act1 世界の危機

アルの背中に乗って急ぐ空の旅にて、亜人の島へ到着するまでの間。
「正体を現わしたって事は、攻撃する気満々ってことよね。対策は考えているの?ドンゴロさまに協力をお願いする以外に」
ティルの問いに、エリックが答えた。
「策など考えても、それが通用する相手ではありません。恐らくは消耗戦になります。奴らが魔力を使い果たすまで、攻めて攻めて、攻め抜くのです」
「ドンゴロ様にはフォローを頼みたいんだよ」とは、ジロ。
「俺達、ほとんど魔法を使えない奴ばっかだろ?だから、魔法を防御する呪文を唱えて欲しいんだ」
「なんで?」と、これはキーファ。
「ドンゴロ様って偉大なる術者なんだろ?お前らの話を聞いた限りじゃ」
「なら、攻撃に回って貰ったほうが得策だよな」
シャウニィも頷いて、何でそうしないのかと尋ねてみた。
エリックは少し考えてから、呟く。
「我々の中で術を使える者は、ドンゴロ様を除けばルリエルだけです。しかし……彼女一人では、全ての人間をフォローしきれないかもしれません」
「ザンは?こんな怪しい格好してるんだ、忍術の一つや二つ」
言いかけるキーファを遮り、本人が答えた。
「使えぬ。俺はニンジャではないのでな」
「ニンジャじゃないなら、どうして、そンな格好してるンだよ?」
ソロンの問いにも眉毛一つ動かさず、斬は答える。
「趣味だ」
今は斬の服装チェックなどをしている場合ではない。
「そろそろ、つくぞ」
ドラゴンの案内に、皆が揃って下を眺める。亜人の島が水平線より近づいてきた。
「この世界の司祭って」
失礼とは思いながらも、上から下までエリックを眺め回してティルが言う。
「魔法は使えないの?」
「はい」
即答だ。
「王宮に仕える司祭ならともかく、一般の教会へ配属される司祭には、魔法の使用許可が下りておりません」
「使用許可が下りていない?じゃあ、魔法を覚えている事は覚えているのか?」
シャウニィの突っ込みに、ややあってからエリックが頷く。
「……えぇ、まぁ。しかし」
「じゃあ、使っちゃえよ!」と言い出したのは、キーファ。
だがしかし、エリックの反応は鈍く。
「法で禁じられておりますので」と言葉を濁す彼の肩を強く掴み、再度キーファは促した。
「世界の危機なんだろ?法がどうのなんて言ってられる場合かよ!」
「それじゃ世界が平和になってもエリックが無職になっちまうぞ」
呆れてラルフが助け船を出そうにも、ハリィの声がそいつを遮った。
「いや、彼の言うことにも一理ある。ちからを出し惜しみして勝てる相手なのか?悪魔ってのは」
今度はすぐに答えず、司祭は天を仰ぐ。
悩んでいるのだろう。頭の中で天秤が傾いでいるのかもしれない。
断固として法を守るべきか、それとも皆の言うように、がむしゃらになって戦うべきなのか。
眉間に皺を寄せて考え込むエリックの耳にも、「降りるぞ」というアルの厳格な声が響いてきて。
ドラゴンは、ゆっくり旋回しながら、亜人の島へと降り立った。

亜人の島には、先客がいた。
「よぉ」と片手をあげて挨拶する相手に、スージが奇声を張り上げる。
「ソウマ!」
「ソウマ、いつ来たんだ?つーか、なんでココにいるんだ?お前もドンゴロ様に用事かよ」
ジロの問いを丸無視して、ソウマと呼ばれた青年が斬へ肩をすくめる。
「マスター、酷いぜ?俺に何の手紙も寄こさずに、こんな楽しげな宴に参加するとはね」
酷いといいつつ、笑っている。本気で怒ってはいないようだ。
「すまなかったな」と、こちらも全然悪いと思っていない顔で斬が言い返す。
「お前が何処にいるのか判らなかったのだ。次から遠出する時は伝言を残していけ」
彼らの会話を聞き流しながら、ソロンはソウマを観察する。
パッと見て、人目を引くのは彼の眼だ。右と左で色が違う。右目は赤なのに、左目は青い。
スマートで、それでいて斬とタメを張る長身だ。髪の毛は金色、ハリィと同じレイザースの出身だろうか。
腰に剣をぶら下げているから、剣士を生業としていると見ていい。いや、斬の仲間ならハンターか。
「……よぅ、ルリエル」
不意に口調を変え、改まった調子でソウマがルリエルへ声をかける。
心なしか、優しげな表情で問いかけた。
「元気だったか?」
対してルリエルは無表情に「えぇ」と頷いたのみ。
視線すらあげず、まるでソウマの存在を丸ごと無視しているように、ソロンには見えたのだが。
「何、お前ら恋人?恋人なの?」と何故かはしゃぎ出したキーファを、ジロッと睨みつけたのはジロ。
「んーなわけねぇだろ。あいつが勝手にルリエルの護衛を気取ってるだけだよ」
ぶちぶち言う側で、スージも口添えする。
「そうそう、護衛を気取ってる割には、ちょくちょくルリエルの側を離れるよねぇ。ソウマって」
「一人で勝手にぶらついて、一体何をやッてるンだ?」
気になったソロンが尋ねてみれば、ジロもスージも肩をすくめた。
「さぁ?本人に聞いてみたら」
二人の文句が聞こえていたのか、ソウマが不機嫌そうに応えてくる。
「精霊界の生き残りを捜しているんだよ。その、ルリエルの仲間をだ」
「精霊界の?……しかし」
言葉を濁すエリックの後を継いで、ラルフが言う。
「生き残ったのはルリエルとガロンだけのはずだ。そうじゃなかったか?ルリエル」
「えぇ」
彼女が頷く横で、庇うようにソウマが言い返した。
「確かに精霊界で生き残ったのは二人だけかもしれない。だが滅びる前に、別の世界へ逃げ出した奴がいるかもしれないじゃないか」
悪魔が異世界へ渡る手段を持っていたのなら、精霊達だって『門』を開く術ぐらいは知っていよう。
現にルリエルだって、ワールドプリズへ渡ってきたのだ。
同じように他の精霊も、こっちへ来ているかもしれない。
希望は捨てちゃいけない。たとえ、手がかりが一つもなかったとしても。
「ソウマ、お前が何でルリエルの正体を知ってたんだよ?俺達だって知らなかったのに」
くってかかるジロを疎ましげに払いのけ、ソウマは冷ややかに言い返す。
「お前こそ、なんでルリエルの正体を知らなかったんだ?ひと目見れば判るだろ、彼女が普通の奴らとは違うってのが」
「……精霊ねぇ?普通の人間と変わらないように見えるけどな。彼女って、強いんですか?大佐」
ひそひそと尋ねてくるルクへは目で頷き、ハリィがエリックへ問いかける。
「そういや悪魔に攻撃された時、街は酷い有様になったってのに俺達は怪我一つしちゃいなかった。つまり、あれはルリエルの魔法とやらに守られた……ってことなのか?」
エリックは頷き、横目でルリエルを伺った。隣に巨大犬ガロンを従わせた少女は、無表情に海を眺めている。
「彼女の魔力は強大です。回復と結界、そして転移と攻撃を全て一人で唱えられる術師など、恐らくワールドプリズには一人もおりません」
「回復と……」「……攻撃ィ!?」
傭兵達が一斉にハモる。互いに顔を見合わせて、疑問の全ては司祭へぶつけられた。
「どっどっど、どういうことですかィ?司祭ッ。回復と攻撃を覚えているなんて、一体誰に師事を受ければ」
「だから」とラルフが割り込んで、物わかりの悪い連中を見渡した。
「何度も言ってるだろ?彼女は俺達の世界の住民じゃない。精霊界に住んでいた、精霊って種族なんだよ」
「……この世界の術師って、治癒と攻撃を一緒に覚える事ができねーみたいだな」
シャウニィがボソッと呟いてきたので、ソロンは彼へ尋ね返す。
「お前なら出来るのか?」
「俺じゃなくても出来るぜ。魔術に興味のある奴なら」
ダークエルフは肩をすくめ、付け加えた。
「ファーストエンドの賢者は大概、回復も攻撃も使いこなせる。だからこそ賢者って呼ばれるんだ」
魔法さえ使えれば、シャウニィだってルリエル並みのヒーローになれたのかもしれない。
つくづく黒エルフが哀れになり、ソロン達は、慈しみの視線でシャウニィを見つめたのであった……
まだ興奮冷めやらぬ傭兵を見渡して、ソウマが先に歩き出す。
「まぁ、ここで立ち話もなんだ。続きは賢者の元で話そうぜ」
「そういえばソウマ、お前が島へ来ていた理由をまだ聞いていなかったな。賢者に何の用があったのだ?」
背後から斬が尋ねてくるのへは、振り返りもせずに答えた。
「反逆者の話は聞いたかい?マスター」
「あぁ、もしかして」と反応したのは後方を歩くハリィ達。
「黒騎士ジェスターか?」
「そうだ」とソウマは頷き、ハリィを肩越しに見やる。
「あんたら、もしかして怪獣騒ぎの時に出動していたのか?」
「まァナ」
ボブが答え、肩をすくめる。
「全く歯が立たねェ、嫌な敵だったけどよ」
「怪獣騒ぎ?何の話?」
異世界の住民であるティルには、全く話が飲み込めず。
仕方なく隣を歩くラルフに問えば、彼は眉間に皺を寄せ渋い顔で応えた。
「今から一、二ヶ月ぐらい前に、レイザースの首都を襲った連中がいたんだ。奴らは亜人の島から怪獣を誘拐してきて、自分達に従わせていた」
ピクリ、と僅かにルリエルが反応する。
顔は無表情だが、手が微かに震えているのをシャウニィは見た。
「黒幕は自称ドンゴロ様の友人であらせられる呪術師カウパーって婆さんさ。その婆さんと一緒にいたのが、黒騎士ジェスターだ。通称、反逆者ジェスター」
「どうして反逆者なの?カウパーと一緒にレイザースを襲ったから?」
ティルの問いに首を振り、ラルフは言う。
「いや、襲う前から彼は反逆者だった」
彼の言葉を補うように、レピアが振り向き付け足した。
「追放されたんだよ、レイザースを。黒騎士の隊長をやっていたんだけど、あまりに態度が悪すぎてさ。その時、王様に恨み言を残して失踪したんだ。だから貴族達からは反逆者って呼ばれてたんだ」
「へ〜」と感心した声をあげたのは、ジロだ。
「そんないきさつがあったのか」
怪訝な表情で、ルクが彼を見やる。
「へーって、知らなかったのかよ。レイザース人のくせに」
「だって、わたくし達は若いですし、田舎に住んでいる極一般庶民ですもの。そうでなくても黒騎士なんて白騎士と比べたら日陰者、今の隊長様しか存じ上げませんわぁ〜」
いけしゃあしゃあとエルニーは言い、スージも肩をすくめる。
「怪獣が襲撃してきた時、僕達はメイツラグに行ってたしね。事件を知ったのは終わった後だったんだ」
「メイツラグゥ?なんで、そんなトコにいたんだよ。依頼か?」
ボブに問われ、「うん」と頷いたスージは、まだ話し足りなさそうな様子であったが。
それよりも先にドンゴロの家へ到着して、斬が戸口へ一声かけた。
「賢者殿!ご在宅か?」
「さっきまで居たんだ、ご在宅だろ」と切り返したのはソウマで、勝手に上がってゆく。
「賢者様、来客だ。大勢だぜ、揃って頼み事があるらしいぞ」
トントンと足音が聞こえたかと思うと、奥の間から老人が顔を出す。
かすれた色のローブを着た、白い髭の爺さんだ。この老人が賢者ドンゴロであるらしい。
「おや、ソウマ。どうしたんだね、戻ってきて……おぉ、そこにいるのは斬ではないか!」
斬は会釈し、手でソロンを示した。
「異世界の住民、連れて戻りました」
ソロンもつられて頭を下げ、ドンゴロを見た。爺さんは微笑みを絶やさず、ソロンへも話しかけてくる。
「お前さんを待っていたんだ、色々と尋ねたい事があってな」
「俺達も、あンたに用があるンだ。まずは、そッちを聞いちゃくンねェか?」
「アンタって、お前ェェェッッ!!?お前っ、誰に口訊いてるつもりなんだ!」
あまりにあまりなソロンの態度にボブは金切り声をあげ、今にも卒倒しかねない様子。
「賢者様を何だと思ってるんだい!? 無礼すぎるよ、謝りな!」
レピアも眉をつり上げて怒鳴るのを、まぁまぁと手で制したのは、他ならぬ賢者様本人だ。
「よいよい、よいのじゃ。彼は異世界からの客人であり、我らの常識で縛られる民ではない」
勝手に床の間へあがったラルフは、椅子に腰掛ける。
「さすがは賢者様、ご寛大でいらっしゃるねぇ」
賢者は他の皆にも、椅子か床へ座るよう促した。
「立ちっぱなしでは疲れるじゃろう。そうじゃ、お茶も持ってこさせよう。アル、」
「もってくるヨー!」
少女の姿に戻ったアルが、台所へすっ飛んでいった。
「ご厚意は感謝します。ですが、我々には時間がありません」
丁重にお茶を断るハリィに、ドンゴロが重ねて問う。
「首都が悪魔に襲われている件でかね?」
「既にご存じでおられましたか」
驚くハリィへ、背後からは斬がボソリと呟いた。
「賢者殿は、この世界を見通す力の持ち主。この程度の情報収集など訳もない」
混ぜっ返してきたのは、シャウニィだ。
「の割には、賢者様でも判んねーことがあるんだろ?例えば、俺達に関する事とか!」
「そういや聞きたいことがあるって言ってたよな。俺達のほうが一杯あるんだけどな、聞きたいことなんて」
キーファの疑問に顔を向け、ドンゴロは微笑んだ。
「まずは、お主らの話を聞くのが先じゃ」
ソロンのぶしつけな要求を、寛大にも受け入れてくれたらしい。
「――といっても、賢者様は既にご存じのようですが?」と、ハリィ。
「悪魔が首都に現われた事件、賢者様は、どれだけご存じなんですかね?」
ラルフも尋ね、賢者は窓の外へ目をやった。
「首都に悪魔が二匹現われた。儂に判るのは、奴らの気配が首都へ来た……それだけじゃ」
「え?でも全てを見通せるって、今マスターが言ったじゃないですか!」
驚くスージは勢い余って斬を問い詰める。
「賢者様には全てが判るっての、あれって嘘だったんですか?マスタァ〜」
問い詰められたほうは迷惑そうにスージの手を振り払い、賢者へ確認を取る。
「そうではない。首都へ向かった悪魔は現状維持を保ち、今のところは何も起こす気配がない――そう申しておられるのだ、賢者殿は」
ドンゴロは黙って頷き、全員の顔を見渡した。
異世界の住民が、一、二、三、四、ソロンを入れれば五人もいる。
紫色の髪の毛の少女、ソウマの話によれば名をルリエルというそうだが、彼女は精霊界の住民だという。
同じく精霊であるガロンと共に、ワールドプリズへ逃れてきた生き残りだ。彼女の世界は悪魔に襲撃された。
精霊界を襲ったのと、今回ワールドプリズに現われたのが同じ悪魔かどうかは、ドンゴロにも判らない。
だが、斬がルリエルを保護したのが一年前と考えると、あながち無関係とも思えない。
なんらかの繋がりは、ありそうだ。
ソロン達四人はルリエルとは異なり、それほど切羽詰まった様子には見えない。
恐らくは冒険者か何かで、ワールドプリズの調査にでも来たのだろう。
よりによって、こんな時に来るとは、彼らも運の悪いことだ。
あとは全て、ワールドプリズの原住民である。
いかにも傭兵といった面々と、斬率いるハンターギルドのメンバー達。
それから、もう二人。黒衣という格好からして一人はレスター教会の司祭、もう一人は風来坊といった出で立ちだ。
司祭からは、不思議なことに暗黒の波動を感じる。特に右腕が怪しい。
ドンゴロの視線に気づいたのか、エリック司祭が会釈した。
「お初にお目にかかります。エリック=ソルブレインと申します、レスター教会で司祭をしております」
挨拶も抜きに、ドンゴロが尋ね返す。
「お前さん……右腕を患っておるね?それも、非常に珍しい奇病を」
エリックは苦笑して、袖の上から右腕をさすった。
「さすがは賢者様、何もかもお見通しでしたか……えぇ、確かに右の腕を患っております。どんな医者でも治せない奇病で、これを治せるのは」
「悪魔だけ――というわけか」
言葉の先を繋げたのはソウマで、ドンゴロも黙って頷く。
「司祭様にも悪魔の被害者がいたとはな。賢者様、悪魔がワールドプリズに来たのは、今回で何回目なんですか?」
「三回目じゃ」
賢者の答えは、一同に緊張をみなぎらせる。
「一度目は、五十年ほど前。その時に現われた気配は、数ヶ月と経たぬうちに門ごと消滅しておる。それより三十年ほど後に『門』が開いたのが、二度目の出現じゃ」
「え……?一度目は、エリックが襲われた時よね。二十年前に開いた時は、誰が犠牲になったの?」
だがティルの問いに答えられる者など、誰もいない。ドンゴロもしばし考え込み、ややあって答えを出した。
「犠牲者はおらんかったのではないかな?何故なら『門』より現われた気配の持ち主は、すぐに消息を絶ったのじゃ」
さっさと帰ってしまったのか、それとも何らかの事件に巻き込まれて、命を落としたのか。
さすがに、そこまでは賢者も知るところではなく。二十年前の出現に関しては、とりあえず保留で良さそうだ。
「三回目は十年前……これも、すぐに現われた気配は姿を消した」
「でも実際には消えちゃいなくて、この世界の住民と同じ気配となって住み着いてやがったんだ」
ラルフが締めくくり、皆の顔を見回した。
「えっ、じゃあ十年前に現われたのも、クローカーとキエラって悪魔なの?」
再びのティルの問いにラルフが頷き、エリックを見ると、彼も頷いた。
「恐らくは。五十年前は、単なる視察で来ただけだったのでしょう。そして十年前に何らかの用があって、再び、この世界を訪れた……」
「十年もの間、奴らは何で潜伏していたんだ?用があるなら、とっとと済ませればいいじゃないか」
ルクが首を傾げ、ボブもラルフを問い詰める。
「お前は以前にも悪魔に会ったことがあるんだろ?どこでだ?それと、なんでシュロトハイナムで見た時は、あいつらが悪魔だって気づかなかったんだよ」
「ずっと小さかった頃に一度だけ見た相手だぜ?それに……」
チラッと斬を見てから、ラルフは言い訳がましく付け加えた。
「俺が見たのは、格好も違った。もっと美しい……女だったんだ。透き通るような肌の持ち主で、青い髪の毛を長く垂らしていた。でも、明らかに人とは異なる言葉を話していて」
なにかが引っかかる。
どこかデジャヴを感じながらも、ハリィは尋ねた。
「小さい頃って、具体的には何歳だ?」
ラルフが素直に答える。
「十一か、十二歳。十二の誕生日を迎えた後ぐらいだったかな」
ラルフは今年で三十二歳だと言っていた。
悪魔達の住む世界へ繋がる門が開いたのは、十年前と二十年前と五十年前の三回。
ならば当時十二歳のラルフが出会ったのは、二十年前に出現した悪魔が、そうではなかろうか?
「そういや奴ら、首都に現われた装置に、えらくご執着だったよな……」
思い出したように呟くと、いきなりボブは叫んだ。
「賢者様、あいつらが装置を動かしたら大変だ!急いで首都に向かいましょうや」
「……ふむ」
装置に関しては、ドンゴロも気にかかっていた一件だ。
一度、間近で調べておく必要はあろう。こと、悪魔がそれを狙っていると判ったからには。
ソロンを一瞥し、彼の首に例のネックレスが掛かっているのを確認すると。
お茶を運んできたアルへ、賢者は命じた。
「アル、悪いがまたドラゴンに変身してくれるかのぅ。ここからレイザースまでは船じゃ時間もかかろうが、お主なら、ひとっ飛びで急行じゃ!」
「アイアーイ!それじゃミンナ、急ご〜!」
お茶が全部落ちて零れるのもお構いなしに、アルはビシッと敬礼をかまし、先に外へ飛び出してゆく。
その後を追いかけるようにして、一行も表へ飛び出した。


首都へ現われた悪魔二匹は、何もせず現状維持で待機している――
賢者ドンゴロの見聞は真実であった。
王宮付近に突如出現した悪魔は、何も要求してくる気配がない。
ただ、一つだけ判ったことがあった。彼らには、こちらの剣術や魔法など一切通用しないということが。
血気盛んな一部の者達が、グレイグ隊長の制止も振り切って打って出たのだ。
だが、それは多くの負傷者を出す結果に終わってしまった。
魔術師の攻撃は結界のようなもので弾き返され、剣が届くよりも先に、奴らの放った光の玉が騎士を吹き飛ばした。
宮廷内の神殿には、早くも野営病院並に怪我人が運び込まれている。
治療に大わらわの中、司祭ソフィアは合間をぬって、弟子のフィフィンへ様子を見てくるよう命じた。
何のって、もちろん外壁を守っている白騎士達の様子を、である。
心配せずとも彼らは相談中では?と答えるフィフィンだが、ソフィアに背中を押されるようにして追い出される。
果たして彼女が外壁まで走ってみれば、白騎士達は額を寄せて相談の真っ最中であった。
グラビトン砲は、まだ撃っていない。あれは最後の切り札だ。
「フィフィン、どうした?持ち場を離れちゃいかんぞ」
グレイグの側近である騎士のヨシュアに咎められ、フィフィンはプゥッと頬を膨らませる。
「ソフィア様に頼まれたんです。騎士様達が心配だから様子を見てきなさいって」
グラビトン砲へも目をやって、彼女は尋ねた。
「グラガンは、まだ撃たないんですか?」
「王の許可が下りないんだ」と答えたのは白騎士の一人、ソレイユ。
「グレイ隊長が今、許可を貰いに行ったんだが……承諾されないであろうなぁ」
ヨシュアも諦めたように首を振る。フィフィンは素直に、自分の中の疑問をぶつけてみた。
「どうしてですか?魔法が効かない、剣も届かない相手ですよ?今こそグラガンの出番じゃないですか」
「俺も、そう思うんだが、」
ちらっとヨシュアへ目配せして、ソレイユが答える。
「相手は何も要求していないってのが、王の心に引っかかっておられるんだろう」
何かを要求されれば、正当防衛という意味で、こちらも対策が取れる。
国を寄こせと言われれば、グラビトン砲を発射できる理由もつけられよう。
そうした理由でもない限り、グラビトン砲は発射できないとも言える。
かつて反逆者ジェスターが怪獣を引き連れて襲撃してきた時は、大義名分があった。今回は、それがない。
「あ、隊長がお戻りだ」
誰かの声で振り向くと、廊下を歩いてくるグレイグが見えた。真っ先にヨシュアが尋ねる。
「隊長、如何でしょうか?王の判断は」
重苦しい表情を浮かべて、グレイグは答えた。
「全軍待機……だそうだ」
やはり、といった空気が流れ、騎士達は静まりかえる。
どの顔も不満、或いは不安に満ちており、こんな状態で本当に防衛が務まるのかとフィフィンは却って心配になった。
そっとグレイグを伺うと、彼もまた、冴えない顔つきだ。王の決定に不満を感じているようにも思われる。
グレイグのほうでもフィフィンに気づき、ヨシュアと同じ注意を促してきた。
「フィフィン、ここは危険だ。神殿に戻り、怪我人の様子を見てやってくれ」
「全軍待機……いつまで待てばいいんでしょうか?」
皆が一番聞きたいであろうことをフィフィンが代わりに尋ねると、白騎士隊長は、むっつりと吐き捨てる。
「奴らに動きがあるまでだ。それまでは全員我慢しろ、手を一切出すな……との事だ」
なんでもいいから、さっさと動いて欲しい。
一番それを願っているのは、他ならぬグレイグ隊長なのかもしれない。


さて。
王宮上空に留まったまま、かの二人は一体何をしているのかというと。
「……装置っぽいもの、まだ見つかんねーのか?」
キエラの問いに、クローカーが、かぶりを振る。閉じていた瞼を、ゆっくりと開いた。
「城の付近には、ありませんね。しかし」
「しかし?」
「あれをご覧なさい」と、クローカーが指をさしたのは山沿い付近。
近くには、滝も流れているようだ。
「滝が、どうかしたのか?」
首を傾げるキエラに、クローカーが訂正する。
「滝は問題ではありません。その先に洞窟が見えるでしょう?」
言われて目を凝らしてみれば、確かに山道を登った先には、ぽっかりと空いた黒い穴のようなものが見えなくもない。
いや、それよりも目につくのは、やたら厳重に張り巡らされた紐だ。
まるで一切誰も近づけまいとする結界の如く、穴の周りにはロープが何重にも渡って張られている。
「……面白いな。お宝は、あそこにあるってわけか」
キエラの呟きに頷き、クローカーが促してくる。
「行ってみますか?」
異論はない。キエラも頷き返し、二人は空中で向きを変えると、一気に山へと飛び去った。

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