act4 反逆の黒騎士

洞窟での死闘が始まるよりも少し前、レイザース城下町のほうにも異変は起きていた。
白騎士の殆どが出払った、このタイミングで城を襲撃してきた輩がいたのだ。
幸い城にはまだ、黒騎士団と半数以下の魔術師が残っていたから良かったものの、相手は例の反逆者。
元黒騎士、ジェスター=ホーク=ジェイトだ。
奴は一人ではなかった。当然ながら、仲間をつれて現われた。
異形の者達――洞窟でクローカーが召喚したものと同じく、魔界の下等生物である。
それらを複数引き連れて現われたもんだから、たちまち城内で様子見していた者達はパニックに陥った。
「今すぐにでも出撃命令を!!」
血気はやる黒騎士の面々を手で制し、レイザース王がテフェルゼンを見やる。
「この時期、このタイミングでの奇襲。どう捉える?」
「我らの妨害及び、洞窟への進軍を阻む壁……手を組んだ、そう考えるのが妥当だと思います」
黒騎士隊長は顔色も変えずに即答し、ますます周囲の部下達は、いきり立つ。
「手を組むというのは、やはり上空に現われた異形の者達とでありますか、隊長!」
テフェルゼンは冷静に頷いた。
「そうだ。我々を此処で足止めするつもりだろう」
その言葉を裏付けるかのように、表からは朗々と声が響いてくる。ジェスターの声が。

「親愛なるレイザース城の諸君、元気でやっているかね?今日は諸君等に面白いものを見せてやろうと思って、ここまで来てやったのだ。感謝したまえ」

「何が感謝だ……!」
黒騎士の一人が、ぎりりと歯がみする。
ジェスターがレイザース城を襲うのは、今日が初めてではない。
以前にも襲撃してきたのは、まだ誰の記憶にも新しい。
亜人の島の怪獣達を引き連れて、城を襲ってきた。
幸いにもドラゴンの介入があって敗北を免れたものの、騎士団は相当の犠牲を強いられる。
国内屈指の術者バラモンを失ったのも、奴との攻防においてであった。
「待て、まだ何か奴が言っている」
隊長に制され、皆も耳を傾ける。ジェスターの言葉は、なおも続いた。
「ワールドプリズと魔界を繋ぐ門だ。今は、まだ現われていないが直に開くだろう。諸君等が見つけて大切に護衛してくれた、あの装置。あれが世界を混沌に導くのだ!」
馬鹿な。洞窟にある装置、その存在を知るのはワールドプリズでも、ごく僅かのはず。
何故、反逆者でお尋ね者のジェスターが知っている?
騎士達の動揺を煽るかのように、ジェスターの背後に控えた異形の者達が禍々しい旋律を奏でる。
耳障りな、聞く者の心を逆立てる鳴き声だ。
「さぁ、お得意のグラビトン砲でも出してみるがいい。我々は真っ向から、受けて立とう」
反逆者の挑発に、黒騎士の一人が顔を紅潮させて隊長を仰ぎ見る。
「見せてやりましょう、余裕を吹かせた愚か者にッ。我々の実力を!」
テフェルゼンは一言だけ、「挑発に乗る必要はない」と言い返すと、王の指示を待った。
頷き返し、王が言う。
「黒騎士団は全軍攻撃を開始せよ。魔術師は城内に待機、化け物達に剣が効かぬとあらば援護に移れ」
途端に、城内を包み込む鬨の声。誰もが出撃の瞬間を待っていた。
鎧の音も勇ましく、次々と黒騎士が出ていく中、隊長を呼び止める声がある。
テフェルゼンが振り返ると、そこにいたのは部下の一人、キリー=クゥであった。
「あいつだろ?怪獣を引き連れて城を襲ったことがあるってのは」
「そうだ」
折しもジェスター率いる怪獣が城を襲った時、彼だけは不在だった。
それよりも少し前、黒騎士の宿舎が別部隊の怪獣に襲われて、その時にキリーは瓦礫の山に生き埋めとなってしまった。
全てに片がついた後、彼は救出されて城の救護室へ運び込まれる。
誰がどうやって救出したのか、キリーを覆っていたはずの瓦礫は綺麗にどかされていたそうだ。
「勝てるのかよ?真っ向から剣で斬り合って。グラガンが効かなかったって聞いてるぜ?」
「勝てるか否かは、答えられん。だが王の命令とあらば、うって出る他はあるまい」
キリーの問いに答えたような、そうでもないような返答をし、テフェルゼンも部屋を出て行く。
その足が、不意にピタリと止まった。窓の外を見て、廊下で騒いでいる部下を見たからだ。
窓の下を覗き込んでみると、反逆者と向かい合う黒騎士二人の姿が見えた。

「ジェスターッ!貴様、よくもぬけぬけと俺達の前に姿を現わしたなッ」
叫んでいるのは金髪の青年アレンだ。アレン=ホーク=ジェイト、ジェスターの実弟でもある。
兄を呼び捨てる弟に対し、ジェスターは口元に余裕の笑みを浮かべて悠然と答える。
「アレンか……まだ生きていたとはな、その程度の実力で」
「うるさいッ、黙れ!俺は……俺は、貴様を追って城を出た!!貴様を殺す為に!」
アレンは、すっかり頭に血が上っている。
家名を汚し、自分の信頼をも裏切った兄を目の前にして、気が高ぶるのは判る。
判るが、しかし冷静にならなくては駄目だ。相手は歴戦の黒騎士団隊長を勤めたこともある男なのだから。
「アレン、落ち着きなさい……!早まってはいけませんわ。貴方一人で、どうにかなる相手ではなくてよ」
傍らで彼を諫めているのは、同僚のセレナだ。二人は揃って長期の有休願いを出していた。
目的は、反逆者の追跡。レイザースを襲ったジェスターを追う為、国を出たのである。
戻ってきたと同時に目標を見つけたとなれば、テフェルゼンの指示を仰がずアレンが暴走したとしても無理のない話であった。
「その女の言うとおりだ。王の命令通りにしか動けない優等生は黙って見ていろ」
ふふんと嘲られ、とうとうアレンの堪忍袋は緒が切れる。
「……うぁぁぁぁッッッ!!」
かけ声も勇ましく、斬りかかった。
だが剣は、あっさり空を斬り。捉えたと思ったはずの兄には、ふわりと間合いを外される。
そればかりか、入れ違いに飛びかかってきた影に頬をやられ、うっと呻いてアレンも後方へ後ずさった。
「アレン!」
悲痛な叫びをあげるセレナには「かすっただけだ!」と答えておき、襲いかかってきた相手を見据えるアレン。
緑色をした、そいつは背中に禍々しい羽を生やし、口の端からは牙を覗かせている。
長く尖った耳といい、ほとんど体毛のない全身といい、ワールドプリズの何処へ行っても見かけることのない不気味な生物だ。
奴らの背後で、兄が言う。
「貴様如きの相手など、そいつらで充分だ。全て倒せるならば、相手をしてやらんこともない」
――言ったな!
なら、全部叩き伏せて兄の元まで駆け上ってやる。
憤怒に燃えるアレンの横で、セレナも抜刀する。
「手伝いますわ、アレン!」
「いいッ、こんな奴らは俺一人で――」
言いかける側から鋭い爪が一閃し、寸でのところで身をかわす。
「ほら、無理ではありませんこと!? 四の五の言わず、さっさと叩き潰しますわよ!」
セレナにも叱咤され、アレンは慌てて剣を構えなおした。
「わ、わかった!協力感謝する、セレナッ」

「弾道上で始めてしまったか」
ポツリと呟き、テフェルゼンは身を翻す。
セレナとアレン、二人がいるのはグラビトン砲の軌道範囲だ。あれでは大砲を撃つわけにはいかない。
「隊長、どうなさいます!?」との部下の問いには、振り返りもせずに答えた。
「二人の加勢に入る」
「ま、それが妥当だろうぜ」
キリーも呟き、窓の外を見た。
かわいそうに、アレンの奴。憎き兄には相手にもされず、セレナと二人で化け物の群れに囲まれている。
ジェスターの相手が出来るのは、白のグレイゾンか黒のテフェルゼンぐらいだ。
幸い、あの化け物どもにはアレン程度の剣でも通じるようだ。
しかし、いくら剣が通じるとはいえ、魔物の数はゆうに五十匹を越えている。あれを全て退治するのは骨だろう。
火に臆した怪獣のように、何か弱点はないものか。
素早く左右を見渡して、同僚も上司もいなくなっているのを確認してから、キリーは走り出した。
皆が向かった出口とは正反対の、魔術師達が待機している部屋の方角へ。


洞窟でも、ソロン達が異形の者達に劣勢を強いられていた。
斬っても倒しても、後から後から際限なく沸いてくる。
呼び出しているのはクローカーだ。根源である奴さえ倒せば、化け物どもは沸いてこなくなる。
それは誰もが判っているのだが、奴に近づく手段がない。化け物がバリケードを作り、奴に近づかせてくれない。
「ソロン、この中で奴の動きを追えるのは君と斬だけだ」
早くも補充したばかりの弾を使い切り、三つ目の予備スロットを差し込みながらハリィが言う。
「俺達が援護する。君はなんとしてでも化け物の包囲網を突き破り、奴の相手をしてくれないか」
「そいつァ構わねェが」
ちらり、と迫る化け物を一瞥して、ソロンも応えた。
「結界は、どうするンだ?アレがある限り、こッちの剣は一切通用しねェぜ」
結界。厄介なシロモノである。
とはいえ、こちらも賢者の結界で守られているのだから、おあいこだ。
数で押されるたびにティルやキーファが結界に逃げ込むさまを横目に見ながら、ソロンも何度目かの突撃をかます。
唯一、結界を無視できる攻撃があった。
ルリエルの魔法だ。
彼女の魔法だけは、どうしたことか相手の結界をモノともせず、奴らに直接ダメージを与えることができる。
クローカーもキエラもルリエルの攻撃にだけは手を焼いているように、ソロンには思えた。
彼女が魔法を繰り出すタイミングに併せて斬りかかれば、もしかしたら剣の先が奴らに届くかもしれない。
万が一の可能性に賭けて、ルリエルが呪文を唱え始めるのを確認してから、ソロンは走り出した。
「くそッ、弾が何万発あっても足りやしねぇぜ!」
一方の傭兵組は、分厚い壁となった化け物達を片っ端から撃っているのだが、成果が芳しいとは言い難い。
撃ち殺す側から次の標的が召喚されるものだから、ちっとも減った気がしない。
おまけに相手は数にものを言わせて突進してくる。そのたびに、慌てて結界の中へ逃げ込まなくてはならなかった。
頼みの綱である援軍の白騎士団も、一応戦ってくれてはいるのだが、彼らの攻撃も悪魔二匹には届かない。
剣で一匹一匹退治するのは、効率が悪すぎだ。
せめて魔術師勢を引き連れて来てくれたのならば、もう少し役に立っていたものを。
そう憤っていると、にわかに出入り口のほうが騒がしくなってきた。
「あれが悪魔ね!よーし、最強魔法をお見舞いしてやるわッ」
勇ましい言葉と共に躍り込んできたのは、まだうら若き美少女。
ローブに身を包んでいるところを見るに魔術師と見て間違いない。
彼女をひと目見た瞬間、スージが黄色い声援をあげる。
「レ、レン様!?レン様だ、うわ〜本物なのっ!?」
白いローブの少女がグレイグを見つけ、走り寄ってきた。
「ご無事でしたか、グレイゾン隊長!」
抱え起こされて忌々しげにレン、それから少女へ振り返った時には、やや優しい視線を向けてグレイグが聞き返す。
「フィフィン、どうして此処へ?出撃命令が出たのか」
「い、いえ、その……」と、一瞬は怯みかけたフィフィンであるが。
「フィフィン!無駄口はいいから、さっさとそいつを回復させて!!」
レンの叱咤に身をふるわせると、一身に呪文を唱え始めた。
彼女の様子を見る限り、王からの出撃命令は出ていなさそうだ。魔術師団は独断で、こちらへ来た。
やれやれ――また命令違反か、とグレイグは暗雲たる気分になったが、今は落ち込んでいる場合でもない。
見れば傭兵達は既に弾を撃ちつくし、賢者の張った結界の中で様子見している状態だ。
「トラップは?あと幾つ残っている」
ハリィの問いに、カズスンが首を振る。
「全部使い切りました!」
チッとボブが舌打ちを漏らし、天井を見上げた。
クローカーもキエラも宙に浮かび、化け物もろとも吹き飛ばすかたちで光弾をブッ放している。
「膠着しているな……」
天井を見上げ、ハリィも呟く。膠着状態もだが、洞窟自体の強度も危うい。
先ほどから、パラパラと細かい破片が降り注いできているのに気づかないわけではなかった。
「潮時……か?」
ボブの問いに、ハリィは首を振る。
「退却したいのは山々だがね、無理だろ」
目の前では、化け物の首を締め上げているティルの姿がある。
素手で戦う彼女だが、化け物が相手でも全然ひけを取っていない。
鋭利な爪の一撃を、さっとかわして背後に回り込むと、ぐいぐいと首を締め付ける。
あの細腕のどこに怪力が、と驚くほどの腕力で、次々と怪物を戦闘不能に追いやっていた。
昏倒する化け物の始末は、おもにキーファの担当らしい。
ティルの後を追いかけてはノビた魔物にトドメを刺すという、いかにも彼らしい楽な役回りを選んだものだ。
唯一悪魔に直接攻撃を当てられるルリエルは、早くも肩で息を始めている。
その隣では、目を瞑ったソウマが何事か小声で呟いていた。聞き覚えのない言語からするに、恐らくは魔法か。
てっきり剣士だとばかり思っていたが、どうやら彼は魔法剣士だったようだ。
両手で印を結んでいる。呪文の長さからして、相当強力な魔法をお見舞いするつもりだろう。
せいぜい洞窟が崩壊しない程度に留めておいて欲しいものだが……
ハリィは例の装置へも目を向けて、そこにシャウニィとアルがいるのを確認した。
戦いが始まってから全く姿を見ていないと思ったら、装置の影で傍観者に徹していたのか。
まぁ、シャウニィは魔法が使えないとの事だから仕方がない。
しかし、アルはどうだ。ドラゴンなんだから、多少は手伝ってくれても良さそうなものだ。
――と思いかけて、いや待てとハリィは首を振る。
ドラゴンまで暴れ出したら、確実に洞窟は崩れ落ちるに違いない。
となると、アルは傍観者でいてくれたほうが助かりそうだ。
何十匹目かの化け物を切り倒し、ソロンが後退する。
額の汗を腕で拭い、同じくクローカーへの接近を試みる斬に声をかけた。
「ラチがあかねェ!あいつらをいっぺんにフッとばせる魔法ッてのは、ねェのか!?」
「あるには、ある……だが」
チラッとソウマを一瞥して斬は緩く、かぶりを振る。
「使えば全滅を免れぬ」
「ハァッ!?どンな魔法だよ、そりゃあッ」
話している間にも化け物が詰めてきて、かわしざまに斬りつけながらソロンは尚も尋ねた。
それに対して斬が答えようとした時。甲高い声が、二人の会話を遮った。
「隕石よ、全てを押しつぶせ!メテオ・ストームッッッッ!!!」
「何ッ……!?」と驚いたのは斬のみならず、白騎士グレイグやハリィ、ボブ達も驚いている。
アルが天井を見上げて、ポツリと呟いた。
「落ちて来ちゃうヨ〜?」
何が?と聞き返す暇もあらば、大きな岩が落ちてきて、「うぉわッ!?」とばかりにソロンは飛び退く。
続けて、次々と落ちてくるのは天井の岩ばかりではない。
燃えさかる大小の岩が敵味方の区別無しに降り注いできて、場は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
無論、結界の中にいるルリエル、ドンゴロ、傭兵達を除いては。
「ちょッ、何やってんだぃ、あの小娘は!」
レピアが金切り声をあげる。
フィフィンに治療魔法をかけられていたグレイグも身を起こし、レンを非難した。
「馬鹿、ここがどこだか忘れたのか!?」
だがレンの返事を聞く前に、フィフィンを小脇に横っ飛び。
直後、先ほどまで彼らのいた場所に、大きな隕石が落ちてくる。
「判ってるわよ!でも、いっぺんに雑魚共を倒すなら、この魔法が一番効率的なの!!」
呪文を唱えた張本人、レンは胸を張って答えた。
洞窟が崩れるだろうと判っていて、それでも効率を優先するとは。信じられない。
彼女だって、誇り高きレイザース騎士団のメンバーだろうに。
「何考えてんだよ、あの女!!」
キーファが絶叫する横では、ソロンがティルの元へ駆けつけて彼女の腕を取る。
「文句は後で言やァいいッ、逃げるぞ!生き埋めになりたくなかッたらな!!」
降り注ぐ隕石に、キエラも舌打ちする。
「つまらねぇ邪魔が入ったか……どうする、クローカー?一旦退くか?」
見えぬ壁にぶつかって岩が粉々に砕け散る様を眺めながら、クローカーは目を細めた。
「いえ、続けましょう。どうせ洞窟が崩れた程度で、あれが壊れるとも思えませんしね」
あれ、とは勿論あの装置だ。
美女――彼らが『フェザー』と呼ぶ人物の入った水晶と、四角い機械。
幾つもの岩や隕石が派手にぶつかっていたが、水晶にヒビが入ったようには見受けられない。
キエラも装置を一瞥し、口元を歪に歪めると「じゃあ俺達は、このまま待機だな」と相棒に指示を求める。
二人の会話に気を留める者など一人もおらず、出口へ通じる穴は逃げ出す人間で殺到した。
「くっ、崩れる、崩れるよ、前の人、早く出てよー!!」と、最後方のスージなんぞは気が気じゃない。
呪文を唱えていたはずのソウマもルリエルを守る位置で剣を構えながら、悪魔二人に注意を払う。
キエラもクローカーも追ってくる気配がない。否、そればかりか逃げる様子すらも伺えない。
「生き埋めになるつもりなのか?」
思わず疑問が呟きで漏れ、傍らの少女には否定される。
「違う」
「違う?」
片眉をつりあげソウマが聞き返すと、ルリエルは小声で答えた。
「逃げる必要がないから、逃げないだけ」
結界を張れるからか。
今こうして見張っていても、彼らの上に落ちてくる岩は途中で軌道を変えてゆく。
見えぬ結界に当たって、軌道修正を余儀なくされているのだ。
そうだ、あの装置は?
通路に出る寸前、ソウマの目に入ったのは、岩がぶつかってもびくともしない水晶の姿だった。
だが通路に飛び込んでも、まだ無事とは言えず。
「きゃあ!」
「危ねェ、ティッ!!」
先頭を行くティルとソロンは、寸前で降ってきた天井から身をかわす。
降り注ぐ瓦礫の数は一つだけではなく、あっという間に二人の前には岩の壁が出現した。
「あ、あぁ……」
絶望に立ち止まるティルの背中を、キーファが押してくる。
「おい、立ち止まんなよ!後がつかえてんだ」
そのキーファを押し返し、イライラした調子でソロンは怒鳴り返した。
「進みたくても、これじゃ進めねェだろうが!前を見てみやがれ、前を!!」
「お前の剣で、なんとかならねーのか!?」
キーファも負けずに怒鳴り返し、ソロンは一旦、自分の剣へ視線を落とすも。
すぐに顔をあげ、激しく首を振った。
「無理だ。今の俺じゃあ、こいつは斬れねェよ」
かつてのソロンには、高い壁も一閃できるほどの実力があった。しかし、それは過去の話だ。
「うわっ!」「きゃぁ!!」という悲鳴が後方であがり、大量の砂が降ってくる。
「どうした!大丈夫か、ハリィ、エリック!!」
呼びかけても返事はなく、耳元を劈くティルの悲鳴。
「ソロン危ないッ、キャアァァーーーッッ!!」
続けて真っ茶色に視界一面を覆われ、何も見えなくなってしまった……


タルアージの洞窟――
と、呼ばれていた場所は、すっかり崩れ落ち。
天井のなくなった空を見上げ、キエラがポツリと呟いた。
「派手にやってくれるぜ。おかげで、こっちの手勢も全滅だ」
彼の言うとおり、魔界から召喚したはずの下等魔族は一掃され、辺り一面が岩の破片と土砂で埋まっている。
「何、どうせ奴らも岩の下敷きです。それより、人柱を探しに行かなくては」
クローカーの言葉に「そうだな」と頷いたキエラも彼の後に次いで、飛び去った。
行く先はレイザース城。適当な人物を見繕って拉致し、水晶への贄とする為に。

彼らが飛び去って、数分後。
「……もう、いなくなったか?」
瓦礫を持ち上げて、ひょこっと顔を出した者が、一人、二人、三人。
生き埋めになったかと思われたソロン達は、しっかりちゃっかりルリエルの張った結界に守られて、生きていた。
「しっかし、すげーなルリエル!攻撃だけじゃなくて結界も張れるなんて」
ジロの大賛辞にも顔色一つかえず、ルリエルは小さく呟く。
「人柱って言っていたわ。斬、彼らは何をするつもりだか判る?」
ジロの存在をあっさり無視して質問してくるルリエルを一瞥し、斬は目を細める。
「恐らくは……あの装置を動かす魔力を求め、人間でも拉致してくるつもりであろう」
彼の視線を辿って、誰もが、その先にあるものを見つめる。
洞窟内で見つかったという、例の装置を。

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