act8 クローカー

教会にいるのは、ソロン率いる異世界組と、斬率いるギルドの面々。
それからアレックス達黒騎士と、ラルフの姿もある。
シスターの姿が見えないが、司祭曰く「彼女は買い出しに出て貰った」との事である。
一般人には聞かれて困る内容の話を、今からしようというのであろう。
エリックが立ち上がり、皆の顔を見渡した。
「どこから話したものか……最初からお話ししたほうが、よさそうですね」
ちらりとルリエルへ視線をやってから、司祭は話し始めた――


まだ、この辺りがレイザースに支配されていなかった頃の話。
シュロトハイナムは今ほど大きな街ではなく、村と呼ぶ程度の規模だった。
とある好奇心旺盛な少年が、この村に住んでいたと思って欲しい。
少年は毎日、教会の裏にある森で遊んでいた。
そこで、ある日、不思議なものを発見する。
空中にポッカリと浮かんだ、黒くて渦を巻いたもの。
よせばいいのに、少年は好奇心が旺盛だったばかりに、近寄って様子を見た。
そっと渦の中へ手を入れた時、中から引っ張られるような感覚に驚いて、少年は身を翻す。
だが、逃げるのは少しだけ遅すぎた。
少年の手を引っ張った奴が、こちらへ這い出てきてしまったのだ。
そいつは少年を見つけるや否や、光の玉で彼を吹き飛ばし、殺そうとした。
しかも光の玉だと思っていたものは、玉ではなく。
玉は蠢く何かとなり、少年の腕に食らいつくと、瞬く間に食らいつくしてしまった。
少年にとって不幸中の幸いだったのは、そいつが彼の生死を、よく確かめもせずに去っていった事だろう。
片腕をなくし、血まみれで這いずっているうちに、少年は意識を失った。
次に目覚めたのは村医者の家で、彼は無意識に右腕を触り、そこに腕があることを確認した。
少年は九死に一生を得た。しかし、一生をかけても治せない傷が残った。
そして、彼に傷を残した奴こそが、あのクローカーだったのである。


「えぇっと」
困惑の表情でティルが手を挙げる。
「何でしょうか、ティルさん」
微笑むエリックにティルは尋ねた。
「その話を知っているってことは、その少年が、あなたなの?」
「えぇ」と頷く司祭へ、キーファもくちを挟んでくる。
「一生かけても治せない傷って、何なんだよ?見たトコ、あんたはピンピンしてるみてーだが」
「……傷というのは、これです」
まくり上げられた右腕を何気なく見て、誰もが息をのむ。
いや、騎士団の連中などは、あからさまに指をさして騒然とした。
「な、なんだ、これは!」
「異形……異形のもの、なのか?しかし……!」
ざわめく部下へは目も向けずに、黒騎士団長が制する。
「静まれ」
アレックスの一言でピタリと静まった黒騎士達を一瞥すると。
エリックは、やや自嘲混じりに口元へ笑みを添え、話を続けた。
「私は、この手のおかげで悪魔と戦う能力を得ました」
エリックの右腕は関節から下が、人のものではなくなっていた。
つやつやとした黒い光沢を放っており、日にかざすと鱗のような模様までが浮かび上がる。
「……待ってくれ」
ハリィの言葉に、エリックが顔を向ける。
「なんでしょうか?大佐」
「シュロトハイナムが村だったのは、今より五十年も前の話だ。そこのラルフ君は勿論、司祭、あなたも三十歳かそこらにしか見えないんだが?」
ラルフが頷く。
「お察しの通り、俺は今年で三十二になるよ」
でも、とエリックを振り仰いで付け足した。
「あいつは、俺と同い年じゃない」
「同い年じゃなかったら、幾つだってんだよ?」
首を傾げるボブに、ラルフが答える。
「五十年前は少年だった。俺が知っているのは、それだけさ」
「つまり、エリック司祭は五十年前から、ずっとシュロトハイナムに住んでいた……」
話をまとめたティルは、そこまで言ってから叫んだ。
「……って、えぇ!? じゃあ、エリック司祭って五十歳を越えているの!?」
自分で言って自分で驚いてちゃ、世話がない。
「そうではあるまい」
即座に否定したのは斬で、覆面の隙間から司祭を見やる。
「計算が合わなくなったのは、その腕の影響か」
「その通りです」
エリックが頷く横では、ルリエルがぽつんと呟く。
「悪魔に腕を与えられたことで、エリックは死にかけた……だけど、エリックに新しい命と能力を与えたのも、その腕だった。そしてエリックは、人としての命を全うできなくなった」
袖を戻し、元のように腕をしまうと、エリックは続ける。
「私の成長は十代を境に止まってしまい、その間に両親とも死別しました。気味悪く思われ、煙たがられたこともあり、一時はシュロトハイナムを離れていたこともあります。私は司祭の修行をする傍ら、ずっとクローカーを捜していました。しかし奴は、何処にも姿を現わしませんでした。恐らく、探し疲れた私には疲労の色が濃く浮かんでいたのでしょう。当時の最高司祭は労いの意味も込めて、シュロトハイナムの教会へ私を派遣してくれたのです」
「十代を境に?」
エリックの言葉を取って、ソロンが眉をひそめる。
「今のあンたは、どう見ても三十路のオッサンだぜ」
それに対しても頷き、エリックは話を締めた。
「シュロトハイナムへ戻ってきてから、私の体にも異変が起きたのです。ゆっくりと肉体が大人のものへ変化してゆく、という異変が。おかげで、隣家に住んでいたラルフには変に思われることなく成長できました」
「でも、最初の頃は十代の外見で司祭をやってたんだよな?そっちのほうが変なんじゃあ」
と突っ込むキーファには、横から更なる突っ込みが入る。
「十代が司祭を務めるのは、別段おかしなことではない。レン=フェイダ=アッソラージ殿は、まだ十七歳だが、立派に白騎士団の魔術師を務めている」
突っ込んできたのは、レイザース黒騎士団のアレックス。
かくいう彼自身も騎士団に入ったのは十代後半で、黒騎士隊長になったのが二十歳の誕生日だというのだから驚きだ。
「な〜るほど。実力さえ伴っていれば年齢なんか関係ないってわけね」
納得の様子でシャウニィが頷く中、ソロンはエリックへ話しかける。
一つだけ、どうしても気になることがあった。
クローカーの側にいた、あの白髪青年だ。あいつは、今の話に出てきていない。
それを司祭に尋ねるも、エリックはかぶりを振って、こう答えたのみだった。
「彼については私にも判りかねます。森でクローカーと遭遇した時には、おりませんでしたから」
だが突然、斬が「あの者には見覚えがある」などと言い出すものだから、一瞬にして場は騒然。
「知ってたんなら、取り押さえるなり何なりしとけよ!」というボブの無茶な要求に、斬は小さく溜息をついた。
「奴が変身した時に、思い出したのだ。あの姿になるまでは、見知らぬ若造でしかなかった」
「それに、あの時は導師が敵だとハッキリしなかったんだぞ?」
ハリィも斬の味方をしてボブを詰る。
「君は、それでも捕らえておけと言うつもりなのか」
親友に言いこめられ、ボブはブゥッと頬を膨らませて拗ねてしまう。
「わぁった、わかったよ。俺が悪うございました!」
だが、それも一瞬のことで、すぐに彼は立ち直ってハリィへ振り返った。
「なぁ、俺達の身柄は騎士団に拘束されたんだ。そろそろ通信機も解禁といこうぜ?」
いきなりの話題転換には、ハリィも目を丸くして尋ね返す。
「なんだ、唐突だな。誰と連絡を取りたいんだ?」
「決まってんだろ?レピアだよ」
答えるのももどかしく通信機を取り出し、目で許可を求めてくるボブへ、ハリィは苦笑混じりに頷いてやった。
「いいだろ。ついでに教会で合流するよう彼女に頼んでおいてくれないか」
「勿論だ」
言うが早いか、ボブは通信機の主電源を入れる。
途端に通信機がピーピー鳴り始め「おっ、噂をすれば」と喜び勇んで受け取った彼は、たちまち眉間に皺を寄せる。
「あぁ?モリスだぁ?ふざけんじゃねーぞ、コラ。レピアだ、レピアを出せってんだよ、コノヤロウ!」
「ボブ、待て、切るな!俺と代われっ」
勢いに任せてスイッチを切ろうとするボブから、ハリィは慌てて通信機を取り上げた。
「あぁ、俺だ、ハリィだ。どうしたモリス、白騎士団に動きでもあったのか?」
通信機の向こうから聞こえてくる声は確かに部下モリスのもので、彼は切迫した様子で答えを寄こしてくる。
『それどころじゃありません、大佐!首都の上空に現われたんです、バケモノが二匹も!!』
横で耳を澄ませていたボブと二人で、顔を見合わせるハリィ。
焦れたように、黒騎士の一人が尋ねてきた。
「なんだ、首都で事件でも起きたのか?貴公らだけで話していないで、我々にも詳しく聞かせてくれ」
手でちょっと待ってくれと合図を送ると、ハリィはモリスへ話を急かす。
「そいつらの容姿を詳しく教えてくれ。それと、そいつらに対して白騎士は、どういう対応を施したんだ?」
『えっ?は、はい、その、二匹とも空を飛んでいました!一匹は黒い羽根が生えていて……もう一匹は黒い服を着ていて、人間そっくりでしたッ。白騎士団は今は籠城していますが、えぇと、グ、グラビトン大砲が外に出ています!城壁の、外に!』
モリスの声には落ち着きがない。現在進行形で、今も魔物が空に浮かんでいるというのか。
ハリィの確認にも、逆に半狂乱となって聞き返してきた。
『奴ら、何もしてくる気配がないんですけど、一体何者なんですか!?大佐はご存じなんですか!』
「詳しい情報を知る者と今一緒にいるところだ。モリス、君も来られるようなら、こっちへ来てくれ。場所はシュロトハイナム、レスター教会だ。それと、」
レピアと連絡を取って、一緒に連れてきてほしい。
そう頼むと、意外な答えが返ってきた。
『レピアですか?一緒にいますけど。ルクも一緒です、大佐の命令で首都に戻ってきたと本人は言ってますが』
「あんの野郎!道理で、メイツラグの何処にもいやがらねぇワケだ!!」
たちまち指をバキボキ鳴らし始めたボブに一応は遠慮して、ハリィは小声でモリスへ頼む。
「ルクも同行させてくれ。あぁ、ボブの事は気にするな。俺が上手く言っておく」
「上手く宥めようったって、そうはいかねぇぜハリィ!あの野郎は一度顔が変形するまで、おわっ!」
言いかけるボブは黒騎士の一人、背の低い騎士に後ろからドンと突き飛ばされ、豪快にすっ転ぶ。
突き飛ばしたほうは、ごめんと謝るでもなく、ハリィを下から睨み上げてきた。
「二人だけで話してんなっつってんだろ?いい加減、詳しい話を俺達にも聞かせろってんだ」
とても騎士とは思えないほど、口の訊き方がなっちゃいない。ハリィも思わず苦笑する。
「いいとも。皆も聞いてくれ。首都に例の二人が現われたそうだ」
「例の二人って?」
きょとんとするティルに代わって、ラルフが叫んだ。
「クローカーと白髪男か!」
「そうだ」
ハリィは頷き、モリスへの通信を終わらせると、改めて一同の顔を見渡した。
どの顔も緊張、或いは後悔で苦み走っている。
此処へ引き留めておけなかった事に対する後悔。首都へ危害を加えられるのではという、緊張。
それらを見渡し、ハリィはアレックスへ頼み事を申しつける。
「君たち黒騎士団は直ちに首都へ戻って、グレイグに、こう伝えてくれないか?」
「何を?」
「俺達が戻るまで、悪魔二人に攻撃を仕掛けないで欲しい……と。奴らは多分、グラビトン砲でも吹き飛ばない。俺の勘だが、ね」
アレックスは黙って頷けても、他の部下が黙っちゃいない。
何しろレイザース最強の大砲を、面と向かって貶められたのだ。
しかも傭兵如きに。黙っていられるわけがない。
「何だと!貴様、何の根拠があって」
「貴様は、その身にグラビトン砲を受けたことがあるというのか!?」
たちまち囲まれ、四方八方から怒鳴られるハリィ。
「ピーチクパーチク騒ぐんじゃねぇや、バカヤロウ共が!!」
親友を助けようとボブが一喝するも、そうしたところで止まるもんじゃない。
むしろ彼が騒げば騒ぐほど黒騎士団のブーイングも酷くなり、混乱と騒ぎの中、耳を押さえたティルがソロンに囁いてくる。
「ね、悪魔二人組は、どうして首都に行ったのかしら?」
「そんなのは決まってんだろ?」と、偉そうに応えたのはシャウニィ。
疑問の目を向けてくる二人へ、さも当たり前だと言わんばかりに頷いた。
「例の装置だよ。あれを見に行ったに違いねーや。クローカーってのは、随分とアレにご執心だったじゃねぇか」
「例の装置?」と、話に混ざってきたのはラルフで、エリックも眉を潜めている。
「悪魔が興味を持つようなものが、首都に存在するというのですか?」
ここで隠しても、噂が広まるのは時間の問題だ。
現に今、モリスの弁によれば首都は大混乱の最中だというのだから、誰かがどさくさに紛れて見つけていたとしても、おかしくない。
騎士団が、あの辺りを厳重に警備していたのは、首都の住民全てが知るところとなっていたのだ。
それにラルフとエリックは、クローカーの正体を知る唯一の存在である。
彼らを敵に回しても、百害あって一利なし。そう判断したソロンは、二人へ詳しく話すことにした。
「首都の近くの洞窟によ、変な装置が見つかったンだ。水晶に閉じこめられた女と、四角い機械が繋がってる……ンだったよな?ティ」
傍らのティルへ相づちを求めると、彼女は曖昧に頷く。
「え、えぇ。確か、そんな感じだったわね」
どうにも頼りない相方だが、ソロンは話を進めた。
「ハリィは異世界の技術だと思って俺達にソイツを見せてくれたンだが、俺達の世界にもないシロモンだった。で、次に高名な魔術師を捜す間に、ドンゴロに会ッたりメイツラグに行ッたりして」
「違うわよ、ソロン。ドンゴロさんに会ったのは、ソロンだけでしょ?」
ラルフが大声で遮った。
「ドンゴロ様だって!?」
あまりにも大きな声を出すもんだから、黒騎士団の連中も喧嘩をやめて、こちらを見る。
「賢者ドンゴロにも、お会いしていたのか!一体どこで」
聞きつのるラルフへ多少ドン引きしながら、ソロンが答える。
「ど、どこッて……アジンの島ッてトコだよ」
「亜人の島!?」などと黒騎士団が騒ぐのを横目に、ラルフは何故か嬉しそう。
「亜人の島かぁ〜。そっかぁ、どうりで、どこを捜しても見つからないわけだ!」
何故かは知らないが、ラルフはラルフで賢者の行方を捜していたらしい。剣呑な目つきで斬が詰いつめる。
「賢者ドンゴロの行方を捜して、何とするつもりだったのだ?」
くるっと振り向いたラルフはウィンクを飛ばし、軽快に答えた。
「決まってるだろ?対悪魔の攻略法を聞くんだよ。賢者様なら異世界人にも、お詳しいだろうしな!」


ハリィの頼みを受けて、というわけではないが、黒騎士団は一路首都へ戻る事となった。
何しろ首都が襲われているとあっては、傭兵如きの身柄確保どころではない。
加えて、例の装置の件もある。急いで戻らねばならなかった。
「大佐、貴殿も仲間と合流したら、すぐに戻って欲しい。白騎士団長は、必ずや貴殿の協力を必要とするだろう」
アレックスの要請に頷くと、ハリィは答えた。
「あぁ、必ず。だから、それまで早まった行動に出ないよう、よく言い含めておいてくれよ」
「了解した」
コクリと頷き、去っていく黒い集団を見送りながら、ジロが尋ねてくる。
「首都が悪魔に襲われてるってんなら、モリスってのを呼ぶ必要なかったんじゃねーの?」
「俺達の仲間は、モリスとルクとレピアだけじゃない」
そう答えたのはバージで、愛用のライフルをケースから取り出しながら続けた。
「カズスンとジョージ、場合によってはカチュアも呼ばないと。久々に総勢で戦える相手の出現だもんな」
「……いや」
部下の意見にハリィは首を振り、訂正する。
「カチュアを呼ぶまでには至らない。俺達は、これから強力な味方をつけに出かけるんだ」
「そんなこと言って。バックの危険を回避したいだけなんじゃないですか?大佐はァ」
茶化すバージを横目に、ティルはボブへ問いかける。
「ねぇ、ハリィはカチュアが嫌いなの?どうして?仲間なのに」
ずいぶんと直球な質問をくらい、ボブは苦笑しながら答えた。
「なぁに。カチュアはナ、ココントコのネジが少々ゆるんでいやがるんだ」
ここんとこ、とこめかみを突き、ニヤッと笑ってみせる。
「だもんで、年中ハリィの後をつけまわしやがってよ。寝床にまで入ってくる懐きようってやつさ。そんなんだからハリィも、あんまカチュアの事を快く思ってねぇんだ」
「けど、仲間なんだろ?」と、キーファ。
「嫌いなら、とっととクビにしちまえばいいのに」
「性格に問題がある。けど、腕は優秀なンだろ?」
ソロンの出した結論に頷くと、ハリィは憂鬱げに首都のある方向を見やった。
「それに、あいつは今、裁縫師の修行で忙しいはずだ。呼び出すのは可哀相だろう」
「裁縫師ねぇ、それだって大佐が無理矢理行かせたんでしょうが」
まだバージは茶化したりないようだったが、ハリィは無理矢理雑談を締めて、話を元に戻した。
「黒騎士様達も急げと言っていたんだ。レピア達が到着し次第、すぐに亜人の島へ向かおう」
「亜人の島?どうして亜人の島?」
ジロとスージが綺麗にハモる。ハモッた二人に答えたのは、シャウニィだ。
「決まってんだろ。賢者を味方につけようって魂胆だ。そうだろ、ハリィ?」
「その通りだ」
図々しい作戦に、斬が眉毛を釣り上げる。
「賢者を首都のイザコザに巻き込もうと言うのか!」
「もはや、首都だけの問題ではありません」と言い返したのは、エリックだ。
司祭は残った連中を、ぐるりと見渡して言った。
「ソロン、あなた方の言う装置が門を開くほどのちからを持つものであると仮定した場合、クローカーが狙うのは、魔界との門を開く事に他なりません。もし悪魔がワールドプリズへ多々出現するようになったら、この世界は終わってしまいます」
急に話が壮大さを増してきた最中、キーファが話の腰を折ってくる。
「そんなにヤベー奴なのか?クローカーってのは」
もっとも彼としては一瞬しか会っていないのだから、そう思えるのも当然で。
首を傾げるキーファへ答えたのは、興奮のラルフ。
「クローカーもだが、あの白髪男、キエラってのも相当ヤバそうな奴だった。ちょっと話を盗み聞きしていただけで、ほらっ、見ろよ、俺のコートがボロボロだ!」
さっと身を翻し、ぼろぼろになったコートを見せつけるも、異世界四人組の反応は鈍い。
「そう言われてもねぇ。元々そんな風じゃなかった?そのコート」
「失敬だな、お嬢さん!前は、もっとこう、アンティークな感じでシックにまとまっていたんだよ!」
どんな感じだ。
さっぱり判らない説明を繰り広げるラルフへ、追い打ちのようにシャウニィも呟く。
「それにエリックがクローカーに襲われたのだって、本を正せば好奇心が招いた自業自得だろ?なんつーか、こっちから手を出さなきゃ、それほど怖い相手とは思えないんだよなぁ」
「違うわ」
即座に否定が入り、皆の視線がルリエルへ集まった。
注目の的となった彼女は再度、同じ事を口にする。
「こちらから手を出さなくても、悪魔は他種族に危害を及ぼす。私の……私の村も、悪魔に滅ぼされた。私と、ガロンの二人だけを残して」
そう言って、視線を伏せる。
言い方は淡々としていたが、それだけに彼女の悔しさや悲しみが伝わってきて。
言い合いをしていた連中も気が削がれたのか、しんと静まりかえる。
「ルリエル……」
慰めようとジロが手を伸ばしかけるが、それよりも早くルリエルは面を上げて斬を見た。
「斬。もう、レイザースがどうのと言っていられる次元じゃない。賢者のちからを借りましょう。魔導の知識に詳しい彼なら、門の封印について何か知っているかもしれない」
「……しかし」
それでも斬は、まだ不服なのか、視線を外しながら小さくぼやく。
「賢者殿も、あの装置については何もご存じないようだった」
「それは実物を彼に見せていないから」
ルリエルは断言し、ハリィ達へ視線を移す。
「ハリィが賢者を装置の元へ導いてくれれば、何とかなる。そうでしょう?ハリィ」
まだ個人で話をしたこともない相手に、いきなり名指しで呼ばれて。
ハリィもキョトンとしていたが、傍らのボブに脇腹を突っつかれ、ようやく我に返ったようだった。
「あ、あぁ。騎士団との交渉は俺に任せてくれ」
「あなた達の友情に期待しています」
ぺこりと少女は頭を下げると、再びギルドマスターと向かい合う。
「斬。迷っている暇はない。エリックの言うとおり、門が開いて悪魔が出た後では遅いの。ワールドプリズを守りたいと少しでも思っているのなら、あなたが賢者を説得して」
イエスと言うか、言わざるべきか。
人間達のゴタゴタに関わり合いになりたくないであろう友の顔を思い浮かべ、斬が悩んでいると。
「……しかしよォ」と、口を挟んでくる者がいる。
天の助けとばかりに、そいつのほうへ振り返る。口を挟んできたのは、ソロンであった。
「何?ソロン」
臆せず問いかけるルリエルへ、ソロンも逆に問い返す。
「クローカーは、こうも言ッてたよな?装置を動かすだけじゃ門は開かねェッて。何か、もう一つ動作が必要みたいな事を言ってたじゃねェか。つまり、それがない限り、悪魔が住む世界へのゲートも開かないンじゃねェのか……?」
「良く覚えていたな、ソロン!その通りだ」
何故か上機嫌でポンポンと肩を叩いてくる斬の手を疎ましそうに払いのけ、ソロンは尚も尋ねる。
「お前らは相手が、その方法を見つけかねないッてのも杞憂してンだろ?なら、いッそ、こうしちゃどうだ。奴らがソレを見つける前に、あの装置を破壊するッてのは。あァ勿論、首都から遠ざけた場所でな」
誰もが言い出さなかった案に「協力するぞ、ソロン!」と飛びついたのは、斬だけで。
他の者は、揃って大きな溜息を、これ見よがしについたのみ。
「あのな。動かせられるモンなら白騎士どもが、とっくに動かしてんだろーが」
ボブの意見にティルも「そうよね」と頷き「一応、お友達の意見も聞きたいわ」とハリィを促した。
「まぁ……グレイは慎重派だから反対するかもしれんが。レイザース王の性格を考えると、装置の撤去は有り得ない話じゃない」
言葉を選んで答えるハリィを指さし、「ね?地元の人が言ってるのよ」とティルは得意満面でソロンを振り返る。
「それでも動かさなかったって事は、動かせなかったって事になるんじゃないかしら」
「……けど、装置は地面に固定されているってわけでもねーんだよなぁ」
思い出したようにシャウニィが言い、未だ荷馬車の中に隠れているつもりの少女へ目をやった。
「人の力で動かせないなら、竜人の力を借りるっつー手もあるよな」
「どのみち、賢者の協力は必要なんだろ?だったら、ここで井戸端会議してる暇はないんじゃないのかい。ねぇ、大佐」
と言ったのは、ティルでもルリエルでもエルニーでもない女の声。
キラキラと歓喜に満ちた表情で、ボブが彼女の名前を呼んだ。
「レピア!」
やってきたのは彼女だけじゃない。
モシャモシャの頭をした男や、ニット帽を目深に被った男、パッと見、平凡な顔の男なども一緒だ。
「馬車をブッ飛ばしてきてやったんだ。大佐、お礼を期待してるからね」
得意げに言い放つレピアの背後には、メイツラグで行方をくらましたルクの姿もあった。
「ルク」
ハリィに名を呼ばれた彼は、ビクッ!と体を震わせて、視線を明後日の方向に逃がしてしまう。
「大佐、ルクは本当に命令で首都に戻ってきていたんですかァ?」
疑わしそうに聞いてくるレピアを制し、ハリィは、もう一度、部下の名を呼んだ。
「ルク。俺は、もう怒っちゃいない。だから、こちらを向いてくれないか」
「俺は怒ってるぞ、ハリィ!!」
ボブの怒鳴り声も無視し、ルクの肩へ優しく手をかけると。ルクが、おどおどと目をあげた。
「ルク、無事でよかった。君の力が必要だ、手を貸してくれるな?」
微笑むハリィへ勢いよく頭を下げ、全力で謝るルク。
「すいませんッしたぁ!!」
何度も何度も頭を下げた。
「俺、俺、どうしても、あんたと行動したくて、ガキみたいに拗ねて迷惑かけて……ごめんなさい!処罰なら、いくらでも受けます!制裁したいなら好きなだけやって下さい、だから、だから」
「よぉ〜し、イイ度胸だ」
指をベキバキ鳴らして近寄ろうとするボブを制し、ハリィがルクの肩を軽く叩く。
「判っている。君をチームから外そうなんて、思っちゃいないよ」
「大佐ぁ……」
たちまちルクは瞳をウルウルさせ、かと思えば。
「大佐ぁぁぁ〜〜っっ!」
人目も憚らずワンワンと泣き出し、その背中をヨシヨシと撫でてやるハリィを遠目に、ソロンは溜息を一つ。
ハリィのチームは、まるっきり幼稚園児の集団だ。
ハリィがいなきゃ、何も出来ない烏合の衆か。こんな奴らが集まったところで、どれだけアテにできるのやら?
「よう、お二人さん。感動の仲直りは、その辺にしちゃどうだい?」
シャウニィも同じ事を思ったのか、呆れた様子で水を差す。
「そうだな」
あっさりハリィもルクを離し、改めて全員の顔を眺め回した。
「これだけ雁首揃えて、お願いしようってんだ。賢者からも、良い返事が聞けることを期待しよう」
「もちろん叔父さん、最終的な説得は叔父さんに任せるッスよ!」
調子のいいジロにも頼まれ、斬がウッと言葉を詰まらせているうちに。
アルが「じゃ、イックヨー!」とばかりにドラゴンへ変身し、一同は彼女の背中に飛び乗って一路、亜人の島へ。

Topへ