act4 ハンターギルド

首都からクレイダムクレイゾン方面を抜けた先に、シュロトハイナムという名前の街がある。
閑静な田舎街――そう称してもいい。
驚くほど何もない、この小さな街には宿屋すら見あたらなかった。
入ってすぐ目につくのは、教会の建物だ。
黒地に赤い十字架マークの描かれた旗が、建物のてっぺんで、はためいている。レスター教の旗だ。
レスター教は、ワールドプリズで一番メジャーな宗派である。
どの街へ行っても必ず教会の一つや二つを見かけるほど、人々からは信仰されていた。

今も、教会へ向かって歩いていく人影がある。
イマドキ流行らない、よれよれのトレンチコートに無精髭。
冴えない風貌の中年は戸を開け、中にいる人物へ声をかけた。
「やぁ、シスター・クリスティ。エリック司祭は、ご在宅かい?」
黒い僧侶服に身を包んだ、ほっそりとした女性が振り返る。
「あら、ラルフさん。ごきげんよう。司祭なら裏の畑でトマトの世話をしておいでですわ」
「トマトの世話ね……いつから、ここは菜園農場になったんだか」
ぽつりと呟くと、ラルフは踵を返す。
「ありがとう。さっそく行ってみるよ」
教会の裏手に回ってみると、いたいた。シスターの言うとおり、黒服の男が鍬を振っている。
農家のオッサンよろしく手ぬぐいをほっかむりにしていて、知らない人が見たら誰も彼を司祭だとは思わないだろう。
「よぉエリック。野良仕事に精が出ているな」
声をかけたところで、ようやく司祭もラルフに気づいたのか、顔をあげる。
「おや、ラルフではありませんか。本日は何の用でいらしたのです?」
「なぁに、ちょっとした野暮用さ」
ラルフはニヤリと笑って、エリックが手放した鍬を冗談半分に握ってみる。
「意外と重いな」
「野暮用とは?」
度重なる司祭の問いへは、急に真面目な顔になって答えた。
「聞いているか?最近引っ越してきた、異端者の話を」
「えぇ」
小さく頷き、エリックもラルフを見つめる。
「ジャック=ド=リッパーと名乗っている青年の事ですね?」
「そうだ。どう考えても偽名だろうが、格好といい、誰かを挑発しているようにしか思えん」
このシュロトハイナムへ、最近引っ越してきた青年がいた。
青年はジャック=ド=リッパーと名乗り、一人で空き家を借りて住んでいる。
別に、青年の一人住まいが珍しいわけではない。
珍しいのは、彼の格好である。
上から下まで全身黒づくめの上、首から下げているネックレスは邪竜をかたどったもの。
一般に邪教とされている、ブレイム教のエンブレムだ。
何もない田舎街だからこそ、人の噂が広まるのは早い。
噂は人づてに教会へも伝わって、エリックの耳にも届いていた。
「挑発というと?誰を挑発していると、あなたは思ったのですか」
エリックの問いに「たとえば、君をさ。或いはレスター教全般かもしれんが」と、ラルフは答えた。
邪教徒が邪教を信仰していたと判るのは、大抵黒ミサや儀式の発覚によるものだ。
自分から邪教を信仰しているとアピールする信者は、滅多に、お目にかけないと言ってよい。
ジャックなる人物に出会った人の話では、彼は人畜無害そうだということである。
穏やかな顔つきで、眼鏡をかけていた。
何かを企んでいる様には、見えなかったという。
だが人受けの良い顔をしているからといって、必ずしも善人ばかりとは限らない。
「彼が何らかの事件を起こしてくれない限り、俺からは手出しできない」
物騒な事をのたまり、ラルフが苦笑する。だが、とも続けてエリックへ流し目をくれた。
「しかし君なら、彼と接触できるはずだ。お祈りにきてくれ、だの異種神との見解について話し合おう、だの何とでも理由をつけて訪問してみちゃくれないか?」
ラルフのお願いに、エリックは、しばし考え込んだ後。小さく頭を振った。
「もし彼が本当にブレイム教信者であるとしたら、私の話など聞いてくれそうもありませんね。それに……ここをクリスティに任せて留守にするというのも、不安がよぎります」
意外な答えに「おいおい!シスター・クリスティは、君の大切な信者だろ?」とラルフは、おどけてみせるも。
エリックが深刻な表情で俯いているので、心配になって尋ねた。
「……うまくやれていないのかい?彼女と」
「いえ、上手くやれていないというわけではないのですが」
再び顔をあげたエリックの瞳には、あからさまな憂鬱が漂っている。
「彼女に留守を任せて戻ると、いつも私の部屋のドアが半開きになっていたものですから」
「そりゃ、単に君が留守の間に、部屋の掃除をしておいてくれたんだ。いいシスターじゃないか」
楽天的に受け答えるラルフへ、溜息と共につけたした。
「戻るたびに下着が二、三枚消えていたのも、きっと彼女が気を利かせて洗濯してくれていたのでしょうね。ただ、その洗濯物が私の元へ戻ってくることは、二度とありませんでしたが……」


廃港を出て、歩くこと半日近く。
夕暮れタイムも、とっくに終わり、一行がシュロトハイナムへ到着したのは超真夜中。
「こ……こんな時間じゃ、さすがに宿屋も寝ちゃってるわよね?」
宿屋の主人を気遣うティルに、ボブがキッパリ答える。
「この街に宿なんて気の利いた店は、ねぇよ」
「え……」
と、呆けたのも一瞬で。
「えええぇぇぇぇぇっっ!?」
異世界四人組の大合唱を横目に、ハリィら傭兵は、さっさと歩き出す。
ティルは慌てて追いすがった。
「宿もないって、じゃあ今晩の宿は、どうするの?もうクタクタなのにっ」
くるりと振り向いたハリィが答える。
「この街には教会がある。そこへ泊めてもらおう」
ついでに「言ってくれればダッコぐらいしてあげたのにな」と申し出るや否や、間にソロンが割って入ってきた。
「結構だ」
ギン、と睨みをきかせてくる彼に「君に言ったんじゃないよ」と肩をすくめて茶化してから。
再びハリィは歩き出す。先を行くボブとバージは、全くの無言行進だ。
「教会って、宗派は何だ?この世界の神様についても詳しく知りたいんで、教えてくれるとありがてーな」
シャウニィが嬉々として尋ねてくる。瞳を輝かせ、疲れなど知らぬかのように。
「その辺の話は、あとでたっぷりシスターか司祭に尋ねてくれ」
ハリィは苦笑し、彼を見やった。
「君は元気だな。他の二人は、ぐったりお疲れだというのに」
「うんにゃ、疲れてるぜ?」
シャウニィが、あっさり首を振る。
「けど俺が疲れたって騒いだって、誰もオンブやダッコをしてくれそうにねーもんな」
「なんだ、君もお疲れか。疲れているなら、いつでも言ってくれればオンブぐらいはしてやったのに」
ハリィは社交辞令で答えたのだが、途端にシャウニィが背中に飛び乗ってくるもんだから。
べちゃっとバランスを崩し、無様に倒れ込んでしまった。
「なんだよ、へっぴり腰だなぁ傭兵様は。こんなんじゃティルだってダッコできやしねーぞ?」
子供みたいに不意討ちで飛びついておきながら、シャウニィが軽口を叩いてきた。
「失礼ね!!私は、あなたほど重たくないわ!」
間髪いれず怒鳴ったティルは、頭から湯気が出そうなほどプンプン怒っている。
「……いや、彼も重たくはないよ、ないんだが……」
なんとか立ち上がり、シャウニィを担ぎ直したハリィが言う。
「いきなりは勘弁してくれないか?俺も、それほど力の有り余っている方じゃないんでね」
自分で言うだけあって、どうも足下が頼りない。ハリィ自身も、お疲れ気味のようだ。
無言行進だったボブが振り向き、親友を冷やかした。
「そうだナ。お前はもうちょっと筋肉をつけるべきだぜ、ハリィ」
この俺のように!と力こぶを作るボブへ、これ見よがしに溜息をついたバージが不意に足を止めた。
「大佐。前方に明りが見えてきました。たぶん教会でしょう」
「あぁ、この時間で明りがついているのは教会ぐらいなもんだろう。さ、急ごう」
そう言って、ハリィはシャウニィを担いだまま早足になったのだが、背中の荷物をボブに奪われた。
何をするんだと見上げてみれば、ニヤッと笑った目と目が合う。
「無駄に体力を浪費する必要もねぇだろ。枯れ木のエルフ様は俺が持っていく、お前は体力を温存しろ」
「誰が枯れ木だよ。好き放題言ってくれちゃって」
すかさず反論がきたが、ボブが「じゃあ歩いていくか?エルフ様」と尋ねると、シャウニィはすぐに大人しくなる。
「そうそう、荷物は黙って乗っかってりゃいいんだよ」
黒人の馬鹿笑いをBGMに、疲れ切った一行がレスター教会へ辿り着いたのは、夜もしじまの午前二時だった。

教会には、先客がいた。
ラルフと名乗ったヨレヨレトレンチコートの怪しい髭面は、ティルに軽く会釈をくれると、一行を一瞥する。
「ずいぶんと団体様で、この何もない僻地へやってくたもんだ。観光とは思えないが、一体何の用で来たのかな?」
一般的な住民の質問へ、キーファが人相悪くギロリと睨みつけながら答えた。
「用がなきゃ田舎にきちゃいけねぇってのか?余計な詮索は命を縮めッ、イタッ!!」
だが、背後からボブにゴチンと殴られ涙目で「いてーな!殴るこたねーだろうが!」と騒ぐハメに。
「うるせぇ、バカ!ただでさえ俺達は怪しいってのに、これ以上怪しまれる真似をするんじゃねぇ!!」
「でもよ、怪しいっつったら、そこのヒゲヅラだって充分怪しいぜ?」
なおも続く二人の不審な会話を遮るように、ハリィが切り出した。
「夜分遅くに来訪したのは、本当に申し訳ない。だが困っている人を助けてくれるのが、教会だと俺は思っていたんだがね」
「……なるほど。何も言わずに泊らせてくれ、と」
ハリィの顔を、まじまじと眺めていたラルフが頷く。
「ワケアリか。なら、これ以上は詮索しないよ」
視線を後方にずらし、ウトウトしていたティルを顎で示す。
「そっちのお嬢さんは、疲れきっているみたいだしね」
「その通りだ、彼女にベッドを一つ貸してもらえるか?駄目なら、そこのベンチでもいい」
バージが指さしたのは木の長椅子だが、司祭は「いいえ、客室なら一つ空いておりますよ」と一行を奥へ案内してくれた。
案内された個室は実に質素なもので、ベッドの他は本もまばらな本棚が一つ置いてあるだけ。
だが、贅沢は言っていられない。
半分以上夢の中に入り込んだティルを、たった一つのベッドへ横たわらせると、他の面子は床に座り込む。
「は〜っ、今日は走って歩いて散々だったぜぇ!」
でかい声を出したキーファは皆にジロリと睨まれ、自分の口を両手で塞ぐ。
「わ、悪ィ。つい」
「そうだとも、散々だったよな」
同じく床に座り込んだボブが、長々と寝そべった。
「誰かさんのせいで」
延々と続きそうな愚痴にストップをかけたのは、リーダーのハリィ。
「……ま、いつまでも終わったことを愚痴っていても仕方あるまい」
寝ているティル以外の面々を手で呼びよせると、小声でヒソヒソと囁いた。
「メイツラグでの探索は打ち切らざるを得なくなったが、ここでも人捜しは出来る。従って、当初の予定通り、魔術師か技師を捜すことにしよう」
「金色の太陽は一旦諦めるってわけか。けどよ、いるのか?こんなド田舎に、技師や魔術師なんてのが」
と、尋ね返したのはシャウニィ。ハリィは腕を組み、考え込むような仕草で答えた。
「引退した連中が田舎で隠居生活を営むのは珍しい話じゃあるまい」
「まァな、確かに。しかし人物簿も手元にねぇのに捜すってのは容易じゃないぜ、ハリィ」
ボブの言葉にソロンが反応する。
「人物簿?なンだ、そりゃ」
答えたのはバージだ。
「あぁ、特定の職に就いている人物をリストアップしている本が出ているんだ。各職業ごとにね」
その本は一般人から見れば、恐らく興味のないシロモノであろう。
だが軍人や警官、ハンターや傭兵など一部の職に就く者にとっては、非常に有り難い存在でもある。
「けど一生ハンターや傭兵をやってるって訳でもないんだろ?そんな本、一時的にしか役に立たないんじゃ」
キーファの疑問はもっともだが、ハリィはあっさり否定した。
「いや、一度でもハンターになれば本には一生載る。引退しても名前は一生残るんだ」
「すげぇ管理社会ですこと!つーか、プライバシーゼロだな。ったく、なんちゅう世界だよ」
思わずシャウニィが悪態をつき、ボブとバージにはジロッと睨まれたが、ハリィには苦笑される。
「全くだ。だが、これは犯罪者の発生を未然に防ぐ為のシステムでもある」
世界規模で名前が知られていれば、迂闊な真似も出来ない。
それでも犯罪に手を出す者は、容赦なく騎士団や傭兵を使った追っ手が放たれる仕組みとなっていた。
「名前が載るのはいいとして、現住所は?それも人物簿ッてのに載ッちまうのか」
ソロンの問いに、ボブが首を横に振る。
「いや、さすがに住所は管理局に聞かないと判らねぇ。リストに、そこまでの検索力はねぇよ。どのみち今は通信もシャットアウト状態だから、人物簿を使っての探索は無理だがな」
「通信がシャットアウト??」
意味不明な言葉に、ソロンが首を傾げる。
あぁ、と唸ってボブが言い直した。
「つまりよ、通信機が使えねぇってこった」
「どうして?」
今度はシャウニィに問われ、少し怒った調子で彼は答えた。
「聞かなくたって判るだろうが。俺達ぁ今、何に追われていると思ってるんでぇ。軍隊だぞ、軍隊!」
「なンで軍隊に追われると、通信機が使えなくなるんだ?」
全然理解できていない顔で尋ねたソロンへ、極力言葉を選びながらハリィが答える。
「俺達は多分、ファーレン海軍の犯罪者リストに名前が載ってしまったはずだ。ドラゴンで世間を騒がせた張本人としてな。今の状態で通信機を使うと、逆探知で向こうに俺達の居場所がバレてしまう。だから、通信は使えない」
「なーるほどねぇ。通信機っつっても便利な点ばっかじゃねぇんだなぁ」
などと、したり顔で頷いているのはシャウニィだけで、ソロンとキーファは、やっぱり判っていない様子だったのだが。
これ以上の説明は無用、とばかりにハリィ、そしてバージやボブも寝支度を始めたので、話はこれっきりとなった。

翌日。
「しっかし朝も早くから、せいがでるねぇ」
裏庭に司祭の姿を見つけ、ラルフが声をかける。
「いっそ農家を本職にしちまったら、どうだい?」
ラルフの軽口に小さく微笑むと、エリックは鍬を壁に立てかけた。
「それもいいかもしれません。――全てが終わった頃になら」
「全てが、ねぇ……」
しみじみとトマトや茄子を眺めるラルフへ、今度はエリックのほうから声をかける。
「似合わぬ早起きで私を探しに来た理由は何ですか?冗談を言う為ではないでしょう、ラルフ」
「あぁ、そうだ。客だ、客が来ている」
「客?またですか」
首を傾げるエリックへ、ラルフは付け足した。
「今日の客は昨日のよりも怪しいぞ。見たら、君もビックリするさ」
表玄関へ回ってみれば、見慣れぬ荷馬車が一台、教会の前に横付けされている。
だがエリックの目を惹いたのは、それではなく。馬車の横に佇んでいる、黒づくめの人物だった。
ラルフが怪しいと強調するだけはある。
全身を奇妙な黒装束で固めた上、顔を覆面で隠している。完璧な怪しさだ。
格好だけなら、カンサーやジャネスにいるとされる『ニンジャ』に似ていない事もない。
が、ここはシュロトハイナム。ド田舎にニンジャは不釣り合いだ。
訝しむ司祭の姿に来訪者のほうでも気づいたか、黒づくめが声をかけて寄こしてきた。
「もしかして、エリック司祭殿か?違っていたらすまない」
声には聞き覚えがあった。
いきなりの名指しにラルフは警戒色を強めるが、エリックは質問に質問で返していた。
「その声は斬?斬なのですか?」
「なんだ君、君の知りあいだったのかい?この怪しい黒づくめ」
慌てて振り返るラルフの声に被さるようにして、荷馬車の影から三人ほど若者が口を挟む。
「ほらマスター、そんな格好だから、こんな怪しいヒゲヅラにも不審人物扱いされちゃうんですよ」
可愛い顔に似合わぬ毒舌っぷりは、スージの弁だ。
帽子を後ろ前に被った青年が、軽く会釈した。
「お久しぶりッス、エリック司祭」
「わたくし達の事、覚えておいでですかしらぁ?」
ジロの横で、縦巻きロールの女性も会釈する。
三人の顔を順番に眺め、エリックは細い目を更に細めた。
「えぇ、よく覚えておりますよ。ジロ、スージ、エルニー」
視線が再び斬へ戻り、司祭が尋ねる。
「それで斬、どうしてシュロトハイナムへ?まさか、ご旅行、というわけでもないでしょう」
斬は単刀直入に切り出した。
「人を捜しに来たのだ」
「人を?」
ラルフとエリックの声が重なる。
さすがに司祭の前では鼻毛を抜いたりはせず、ジロが神妙な顔で頷いた。
「司祭様はご存じありませんかね?最近、ここに妙な一団がやってきたとかこないとか」
「妙な一団ってぇと、あれかな……?」
「……そうですね」
エリックとラルフが互いに目を合わせ、頷きあう。斬が促すと、司祭のほうが「実は……」と話し始める。
「昨晩のことです。奇妙な一団が教会を訪れまして、一夜の宿を借りたいと申し出てこられたのです」
「昨日?そっか、よかった、間に合った〜!」
途端にスージが甲高い声で叫び、エルニーに思いっきり太ももをつねられる。
「ギニャーッ!」
周りの雑音を無視し、ラルフも補足した。
「その一団なら、まだ寝ていると思うが……起こしてこようか?」
「お待ち下さい、彼らが斬の捜している一団とは限らないでしょう」と司祭は止めたのだが、斬はゴーサイン。
「頼む、起こしてきてくれ。違っていたら我々が謝れば済むことだ」
さっそく走っていったラルフを目で見送ると、エリックは早朝の来訪者へ非難めいた視線を向ける。
違ったら謝る、などと言っているが、昨晩の一団は怪しい処こそあれ非常に疲れ切っていた様子だった。
こんな早くから叩き起こすのは、可哀想ではないか。
「斬……」
しかし咎める視線に対し、斬は深々と頭を下げただけであった。
「すまない、司祭。我々が、この街で行うことを黙認してくれないだろうか」
「一体、誰をお捜しなのですか?」
エリックの問いにも首を振り「名を明かすことは出来ぬ」の一点張り。
いくら昔の顔馴染みといえど、万事この調子では何をやらかすつもりなのか不安になって仕方がない。
不信感が高まる司祭を余所に、斬ら一行はヒソヒソと内緒話を始める。
「……めっちゃ怪しんでいますよね、司祭様」
「だな。叔父さん、いっそホントの事を話しちまいましょうよ。エリック司祭なら大丈夫じゃないスか?」
顔馴染みだし信頼できる、と昔馴染みを強調するジロへ、首を真横に振った斬は頑として言い切った。
「駄目だ。この依頼はドンゴロ様直々によるもの。たとえエリック司祭といえど話す訳にはいかん。下手に話せば、彼を巻き込むことにもなろう」
そうこうしているうちにラルフが「つれてきたぜ」と暢気に戻ってきて、ぞろぞろと一団が顔を出す。
その中にハリィの顔を見つけた斬は、無言で彼らの側へ歩み寄った。
「な、なんだ、こいつ!?チョー怪しいぞ!」
まず大柄な黒人が叫んでハリィを庇う位置へ立ったのを皮切りに、逆毛の青年も剣を引き抜き身構える。
「な、なによ、なんなのよ、やる気っ!?」
訳もわからぬまま、いきり立つ女性を手で制すると、斬は一行へ話しかけた。
「ハリィ=ジョルズ=スカイヤード、だな?我々はギルド『HAND x HAND GLORY's』の者だ。訳あって、貴殿を捜していた。お疲れの処を申し訳ないが、我々に同行していただきたい」
正しくは、ボブの後ろに隠れてしまったハリィへ話しかけた。
「ハンド・ハンド……あっ!」
ハンドガンを構えていた青年が素っ頓狂な声をあげ、ハリィの袖をチョイチョイと引っ張る。
「大佐、こいつ、もしかして自然保護ハンターの斬って奴じゃ!?」
「自然保護ハンター?」
ボブとシャウニィの声が綺麗にハモる。
「確か、絶滅種のモンスターや動物を保護するハンター……だったかな」
どうやらハリィには聞き覚えがあったようで、斬を見つめ返した。
「だが国のお偉いさん御用達ハンターが、俺達に何の用だ?俺達は、あいにくと絶滅種じゃないぜ」
肩をすくめて皮肉に皮肉で返したのは帽子の青年、ジロだ。
「似たようなモンだろ。あんたの連れている四人、異世界の住民なんだって――ぶげッ!!」
即座にエルニーの蹴りがマトモに顎へ入り、ジロは大きく後方に吹っ飛ばされる。
しかしながら今の発言はエリックにもラルフにもスルーできる内容ではなく、司祭は斬へ詰め寄った。
「ど、どういうことですか!? 彼らが異世界の住民だというのは本当なのですか、斬!」
斬は渋い顔で気絶した甥を睨みつけていたが、やがて渋々といった調子で口を割る。
「……その通りだ」
エリックの質問が来るよりも早く、一行の連れている少女へ尋ねた。
「アル!ソロン=ジラードというのは、どいつだ?」
「コイツ!こいつダヨ!」
さっ、とソロンの腕を取ってあげさせると、アルがニッと微笑む。
「その者を賢者ドンゴロは異世界の住民であると予想された。よって、これ以上の質問は却下する!いくぞ、ソロン=ジラード!!」
いきなりフルネームで呼びつけられて面食らうソロンの側に、さっと飛び出してきた影一つ。
「うぉッ!?」
飛び出してきた大きな影は、巨大な犬だ。いや、犬のようで犬ではない?
「モンスターだと!? エリック、君の友人はモンスターを飼っているのか!」
ラルフが叫んで懐から銃を引き抜くも、横合いからの射撃で銃を取り落とす。
――撃ったのは誰だ?
確認するよりも早く、ソロンは腕を引っ張られ、巨大モンスターに跨らせられた。
「ちょ、おッ、オイ、ハリィ!?」
「出発してくれ!」
一緒に跨ったハリィの号令に、大きな犬は「ウォン!」と答えると、一気に走り出す。
同時に荷馬車も走り出し、辺りは一瞬にして砂埃まみれとなって何も見えなくなった。
やがて埃も晴れた頃には、ハリィ達、そして斬達一行の姿は綺麗サッパリ掻き消えており。
エリックとラルフの二人だけが、ぽつんと立っている有様であった。
「何だったんだろうね……一体。唐突に来たと思ったら、唐突に出ていっちまった」
ラルフのぼやきに、エリックも首を傾げる。
「人を捜していたと言ってましたね。その者の名は、ソロン=ジラード。彼が異世界からの来訪者……?どうにも解せません。異世界への門など、今はどこも開いていないはずなのですが」
「あぁ。レイザースの異世界研究機関は、そう発表しているね」
ラルフも同意し、彼らの去っていった方角を見つめる。
あちらの方角には、最近越してきた怪しい奴の家がある。
……まさか、な。
一瞬思い浮かべた想像に身震いしたラルフは、くだらぬ妄想を脳裏から消し去った。
まさか、彼らは『ジャック=ド=リッパー』と遭遇したりすまい。
彼らは何処かへ逃亡するつもりなんだ。
だから寄り道なんて、するもんか。しないと思いたい。
「……どうかしましたか?ラルフ」
再び身震いしたラルフは、エリックに問われても、すぐに答えを返せなかった。
どうも、嫌な予感がしてならない。こういう時、ハンターである自分の勘は、よく当たるのだ。

彼らは絶対、『ジャック=ド=リッパー』と遭遇する――!

「ラルフ!? ラルフ、どこへ行くのですか、ラルフッ!」
止める司祭の声も振り切り、ラルフは一目散に駈け出した。一団の去った方角へと。

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