネジョーくんを揺さぶっているけど、
カネジョーくんは机に突っ伏したまんま。
どうしちゃったのかしら、本当に。
私も心配になって彼の顔を覗き込んでみたら……あらっ、この子ったら寝ているわ!
「んごー」
「道理でさっきから大人しいわけだ。いつから寝てやがったんだ?こいつ」
ペシッとキースに頭を叩かれても、カネジョーくんの起きる気配はない。
ユンがキースの問いに答えた。
「カウンター席に腰掛けた瞬間から寝ていたようだが」
「気づいていたんなら、起こせよ!」
周囲の騒然すら無視して、カネジョーくんは超熟睡。
涎まで垂らしちゃって……無防備すぎるわよ、軍人のくせにぃ。
「もう、しょうがないわねぇ。ここはお姫様のキッスで起こしてあげるしかないかしら」
「おい、ヨダレ」
あらやだ、私まで涎が出ちゃったわ。
「キッスでもビンタでもなんでもいいから、さっさと起こしてくれ。
 依頼主に会いに行くんだからな」
判っているわよぉ、そんな急かさなくても。
まずカネジョーくんの顎を持ち上げ、上を向かせる。
うふふ、これだけ触られても全然起きないなんて、鋼鉄の神経しているわね。
僅かながらに半開きの口元が、私から理性を失わせるわ。じゅるり。
「か、カネジョーくぅん……お……き……て……ッ」
そろそろと唇を近づけたら、あと数ミリって寸前でカネジョーくんがパチリと目を開いた。
いえ、開いたばかりじゃなくて「うわぁぁぁぁ!!!」って絶叫しながら、
ヘッドバッドしてくるもんだから。
私も「んぎゃっ!!」と、はしたない大声をあげて、額を押さえる羽目に陥った。
い、痛い……愛の鞭が痛い……ッ。
「どっ、どうしたカネジョー、悪夢でも見たのか?」
一歩退いたキースが問いかけると、カネジョーくんは二、三度辺りを見渡してから、溜息を一つ。
「あー、夢で良かったぜぇ、危なくサンドワームに丸呑みされるトコだった」
「まぁ、サンドワームではないけど丸呑みにされるところでしたしねぇ」
と、これはレンの悪態。
「何か言ったか?」「何か言った?」
私とカネジョーくんのハモリには、「いぃえぇ?何も?」なんて笑って誤魔化していたけど。
しゃらくさい小娘ね。小隊で一番地味なくせに。
「サンドワームもいいけど、出かけるわよ。依頼主の処へね」
Dr.セツナに促され、カネジョーくんも席を立つ。
「おぅ」
酷い目にあったけど反面、彼の可愛い寝顔も見られたから、よしとしておくわ。
なんたって、私はキースと違って大人ですものね。……クッ。
「おい、お嬢さん。飲んでいかないのかい?ワイン」
マスターが何か騒いでいたけど、「失礼、急ぎますので」
Dr.セツナは、きっぱり断って歩き出す。私達も、彼女を追いかけて酒場を出たわ。


ネイトレット家には、既に何組かの人数が集まっていたわ。
探検隊の護衛に志願しようと企んでいたのは、私だけじゃなかったみたい。
ま、当然ね。情報誌に、あれだけデカデカと載せられてあっちゃーねぇ。
スレイブス氏は私が想像していたよりは、スマートな老人だったわ。
綺麗な白髪で、眼鏡をかけていた。
服も成金風味ではなく、お洒落なストライプのスーツだったし。
情報誌に載っていた、あの写真って誰だったのかしら。……誤掲載?
ネイトレット家はクレイダムクレイゾンに古くから住んでいる地主さんの家系なんですって。
どうりで、成金らしさが微塵も感じられないわけね。
やがて、スレイブス氏の個人的な判断により護衛隊のメンバーが決定したわ。
私達、第九小隊は全員選ばれた。
ナナやキースは自分の魅力のおかげだって威張っていたけど、
そうじゃないんじゃないかしら。
これは私の予想だけど、私達が無名だからこそ選んだんだと思うわ。
だって選考の時、未知の可能性に賭けたいって熱く語っていたんだもの。
自分の命を守る人間を選ぶのに、未知の可能性に賭けるって、どういう意味かしらね?
まぁ、老い先短い老人の考えなんて私には判らないし、どうでもいいわ。
あと一緒に選ばれたのは、斬って人のチーム。
上から下まで全身黒づくめの怪しい男・斬を筆頭に、
スージ、エルニー、ジロって名乗られた。
でも正直、どの子もパッとしない田舎の子供達って感じね。
斬ぐらいかしら、実力がありそうに思えるのは。格好は変質者としか言いようがないけど。
気になるお給料は、前金で五千ゴールド、後払いで五千ゴールド、ですって。
破格のお値段らしく、スレイブス氏が発表した時は「おぉ〜!」って声もあがっていたけど、
1ゴールドって、クォンス金貨にして何枚分の価値があるのかしら?
この世界の物価についても、後々調べておかないとね。
いざ給料を貰って宿代を払おうって時に、足りなかったりしたら赤っ恥をかいちゃうじゃない。
出発は明朝。今夜はネイトレット家に泊まっていけって言われたわ。
太っ腹な依頼主よね。
斬って人達は、他にアテがあるのか別の場所に泊まるって言って出て行っちゃったけど。
他にアテのない私達は、有り難く泊まらせて頂くことにした。

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