act8 海軍

メイツラグで最も栄えている首都に、ハリィは宿を取る。
無論、長期滞在を見越してのことだ。
これから数日、下手したら数ヶ月に渡って人捜しをしなけりゃならない。
彼らが此処へ来た目的は『金色の太陽』と呼ばれる賢者と、及び現在行方不明のソロンの捜索であった。
「こんじきのたいよう……?なんだそりゃ、異名か?」
首を捻るファーレンの海兵ジェナックに、すかさずキーファが憎まれ口を叩く。
「あったりまえだろ。んな名前の奴がいたら、お目にかかりたいぜ」
「いや、わからんぞ。金色が苗字で太陽が名前かもしれん」
混ぜっ返すジェナックを「馬鹿な雑談はやめにして」とマリーナが叱咤し、ハリィへ話の続きを促した。
「金色の太陽については、レイザース騎士団長グレイグ=グレイゾンが情報提供してくれた。なにしろ彼は、元々レイザース軍に所属していた魔術師だからな」
「何?じゃあ、レイザース軍のことはレイザース軍へ聞けばいいんじゃないのか」
ジェナックの疑問に、ハリィは肩をすくめる。
「ところが、だ。引退してメイツラグに引っ越して以降、全くの音信不通。誰が連絡をいれても、梨の礫だというんだ」
本名はおろか、金色の太陽、という異名までも捨てている可能性が高い。
「それじゃ捜しようがないじゃないか」
嘆息するジェナックに、ハリィも頷き、簡素に魔術師の特徴を述べた。
相手は、七十を越える爺さんである。
ぼうぼうと伸びた白髪、見事な髭を顎に蓄えている。
好きなローブの色は、若草色。老齢の幹で作られた杖が、お好みだとか。
常に眉間には皺を寄せ、笑うことなど滅多になく、それでいて大の酒好き。酒豪でもある。
「それだけ特徴のあるお爺さんなら、すぐ見つかりそうじゃない?」
ティルが言い、ジェナックも同意する。
「酒好きなら、酒場にぐらいは立ち寄るだろう。酒場で聞き込みでもしてみるか」
「そう簡単に見つかるとは、思えないんだがね……」
ハリィは小さく呟いたが、皆に聞き返されると黙って首を振り、ジェナックの意見に従った。
「まぁ、いい。それじゃジェナック、君の言うとおり、まずは酒場へ行ってみよう。だが全員でゾロゾロ行く必要もあるまい。酒場での聞き込みはバージ、君とキーファの二人でやってもらえるか?」
バージは即座に頷くも、いきなりの名指しに飛び上がったのはキーファ。
「お、俺もっ?」
ハリィは微笑んだ。
「あぁ、君の人当たりが良さそうな印象は、聞き込みにもってこいだ」
「え?人当たりがよさそう?へへへぇ、それほどでもあるかな」
いかにもな社交辞令だったが、キーファは、まんざらでもなさそうにデレデレと照れている。
「そんじゃ任してくれよ!必ず情報を持ち帰るぜっ」
ドーンと胸を叩き、ビシッと親指を突き出したかと思えば。
やけに自信満々な顔つきで、バージと一緒に部屋を出て行った。
「あいつが聞き込み、ねぇ……ソロンが一緒じゃないのに、大丈夫かねぇ?」
ぼやくシャウニィに「大丈夫よ、キーファだって子供じゃないんだし」と、これまた適当全開な事を言うティル。
だが、キーファの様子に不安を持ったのはシャウニィだけではなく。
「なんだ、あいつ。お調子者っぽいが、大丈夫なのか?」
新参のジェナックまでもが、心配している。ハリィは面倒臭そうに手を振った。
「酒場で情報を集めるのは、五歳の子供にだって出来るおつかいみたいなもんだよ。それよりもジェナック。君とマリーナには、俺達が入り込めない場所での情報収集をお願いしたい」
「貴様ら傭兵が入り込めない場所だと?どこだ、それは」
ジェナックは首を傾げたが、勘の良いマリーナには、すぐピンと来たらしく。
「海兵宿舎ですね?メイツラグ海軍の」との答えに、ハリィも頷く。
「そうだ。小規模とはいえ、海軍の中に爺さんの目撃者がいないとは限らん」
メイツラグで、ハリィは余所者である。
そんな彼が軍人の宿舎を訪ねたところで門前払いが関の山だ。
そうでなくても、軍人と傭兵は折り合いが悪い。
だが軍人のジェナックとマリーナなら、フリーパスで海軍宿舎へ入れるだろう。
レイザースの軍人が相手なら、メイツラグの下っ端兵士だって邪険にできまい。
何も、軍事機密を教えろと言っているわけじゃない。ただの人捜しなのだから。
「判りました。それとなく聞き込んでみます」
頷くマリーナへ「あぁ、それと」とハリィはつけたし、微笑んだ。
「俺と話す時は敬語じゃなくて構わない」
人当たりの良い笑顔に、何故かマリーナは警戒心を色濃くして否定する。
「しかしカミュ少尉には、あなたを上司として敬うように命じられています」
その横で、ハナから敬語など一ミリも使っていなかったジェナックが嬉しそうに頷いた。
「タメで話せ、か。そのほうが、こちらとしても助かるぜ。呼び方もハリィでOKか?」
「ちょっと、ジェナック!」
マリーナの非難を余所に、ハリィも片手を差し出す。
「OKだ」
差し出された手を握ることなく、ジェナックは、さっさと同僚を促した。
「よし、それじゃ、さっそく宿舎に戻ってみるか。いくぞ、マリーナ」
「待って、待ちなさいジェナック!」
大股に出ていくジェナックを呼び止めるも彼は止まらず、マリーナは急ぎハリィを振り仰ぐ。
「では大佐、私達はこれで失礼します」
ろくに敬礼も出来ないまま慌ただしく出ていく彼女を見送り、ティルがむくれたように口を尖らせた。
「なんなの、あれ。握手を無視するなんて失礼だわっ。この世界の軍人って、どこでもあんな感じなの?」
ハリィは肩をすくめ「軍人は横柄がデフォルトだからね。ジェナックは異質だが」と苦笑する。
「金髪ねーちゃんみたいにガッチガチな話し方をすんのが普通の軍人ってか?」
シャウニィの問いにも首を振り、ハリィは二人の出ていった扉を見つめた。
「上司と敬えと命じられたからって、本当に傭兵相手に敬語で話す軍人も異質さ。変わった二人組だよ」
じゃあ本来の軍人とは、どれだけ融通が利かなくて横柄な人種だというのか。
この世界の傭兵の立場も、ずいぶんと低いようだ。たかが軍人如きに格下扱いとは。
ファーストエンドじゃ実績のある人物は、奴隷出身だろうが元犯罪者だろうが世界的に認められる。
職業も職務も関係ない。実力が全てである。
むろん、身分による偏見がないとは言わない。だが、功績は身分差別でさえも無力化させる。
昨日までは奴隷のダークエルフと蔑まされていた人物が、次の日には大召喚師と敬われることもある。
まさにシャウニィ自身が生きる見本であった。
しかしワールドプリズの職業差別は、功績で覆されるほど甘くないようだ。
軍人と海賊、傭兵と軍人は、未来永劫憎しみあい、蔑みあう関係にあるのだろう。
「カオスだねぇ……」
ぽつりと呟くシャウニィを横目に、ハリィが次の指示を出す。
「髭と髪は剃っている可能性もある。それをふまえた上で、ルク、君とティルの二人で――」
即座にティルが、それを遮った。
「嫌よ!」
「嫌……って、どうして?」
ビックリするハリィに、ビシィッ!とルクを指さし、ティルが不服を申し立てる。
「この人と一緒に行動するのは、絶ーーーーっ対、嫌!あなたかシャウニィとの同行にしてよ」
指さしで悪し様に罵られたルクも、不機嫌に横を向く。
「俺だって、こんなチンクシャど貧乳と一緒に行動するのはゴメンだね。大佐、あんたと一緒じゃなきゃ俺は動きませんぜ」
ふん、と鼻息荒く言い捨てたルクに対し、ティルの怒りは一気に爆発。
「だれが貧乳ですって!!」
「お前以外に誰がいるんだよ!」
たちまち始まった口喧嘩を「まぁまぁ」と制し、ハリィが二人の間に割って入る。
「シャウニィは宿で留守番してもらう。彼を何処かに連れて行くのは危険だ、いろんな意味でな」
なにしろ彼の外見は、どこにいても目立ちすぎる。
尖った耳、色黒の肌、黒い髪。
黒髪はメイツラグ人の特徴だが、同時に黒い肌と尖った耳を併せ持つ者はいない。
「じゃあハリィ」
あなたが、あんたが一緒に、とハモる二人に、なおも続けた。
「俺は海賊を探ってみる。君達は少々血気盛んのようだから、俺一人で行かせてもらうよ」
「じゃあ、私達はお留守番?」
落胆のティルに片目を瞑り「それが嫌ならルクと情報収集へ向かってくれるかい?」とは、ハリィの返事。
真っ先に反発したのは、ルクだった。
「留守番もじゃじゃ馬の同行もゴメンだ!俺は俺で勝手にやらせてもらうッ」
不機嫌な顔で戸口に向かい、去り際に捨て台詞を残して駆けていった。
ティルが何かを言い返す暇もないほど迅速な行動に、シャウニィが呆れてハリィを見やる。
「あんたんトコの部下にも、手のかかる奴がいるんだな」
まぁ俺には関係ないけどね、と付け足して、黒エルフは部屋の中を見渡した。
「留守番してろってのに異議を唱えるつもりはねぇけどさ。暇つぶし用に、魔術書かガイドブックを買ってきてくんねーか?」
「いいとも。魔術書は手に入らんが、ガイドブックぐらいなら、おやすい御用だ」
請け合うハリィに「ワールドプリズじゃ魔術書って売ってないの?」と、すかさずティルが質問する。
するとハリィは、しばらくじっとティルを眺めた後。
「君も留守番だ。シャウニィと一緒に本でも読んで、この世界の常識を知っといてくれ」
そう言い残し、部屋を出て行った。
「脳筋娘に本は勿体ねーぜ?」
シャウニィの軽口に対し「誰が脳筋よ!」と怒るティルの声を背中に聞きながら。


本屋に立ち寄り、ガイドブックをシャウニィ達へ渡した後。
ハリィが向かったのは海賊達のホームタウン、ポアラ村であった。
聞き込みをして、新しく判ったことがある。
メイツラグへ向かう前に読んだニュースペイパーの記事は、だいぶ古い情報だった。
ファーレン海軍は、半年も前からメイツラグに滞在していたらしい。
それでいて、すべての逆賊を退治できていないというのだから、メイツラグ住民の怒りも頂点に達していた。
国民に逆賊と呼ばれるのは、全ての海賊ではない。
王家に反旗を翻し自国の船を襲う輩を、海賊と区別するために『逆賊』と呼んでいる。
ファーレン海軍は毎日海に出ているが、逆賊と戦うでもなく、メイツラグ軍と演習を繰り返している。
彼らが逆賊退治に来たのではない、というのは、もはやメイツラグ住民にも薄々判っているようであった。
そういった背景を理解した上で、ハリィは海賊達への接触を試みた。
といっても、彼の知る海賊団は一つしかない。
『ゼクシィ海賊団』――海の上で出会った、あの海賊団だ。
人づてにゼクシィの実家を探し当て、訪問する。彼は留守であったが、彼の娘が対応した。
「父さんに用ですか?父さんは海に出ているから、帰りは遅くなると思いますけど」
彼女はファナと名乗り、訝しみながらもハリィを家の中へ通してくれる。
居間へ向かう途中だった。
台所から、ふらっと現われた黒衣の青年と鉢合わせたのは。
右手を白い布で釣っている。見間違えようもない、剣士コハクではないか。
「……ハリィ……」
ぼそっと名を呼ばれては仕方なく、ハリィも会釈で返す。ファナが聞いた。
「コハク、この人はコハクの知りあいなの?」
コハクは無言で頷き、ハリィへ手招きすると、二階への階段を登っていく。
ついてこい、という意味だと判断してハリィは素直に従った。
「コハクのお友達かぁ〜。あとでお菓子を持っていくね!」
叫ぶファナに振り返ると、コハクは二、三度ゆるく首を振り、再び階段を上がっていった。
部屋のドアを閉めたところで、ようやくハリィも軽口を叩く。
「いつも無言で通しているのかい?しかし君が海賊のボスの家に、ご厄介になっていようとはね」
「ゼクシィは…………恩人だ」
ぼそりと答え、コハクが椅子を顎で示してくる。
今度もハリィは素直に頷き、椅子へ腰掛けた。
「おしゃべりの嫌いな君が俺を部屋へ通してくれたのは、どういう心境の変化かな」
「単刀直入に聞く……陸軍は、海軍と結託しているのか?」
軽口を遮る質問に、ハリィは肩をすくめる。
「海軍を通して陸軍がメイツラグ侵攻を企んでいるとでも?残念だが、そいつは見当違いも甚だしいな。レイザースが戦争をふっかけるつもりなら、有無を言わさず砲撃を開始するはずだ」
ハリィがレイザース人だからこそ、断言できる。
あの国が遠征練習と称して、半年以上も仲良しごっこなどをするはずがない。
レイザースの歴史は血にまみれた略奪戦争なのだから。
「では……何故、奴らは逆賊を退治しない……?」
「メイツラグ軍とお友達になって、鉱山の場所を聞き出したいんだろうさ」
あくまでもハリィの予想でしかないが、考えられるメリットは、それぐらいしかない。
他国と戦争するにあたり、レイザースは何処の協力も必要としていない。
そもそも現在、残っている国はメイツラグと亜人の島ぐらいで、戦争する相手がいない。
なのに半年も居座り、メイツラグの貧弱海軍とヨロシクやっているのは、海軍の後ろにいる国王。
王家の連中と仲良くなるための手段ではないだろうか。
メイツラグは貧乏国家で、機械文明も極端に遅れているが、たった一つだけ豊かな物がある。
それが、鉱山だ。船に積まれる大砲も弾も、鉱石から作られる。
城の裏手に連なる山脈、あれの何処かにあると思われるのだが、詳しい場所が判らない。
それを聞き出したいが為に、レイザース王はメイツラグ海軍の協力要請に応じたのだ。
コハクは、じっと思案していたが、話の矛先を変えた。
「ゼクシィには……何の用だ」
「少し、聞きたいことがあってね。何、大したことじゃない。ちょっとした人捜しだ」
やっと本題に入れる。
『金色の太陽』の外見をざっと話し、ハリィはコハクの反応を伺った。
……代わり映えしない。ぼーっと夢見るような視線で、突っ立っている。
これは脈無しか、と諦めかけるハリィに、コハクがボソッと呟く。
「名前は違うが……髭ぼうぼうの爺さんになら、会った事がある」
「本当か?」
尋ね返すと、コハクは強く頷いた。
「どこで会ったんだ?」
なおも尋ねるハリィへ、コハクが答える。
「海の……上だ。レイザース経由でメイツラグへ向かう途中の……密入国船だった」
「レイザース経由で?」
思わず聞き返してしまったが、爺さんだってレイザースへ出かけることもあろう。
その帰り道で、偶然コハクの乗る海賊船に襲われたのだと考えられる。
何故、大魔術師ともあろう者が、密入国船などを使ったのかは全くの疑問だが。
「その密国船を君達はどうしたんだ?沈めたのか」
どこか遠くを見つめながら、コハクが答える。
「船は……沈めた。船上員を捕らえたが……爺さんは海に身を投げた」
「身を投げただって?」
では金色の太陽と思わしき爺さんは、すでに他界していた……?
だが、コハクの話には続きがあったようで。
「……やがて波間に爺さんの頭が浮かび上がり……泳ぎ去っていくのが見えた」
ぼそぼそと話す彼の言葉を聞いているうちに、その爺さんは大魔術師とは別人のような気がしてきた。
魔術師だったら海に飛び込まずとも海賊如き、魔法で如何様にも出来るのでは?
という考えが、ハリィの脳内に浮かび上がったのである。
「まぁ……貴重な情報をありがとう」
浮かない顔で礼を言うハリィを、じっと見つめていたコハクがボソッと切り返してきた。
「密入国船は最初……抵抗してきた。爺さんが魔術師なのは、間違いない」
「魔法でも使われたのか?」
何気なく問いかけたハリィに、コハクは真っ直ぐ頷く。
「取り上げた魔術書は……ゼクシィが今でも保管している」
海賊の親分が持っていたって役に立たないだろうが、売りもせず手元に残したというのが気になる。
「珍しい術書だったのか?見せてくれと言っても、君じゃ無理か」
しかしハリィが見たって、珍しいかどうかも判らない。魔術師の仲間もいなかった。
シャウニィは魔術師のようだが、この世界の住民じゃないから聞くだけ無駄だろう。
「見せるだけなら……だが、見て判るのか?」
コハクに聞かれ、ハリィは即座に否定する。
「いや。魔術には興味がなくてね、だからこそ魔術師を捜しているんだ」
「……レリクスという爺さんに心当たりはないが……魔術師に知りあいなら……いる」
意外な告白に心を惹かれ、ハリィは尋ねた。
「例えば?」
「……今はメイツラグ海軍に所属する魔術師だ。名前は、スナップ=ショグ……」
やはりボソボソとだが、コハクは答えてくれた。
「今はってことは、昔は傭兵でもやっていたのかな」
呟くハリィへ首を振り「元バイキングだ。ゼクシィの団にいた」とコハクが訂正をいれる。
海賊を仲間に引き入れるとは、ここの海軍は随分と節操なしのようだ。
だが蛇の道は蛇というし、同じ魔術師同士なら金色の太陽について何か知っているかもしれない。
ひとまずスナップの事は頭の片隅に置いておくとして、ハリィはゼクシィの帰宅を待とうとしたのだが。
再び手招きされ、気がつけば家の外に追い出されていた。
「ゼクシィには会わせてもらえない……ということかな?」
コハクが、むっつりとした顔で応える。
「失敗は報告済だ。余計な疑念を抱かれたくない……」
なるほど。
捕獲に失敗した獲物が何故か自分の家に招かれていたと知れば、ゼクシィはコハクを疑うかもしれない。
コハクとハリィがグルなのではないか、と。そう懸念するコハクの気持ちも、判らないではない。
傭兵が傭兵と手を組むのは、珍しいことではないのだ。
「判ったよ。じゃあ、邪魔者はとっとと退散しますか」
苦笑して、それでも一応感謝の意を示して会釈すると、ハリィはゼクシィの家を後にした。


宿へ戻る頃には、すっかり夜が更けていた。
すでにマリーナやジェナックも戻ってきており、一同は情報を交換し合う。
「海軍で彼を知る者はいないのか……じゃあ、手間が省けたな」
ハリィの呟きに、マリーナが首を傾げる。
「手間、とは?」
「あぁ。海軍に所属する魔術師を教えてもらったんだが……だが他の兵士が知らないんじゃ、彼も知らないと見ていいだろう」
それとなくコハクの名を出すと、二人とも驚いた顔を見せる。
どこで会った?だの元気だったか?だのといったジェナックの質問を遮り。
「二人の知りあいだったのか?」というハリィの問いには、マリーナが簡潔に答える。
「昔、私達が別の場所で働いていた時に、彼を雇ったことがあったのです」
「なんだ、お前らも生粋の軍人じゃなかったんだな!」と横から混ぜ返してきたのは、キーファ。
彼の話によると、この国の海軍将校には元傭兵がいるという。
リズ=ダイナーという名前には、ハリィにも聞き覚えがあった。
神業剣技と謳われた、幻の女傭兵である。
ただし彼女が傭兵として活動していた期間は非常に短く、その名を知る同業は少ない。
マリーナが言うには、現在リズはメイツラグ海軍の大尉であるらしい。
「コハクもリズも、お前らの知人だってか?かくも世間は狭いもんだねぇ〜」
シャウニィの軽口をBGMに、ハリィは部屋を一瞥した。
ルクだけが、まだ戻ってきていない。
ふてくされて飛び出していった彼は、どこまで行ってしまったんだろう。
ルクとハリィのつきあいは浅い。彼はハリィ率いるチームの中でも、一番の新参者だ。
普段からやる気皆無で何を考えているのか判らず、だがハリィを慕っているようでもあった。
いや、崇拝していると言ってもいい。ルクにとって、ハリィは憧れの存在であった。
その下りは、唐突にハリィのチームへ入りたいと申し出てきた時に聞かされている。
いきなりの告白には驚かされたが、真剣な顔で頼まれては嫌と言えず、ハリィは彼の参入を承諾する。
やる気がない割にルクの狙撃の腕は一流で、バージに優るとも劣らなかった。
そして用心深くもあった。実に傭兵向きな性格といえる。
だから彼が異国の地で単独行動をしたとしても心配はないのだが、出ていった状況が状況だけに気にかかる。
自暴自棄になって、住民の誰かと喧嘩したりしていないと良いが……
「……ボブも呼んでおくか」
通信機を取り出すハリィに、バージが言う。
「ルクの代わりですか?それとも、しつけ係として?」
「両方だ」
短く答え、ハリィはボブに呼びかける。
通信機はすぐに応答して、当人が出た。
『よぅ、ハリィ。そっちはどんな案配だ?』
「全然だ。全く情報がつかめない。そっちは、どうだ?」
ハリィの問いに、ぱちんと指を鳴らしてボブがはしゃぐ。
『こっちは超怪しい人物を見つけたぜ!黒づくめに眼鏡、首からは邪教のネックレスを提げた怪しい野郎が最近越してきたって話だ』
話だけでは、どう怪しいのか判らないが、傭兵歴の長いボブが喜ぶぐらいだ。
きっと、見れば一瞬で怪しいと感じるような人物なのだろう。
「名前は?」
『本人はジャック=ド=リッパーって名乗ってるらしい。だが、こいつぁ偽名だろうぜ』
「だろうな。いかにも偽名くさい名前だ。もう接触したのか?」
『まだだ。明日アタックかけてみようと思ってる』
「そうか……レピアは?」
『レピアか?全然ダメだっつってたな、まぁ赤煉瓦のド田舎じゃ無理もねぇが』
「なら、ちょうどいい」
ハリィが用件を切り出す。
『アン?何が、ちょうどいいってんだ』
「ボブ、お前は船に乗って、こっちへ来るんだ。怪しい人物との接触はレピアにやらせよう」
『アァ?何言ってんだ、ハリィ。お前は見てないから判らんだろうが、あいつは超ヤベータイプの怪しさなんだぞ?そんなのとレピアを会わせようなんざ』
恐らくは険悪な眼差しになっていよう悪友を、ハリィは重ねて説得する。
「そいつもやばかろうが、こっちも緊急事態発生だ」
『何があったってんでぇ』
「ルクが戻ってこない。お前の協力が必要だ」
『ハァ?あの坊主、またふてくされやがったってか?ったく、お前あいつを甘やかしすぎなんだよ。どら、ちゃっちゃと行って、つれもどしてきてやるから宿の名前を教えな!』
宿の名前を教え、通信を切ると、シャウニィと目があった。
「あの黒タコ坊主を、こっちに呼ぶのかよ?」
あぁ、と頷くハリィへ、マリーナも眉を潜めて口出しする。
「部下が一日戻ってこないぐらいで、心配しすぎなのではありませんか?」
それに答えたのは、バージだ。肩をすくめ、冷めた口調で言った。
「あいつは家出常習犯なんだ。もう十七歳だってのに家出ってのも何だけど」
「十七歳?意外と若かったのね」
驚くティルに、バージが茶化した。
「若い?あぁ、あいつ、クール気取ってるからな。実年齢よりも老けて見えたのか。で、そういう君は幾つなんだい。俺の見立てじゃ、そうだなぁ、十六歳ってとこか?」
どう聞いても社交辞令にティルは頬を赤らめ、「そんなに若くないわよ」と、まんざらでもない様子。
ここにソロンがいなくて良かったと思いながら、ハリィはバージの軽口を窘めた。
「ナンパは後でやってくれ。探し人が三人に増えたんだ。明日からは、もっと忙しくなるぞ」
肩をすくめ、バージが言う。
「今回の家出は、何日で見つかりますかね?」
扉へ目をやり、今日はもう開きそうもないと判ったハリィは、かぶりを振った。
「わからん。飛び出していった時の様子を考えると、メイツラグ中を走り回ることになりそうだ」
「そんなに面倒な奴なのかよ?あのルクってなぁ」
声を上げるキーファを一瞥し、ハリィは憂鬱げに呟いたのだった。
「まぁな。下手に潜伏能力もある。もしかしたら、一番捜すのが大変な人物かもしれんぞ」

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