act3 援軍

眼下に緑が迫ってくる。
いよいよ首都が目前に近づいてきた。誰かの喉が、ゴクリとなる。
「よ、よし……ッ」
手元にナイフを並べて、キーファが意気込む。
バージやルク、そしてハリィ達も己の武器を取り出し、準備に余念がない。
誰もが戦いを覚悟している、そんな状況の中で待ったをかける者がいた。
「あぁ……すまんが、少しいいか?」
斬だ。
「なンだよ?まさか、土壇場で怖じ気づちまッたンじゃねェだろうな」
ソロンが聞き返すと、黒装束はかぶりを振って、横目でジロとスージを一瞥する。
「違う。だが、この中には戦いが不向きな者もいるのでな。あいつらを先にクレイダムクレイゾンで降ろしてもらえぬだろうか」
「なんだよ、やっぱり怖じけてんじゃねーか」
ヘラヘラ笑うシャウニィにカチンときたか、スージがギルドマスターへ噛みついた。
「マスター!まさか、この大決戦にボク達を置いてけぼりにする気じゃないでしょーね!?」
その横ではジロが鼻をほじりながら、暢気に呟く。
「ま、それが妥当な線だよな」
「ジロ!」
非難がましく睨んでくる幼なじみなど目もくれず、ジロは叔父を見上げた。
「なんか成り行きで突撃することになっちまったけど、俺は御免ッスからね。戦うなんて」
焦ったのは他の者達で、「ちょ、ちょっと今ごろ何を言い出すの!?」とティルが口を挟んだのをきっかけに、一同は大騒ぎ。
「見ろや、もう首都は目と鼻の先だぜ!?クレイダムクレイゾンに寄り道してる暇なんざァ、あるか!」
ボブの指さす方向には、滝の流れが見えている。
タルアージの滝だ。その後方に見えるは、レイザース城ではないか。
クレイダムクレイゾンは、首都より更に南下した場所にある。寄り道している暇など、ありゃしない。
「……突っ込むぞ。準備はよいか?」
アルの問いへは、ソロンが即答する。
「あァ、いいぜ」
「おいおい、いいって、ジロとスージとエルニーも一緒に連れていくことに決まっ、おわっ!」
話途中でソウマはよろけ、ドラゴンの鱗にしがみつく。
いや、ソウマだけじゃない。殆どの者がバランスを崩して必死にしがみついた。
賢者だけがノホホンと座る中、アルは急降下で真っ直ぐ山へと突っ込んでいく。
ごうごうという風だけが、耳元で唸りを上げている。
だが、恐るべき加速と衝撃に耐えるソロンの耳には、確かにドラゴンの咆吼も聞こえたような気がした。


一方、一人だけ先に転移したグレイグは。
悪魔との変則マッチで、早くも劣勢に追い込まれていた。
「フフ、どうしましたか?白のグレイゾン。貴方の実力は、この程度ではないはずです」
壁際に白騎士を追い詰め、黒服の男が悠然と微笑む。
入口を塞ぐ形で立っているのは、悪魔羽の青年だ。鮮やかな白髪、だが歳はまだ若いようにも伺える。
「くっ……」
奴らの強さは判っていたつもりであった。
レイザース軍屈指の騎士達、その突撃をものともせず吹き飛ばし、魔術の嵐を平然と跳ね返した奴らだ。
それでも、自分になら何とか出来るのではないか――グレイグは、そう考えていた。
否、例え何もできずとも、牽制することで時間稼ぎぐらいは出来ると思っていたのだ。
額から流れ落ちる血を拭い取り、彼は再び剣を構える。
白かった柄が赤く染まり、刃が半分折られていた。赤いのは自分の血だ。
「折れた剣で俺達を斬るつもりか?如何に剣術の達人といえど、そいつは無理ってもんじゃないかねぇ」
羽の悪魔、キエラが嘲る。カンに障る口笛のおまけつきで。
剣は、こいつに折られた。
レイザース一の剣士と謳われたグレイグの剣先をあっさりと見切り、返しざまに肘で叩き折るという芸当を見せつけてくれた。
もう一人の悪魔クローカーは援護のつもりか、ひっきりなしに光の弾を連射してきて、反撃の隙を与えてくれない。
それでもキエラの隙をついてクローカーへ斬りかかったグレイであったが、至近距離で光の弾を撃たれて、このざまだ。
ぎりぎりで避けたはずの光弾に、額を切り裂かれた。
拭っても拭っても血は何度となく流れてくる。
それほど痛みを感じないのに出血が止まらないのは、よほど切り口が鋭いのか。
「もう一度飛びかかっておいでなさい。今度は頭を二断してさしあげますよ」
冗談ではない。
だが、どうする?逃げ場は完全に塞がれたし、手元の武器は今や半分の長さしかない。
せめて一人だけでも道連れに――
再び視界を覆う赤いものを腕でぬぐい、グレイが犬死に思考まで至った時、両耳に響いてくる音がある。
いや、聞こえたのは彼の耳にだけではない。クローカーが面を上げ、キエラも左右へ素早く視線を動かした。
「なんだ?妙な音が」
「えぇ、近づいてきていますね」
二人揃って頷き合った直後に洞窟全体を揺るがす爆音が轟き、続いて黒い影が突っ込んできて、寸前でクローカーは身をかわす。
キエラは避けるも一歩遅く「ぐぁッ!」と悲鳴と共に左手を押さえて、退いた。
「……チッ。さすがにリーダー格は逃げンのが上手いな」
飛び込んできた影が、ゆっくりと立ち上がり、振り返る。口元には不敵な笑みを携えて。
正体に気づいたグレイグは、思わず彼の名を叫んでいた。
「ソロン!」
レイザース国に不法侵入した咎で、牢屋に入れた事のある相手だ。
ハリィから、多少は話を聞いていた。少なくとも彼らはレイザース人ではないらしい、ということを。
そして戻ってきたテフェルゼンの報告で、更なる事実が発覚する。
なんとソロン=ジラード以下三名は、ワールドプリズの住民ではないというのだ。
ファーストエンド、という名の世界からやってきた冒険者らしい。
驚愕に目を見開いていると、不意に誰かの手で抱き起こされる。
「グレイ、大丈夫か?」
それがハリィだと判るや否や、グレイはボッと顔を赤くして俯いてしまった。
「あ、あぁ……」
こんな無様な格好を、よりによってハリィに至近距離で見られるなんて。
しかしソロンといいハリィといい、いつの間に洞窟までやってきたのだろうか?それに、先ほどの轟音は?
周囲を見渡しても、轟音の原因と思わしき物体は見あたらない。
頭から壁に突っ込んだ少女が一人、気絶している。おかしな物は、それぐらいだ。
一人首を傾げていると、ハリィに耳元で囁かれる。
「間に合って良かった。君に死なれたりしたらレイザース中がお通夜になっちまうからね。あぁ、勿論俺も悲しむよ」
のっそりと黒い、大きな影が目の前を塞いだかと思えば、そいつがニヤリと振り返った。
「さぁ、手負いの騎士団長様は下がっていな。ここから先はパーティーの始まりだ!」
言うが早いか巨大な影ことボブが手元の散弾銃をブッ放し、辺り一面が硝煙で包まれる。
銃撃に混ざって、ハリィも残りの仲間へ号令をかけた。
「撃て、撃ちまくれ!!予算は心配するな、奴らを倒せばおつりが来るほどの報酬を貰えるぞ!!」
ルクが、バージが、モリスがレピアが、次々に手元の銃を悪魔に発砲する。
狙うは手負いのキエラだ。
最初の不意討ちこそ避けきれなかった彼だが、今はもう平常心を取り戻している。
当たるかという直前で、銃弾は見えぬ何かに弾かれた。
「ハリィ!奴らは結界を張ることが出来るッ!」
銃撃に負けぬ大声でグレイグが叫べば、ハリィも大声で「判っている!」と叫び返し、次なる命令を繰り出した。
「カズスン、ジョージ!グライダーとモグラの同時発射だッ」
「了解!」
「いけッ!」
カズスンが地面に置いたのは、円形をした機械だ。スイッチを押すと同時に地中へと潜ってゆき、完全に姿を消す。
一方のジョージは手にした飛行機型の機械を、空中目がけて投げ飛ばす。
狙いは、どちらもキエラではない。奴を援護しようと光の弾を溜めている最中のクローカーだ!
「モグラ……?なるほどッ」
とん、と軽い動きで後方へ退くクローカーを、グライダーが追いかける。
当たろうかという寸前、クローカーとグライダーの間で閃光が輝いた。
「この程度ですか」
奴は無傷、どうやらグライダーは溜めていた光弾で打ち消したらしい。
だが余裕をふかすクローカーの瞳が、一瞬であるが、驚愕に歪んだ。
「……何ッ……!?」
続いて爆音。突如目前に現われた火の玉が直撃し、奴の体を爆炎が包み込む。
再び後方へ退いた時、クローカーの黒服は所々が焼けこげて、顔には動揺が浮かんでいた。
「クローカーッ!!」
振り向くキエラを手で制し、クローカーが叫び返す。
「あの女を、先にやるのですッ!」
あの女――彼の視線の先に捉えたのは、紫の髪の少女。キエラの口元が、嫌な感じに釣り上がる。
「あいつは……精霊か!それもあの時、俺が取り逃がしたやつじゃないか!!」
即座にソウマ、それからジロがルリエルを庇う位置に走り寄る。
「狙われているぞ、ルリエル!」
「ルリエルは俺の後ろに隠れていなっ!」
二人してハモッた後、互いに互いを睨みつけ、ジロとソウマは口を尖らせた。
「って、なんだよソウマ。お前は引っ込んでろよ、ジャマだ」
「ジロこそ邪魔以外の何者でもないぜ?戦えないんだから、スージやエルニーと一緒に後ろで大人しく」
「気を抜くな、馬鹿者ッ!!」
喧嘩もそこそこに、うわっだのギャーだのといった悲鳴をあげて、ソウマとジロは身を屈める。
結局のところ、飛んできた光弾からルリエルを守ったのは斬で、彼女を小脇に抱えたまま一旦賢者の元まで飛びずさった。
「またテメェか!」
ギリッ……と、ここまで聞こえてきそうなほど歯を噛みしめて、キエラが斬を睨みつける。
「またテメェが、俺から獲物を奪おうってのか!」
それには答えず斬が叫ぶ。
「賢者殿、結界を、早く!!」
「させるかよッ!」と突っ込んできた悪魔が手を、斬へ伸ばすよりも先に。賢者の結界が完成した。
「うぁっ!?」
直前で見えぬ何かと激突しそうになり、キエラは慌てて後退する。
悠然とドンゴロが立ち上がり、斬へ笑みを向けた。
「……判っておる、そう急かすな」
悪魔と違い、人間の呪文発動には時間がかかる。賢者は傍観していたわけではない。ずっと呪文を唱えていたのだ。
その代わり、ひとたび結界が発動すれば、いかなる攻撃も受け付けない。
この世界で唯一賢者を名乗ることの許されている男が張った結界だ、悪魔二人といえど破るのは至難の業であろう。
「そうかい……だが、お前らの攻撃も届かないんだろ?」
血走った目で斬を睨みつけ、キエラが低く呟く。誰も答えなかったが、キエラの予想は正解だ。
何者の攻撃も寄せつけない代わり、こちらから打って出る時は一瞬だけ結界を弱める必要がある。
その隙を悪魔に狙われたら、一巻の終わりだ。特にルリエル、彼女がやられたら手の打ちようが無くなってしまう。
「……長期戦というのは我々の好みではありません。そちらの援軍も到着したようですしね」
クローカーの言葉に、誰もがハッとなって出口を振り返る。
ガチャガチャと金属のぶつかり合う音、これはヨシュア率いる白騎士団が到着したに違いない。
よりによって、なんというタイミング。最悪のタイミングに、グレイグは歯がみする。
「君の部下は俺達が何とかする。だから君は体を休めることに専念するんだ」
気遣いのつもりか、そんなことをハリィが囁いてくるが、しかし攻撃はルリエルの呪文しか効かないわけで。
銃も剣も通用しないのに、彼らをどうやって助けると言うつもりだ。
不安が表に出てしまっていたのか、グレイグの顔を覗き込んでいたハリィには苦笑される。
「大丈夫だよ、グレイ。俺達傭兵の腕も、たまには信じてやっちゃくれないか?」
「あ……」
たちまち真っ赤になって「すまない」と俯く騎士団長の肩を軽く叩いて励ますと、ハリィはボブへ振り返った。
「ボブ、片方だけでも動きを止めておきたい。弾幕を頼む」
「ったく、金遣いが荒いぜ今回は!ホントに報酬で釣りが来るんだろうな?」
文句を言いつつも、ボブの手は忙しなく予備の弾丸スロットを銃に差し込んでいる。
足下には使い切ったスロットが山と転がっていた。全て奴らの結界に弾かれた、無駄弾だ。
「それは、こちらの騎士団長様と交渉しておいてくれ。依頼報酬の値上げを、な」
ぽむ、とグレイグの肩を叩いて、騎士団長が「え?」となっているうちに、ハリィは自身も迎撃の準備を始める。
ジャケットの内ポケットから取り出したのは、小さな円形の筒だ。着火し、すぐに宙へ放り投げる。
迷わずクローカーの元へ飛んでゆき、彼の結界で弾かれた――そう見えた瞬間、思いも寄らぬ轟音が洞窟いっぱいに鳴り響く。
「なっ!?」
結界の向こうで驚くクローカー、彼に走り寄ろうとするキエラ目がけてボブらが一斉に発砲する。
「撃て撃て、全弾撃ち尽くせッ!煙で奴らを包んでやれ!!」
ボブの号令で、レピアとモリスが射撃する中、後方ではカズスン。対角にはジョージが移動して、なにやら地面にセットしている。
ハリィも壁伝いに移動して、ぐるりと円を描くかたちで次々と壁に小型の機械を取り付けてゆく。
機械は時折、カチッ、カチッ、と小さな音を立て、赤く点滅した。
辺りは一面、白い硝煙で包まれて、悪魔はおろか、どこに誰がいるのかも判らない。
傭兵達の予期せぬ行動に、キーファやティルも驚いた。
「ちょ、ちょっとこれ、こっちにも被害出るんじゃねーのか!?」
キーファが悲鳴をあげるも、誰もそれに答える者はいない。
煙に紛れるようにして、ハンター達も行動を開始していた。
「ジロ、何が起ころうと絶対にルリエルの側を離れるんじゃないぞ」
ルリエルを守る位置で身構えたジロが、斬の言葉に頷く。
「うん、判ってる。けど、叔父さんは何処へ?」
「ハリィを援護せねばなるまい。ソウマ、手伝え」
斬に促され、しかしソウマは眉をしかめる。
「俺も?だが、奴らに剣は効かないぜ。まず、あの結界を何とかしないと」
「それを防ぐ為にも援護は必要だ」
眉毛一つ動かさず、視線は悪魔達を見据えたまま、斬が言う。
「壁に仕掛けたものが俺の想像通りなら、獲物を中央に誘き出す役目も必要だろう」
「スパイダーだってのか?でも、あれは地面に仕掛けるトラップだろ。壁に取り付けられるタイプなんて売ってたかなぁ」
まだソウマは半信半疑だが、斬は早くも小刀を握りしめ、飛び出すタイミングを伺っている。
金属のガチャガチャ音も徐々に近づいてきているし、最早一刻の猶予も許されてはいないようだ。

――3、2、1……

心の中でカウントしながら、カズスンがパッと身を翻す。
「ゴーッ!」
同時にジョージも手元のスイッチを力強く押した。地面から次々に、白い綱が空中へ向けて発射される。
「何かと思えば、捕獲網かよ!そんなものが俺達の結界を破れるとでも思ってんのか!?」
白い網は、次々と結界の前に弾かれて、地面に落ちてくる。
だが、その合間を縫って突如現われた氷の刃は、キエラから余裕を奪うに充分な奇襲であった。
「チィッ!」
結界を張っているはずの相手が、寸前で身を捻って氷の刃をかわしている。
どうやらルリエルの魔法は、悪魔の結界をものともせず貫通しているようである。
少なくとも、ソロンの目にはそう映った。
ならば、クローカーが血相を変えてルリエルを先に殺せと叫んだのも納得がいく。
ルリエルだけが、結界を無視して戦えるからだ。
こちらも、ルリエルを中心とした戦い方をするしかない。
彼女の側にジロがいるのを横目で確認後、ソロンも援護に飛び出した。

――大した少女じゃのぅ。

ソロン同様、ドンゴロも早期にルリエルの才能を見抜いていた。
ルリエルの呪文、あれは結界を貫通しているのではない。呪文を結界の中へ転移させているのだ。
攻撃呪文に転移呪文をかけるというのは、ドンゴロにだって出来ない高等技術だ。つくづく異世界の住民には驚かされる。
健闘しているのは、異世界の住民だけではない。
弾幕に紛れて飛んできたルリエルの魔法がキエラから余裕を奪った直後、追い打ちで攻撃を仕掛けた者がいる。
至近距離の一閃は確実に奴の腕から緑の血をほとばしらせ、光弾が飛んでくるよりも前に、黒い影は、その場を駆け抜けた。
「き……貴様ァッ!!」
二度も斬りつけられた腕を押さえて、キエラが怒鳴る。
そこへ飛んできたのは、先ほどカズスンが発射した小型ミサイル。それらは当たる直前、光弾で撃ち落とされる。
撃ち落としたのはキエラではない、クローカーだ。キエラは頭に血が上っているのか、結界を張ることさえ忘れている。
「貴様、一度ならず二度までも!俺の邪魔をしようってのか!!」
キエラの目は、まっすぐ斬だけを睨みつけており、斬もまた、間合いを外した場所から油断なく小刀を構えた。

その時である。白い鎧の軍団が、出入り口から顔を出したのは。

「クローカー、奴らを頼む!!」
血走った眼のキエラが叫び、クローカーが白騎士のほうへ高速で飛んでゆく。
「させるかッ!いけ、モグラシューターッ!」
カズスンのかけ声にあわせるかのようにして、地中から次々と顔を出した円形の機械が、黒服の悪魔を追いかけた。
「小賢しい真似を……!」
追ってくるモグラへ振り向くと、クローカーは急停止で迎え撃つ。
と、同時に壁際で点滅していた装置が一斉に作動した。ハリィの仕掛けたトラップだ。
四方八方、周りを囲んだ状態で、糸がクローカー目がけて襲いかかる!
「くぅッ」
右手が、左足が、糸が彼の体にまとわりつき、悪魔は空中で囚われの身となった。

――おいおい、ここで始めちゃったけど、ホントに大丈夫なのかねぇ?
ドンパチが始まった直後から、シャウニィだけは、しっかりちゃっかり傍観者となって装置の側に隠れていたのだが。
悪魔の光弾、及び傭兵達が放っているトラップの、洞窟に与えているダメージが半端ない。
ここでずっと戦っていたら、天井が崩れてくるのも時間の問題だ。
とりあえず、ノビたままのアルを壁から引っ張り出すと、シャウニィは考え込んだ。
ハリィも斬も、そしてドンゴロまでもが戦いに夢中になっていて、周りの状況も見えていない有様である。
しかしながら、彼らと一緒に生き埋めになる趣味など、シャウニィにはない。
それに、この装置。振動に合わせて妙な音を鳴らせているのが、気にかかる。
耳を澄ませていないと聞こえないほどの、小さな音だ。戦っている連中は気づいていまい。
あまり機械には詳しくないシャウニィだが、機械都市で得た僅かな知識を総動員してみるに、自爆装置の可能性もある。
なんとなく機械の様子に注意を払いながら、なおも戦いを見守っていると、ぽっかり開いた穴から白騎士軍団が顔を出した。
そのうちの一人が「あ、あそこにいらっしゃるぞ、グレイ隊長が!」と叫んだ時だっただろうか。
クローカーが結界を解いて高速移動すると同時に、地中から一気に丸い物体が飛び出してきて、奴を追跡し始めたのは。
続いて、シャァッと四方一帯から白い糸が飛び出してきて、悪魔を空中で絡め取る。
相手に結界を張らせる暇も与えない、見事な連携攻撃だ。これがハリィ達、この世界における傭兵の戦い方であるらしい。
「……けど、悪魔ってのは要するに魔族だろ?魔族が、これしきで終わるとは思えないんだよなぁ」
小さく呟いたシャウニィの言葉で、アルが目を覚ます。
キョトンとした表情のまま、ダークエルフの見つめる方角を彼女も見上げた。

囚われのクローカーへ、一斉に照準が向けられる。
ボブが吼えた。
「コレで終わりだ、クローカー!!」
レピア、モリス、バージとルクの手元で銃が火を噴いて、銃弾が全てクローカーへ命中する。
誰もがやったと思った瞬間――
「――舐めるなぁッ!」
クワッとクローカーが目を見開いたかと思うと、彼を縛り付けていた無数の糸が一瞬にして四散する。
いや、四散したのは糸ばかりじゃない。彼を追跡していたはずのモグラ一式もだ。
何をやったか知らないが、跡形もなく蒸発してしまった。
当たったはずの銃弾ですら、奴に傷を与えたようには見えない。クローカーの体からは、一滴の血も流れてはいなかった。
「一人残して、後は適当に追い払おうと思っていたが、気が変わった……全員、息の根を止めてくれるッ!!」
クローカーが叫ぶと同時に、地表を突き破ってボコボコと姿を現わす、影、影、影。
どの姿も異形、いや、この世界の生物ではない。
背中にコウモリの羽を生やした、二足歩行の奇妙な生き物。毛は一本も生えておらず、つるりとした肌を見せている。
ギャー、と奇声をあげる奴らの口元には、鋭い牙が見え隠れした。
「なっ、なによ、これ!」
驚くティルの背後では、エルニーが口元へ手を当てる。
「しょ、召喚……!?」
そうだ、召喚だ。魔界の下等生物を、召喚魔法で呼び出したのであろう。
「ただでさえ強いくせに、このうえ援軍まで呼ぶなんてズルイよー!」
スージが何か喚いている。
が、ズルイと喚いたところで状況が変化するわけでもなく。
現われた異形の数は、こちらの戦力を充分上回っている。白騎士を足しても間に合わないぐらいだ。
「こ、これ、ヤバイって……!ルリエルの魔法だけじゃ、ぶっちゃけ勝てなくねーか!?」
青ざめるジロを一瞥し、ソウマが剣を大地に突き立てる。
「そう思うなら、お前はとっとと逃げるがいいさ。俺は戦う、最後までルリエルと一緒にな!」
バシッと両手を組み合わせ、何事かを口の中で呟き始めた。
かなりの劣勢に、しかし諦めているのは、ジロ、スージ、エルニーの三人ぐらいで。他の者は逃げる気配すら伺えない。
「君達の総隊長は我々が無事に保護した!ちからを貸してくれ、白騎士団の諸君ッ」
ハリィの呼びかけに、ヨシュアが応える。
「当然だ!我々は誇り高きレイザース白騎士団!レイザースの地を守る為ならば、どんな協力でも惜しまない!!」
一斉に剣を引き抜くと、各々が鬨の声をあげながら、騎士達は一斉に異形の者を目がけて突貫した。

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