act7 悪魔と司祭

シュロトハイナムは狭い。
そして、何もない辺鄙な田舎として有名な街でもある。
そんな街に黒い鎧の騎士達がゾロゾロと現われれば、当然街中の噂となってしまうわけで。
町外れに住むジャック=ド=リッパーの元にも、噂を届けにやってきた者がいた。

小道を誰かが歩いてくる。
咄嗟にラルフは木の後ろに隠れて、そいつをやり過ごした。
真っ白な髪の毛だ。だが、まだ若い。年の頃は十五か六、その程度に見える青年だ。
黒い皮のジャンパーを、素肌の上に羽織っている。
下は青い長ズボン。服装だけなら、まぁ、今時の若者ともいえる。
彼は、まっすぐジャックの家に向かっていた。
だが、この街の人間ではない。この街の住民なら、全てがラルフの顔見知りだ。
今歩いていった青年は、街の誰とも似つかぬ顔をしていた。余所の街から来た人間だろうか。
黒づくめ率いる荷馬車といい、真夜中の教会来訪者といい、最近、この街には余所者の来訪が多すぎる。
ラルフの見守る中、青年がジャックの家の戸を叩く。
「開けてくれよ、いるんだろ?」
相当親しげな呼びかけ。彼はジャックの友人か。
やがて戸が開き、家人が姿を現わした。
黒い法衣に黒いズボン。噂の通り、上から下まで黒を身に纏っている。
首からかけているネックレスは小さすぎて、ここからではよく見えないが、恐らくは邪教のシンボルであろう。
眼鏡をかけた目が細い。
ただし、いつも微笑んでいるようなエリックの糸目とは違う。
切れ長とでもいうのだろうか。鋭い眼光を放っている。
ただの宗教信者ではない、そんな雰囲気を感じさせた。
「キエラ、どうしたのです。此処へ留まるのは私一人で充分だと、申し上げたはずですが」
静かな声で諭すジャックに、軽いノリでキエラと呼ばれた白髪青年が言い返す。
「そんなことを言ってる場合か?黒い鎧のオッサンどもが、この町にやってきてるんだぞ」
黒い鎧のオッサンどもの正体を思いつくまで、ラルフは少々時間を要した。
それが黒騎士であると見当がついた頃には、ジャックに招かれたキエラ青年がばたんと戸を閉めた処であった。
ともかく、ここからでは会話も盗み聞きできやしない。もう少し、近づく必要がありそうだ……

家の中は殺風景で、ぎっしりと書物の詰め込まれた本棚がある他は、生活の匂いがしない。
「仮住まいってトコか?にしちゃ、あんま人間らしくねぇ家だな」
キエラは苦笑すると、本題に入った。
「レイザースの黒騎士軍団は、あんたも知ってるだろ」
ジャックは頷き、窓を見る。黒い鎧の軍団も、此処までは踏み込んできていないようだ。
「えぇ。この世界の覇者にして支配者でもあるレイザース王国の誇る、執行部隊ですね」
「その通り。あんたに聞くのは、聞くだけ野暮だったかな?」
肩をすくめ、キエラは先を続ける。
「ま、それはいいとして、問題は黒騎士が何故こんなド田舎へ来たかって理由なんだけどさ。どうやら、俺達以外にもいるらしいぜ。異世界からの混入者が……な」
友人の言葉に、ジャックの眉がピクリと跳ね上がる。
「ほぅ……?」
「街の連中が騒いでいる。ここへ来る前に、レスター教会の前も通ったよ」
レスター教はレイザースでもっとも広く信仰されている宗教で、総本山は首都にある。
シュロトハイナム支部の司祭は、確かエリック=ソルブレインという男だったはずだ。
まだ会っていないが、エリックの名前は街のそこかしこで聞くことが出来た。
だいぶ信頼されているらしい。街の連中に。
穏和で人当たりのよい、司祭様――というのが住民の総合評価である。
ついでに暢気という項目も、付け加えてやればいい。ジャックは内心、そう嘲笑った。
異端者が住み着いているというのに様子を見に来もしない司祭など、恐るるに足らない。
「何か新しい噂でも聞いたのですか?」
ジャックの問いに、キエラは頷いた。
「そうさ。黒騎士達が捜していたのは、ハリィって名前の傭兵らしい」
「捜して……いた?」
「あぁ、もう見つかった。抵抗もしないで大人しく捕まったそうだ」
と言って、キエラは大きく、かぶりをふる。
「そのハリィという傭兵が、異世界からの……?」
キエラは「いや」と短く答えると、窓の外へ視線を向ける。
窓の外には誰もいない。しかし彼は窓の外を睨みつけたまま、話を続けた。
「ハリィって奴がつれていたんだ。異世界の住民を」
「ほぅ……」
不意にキエラが視線はそのままに、手で静かに、と合図を送ってくる。
彼の意図が判ったジャックも頷くと、足音を忍ばせ、扉越しに外の気配を伺った。
――何者かの生命反応を、扉の向こう側に感じる。
まだ気づかれていないと思っているのだろうが、不用意に近づきすぎだ。
扉に向かって、ゆっくりとジャックが両掌を差し伸ばす。掌の中に、青白い光が生まれた。
人の耳には聞き取れぬ言葉が、彼の口から吐き出された。
と同時に、掌を離れた青白い光が扉を包み込み、一瞬にして木っ端微塵に爆ぜ飛んだ。
爆発の中、「うわっ!」という男の悲鳴が聞こえ、キエラが表に飛び出すと。
森へ向かって逃走する、トレンチコート姿の背中が視界に入った。
「待ちなさい、追う必要はありません」
ジャックに制され、キエラが足を止めて振り返る。
「泳がしておくってか?あんたの、その余裕が危険に変わらなきゃいいんだけど」
「田舎者が何を騒ごうと、私の築きあげた信頼は、そう簡単に覆されませんよ」
自ら吹き飛ばした扉をまたいで、ジャックが悠然と歩き出す。
どこへ行くのか?と問いかけるキエラへは、こう答えた。
「黒騎士達と接触してみましょう。私も見てみたいのです、異世界からやってきたという人物を」
「危なくないか?俺達の正体がバレちゃうんじゃ」
キエラは首を傾げている。
するとジャックは肩をすくめ、挑発するかのような眼差しで友を見た。
「では、あなたは此処で待っていますか?」
「いや」
小さく首を振り、キエラもジャックを挑戦的な眼で見つめ返す。
「行くに決まってんだろ。俺も噂ばっかで現物を拝んでいないから、な」

危なかった。間一髪と言ってもいい。
長年培ったラルフの勘じゃなかったら、今頃は扉と一緒に木っ端微塵になっていたかもしれない。
腕に刺さった木片の欠片を抜き取りながら、全力疾走で教会の前まで戻ってくると。
ラルフは立ち止まって、後ろを振り返った。……大丈夫。追ってくる人影は、ない。
「あら、ラルフさん!どうかなさったんですか?コートがボロボロになっていますけれど」
教会の前を掃き掃除していたクリスティに見つかり、大声で驚かれる。
シーッとラルフが制するも虚しく、声を聞きつけてエリック司祭も表に出てきてしまった。
「ラルフ!……心配しましたよ。どうか、一人で突っ走らないで下さい」
司祭に窘められ「わ、悪い」と、しょんぼり項垂れたのも一瞬で、ラルフはすぐに顔をあげる。
「そ、そうだ!こうしちゃいられないっ。エリック、今この街に黒騎士が来ているらしいぞ!」
「えぇ、クリスティからも聞きました。なんでも傭兵を捜しておられるそうで」
言いかけるエリックを遮り、ラルフがガッシリと司祭の両手を掴んできた。
「そうだ、傭兵だ!君が昨晩ここに泊めた連中をな!」
「昨晩の?」
これには意表を突かれたか、司祭も目を見開いて驚愕する。
「そうだ、しかも驚くなよ?黒騎士団が何故彼らを捜していたのか、その理由だが……彼らが異世界の住民をつれているから、だそうだ!」
「あぁ」
合点がいったか、司祭は頷いた。
「では、斬の言葉は真実だったのですね」
未だ熱く司祭の手を握りしめたまま、ラルフも頷く。
「あぁ、そして彼らは黒騎士に追われる身だった……!犯罪の臭いがすると思わないか?」
「犯罪?」
彼の言わんとする処が判らず、司祭は首を傾げる。
いい加減、握られた両手も汗ばんできたし、そろそろ放してくれると有り難いのだが。
だがエリックの気持ちを知ってか知らずか、手をぎゅっと握ったまま、ラルフは目を輝かせて続けた。
「判らないか?エリック。首都で何かが起きているんだよ!何か、とんでもない事件が!!異世界の住民を、わざわざ騎士団が探しに来るぐらいだ。君は気にならないってのか?」
そう言われても、エリックはラルフと異なり、野次馬根性で自由に出歩ける身ではない。彼は教会を守る司祭なのだ。
そうでなくても自身は深い悩みを抱えていたし、大きな事件になど関わりたくないのが本音だった。
「気になるのでしたら、あなただけでも見に行ってこられては如何です?」
極力棘がないように言ったつもりだが、ラルフには司祭が心底迷惑がっているように聞こえてしまったのだろう。
「そ、そうか。なら、俺一人で行ってくるよ……」
握りしめていた両手を解き、見るも無惨に打ちしおれて、トボトボと歩いてゆく。
さすがに哀れと思ったのか、エリックは急いで言い直した。
「待って下さい。首都へ行く前に、騎士の皆様と会ってみませんか?騎士団の皆様から話を聞けば、首都で何が起きているのかを知る事も出来るかと思います」
「騎士に?しかし、話してくれるかな」
一般庶民として当然の疑問をラルフが呟くと、エリックは目を細めて微笑んだ。
「レスター教の威信にかけて、聞き出してご覧にいれますよ」
教会の威信を盾にするのは、エリックの本意ではない。
だがしかし、このままラルフを首都へ行かせて、彼が大きな事件とやらに巻き込まれては、たまったもんじゃない。
ラルフは恐らくエリックの事など古くからの友人ぐらいにしか思っていまいが、エリックにとって彼は大切な友達だ。
何でも包み隠さず話すことができ、且つエリックの話を与太だと笑い飛ばさないでくれる友達は、ラルフしかいなかった。
「あぁ、そうそう。ところで」
何の気なくラルフのコートへ目をやって、一つ思い出したことがあった。
「なんだい?」と機嫌良く応えるラルフへ、エリックは尋ねる。
「ジャックさんのところへ行ったのでしたよね。どうでしたか?彼の様子に、おかしなところは」
またも言いかけの途中で「そ、そうだ!」とラルフには大声で遮られ、再度両手を握られた。
「驚くべき事実が判ったんだ!そいつの報告も兼ねて、早いトコ騎士団の連中を捜しに行こう!!」
やたら熱血に逸るラルフに引きずられるようにして、エリックも走り出した。


黒騎士団と先に合流したのは、ジャックのほうが先であった。
というのも、黒騎士達のほうでもジャックを捜していたのだ。
街の連中にクローカーの情報を聞き出した結果、意外な結論に辿り着いた。
「だからよ、俺は最初に言ったんだぜ?ニンジャさん。ジャック=ド=リッパーがクローカーなんじゃないのか、ってな。あんたは違うって言ってたけど、街の連中の話じゃクローカーがジャックでビンゴだそうじゃねーか!」
などと満面の得意顔で、斬へ向かって騒いでいるのはボブだ。
傍らでは、眉を潜めたジロが、ひそひそと幼なじみへ毒づいた。
「これで何回目だよ?これだから、傭兵ってのは嫌われてんだよなぁ〜」
「まったくですわ」と、エルニーも悪友の陰口に乗ってくる。
「マスターの情報がなかったら、金色の太陽が姿を変えているって事すら知る術もなかったくせに」
斬の知るクローカーの容姿と、町の人が知るジャックの容姿が、全くの瓜二つだったのである。
つまり、ジャック=ド=リッパーがクローカーであり、金色の太陽でもあったというわけだ。
聞き込みは、ほとんどが傭兵達に一任状態だった。
ソロンやキーファは目つきが悪いし、持っている武器もシミターでは、人々が警戒するのも無理なき反応で。
かといって斬は黒づくめでソロン以上に怪しいし、ジロとルリエルは全くやる気なし。
騎士団に至っては、いちいち上目線で尊大な訊き方をするもんだから、街の人の対応も悪くなって当然だ。
唯一まともな騎士であるはずのアレックスは、無口で照れ屋という始末。
スージやエルニー、ティルは張り切って聞き込むも、結果はあまり芳しくなく。
結局、結論へ辿り着く情報を拾ってきたのは、ひとえにボブ達傭兵の手柄であった。
「もう、いいじゃない。見つかったんだし、ヨシとしましょ?」
何度目かの自慢にウンザリしたのは、ジロ達だけじゃない。横から呆れてティルも突っ込む。
キーファも調子を併せて「はいはい、ボブ軍曹スゴイスゴイ」と、ぞんざいに拍手し、ボブ本人にジロリと睨まれた。
「聞き込みが下手すぎるんだよ、お前らは!そこの軍人、テメェラにも言ってるんだぞ?暢気に笑ってんじゃねぇや」
クスクスと忍び笑いを漏らしていた黒騎士の一人がボブに指をさされ、ムッとして黙り込む。
「その辺にしておけ、軍曹」
たまりかねたか、ついにはハリィも口を挟んできた。
バージも肩をすくめて、ボブを一瞥する。
「レピアがいなくてよかったですね、大佐。いたら、きっと今頃はドン引きで大騒ぎの二重奏だ」
愛しの女性の名前を出されては、さすがのボブも大人しくなり、彼はチェッと小さく舌打ちする。
「わぁったよ、ったく、騎士様を連れて行くって決めた奴が足引っ張りなんだ。これぐらいの自慢、黙って聞き流せっつーの」
聞き流したら聞き流したで、わぁわぁ彼が大騒ぎするであろう事は、猿にだって予想できる結果だ。
これ以上取り合うのも馬鹿馬鹿しくなり、ハリィは話の矛先をボブからソロンへ変更した。
「金色の太陽と接触すれば、俺達の任務も終了だ。ついでに君達が元の世界へ帰る方法も、聞いておくとしよう」
「高名な魔術師だからか?魔術師が知ッてるッてンなら、ドンゴロでもいいンじゃねェか?」
何度言っても賢者を呼び捨てにする彼に諦めの小さな溜息をつき、ハリィは首を振る。
「ここから亜人の島へ向かうぐらいなら、金色の太陽に聞いた方が早いだろ。メイツラグでは、海軍の用意した俺達の手配書も回っているそうだしな」
それもそうか、と思い直してソロンは頷いた。
「ンじゃあ、金色サマと交渉する時は、あンたに一任すンぜ」
「任せておけ」とハリィも頷いたところで、アレックスが声をかけてきた。
「これよりクローカーの家へ向かう。我々が警備に当たっている間、貴殿に交渉を任せようと思うのだが……如何だろうか?」
先ほどの情報収集でも役立たずだったのを考えるに、騎士という連中は聞き込み調査に向いていないようだ。
それを踏まえた上でのお願いに、ハリィは快く承諾した。
「いいだろう。話が話だけに、街の人達には聞かれたくない。警備は、お任せするよ」
――彼らが話している様子を、物陰から伺う人影があった。
キエラとジャックの二人である。
「一人だけ兜を脱いでいる奴がいるけど、あれが黒のテフェルゼンってやつか?」
ジャックは目線で誰かを捜している様子だったが、キエラの質問には、ちゃんと答えた。
「そうです。剣の腕はワールドプリズで一、二を争うそうですから、迂闊に手出しをしないよう」
「そいつぁ人間の中でって話だろ?」
嘲っていたかと思えば「おっ」と短く呟き、ジャックを手招きする。
「あれじゃないか?あそこの三人から、この世界の住民とは違ったオーラを感じる」
キエラの指さす人物へ注意深く目をやって、ジャックも気配を探ってみた。
確かに彼の言うとおり、三人ともワールドプリズの住民とは異なる生命反応の持ち主だ。
右から逆毛の三白眼、垂れ目の真ん中分け、貧乳女性と覚えていき、おや?と首を傾げる。
藁の中、荷馬車の上からも、彼らと同じ気配を感じるのだ。一つだけ。
ジャックの様子に些細な変化を感じ取り、キエラが囁いてきた。
「あんたも感じたか?もう一人、荷馬車の中に隠れているな」
「えぇ。それに、この気配……亜人も混ざっているようですね」
同じく藁の中に隠れているのは、変異ドラゴン亜種の雌だ。
「しかし、おかしな組み合わせですね。傭兵、軍人、亜人に異世界住民……ですか」
「ハンターの姿もあるぜ」と、キエラ。顎をしゃくって、黒づくめを示した。
「あいつの顔は、よく覚えている。あの時は、保護ハンターなんて名乗ってやがったけど」
「保護ハンター?」
「あぁ」
忌々しそうにキエラが吐き捨てる。
「俺の獲物を横から奪い取った野郎だ」
眉間に寄った縦皺を見る限りでは、相当な怨恨を抱いているように思われる。
大方、食料として捕らえた生物をハンターに横取りされたとか、そんな処であろうが。
「ふむ……まぁ、今は揉め事を起こさないで下さい。騎士団の目的を知るまでは」
物陰から出ていくと、ゆっくりとした足取りで彼らに近づいていく。
「判ってるよ」と頷いたキエラも後に続き、騎士団のほうでも彼らに気がついた。

「止まれ!」と大声で制されて、ジャックとキエラの両名は大人しく従う。
近づいてきた黒騎士の一人に名前を尋ねられ、ジャックは、にこりと微笑んだ。
「ジャック=ド=リッパーと申します。いえ、皆様にはレリクス=アルバルト=オーソリア。そう名乗った方が宜しいでしょうか」
騎士団がざわめくのを横目に、ソロンは怪訝に眉を潜めた。
「隠居してたんだろ?異名まで捨てたッてのに、簡単に本名をバラしちまッていいのかよ」
尋ねながら、ジロジロと無遠慮に相手を眺め回した。
白髪の爺さんだとハリィからは聞かされていたが、今のレリクスは老人ではない。
年の頃、二十代後半ぐらいに見える。とても元は老人だったなんて、判らないほど若返っていた。
黒い法衣に黒いズボンと、上から下まで黒一色で揃えていて、パッと見た目には葬儀屋のようでもある。
首から提げているネックレスには、逆さ十字を咥えたドラゴンがぶら下がっている。
エリック司祭もネックレスをつけていたが、彼のは赤い十字架の描かれた黒い四角がぶら下がっていた。
この世界の住民はアクセサリー一つにも、それぞれの拘りがあるのかもしれない。
ニコニコと微笑む眼鏡男を見ながら、ソロンは、そんなことを考える。
先ほどのソロンの問いを無視する形で、黒騎士の一人がレリクスへ話しかけた。
「さすが導師様、お話が早くて助かります。実は我々一同、貴方様を捜しておりました」
でしゃばった態度を隊長が注意するまでもなく、ボブが横から騎士を小突きあげた。
「おい、交渉は俺らに任せて見張りをするって話はドコいったんでぇ」
「そうだな」
頷き、テフェルゼンが部下に命じる。
「全員、周囲を包囲せよ」
隊長の命令には文句も言わず、黒い鎧の集団は、ソロン達の周囲にずらりと並んで人垣を作りあげた。
ポカンとしてしまったのは、キーファで。
「ここで?金色サマの家に行ってやるんじゃなかったのかよ」
思わず誰にともなく尋ねたのだが、ハリィには軽くいなされてしまった。
「導師様が、こちらへ出向いてこられてしまったんだ。仕方あるまい」
どうにも黒い背中が気になるものの、さっそく交渉を始めた。
「金色の太陽……いえ、オーソリア導師、お目にかかれて光栄です」
会釈するハリィを、じっと見つめてレリクスが問う。
「あなたは?」
「ハリィ=ジョルズ=スカイヤードと申します」
ハリィは名乗り、彼を捜していた理由を、とくとくと語り始めた。
とはいえ、どこで誰が聞いているか判らない街の往来、かなり要約ではしょっていたが。
「……なるほど、水晶から伸びたコードが機械へ接続……」
全てを聞き終えた導師はブツブツと呟いていたが、やがて一行を見据えた。
「現物を見ないことには確実な事は言えませんが……恐らく、その装置は大がかりな儀式を行う為のエネルギー還元装置と見て宜しいでしょう」
「大がかりな……」
「……儀式!?」
騎士団の間に、どよめきが走る。
シャウニィの予想と大体同じだ。
あれは魔術師の誰が見ても、エネルギーを吸い出す機械だというのか。
「問題は何者が、あれを造り、洞窟の中へ隠していたのか、という点ですが……」
ハリィの疑問にレリクスは目を細め「そこまでは判りません」と小さく応える。
ですが、とも続けた。
「現物を見せていただければ、水晶に入った生命体から何らかの情報を得ることも出来ましょう」
「もちろん導師様には、もっと詳しく調べていただくつもりでございます」
黒騎士の一人が頷き、隊長の指示を仰ぐ。
「テフェルゼン隊長、首都へ連絡をいれましょうか?」
「……あぁ、頼む」
アレックスは、どこか上の空で頷いた。
騎士の一人が走っていく。
アレックスはレリクスではなく、彼の隣に立つ白髪の青年を、じっと見つめている。
彼の視線に気づいたソロンが、そっと尋ねた。
「あいつが、どうかしたのか?」
小さく頭を振り「……いや。何者かと考えていた」と答えるアレックス。
「金色の太陽の弟子かなンかじゃねェのか?」
軽く突っ込むソロンに対し、アレックスは即答だ。
「彼に弟子は、いない」
だが、ソロンは尚も突っ込んだ。
「現役の時にはいなかッたとしても、こっちで作ったのかもしンねェだろ」
隊長は、そうだなとも違うとも言わず、訝みの目で白髪青年を見つめている。
「そうだろうか……」
疑っているのは一目瞭然だ。
人垣を作る時、人払いをした。その時、彼だけはレリクスの側を離れなかった。
導師も彼を追い払おうとしなかった点からも、二人は顔見知りという結論になる。
今さら何を疑うというのであろうか?黒騎士団の隊長は。
だがソロンが尋ねても、アレックスは、それ以上は何も答えない。
そうこうしているうちに先ほどの騎士が戻ってきて、首都と連絡がついたことを告げた。
「では我々は導師様を首都まで護衛してゆこう。諸君等の協力、まことに感謝する。大佐、報酬は後ほど貴殿の口座へ振り込んでおこう」
踵を返して立ち去ろうとする背中へ、ハリィが声をかけた。
「別れる前に一つだけ、質問宜しいですか?導師様」
「なんでしょう」と、レリクスが振り返る。
「この者達は異世界から現われたのですが、帰り方が判らないと聞いています」
ソロン達を示し、ハリィは続けた。
「異世界との門を開く方法……導師様は、ご存じありませんか?」
「帰り方が判らない?」
レリクスは怪訝に眉を潜め、ソロンの顔を見やる。
「門は向こうの世界側が開くものと聞いております」
ソロンが答えた。
「一方通行だったンだよ」
「そうそう。俺達の世界でだってビッグニュース扱いだったんだぜ?いきなり異世界とのゲートが現われたーっつって、ギルドの極秘依頼として、特別に出されるぐらいだもんな」と、キーファも口添えする。
二人の話を聞いた導師は、ますます眉間の皺を濃くして、異世界の住民達を順番に眺めた。
「しかし君達の話をまとめる限りでは、君達の世界への門を開いたのはワールドプリズの住民……ということになりますね」
「だが、それは有り得ない」
横から口を挟んできたのは、アレックスだ。
彼は「失礼」と非礼を詫びてから、ソロン達へ向き直る。
「ワールドプリズ側から門を開く時は、王の許可が必要だ。だが現王が即位して以来、門を開く許可が下りたことは一度もない」
「じゃあ、私達が通ってきたゲートは、あなた達が開いたものじゃないっていうの?」
だんだん頭が混乱してきた。
考えるのが得意ではないティルは、頭がズキズキと痛んでくる。
「……ともかく」と話を締めたのは金色の太陽ことレリクス導師で。
一行の顔を見渡すと、最後はアレックスへ向き直って、首都への帰還を促した。
「ここで立ち話を続けるよりは、例の装置を調べましょう。もし動かせるようなら動かして、」
ボブが奇声を張り上げた。
「動かすんですかい!?」
突然乱入してきた彼に機嫌を悪くするでもなく、レリクスが頷く。
「えぇ。もし私の予想通りにエネルギー還元装置ならば、動かしただけでは何も起きません。門を開くにせよ何かを呼び出すにせよ、もう一つ、何らかの動作を必要とするでしょうからね」
「しかし……」と不安そうなハリィを一瞥して、黒騎士隊長が無表情に付け足した。
「無論、実験は首都より遠く離れた場所で行う予定だ」
「動かせればいいんですがね」
小さく呟いたのは白髪青年で、一同の視線が一斉に彼へと集中する。
「……ところで、まだ聞いておりませんでしたね。こちらの方は?お弟子さんですか」
「あぁ、彼は」
レリクスが、白髪青年を紹介しようと口を開きかけた時。
銃声が一発轟き、黒騎士達もハッとなって銃声のした方向を捜した。
――いた!
銃を構えているのは、ボロボロのトレンチコートをきた男だ。
あの無精髭には見覚えがある。
教会にいた、ラルフという男ではなかったか?
「何をするッ!」
黒騎士の一人が威勢よく吼え、皆が一斉に剣を抜く。
だが、ラルフは逃げずに叫び返してきた。
「皆、そいつから離れろ!そいつらは人間じゃないッ!」
「……ハァ?」
誰もがポカンとなる。
いきなりやってきて、いきなり発砲して、いきなり何を言い出すのかと思ったら。
「やだねぇ〜。夏になると、変なのばっかり現われやがる」
ボブが肩をすくめ、ラルフを脅した。
「おいテメェ、誰が人間じゃないって!?これ以上、妙なことをほざきやがったら、奥歯の一本も残さずに抜いてやるぞ!」
「ち、違う!あんたに言ったんじゃない」
髭面は銃を構えたまま、顎でレリクスと白髪青年を示して言った。
「そっちだ、そっちの白髪と黒服だよ!そいつらは異世界の言語を操るんだ!!それも」
「闇の言葉を?」
ラルフの言葉を引き継いだのは意外なことに、ずっと無言で傍観していたルリエルであった。
「闇?闇とは何だ、ルリエル」
雇い主である斬に問われ、ルリエルは視線を導師へ向けたまま小さく囁く。
「闇の気配を感じるの。あの二人から」
「闇の気配?」
誰もが首を傾げる。この子まで、おかしなことを言い始めた。大丈夫なのか?
その中で唯一、首を傾げていない者が二人いる。レリクスと白髪の青年、張本人達だ。
白髪青年のほうは、ぽりぽりと頭を掻いていたが、やがて諦め心地に呟いた。
「だぁから、言ったんだよ。危険だって」
「そのようですね」
レリクスも相づちをうち、鋭い眼光でルリエルを睨む。
「まさか現地人に我々の気配を察知されるとは、思ってもみませんでしたよ」
レリクスの呟きに、ルリエルが反応する。
「……私は、現地人ではないわ」
口を挟めず、誰もが呆然と見守る中、レリクスが聞き返した。
「では、何人だというのです?」
導師の鋭い目つきにも全く臆せず、少女が答える。
「精霊界。そう言えば、あなた達にも判るはずよ」
「なるほどね」
合点がいったのは、白髪と導師の二人だけだ。
周りの人間は最早すっかり蚊帳の外、会話からも置いてけぼりになっている。
「そちらのコートの人も、精霊ですか?」との導師の問いに、ルリエルは首を真横に振った。
「知らない。たぶん、現地の人だと思う」
「そ、そうだ!俺は、この街で生まれた!」
まだ銃を握りしめたままのラルフが叫ぶ。
「お、俺は、お前らと同じ言語を使う異世界人と、接触したことがある!ずっと昔になッ」
「ほぅ……」
目を細め、導師が一歩前に進み出る。言いしれぬ迫力に負けて、黒騎士が道を空けた。
不意に何かを勘づいた白髪青年が、レリクスへ注意を促した。
「クローカー!妙な気配が近づいてきやがる!!」
ソロンも密かに気配を探ってみた。確かに誰かが近づいてきているが、妙な気配?
そういう風には感じない。近づいてくるのは人間だ。遠目にも、それはエリック司祭だと判った。
「ラルフ!また一人で先走って」
走り寄ってきたエリックが、不意に急停止する。
視線は真っ直ぐレリクスを見つめ、見る見るうちに司祭の顔色は青ざめてゆく。
「……あなたは……クローカー!?」
クローカーと呼ばれた方は返事をせず、代わりに斬が尋ね返した。
「どうした、司祭。この御仁を知っているのか?確かにレリクス殿の偽名はクローカーというが」
エリックは一転して険しい表情を浮かべると、彼に向かって叫び返す。
「斬、離れて下さい!その者は、人間ではありませんッ!!」
なんとしたことか、司祭までもが、ラルフやルリエルと同等の世迷い言を言い始めた。
しかし一介のハンターが言うのとは異なり、エリックは正真正銘、レスター教の司祭。
自分の言葉に責任の取れない立場にない。
誰もが異形の者でも見るかのような目つきで、改めてレリクスを見やる。
白髪青年、そしてレリクスも、平然と周囲を見渡した。
「……潮時、かな?」
青年の言葉に、導師も頷く。
「えぇ。彼が私の元へ現われてしまったのでは、隠し通すのも無理のようですね」
「エリック司祭、これは一体……!?」
斬の問いに答えるでもなく、司祭が懐からクロスを取り出して構える。
「今日こそ滅んでいただきます、クローカー!」
怒気を孕んだエリックの言葉からは、冗談めかした雰囲気は一切伺えない。
彼は本気だ。本気でレリクスを滅ぼすつもりだ。
殺気立つ司祭、悠然と構える導師を見比べて、黒騎士団は瞬く間に混乱へと陥った。
人垣を作ることも忘れ、ただ、おろおろと両者を見比べるばかり。
この急展開には黒騎士団長もついていけず、皆と同じように困惑する。
だが彼は、ただオロオロする無能な部下とは異なり、傍らのソロンへ囁くだけの脳があった。
「俺は司祭を信じる。……君にはフォローを頼みたい」
ソロンもコソコソと応える。
「どうするンだ?」
「俺が導師を押さえ込みにかかる。君は白髪のほうを牽制してくれ。斬る必要はない」
「わかッた」
素直に頷くソロンへ微かな笑みを浮かべると、テフェルゼンは剣を引き抜く。
ゆくぞ。
気配だけで合図をし、一気に斬りかかった。
同時にソロンも剣を抜き、白髪青年へ斬りかかる。
二人の動きは、誰にも読めず気づかれていない――はずだった。

だが。

人ならざる言葉がレリクスの口から漏れると。
青白い光が彼の目前に発生し、瞬時にテフェルゼンのほうへ飛んでくる。
あっと思う暇もなく黒騎士団長を飲み込んだ光が爆発し、誰かの悲鳴が爆音と重なった。
「隊長ーーーーーーーーーッ!!」
「ッヤロウ!!」
構わず斬りつけるソロンの剣も空を切り、ぽん、と軽く後ろへ飛び退いた白髪青年がニヤリと笑う。
「人間風情が不意討ちか?でも、残念だったな。お前らの動きは、気配でバレバレだ」
「人間風情……だと!?」
ここへ至り、ようやく相手が危険だと判ったのだろう。
斬、そして傭兵や黒騎士達も、ジロやキーファまでもが武器を抜いて身構える。
そんな彼らを一笑に伏し、白髪青年が両腕をクロスさせる。
ビリッという音と共にシャツを突き破って、彼の背中には羽根が出現した。
黒く、禍々しい羽根が。
「やっぱり……悪魔だったのね」
呟いたのは、ルリエルだ。
「あ、悪魔?」
震える声でジロが尋ねる中、悪魔は羽根を二度三度羽ばたかせると宙へ舞い上がる。
その横へ、ふわりとレリクスも舞い上がり、空中停止で一行を見下ろした。
「……あなたも、悪魔……なのか?」
ハリィの問いへ「そうです」と頷くと。レリクスは再び青白い光を発生させる。
「――危ない!皆、逃げて下さいッ」
エリック司祭が叫ぶも一歩遅く、ぐんぐんと巨大化した光は、急降下で落ちてくる。
「う、うわぁぁーっ」
「間に合わねぇッ!」
落下した光はドーンと派手な轟音を轟かせて、うろたえる連中もろとも周辺一帯を吹き飛ばした。


どれくらい時が経ったのか。
気絶から蘇ったハリィが目を覚ますと、そこは最後に導師を見かけたシュロトハイナムで。
辺りの家屋は見事に吹き飛んでいた。
ここ一帯にだけ、爆弾でも落ちてきたかのような有様だ。
なのに、自身には怪我一つない。
そのことをハリィが訝しんでいると、同じく無傷のボブが、よろよろとやってくる。
「は、ハリィ……!」
「ボブ。君も無事で」
言いかける間もなく、ぎゅぅっと抱きつかれた。
「ハリィ〜、ハリィッ!なんで一人だけ、こんな処に吹き飛んでやがんだ!心配させやがって、バカヤロ〜」
「あ、あぁ。君も無事で何よりだ」
暑苦しい抱擁を無理矢理押しのけ、ハリィが尋ねる。
「それより、他の皆は?」
「あぁ、全員無事だ。あんな大爆発があったってのに、何でかは判んねェんだがな」と、ボブ。
「こいよ、こっちに皆集まってるぜ」と手招きされ、案内されたのはレスター教会だった。
「よォ、ハリィ。あンただけ見つからないッてンで、そいつもバージも心配しまくッてたンだぜ」
出迎えたのはソロンで、やはり彼も無傷である。
「すまない、心配をかけたな」
一応謝っておいてから、改めてハリィは尋ねた。
「周囲は酷い有様だ。なのに、何故俺達は怪我一つない?」
ハリィの質問を、まぁまぁと手で制し、「まずは司祭の話を聞こうじゃねェか」とソロンに促され。
全員揃ったところで、ようやく一行はエリック司祭から、ことの真相を聞き出すことになったのであった。

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