act7 海の猛者

波飛沫をあげて海賊船が進む。
向かうはメイツラグ、ポアラ港へ停船の予定だ。
ポアラは元々海賊達にとって、ホームタウンと呼べる村である。
海軍が大々的に海賊退治を発表した今でも、この村だけは中立を保っていた。
「港に着いた後、こいつらを海軍に引き渡すだって?正気か、コハク」
サイスバーグ号のキャプテン海賊ボレノは眉間に皺を寄せ、用心棒に詰め寄った。
せっかくの獲物を捕まえてみれば、これが、とんだ食わせ物で。
捕まえた漁船に乗り込んでいた傭兵、彼らの背後にはレイザース軍がいるという。
傭兵のリーダーらしき男が自信満々に懐から取り出した依頼書、その著名を見せられて驚いた。
依頼主は誰であろう、レイザースの白騎士グレイグ=グレイゾンだった。
グレイグに会ったことはなくても、彼が、どのような立場にいるのかはメイツラグの海賊でも知っている。
レイザースの陸軍をまとめる総団長だ。
下手に手を出して、レイザース騎士団に攻め込まれてはたまらない。
ただでさえ今は海軍の動きが活発化しており、メイツラグの海域は慌ただしいというのに。
「…………手傷を負った」
だらんと下げた右腕を指さし、剣士コハクが小さく呟く。
ヒスイ――もとい、コハクは戦いが終わるや否や、無口な青年と化した。
ソロンと戦っていた時の邪悪さは影を潜め、半分寝ているような眼差しで海を眺めている。
「この状態で…………レイザースの海軍とやり合うのは、無理だ」
右腕は完全に使い物にならなくなっている。ソロンにやられた傷だ。
血止めとして包帯を巻いているものの、白かったはずの布は赤く染まっている。
上から下までコハクを眺め回し、ボレノは、チッと露骨に舌打ちする。
「ったく、それでもゼクシィさんの口利きか?天才剣士が聞いて呆れるぜ」
対してコハクは、もごもごと口を動かしただけ。
すまない、とか何とか謝ったのだろうが、相手に聞こえないのでは話にならない。
キャプテンが振り向いたので、ハリィは聞き耳を澄ませるのをやめて、そっぽを向いた。
「あいつ、ハリィ=ジョルズ=スカイヤードって言ってたな。有名な傭兵なのか?」
ボレノの問いに、コハクが頷く。
「反乱分子の……制止役だ。…………レイザースに楯突く、土民を抑える」
「なるほどね」
コハクの答えに満足したか、海賊は鼻で笑い飛ばした。
「傭兵の中にも、軍に尻尾を振る犬がいるってわけだ」
嘲りには少しだけカチンときたが、ハリィはあえて言い返さず黙っておくことにした。
だが、ハリィには無視できても、ティルは黙っていられるような性格ではなく。
たちまちティルの中の地雷が爆発する。
「犬って何よ、犬って!武器を持って争いを起こすようなのが相手なんでしょ!?国民の平和の為に争いを鎮めるハリィは立派だわ!それを軍の使いっ走りみたいな言い方で貶めるなんて、ホント海賊って最ッ低ね!」
キャンキャン騒ぐティルに、海賊ボレノは苦虫を噛み潰したような顔で応えた。
「女、お前は傭兵じゃないから知らないのかもしれんが……そいつが本気で国のために戦っていると思ってんのか?」
きょとん、とする彼女に続けて言う。
「金だよ、金。傭兵は金が欲しいから、戦うんだ。お国のために、なんて動機で傭兵やってる奴は一人もいねぇ。俺が保障するぜ」
「勝手に決めつけないで!! あなた達海賊はそうかもしれないけど、ハリィは違うわ!」
ますますエキサイトするティルに、そろそろ歯止めでもかけようと、ルクが声をかける。
「いや、お前の言い分も充分決めつけだと思うぞ。海賊だって金以外の目的で動いている奴はいる」
だがしかし、ルクにも元々反感を持っているティル。
当然、彼の言うことなど右から左へ通り抜けた。
「あなたのボスが悪く言われているのよ!?どうして海賊の肩を持つような言い方するの!」
ルクは面倒くさそうに手を振ってみせると、投げやりに応える。
「お前がギャーギャーやかましいから黙らせようと思っただけだ」
「なんですって!?」
喧嘩の火種が飛び火して、今度はルクvsティルの始まりだ。
海賊は知らんといった呆れ顔で船室へ戻っていき、用心棒コハクも、それに従った。
「海軍に引き渡すって言ってたよな、海賊のヤロウ。またしても軍隊のお世話になるのかよ、俺ら」
ブツブツ文句を垂れるキーファに、ハリィが受け応える。
「なに、心配には及ばない。陸地についたらグレイと連絡を取るよ」
「そんな暇あっかねぇ?海軍に連行されたら、また尋問されんじゃねーの?」
シャウニィも怪訝な顔で混ぜっ返してくる。
ハリィは暢気に言い返すと、片目を瞑ってみせた。
「そうならない為にも、俺達とグレイの関係を明らかにすべく連絡を取るのさ」

ポアラ港へ停船後、ハリィ達は海賊に連れられて、徒歩で別の港町へ向かった。
港町クレストバーン。本来は、こちらがメイツラグの入口である。
現在は運休中の定期船も、こちらへ停船する。
ポアラ村が閑散としていたのと比べて、クレストバーンは賑わいを見せていた。
レイザース海軍が遠征練習と称して海賊退治に出向いているから、そのせいもあるだろう。
港には、幾つもの船が停まっていた。
商船の他に海賊船も停まっていて、キーファは首を傾げる。
「どういうこった?今は海賊の取り締まりをやってるんじゃなかったのかよ」
「海賊っつっても、全てが悪とは限らねぇ」
どこか得意げにボレノが答えた。
「俺達ゼクシィ海賊団は、メイツラグへ無断で近づく船のみから略奪する。正しいルートでやってきた船は略奪しない、だから軍艦も俺達には手出しできないのさ」
「でも略奪は略奪でしょ?悪いことに代わりはないじゃない」
プンとむくれてティルが突っ込むも、海賊は彼女を完全に無視した。
「そら、見えてきたぜ。あれが海軍の宿舎だ」
防波堤を横手に逸れて、しばらく歩くと、大きな建物と何隻か軍艦が見えてくる。
メイツラグの国旗がはためく船もあれば、レイザースの旗を掲げた船もあった。
メイツラグの船は、ティル達が乗ってきた海賊船と似たり寄ったりに見える。
掲げているのが国旗か海賊の旗か、ぐらいの違いで。
対して、レイザースの船。
真っ黒に塗りつぶされた外見が、見る者に重々しい重圧を与える。
甲板に大砲も見えない。またまた首を傾げるキーファに、ハリィは説明してやった。
「レイザースの軍艦は、大砲が格納式になっているんだ。使う時だけ迫り出してくる……まぁ、言葉で説明するよりも実際に稼働する場面を見た方が判りやすいだろうな」
建物に近づくに伴い、軍服を着た輩の姿も見えてくる。
一行の先頭を歩いていたボレノが振り返った。
「さて……ここから先はコハク、お前に道案内を任せるぞ。俺達は、ここでお別れだ」
「なんだよ、最後まで道案内していけよ」
くちを尖らせるキーファに、ボレノは肩をすくめた。
「海軍と海賊は昔から仲が悪くってな……俺達よりも同じ傭兵のコハクで連れていったほうが、何かとスムーズにいくのさ」
そのコハクは、船を出て軍宿舎につくまで一言も話していない。
全くの無口だ。引き取りの手続きを、本当にこいつ一人に任せて平気なのかよ?
またしてもキーファは首を傾げたのだが、海賊達はお構いなしに戻っていってしまった。
「無責任な奴らだな……」とハリィも不満げに漏らした後、黒服の剣士を仰ぎ見た。
「それじゃ、申し訳ないんだがコハク君。海軍との取り次ぎをお願いするよ」
ぬぼーっと立っていたコハクが頷く。やはり無言で。
続いて無言で歩き出したので、なんとなくティル達も無言で続いた。
「止まれ!そこの黒服、ここは民間人の立ち入りを禁止している」
おきまりの文句を建物の見張り兵が叫び、一同は足を止める。
見張り兵は二人いた。どちらも黒い髪に琥珀色の瞳、メイツラグの海兵だ。
ここでコハクが何か言ってくれればスムーズに進むのだが、彼が何も言わないのでハリィが代わりに話を切り出した。
「我々はレイザース騎士団長の命令を受けて、メイツラグへ調査に来た傭兵だ。レイザース海軍の将校殿がいらしていたら、お取り次ぎを願いたいんだが」
「レイザース騎士団だぁ?傭兵が、直々にか?」
あからさまに眉をつり上げ、怪訝そうな顔つきで見張り兵が聞き返してよこす。
ハリィは鷹揚に頷くと、懐に手を入れた。
「証拠もある。本人の透かし刻印入りの依頼書だ」
ちょいちょいと袖を引っ張って「ねぇ、透かし刻印って何?」と小声で聞いてくるティルには片目を瞑ってみせ。
ハリィは、さらに話を進めた。
懐から取り出したのは通信機で、二、三のボタンをいじくりながら兵士達の様子を伺う。
「なんなら、ここでグレイグ本人と通信してみせたっていい。ただし依頼の内容は、将校殿に直接お伝えしたいんだ。なにぶん内密の依頼でね」
「まぁ、待て」
しばし考え込む素振りを見せた後、うさんくさげに眺めていた方とは別の一人がハリィを止める。
「ひとまずカミュ殿に話をいれてみるから、しばらく待っていろ」と言い残し、建物の奥へ消えた。
眉をつり上げた方は、未だ信じていない様子で、一行をジロジロと眺めている。
「傭兵が陸軍直々に依頼をねぇ」などと何度も呟いている処からして、相当異例の事態なのだろう。
ファーストエンドでは、軍隊が傭兵へ頭を下げるのは、それほど珍しい事ではない。
国王が冒険者へ直々に依頼を申し出ることだってあるのだ。
それぞれの職業連携が上手くいっていない世界なのかもしれない。ワールドプリズという世界は。
やがて、先ほどの兵士が戻ってきた。
「カミュ少尉の許しが出たぞ。接客室へ通せとの命令だ、ついてこい」
兵士につれられて接客室へ向かうと、一人の青年が一行を待っていた。
青い軍服を身にまとった年若き青年将校である。
背丈はティルと同じぐらいだ。外見だけなら、少年にも見えかねない。
赤毛の青年はカミュと名乗り、ハリィから受け取った依頼書を、じっくり眺めてから、こう言った。
「なるほど……確かに、この透かし刻印は本物ですね。ですが一応、確認の為にグレイゾン様と通信を取りますので、出て頂けますか?」
「いいとも」
タメグチで頷くハリィに、同行してきた見張り兵が嫌な顔をする。
カミュは一言二言通信側の相手とやりあった後に、ハリィへ通信機を差し出してくる。
そいつを受け取り、通信相手がグレイグ本人と判るや否や、ハリィは気軽に話しかけた。
「あぁ、グレイか。すまないな、君の勤務中に手を煩わせるような真似をしちまって」
いきなりのフレンドリーな口調に驚いたのは、カミュだけではない。
傍らの兵士も目を丸くしている。
ティルやキーファも然りで、ポカンとクチを開けるばかり。
シャウニィだけが、妙に納得した様子で「なるほど、そういうツテだったってわけか」と呟いた。
依頼を任されたのは大佐だからだ、実績があるからだと彼らは説明していた。
だが何もハリィに任せずとも、実績のある人物など軍の中にも沢山いると思われる。
何故、レイザースの騎士団長はハリィという一個人に任せたのか。
たまたま牢獄に彼が捕まっていたから?にしては、あっさりと任せすぎの信用しすぎである。
シャウニィにとって、それらはずっと疑問であった。だが、今になって全てが解明する。
要はハリィとグレイグ、この二人は親しい友達なのだ。道理で簡単に牢屋から釈放された訳だ。
「カラクリが判ったか?」と、ルクが流し目をよこす。
「けど、あんまり大きな声で触れ回るなよ。双方に迷惑がかかるからな」
バージのお説教を半分以上聞き流し、シャウニィは頷いた。
「ヘイヘイ。でも、どうせ俺が吹聴したって誰も本気にしやしねーだろ」
通信機の向こうでグレイが何か言い、ハリィが答える。
「君に出来ること?それなら、ちょうど一つある。海軍へ依頼の協力要請を頼みたい。君の命令として」
とんでもない要請に、カミュは飛び上がった。
「ちょ、ちょっと待って下さい、ハリィ大佐!?」
慌てふためく彼を一瞥し、ハリィは返事の代わりに通信機を差し出す。
「グレイが君と話したいそうだ」
渋々取って替わり、二言三言返答した後。
がっくりと疲労の色を強く見せながら、それでもカミュは比較的愛想良くハリィへ微笑んだ。
「……本国直々の要請では逆らえませんね。我々ファーレン海軍は、貴方に協力いたします」
「一体何を頼んだんだ?」と尋ねるキーファに、ハリィが答える。
「探し人の手伝いさ。これだけの人手があるんだ、手伝ってもらわにゃ損だろう?」
「けど、公にしちゃっていいの?相手は隠居した人なんでしょう」とは、ティルの弁。
「まぁね」
憂鬱に頷き、だが、ともハリィは続けた。
「こちらは手がかりが一つもない。メイツラグに居着いて長いファーレンの兵士なら、住民に何か聞き及んでいるかもしれない」
「ファーレン?レイザースじゃないのか」と聞き返すキーファへは、ルクが応じる。
「遠征へ来ているのは、ファーレンの連中だ。本国の連中が、わざわざ北の僻地まで来るわけねぇだろ」
「だから、ファーレンって何処だよ?レイザースにある地名かなんかか?」
なおも尋ねるキーファへバージが頷き、つけたした。
「あぁ、最近占領下になったばかりの国だ。南に浮かぶ小さな島国だと聞いている。元々の国名は、なんつったっけかな……」
思い出そうと首をひねるバージへ、すかさず突っ込んできたのはカミュ少尉。
「ダレーシアですよ、傭兵殿。占領以降はファーレンで統一されましたがね」
「ふぅん」
大して気のなさそうにティルは呟き、話を変える。いや、元に戻した。
「それで、具体的には何を手伝ってもらえるの?」
「グレイゾン様からは、人捜しの手伝いをせよと命じられています。しかし我々は現在海賊退治で多忙ゆえ、協力可能な人材は一、二名が限度となりますが……」
宜しいでしょうか?と目で問われ、ハリィは頷いた。
「結構だ。できれば、メイツラグに詳しい人物を二人ばかり見繕ってくれると嬉しいんだがね」
「メイツラグに人脈がある人物でも構わないぜ」
横合いから口を出すルクをも一瞥し、少尉が苦笑する。
「判りました。ご期待に添えられるような人物を、そちらへお送りします。決まり次第、連絡いたしますので、それまではメイツラグの宿屋でお待ち下さい」

――かくして。
メイツラグの宿屋に滞在する一行へ海軍からの人材が届けられたのは、その三日後であった。

「白のグレイゾンを顎で使っていやがる傭兵ってのは、あんたか?」
そいつは無礼も底抜けの一言で現われると、ジロリとハリィを見下ろした。
灰色の髪の毛からして、レイザース人でもメイツラグ人でもない。
背が恐ろしく高い。おまけに片目が潰れており、えらく人相が悪かった。
鍛え上げられた筋肉といい、肌の焼け具合といい、ボブと良い勝負だ。
「ちょっとジェナック、失礼よ?初対面の相手に喧嘩腰なんて」
遅れて後から入ってきたほうは、女だ。
ジェナックと呼ばれた片目同様、ファーレン海軍の制服を着ている。
金髪の女性、それも、かなりの美人ときた。ティルよりは背が高く、胸も大きい。
それでいてウェストは細く、全体的に引き締まっている。
思わずルクは口笛を鳴らし、ティルが不機嫌に睨みつけるのもお構いなしで、女を品定めする。
「君の名前は?」
尋ねるハリィに、女性は佇まいを直し、敬礼の姿勢を取る。
「申し遅れました。マリーナ=アゼンプトと申します」
といっても彼女も軍人だから、心からの敬礼ではあるまい。社交辞令ってやつだろう。
「そちらの失礼な人は?」
ティルのぶしつけな問いにも、マリーナは答えた。
「ジェナック=アンダスク、私の同僚です。先ほどの暴言、彼に代わって謝罪します」
だが心なし顔が引きつっているように見えたのは、シャウニィの気のせいではあるまい。
場の雰囲気を明るくしようと、彼は陽気に挨拶を返した。
「暴言にゃ〜慣れているから気にしなくていいぜ?俺はシャウニィ=ダークゾーン。そっちの胸ペチャはティル、スケベ分けの垂れ目野郎はキーファってんだ」
「誰が胸ペチャよ!!」
「スケベ分けの垂れ目って誰の事だ!?」
双方からは同時に文句があがったが、シャウニィは華麗にスルーしてマリーナへ尋ねる。
「あんたも金髪か。じゃあ、ハリィと同じレイザース人なのか?」
いいえ、と首を真横に振り、マリーナは答えた。
「ダレーシアの人間は混血が多いのです、レイザースとファーレンの。私の父もレイザース人です」
こちらの彼は、とマリーナが説明する前に、ジェナック本人が割り込んでくる。
「俺はファーレン人だ、見ての通りな」
言ってから、じろじろとシャウニィを眺め回し、顎に手をやった。
「それよりも、貴様こそ何人なんだ?いや、何者だ。亜人なのか?」
海賊と同じ事を聞く。
「さぁね、どうとでも推理してくれよ」
だんだん答えるのも面倒になってきたシャウニィは、ぞんざいに返し、ハリィを促した。
「そんなことよりよ、さっさと部屋に上がって、これからの計画を立てようぜ」
「そうね」と案外素直にティルも頷き、ハリィを見上げる。
「ソロンも捜さなきゃいけないし」
そうだった。
すっかり忘れていたが、ソロン。彼も行方不明になっていたのだった。
「……そうだったな。それじゃマリーナ、ジェナック。部屋にあがってくれ。作戦方針を考えよう。目的は人捜しだ。とある隠居爺さんが一人だが、彼らの仲間も一人、行方不明になっていたんだ」
今はじめて思い出したとしか受け取れないハリィの態度に、ティルが機嫌を悪くしたのは言うまでもない。

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