act5 共同作戦

巨大な犬だかモンスターだかに跨って、ハリィとソロン一行が到着したのは、街の外れの草っぱら。
レスター教会は遙か彼方に遠ざかり、ここからじゃ屋根の飾りぐらいしか見えない。
「ご協力、感謝する」
目礼する黒づくめへ肩をすくめると、ハリィは尋ねた。
「なに、君達が司祭の目を気にしているのは、そこのお嬢さんの態度でも判ったからね。それよりも……だ。君達の目的を、そろそろ教えてくれないか?」
モンスターから飛び降りたソロンも会話へ加わる。
「アンタは俺の名前を知ッてるみてェだが、どこで聞いたンだ。ドンゴロの処か?」
「コラァッ、ドンゴロ様とお呼びしろよ!」
途端に荷馬車からはボブの怒声が飛んだが、そいつを手で制し、斬がソロンへ目を向けた。
「その通りだ。我々は賢者ドンゴロの依頼により、お前を探しに来た」
「へェ〜。ハンド・ハンド・グローリーズは王宮御用達って聞いていたけど、賢者からも依頼が来るのか!」
ヒューッと口笛を鳴らしたバージを見て気をよくしたのか、エルニーが胸を張って答える。
「当然ですわ。うちのギルドマスターは賢者様と、ご懇意にして頂いているのですもの」
懇意にしてもらっているのはギルドマスターなのに、まるで自分の事のように得意げだ。
なんとなく父親の職業自慢っぽいな、と苦笑しながら、シャウニィも荷馬車から飛び降りた。
「で、賢者の頼みでソロンを捜した後は、どうするつもりだったんだ?殺すのか?」
殺伐とした問いに「なんで殺すのよ!」と真っ先にティルが突っ込み、スージも呆れかえった顔で天を仰ぐ。
「ボク達、暗殺者じゃないんですけど!? なんで、そーゆー結論に行くのかなぁ!」
「でもよ」と、これはソロン。剣の先で斬を示した。
「そこの奴は、モロ暗殺者って格好じゃねェか」
炎天下に黒い忍び装束。且つ覆面までしていては、ソロンが訝しむのも無理はない。
その問いに答えたのは、他ならぬ当の斬だった。
「この格好はアサッシンではない。ニンジャだ」
「ニンジャ?へー、ワールドプリズにもニンジャっているのかよ」
驚くシャウニィを横目に、ハリィが再び尋ねた。
「だが、君はカンサーの人間じゃないね。言葉の端にクレイダムクレイゾンの訛りがある。まぁ、君の素性など、どうだっていい。今はソロンを、どうするつもりなのか答えてくれ」
「さて……どこから話したものか」
少しの間をおいて、考え込んだ後。前置きもおかず、斬は唐突に切り出した。
「スカイヤード大佐。貴殿は、この者の素性をご存じか?」
この者とは言うまでもなく、ソロンの事である。
「あぁ。彼が話してくれた程度までになら」
ハリィは素直に頷き、ゆっくりとソロンの横へ移動する。ソロンもまた、剣の柄を触りながら低く呟いた。
「ドンゴロにゃ、そこまで話した覚えはねェンだがな……」
話すも何も、意識を取り戻したと同時に飛び出してきたのだ。
にも関わらず、ソロンを異世界の住民と予想したのは賢者だと、斬は言っていた。
「ったく、さっきから平気で賢者様を呼び捨てて。さすがは異世界の住民だわ」
どことなく殺気立つソロンの気を削いだのは、赤い帽子を後ろ前に被った青年の暢気な声。
確か仲間達にはジロと呼ばれていた。覇気の感じられない、どんよりとした瞳が印象的でもある。
ジロはボリボリと頭を掻きながら、上から下まで無遠慮にソロンを眺め回した。
「ふぅん。異世界の住民っつーから期待しちゃったけど、俺らと大して変わんねぇのな」
一体、どんな姿を期待しちゃっていたんだろうか。
斬が口を開く。
「ドンゴロ様は、お前がレイザースの危機を救ってくれる鍵になるのではないかと期待されている」
「おいおい、いきなり救世主に祭り上げて、どうしようってんでぇ?」
ボブも荷馬車から飛び降りてくると、会話に混ざった。
「大体、こいつが救世主になれるもんか。俺達にとっちゃ、とんだ疫病神だったぜ。なぁ、ハリィ!」
悪友の悪態に「もう、その話は終わったはずだぞ」と一応窘めておいてから、ハリィは斬へ振り返る。
「異世界の住民がレイザースの救世主に?詳しい話を聞かせてくれ」
そして斬が話してくれた内容を聞くうちに、ソロンもハリィも顔色が変わっていった――


レイザース近郊にある、タルアージの洞窟。
そこで最近、おかしなものが発見された。
現在は騎士団が厳重に見張りをつけているが、あまりの物々しさに見物へ行く民の数も絶えないとか。
一体なにが見つかったのか?
王宮からの情報によれば、水晶に包まれた謎の美女であるらしい。
女性は亜種族だった。
だが亜人の島にいる人種とは、微妙に異なる。
耳が尖っており、透き通るように白い肌は、僅かにトクトクと脈打っている。
水晶に包まれていながらも、女性は生きていた。
何も身につけておらず、裸のまま、こんこんと眠り続けている。
女性の眠る水晶は謎の装置と繋がっており、王宮付の学者も首を捻る仕組みになっていた。
近々、賢者ドンゴロへお伺いを立てようという話も上がっているらしい……


「……やっぱり大事になっちまったか。これだから騎士団には教えたくなかったんだ」
小さく呟くと、ハリィは斬の様子を伺った。
話し終えた黒づくめは、全くの無表情。何を考えているのやら、表面を見ただけでは伺い知れない。
「それで?賢者様は、そいつを異世界の文明だと判断されたってわけか」
「断言なさったわけではないが、概ね、そのような事をおっしゃられていた」
一歩進んでくる斬に、反射的に一歩下がるハリィ。その彼を押しのけて、ソロンも一歩前に歩み寄る。
「で、アンタは俺達なら知ってるンじゃねェかと思ッたッてワケか」
「そうだ」
「だがよ」
ソロンが吐き捨てる。
「悪ィが、俺達もアレが何なのかは知らねェンだ」
「アレがって、キミは実物を見たことがあるの?」
キョトンとして割り込んできたスージへ頷くと、ソロンは続けた。
「ハリィもアンタと同じ事を考えたンだ。で、俺達にアレを見せてくれた……だが、断言したッていい。俺達の世界にも、あンなヘンテコな装置は存在しちゃいねェ」
それを聞いても黒づくめは無表情だったが、ジロとスージ、若者達の顔には、あからさまな落胆が浮かぶ。
エルニーなどは、大きく溜息をついて肩をすくめていた。
異世界の住民といっても、この程度か。そう言わんばかりに。
「……まぁ、二、三、心当たりがないでもないんだけどな」
シャウニィの小さな呟きに、すかさずジロが突っ込んだ。
「心当たりって?」
あくまでも俺の予想だがよ、と前置きしてからダークエルフは話し始める。
ボブやハリィにしたのと同じ推測を。
すなわち、あれを作ったのは魔族であり、水晶は魔力を吸い上げる為の装置である――と。
三人の若者が同時にハモッた。
「マゾク!?」
「魔界という異世界に住むとされる、亜種族の一つか」
斬だけが物知り顔で頷き、シャウニィを見やる。
「貴殿も亜種族の一人だな。そうだろう?」
「まぁ、人間から見て違う種族かってんなら、亜種族になるんだろうけどよ」
シャウニィは苦笑した。
「俺達みたいなのはな、ダークエルフって呼ばれているんだぜ。よく覚えておきな」
「了解した。では、ダークエルフ殿」
頷く斬へ、すかさず訂正をいれる。
「名前はシャウニィだ。ダークエルフは種族名な」
「……では、シャウニィ殿。お聞きしたいことがある」
「何だ?」
快い二つ返事のダークエルフへ、斬が尋ねた。
「水晶は魔力を吸い上げる装置だと申されたな。それを作ったのは、魔族だとも」
「あくまでも、俺の推測だけどよ」
気楽に笑う彼を、覆面の隙間から覗く鋭い目がピタリと見据える。
「これを使って魔族とやらは、何を企んでいると推測する?吸い上げた魔力を、奴らが一体何に使うつもりだと貴殿は予想されるのだ」
視線を真っ向から受け止め、しばらく黙っていたが、ややあってシャウニィは嘆息した。
「……ま、推測だけでいいってんなら話すけどよ。外れても俺の責任じゃねーからな」
対する斬は、どこまでも無表情だ。
「構わぬ」
「俺の推測じゃ」
立ち上がり、教会のあった方面へシャウニィは目を凝らした。
すっかり日は昇り、青空が広がっている。雲一つない晴天だ。
「魔族が魔力を集めてすることっつったら、一つっきゃないね。ゲートを開く、そんだけさ」
「ゲート!?」
「ゲートって、何?」
ジロとスージが同時に叫び、顔を見合わせる。
いや、見合わせたって判らないので、ジロはエルニーに尋ねた。
「エルニーは知ってるか?」
「オバカ、門のことですわよ」とエルニーは即座に答えたのだが、勿論知ったかぶりなのは言うまでもない。
本来の意味となると、彼女も全く判っていない。
困惑の三人に、ボブが横から冷やかしてきた。
「おいおい。お前らもレイザースの国民なら、異世界研究の会報ぐらいは読んでんだろうが!」
「あ、あぁ、機関誌?機関誌なら、たまに読んでいるよ」
無知とからかわれたくなくて、ジロは咄嗟に頷いた。
だが実際に目を通しているのは、時々入っているバイト募集のチラシぐらいで。
本文なんか、ろくすっぽ読んじゃいない。たまに読んだとしても、次の日には忘れていた。
何の徳にもならない情報なんて、そんなもんだ。
「カーッ、たまにじゃなくて毎日読めよ!まがりなりにも、ハンターをやってるんならなぁッ」
結局ボブには馬鹿にされ、ハリィも微笑を浮かべて三人を見やる。
「彼の言うゲートというのは、俺達の世界でいうところの【門】だ。言葉の解釈だけでいうならエルニー、君の答えは正解だね」
「ふ……ふふん、当然ですわっ!」
自信を取り戻しかける彼女の顔を覗き込むと、穏和な笑みを崩さぬままハリィは続けた。
「しかし君の言わんとする【門】は、建物の門だろう?」
「え、えぇ。その通りですけど。違いますの?」
「あぁ」
ハリィは頷き、三人から荷馬車のほうへ視線を移した。
先ほどから、何も話さない少女がいる。出会った時から、一度も言葉を発していない。
彼女の存在そのものを、今になって知ったぐらいだ。
少女は荷馬車の横で寝そべる巨大な犬モンスターの隣へ座り込み、熱心に本を読んでいる。
何者だろう?斬達の仲間であることだけは、間違いないのだが。
「シャウニィの言っているゲートは、その門じゃない。異世界と我々の世界を繋ぐ通路だ」
ハリィの言葉尻を受け継いで、シャウニィが続けた。
「そうだ。そしてゲートは、魔導の力を借りないと開かない」
自信たっぷりな発言に、黙って聞いていたティル、そしてキーファが素っ頓狂な声を上げる。
「……えぇっ!?」
「ちょ、ちょっと待てよ、じゃあ」
「ン?どうしたンだ、二人とも」
気づいていないのはソロンだけで、二人の顔を交互に見やる。
ティルもキーファも慌てに慌てており、緊急事態だというのだけは、よく判った。
ソロンの問いを無視して、今も二人はシャウニィにくってかかっている。
「魔導の力がないと開かないんじゃ、私達、どうやってファーストエンドに帰ればいいの!?」
「そうだよ!最初に通ってきたアレは、もう閉じちまったじゃねーか!!」
しかもシャウニィの弁を借りるなら、確か彼は今、魔法が使えないはず……
ようやく自分の置かれている事態が見えてきたのか、ソロンも苦情を申し立てる側に加わった。
「もう、この世界のことは大体判ッた。俺達の世界と大体似たような世界だッてな。なのに帰れねェッてンじゃ、依頼達成できねェじゃねェか!どうするンだ、シャウニィ!?」
ところがシャウニィときたら、余裕綽々で。
ソロン達の顔をぐるりと眺め回した後、薄ら笑いを浮かべて、こう答えた。
「オイオイ〜。俺達が今、何を調べているのか判ってて言ってんのか?三人とも」
「何って、水晶の装置でしょ?それと、それを調べる為の『金色の太陽』って人も探していたけど」
即座にティルが答え、キーファもウンウンと頷いていたが、急に「あっ、そうか!」と叫んでシャウニィを見つめ返す。
やっと判ったのか、と言わんばかりにシャウニィがニヤリと微笑んだ。
「その通り」
「その通り……って?」
すっかり蚊帳の外に放り出されていたスージが、恐る恐る尋ねると。
ダークエルフは意地悪な笑みを絶やさずに、彼のほうへ視線を向けた。
「だから、あの装置を使わせてもらうんだよ。俺達が帰る為の動力源にさ」
即座に斬、それからハリィが声をハモらせて叫んだ。
「駄目だ!!」
「なんでだよォ〜。お前ら、あの装置の管理人じゃねーだろ?ケチケチすんなって」
口を尖らせるシャウニィの肩を乱暴に掴み、ハリィはガクガクと揺さぶった。
「俺達が何故、あれを調べていたのか忘れちまったのか!?」
誰にも判らない未知の装置――
動かし方も判らない装置を行き当たりばったりで動かした場合、どんな余波が出るのか?
けして物事は良い方向だけには進まない。ハリィには、嫌な予感がしてならなかった。
「レイザースにとって、危険かもしれないから?」
ティルの答えに力強く頷き、ハリィはシャウニィの肩を掴む腕にも力を込めた。
「いただだ、いだだだだっ!肩、肩が外れるッ、外れるから!」
いくら非力なガンナーといえど、力一杯握られたとあっちゃ、貧弱なダークエルフは泣き喚くしかなく。
だが少しも力を緩めず、ハリィは彼を諭しにかかった。
「いいか、あれはレイザース王宮のすぐ側にあるんだ!首都の近くで、あんな得体の知れない装置を発動させてみろッ。最悪、門とやらが開いて大勢の魔族が押し寄せてきた時、君は責任を取れるのか!?」
必死の形相にはシャウニィのみならず全員が気圧されたようで、ソロンが神妙に頷いた。
「わ、悪ィ。お前ら住民の気持ちも考えねェで、気軽な事を言ッちまッてよ」
ふぅっ、と大きな溜息をつくと。
ようやくハリィは落ち着いたのか、ダークエルフの肩を開放してくれた。
「……判ってくれれば、いいんだ」
しかし普段穏和に見えるハリィが、ここまで怒るとは。
もし動かし方が判ったとしても、水晶の魔力を使ってゲートを開くという方法は使えそうにない。
使ったが最後、ワールドプリズ住民の全てを敵に回しそうだ。
「ったくイテェな、力一杯握りやがって!」などと文句タラタラのシャウニィを軽く無視して、斬が割り込んでくる。
「スカイヤード大佐、貴殿は『金色の太陽』を捜しておられたのか?」
「あぁ。君は知っているのかい?彼の居所を」
質問に質問で返すハリィへ小さく微笑むと、斬はキッパリと答えた。
「知らぬ」
「なんだよ、つかえねぇなぁ!」
ボブが大仰に騒ぎ立て、バージがそれを諫める。
「使えないってのは言い過ぎだろ。つーか、純粋に失礼だ」
とはいえ、彼も少し落胆したのは内緒である。
如何にも思わせぶりに聞いてくるぐらいだから、てっきり何かを知っていて確認を取られたのだとばかり。
落胆する傭兵を見渡し、むっつりしたまま斬は続けた。
「居場所は知らぬが、どのような人物かは把握している」
「あーあー、それなら俺達だって知ってるゼ、ニンジャさん!」
失せろとばかりにヒラヒラ手を振って、ボブが捲し立てる。
「白髪の爺さんで魔術の使い手で、元王宮術師で今は隠居の身。メイツラグのどっかで暮しているんだろ?」
斬は低く続けた。
「そして今は姿を変え、名も変えて、このシュロトハイナムへ引っ越してきた」

この情報には誰もが虚を突かれたのか、場は一瞬静まりかえり。
五秒後には、蜂の巣を突いたが如く大騒ぎとなった。

「え、えぇぇー!!?だ、誰ッ?なんて名前になったの!?」
「チックショー、道理でメイツラグの何処を捜してもいなかったワケだよ!」
「まさか、まさかジャック=ド=リッパーってヤツじゃねぇだろうな、ニンジャさんよォ!!」
最後のボブの問いにだけ、斬は反応した。
ゆっくりと首を真横に振り「違う」と答えて、ソロンをジッと見据える。
何もかもを見透かされそうな目に思わずたじろぐソロンを視界に捉えたまま、彼は言った。
「彼の今の名は、クローカー。魔術の力を用い、若い男に姿を変えて、シュロトハイナムで一人家を構えて住んでいるはずだ」
「よ……よし、そこまで判っているのなら捜しようもある。行こう、皆」
気を取り直して歩き出したハリィを、斬が呼び止めた。
「待て」
「まだ何か?」
振り返った一行へ手を差し出すと、怪しい黒づくめのギルドマスターは一つ提案する。
すなわち、共同作戦である。手を組まないか?と、いうのだ。
「手を?詳しい情報を提供してもらったのは有り難いが、これ以上の協力は」
言いかけるハリィの前に、一陣の風が奔る。
あっと思った時には黒づくめが懐に入っており、がっしりと腰へ手を回された。
「――って、何で腰に手を回すの!?」
ドン引きするティルやキーファ達にはお構いなく、斬がハリィの耳元で囁いてくる。
「クローカーは厄介な男だと聞き及んでいる。貴殿等だけでは、必ずや苦労するだろう……」
「わ、わかった。判ったから、もう少し離れてくれないか?」
腰に手を回されたのにドン引きなら、炎天下の中、男二人で密着しているのにもドン引きである。
額に汗して嫌がるハリィの側を、すっと離れると。斬は覆面の下で笑みを浮かべた。
「では、交渉成立という事で宜しいか?」
「あ、あぁ……ご協力、感謝する」
渋々頷いたハリィを筆頭に。
一行は改めてクローカーなる人物の情報集めの為に、街の中心部へ戻っていった。

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