act5 北の海

馬車に揺られて三時間。
港町についた一行は、さっそくメイツラグ行きの定期便を探す。
だが――
「運行の再開は見通しがつかないそうです。どうしますか?大佐」
受付窓口で交渉してきたバージが戻ってきて、頭を掻く。
なんでもメイツラグへ向かう海路でバイキングの船が横行しており、定期便は運休しているとか。
「バイキングって?」
ティルの問いに答えたのは、黒髪の男で名前はルク。
「メイツラグに住んでる船乗りの俗称だよ。表向きはメイツラグの王宮所属となっちゃいるが、実際にやってることは海賊と同じだ」
「王宮……所属?」
きょとんとして、ティルは聞き返す。
「海賊が、王宮に所属しているの!?どうして?」
双眼鏡を片手に、海を見ていたハリィが振り返った。
「メイツラグは貧しい国でな。他国の船を襲う略奪行為を、国が率先して国民にやらせているのさ」
メイツラグは、ワールドプリズ北の最果てに位置する島国である。
四方を海に囲まれているのだから海産物が豊富と思いきや、意外とメイツラグ周辺は魚が捕れない。
くわえて北の大地は土地が痩せて気候も悪く、作物が育たないときた。
国家公認の略奪行為は、メイツラグの住民が生きるために得た最終手段といえよう。
――と、いくら理由を聞かされたところで、悪質な行為であることに代わりはなく。
正義に燃えるティルは憤慨し、ノーモラルなソロンまでもが横から口を挟む。
「レイザース王国にも海軍ッてのがあるンだろ?なンで連中は海賊を野放しにしてるンだ。アンタの話を聞いた限りだと、メイツラグッてな簡単に叩き潰せそうな相手じゃねェか」
双眼鏡を目に当てて、ハリィが答える。
「侵略っていうのはな、ある程度の利益が絡むものなんだ。北の貧しい国を攻めてレイザースに何の恩恵があるかと考えた場合、何もないと予想される。レイザースの王様がメイツラグの海賊を野放しにしてきた理由は、多分そんな処だろう」
「そんな!」
ティルが非難の目を向けた。
「襲われているのはレイザースの船でしょう?」
投げやりな調子で、ハリィの代わりにルクが応える。
「まぁ、最近は商船のクレームも激しくなってきたんで、海軍もぼちぼち動き始めたらしいぜ」
ぽん、と投げ渡されたのは、一枚のニュースペイパー。
紙面には、でかでかと文字が躍っている。ティルは読み上げた。
「え……と、レイザース海軍、メイツラグ海軍と協力して海賊退治に向かう……?」
読みながら、異世界の文字が読める自分に驚いてもいた。
「なるほど、それで運休か」
ハリィが納得したように呟き、ソロンは首を傾げて彼に問う。
「双方の海軍が動くと、何で定期便が止まるンだ?」
答えは、いとも単純で「戦闘に巻き込まれるからだよ」とのこと。
とにかく今、北の海ではレイザースとメイツラグ、両国の海軍がバイキングとドンパチやっているらしい。
そのせいで島国メイツラグとレイザース王国を結ぶ、たった一本の定期便は、危険回避の為に運休中というわけだ。
「じゃあ、メイツラグへ行くのは諦めんのか?」と、シャウニィ。
いや、とハリィは首を振り、肩をすくめた。
「民間の船を探して、乗せていってもらうさ」
金さえ弾めば、乗せてくれる漁師の船があるという。
ハリィらが船を探している間、ソロン達は港町でも見学してこようという事になった。
「港町っていうからには、ここがレイザースの入口なのよね?でも、それにしては閑散としているわね」
ぐるりと波止場を見渡して、ティルが呟く。
定期便が止まっているせいでなのか、港に人の気配は少ない。
「この世界には漁師や船乗りって少ないのかな」
キーファも相づちを打ち、ソロンはというと、スタスタ建物に向かって歩いていく。
波止場にズラッと並んでいる建物のうち、一つで立ち止まった。
建物にはナンバーが振ってあり、ソロンの目の前にあるやつは『1』と大きく書かれている。
「ソロン、何ここ?倉庫か何か?」
ティルやキーファもついてきて、そぉっと覗き込む真似をする。
といっても扉はピッタリ閉まっており、覗いても中は見えそうになかった。
「倉庫に興味があるのか?」とキーファも尋ね、ソロンは首を振った。
「倉庫に興味はねェよ」
「じゃあ何で」と続けて尋ねるティルを遮り、顎で戸口を示す。
「人の気配がする。船がなくても、作業している奴はいるみたいだぜ」
「そりゃ、まぁ……倉庫だし。人ぐらい、いるだろ」
言いながらキーファも気配を探ってみれば、ソロンの言うとおり倉庫の中にいるのは、二、三人程度。
ばかでかい倉庫で作業をするには、少なすぎる人数の気配を感じ取れた。
「ちょうどいい機会だ。この世界の港について、本職の人間に色々と尋ねてみようぜ?」
などと陽気に言い出したのは、シャウニィで。
ティルが異論を唱える暇も与えず倉庫の戸口に手をかけ、うんしょっと一気に開いてしまった。
倉庫の中は、がらーんとしていた。
荷物も何もありゃしない。ソロンが言うように、何かの作業をしていたとは思えない。
そこにいた三人ばかりの男達が、ハッとこちらを振り向き、口々に騒きだす。
うち一人が「誰だ!」と叫んだので、シャウニィが暢気に応える。
「なぁに、旅の冒険者だ。ちっと、ここらへんのことで聞きたい事があってよ」
だが残りの奴らが抜刀したので、ソロンは慌ててシャウニィの首根っこを引っつかみ、自分の元に引き寄せた。
「な、なんなのよ!貴方達、やる気なの!?」
ティルも同じく泡を食っているが、そこは何と言っても宮廷戦士。
ちゃんとシャウニィやキーファを守る位置で身構えている。
「俺達がここにいるのを見られたからにゃあ、生かして帰さねぇぞ」
髭の生えた男が、悪人めいたことをほざいている。手にした三日月刀が、ぎらりと輝いた。
もう一人は黒く光った鉄の塊を構え、不敵な笑みを浮かべている。
見たこともない武器だが、自信満々で構えている処を見ると、飛び道具か暗器の類だろう。
腰のロングソードを引き抜き、ソロンもやり返す。
「お前らが誰で何をしていようが俺には関係ねェがよ、やろうッてンなら相手になるぜ」
「……あっ。そういやぁよぉ」
不意にシャウニィが口を開くも、向こうの一人が大声で遮った。
小柄な男で、手にしているのはソロンと同じぐらいの長さの長剣だ。
「めった斬りにして魚の餌にしてやるぜ、ガキどもがッ!!」
言うが早いか剣を構えて突っ込んでくる。
そいつをソロンは難なくかわして逆に突っ込むと、髭男の前で一閃する。
凄まじい絶叫と共に髭の男は三日月刀を放り出し、手首を押さえて蹲る。
押さえた辺りからは、ドクドクと赤いものが滴っている。手首を切られたのだろう。
振り返ることなく、ソロンは返す刃で隣の男の首筋にも峰打ちを食らわせる。
あっと叫ぶ暇もなく男は前のめりに倒れ、勝負は一瞬でついた。
髭と小男は戦う間もなくやられてしまい、大口を叩いた男だけがポツンと一人残される。
「……まだやるか?」
鼻先にピタリと剣を突きつけただけで、男は青ざめヘナヘナと座り込む。
先ほどまで魚の餌にしてやるなどと吼えていた人物と同一とは思えないほど、戦意を喪失していた。
四人がかりではなく、ソロン一人にやられてしまったというのが、相当堪えたらしい。
「何よ。威勢のいいこと言ってた割には、弱いのね」
ティルは溜息をついて構えをとき、キーファが座り込んだ男の側に歩いてくる。
床に落ちた長剣を倉庫の隅へ蹴飛ばし、ついでに男の顎も蹴り上げた。
「あぐぅッ」と情けない悲鳴をあげて床に転がる男を踏みつけ、上から目線で尋問する。
「見知らぬ人間に見られちゃ困る事って何だ?ここで、お前らは何をしようとしてたんだ?アァ?」
「ちょ、ちょっと、勝負はもうついたじゃない。これ以上手荒くする必要なんて、ないでしょ?」
狼狽えるティルを横目に、ソロンも男に尋ねた。
「船のでない港の倉庫で隠れて密談してンだ、まっとうな人間だとは俺達も思っちゃいねェよ。無駄に隠そうとしない方が身のためだぜ」
キーファに踏みつけられた姿勢のまま、男が答える。
「お、俺達はメイツラグに密入国しようと思ってたんだ、バイキングと連絡を取って」
密入国、しかもバイキングと連絡を取るとは穏やかではない入国方法だ。
メイツラグへの定期便が、現在運行していないのは知っている。
しかしハリィの話だと、金さえ払えば乗せてくれる一般の船があるはずではないのか。
思いもかけぬ答えにティルはキョトンとなり、ソロンが続けて聞き返す。
「バイキングと連絡ッて、どうやッて?お前ら、メイツラグの住民なのか?」
「俺達がメイツラグの奴らに見えるかよ」
手首を押さえて座り込んだまま、髭の男が小さくぼやく。
と、言われてもメイツラグの住民など見たこともないソロン達。互いに顔を見合わせるばかり。
キーファが髭へ尋ねた。
「メイツラグの住民ってのは、見れば一発で判る外見なのか?」
「判る。というか、お前ら、そんなことも知らないのか?」
髭男に余裕が戻りかけるも。
「こいつぁ、とんだ田舎者……げふぅっ!」
言いかけの途中で、キーファに顎を蹴られて仰け反った。
「乱暴しないでって言ってるじゃない!」
途端にティルに窘められるも、キーファは三日月刀を拾い上げ、じろっと彼女を睨み返す。
「こんな物騒なもんで斬りつけてきた奴らだぞ?丁寧に扱ってあげる必要が、どこにあるんだ」
「それに」と、ソロンもキーファに同意する。
「船さえ探せば普通に入れる国へ、わざわざ秘密で入国しようッて輩だ。本当なら殺しちまッても良かったンだが、あいつらに騒ぎを起こすなと言われてたしな。この程度で勘弁してやろうッてンだ」
この程度……ねぇ。
髭男の真っ赤に染まった手首を見ながら、シャウニィはポリポリと頬をかく。
手首のみならずズボンや床まで赤く汚れている処を見る限り、とても軽傷とは言いかねる。
早く医者に診せるか司祭の元へ連れていってあげないと、一生治らない後遺症が残るかもしれない。
でも、この世界に司祭っているのだろうか。医者ぐらいは、いそうな気がしないでもないけど。
などと考えていると、不意にソロンから声をかけられた。
「そういやァよ」
「ん?」
振り返ると、剣を鞘に収めた彼と目が合う。
「さッき、お前、何か言いかけてたよな?ありゃァ、何だッたンだ?」
「ん、あぁ、さっきの話?」
すぐに思い出したシャウニィは陽気に答えた。
「俺さ、この世界では魔法が使えなくなってっから。そこんとこヨロシク♪」

一拍の間をおいて――

「何ィィィィッ!!?」
ティルとソロン、キーファの絶叫が倉庫に木霊した。


ソロン達が待ち合わせの場所へ戻ってくる頃には、船の手配も済んでおり。
漁師の船、持ち主の名前はストング船長の船でメイツラグまで行くことが決まった。
気になる報酬料金は、当然のようにハリィ持ち。君達が心配する必要はないと、苦笑された。
「グレイの依頼を受けているのは俺達なんだ。なら、旅費を俺達が持つのも当然だろう」
漁船は狭く、一行は貨物室に押し込まれる形で出港する。
魚の匂いが漂う一室で、そう笑うハリィへティルが首を傾げた。
「グレイ?それが依頼主の名前?」
「あぁ。レイザース王国騎士団総団長、白騎士グレイグ=グレイゾン直々の依頼だ」
「そンな偉い奴が、どうして一介の傭兵なンかに依頼を?」
ソロンも首を傾げ、キーファが続ける。
「俺達が一緒だったからか?」
ハリィは首を振り「いや。団長殿は、君達の身元については存じ上げていない」と言って、一旦言葉を切る。
少しためらいを見せた後、苦笑混じりに呟いた。
「一介の傭兵と言ってくれるがね、これでも一応傭兵としての実績はあるほうだよ」
「この世界で無名のお前らよりは、頼りにされてるってわけだ」と、ルクも言い添える。
やはり、どこかやる気のない声で、顔は明後日の方を向いていたが。
「……ま、一応、大佐だし?」と、おまけ程度に付け足した。
「一応じゃないぞ。正真正銘、大佐だ」
即座にバージからは不機嫌に突っ込まれ、ルクはボリボリと頭を掻きながら投げやりに受け応える。
「あー、判ってます、冗談で言ってみただけですよ、先輩」
どうも、このルクという男。上司であるはずのハリィに対し、敬意を表していないように思われる。
そこんところが気に入らなくて、ティルはハリィに忠言の一つも言ってやろうとしたのだが。
「メイツラグにつくまで、あと五時間はかかる。少し休んでおくといい」
口を開く前に先にハリィに話しかけられ、毛布まで手渡されてしまっては、ペチャクチャ話している訳にもいかず。
笑顔で「あ、ありがとう」と受け取って、毛布を広げた。
「なんだよ、毛布サービスはティルだけ?俺達の分はナシ?」
シャウニィがブーブー文句を言うも、ハリィは苦笑して足を伸ばす。
「悪いな、この船に毛布は一枚しかないんだ。だが女性が優先されるのは、どの世界でも共通だろう?」
伸ばした足がキーファをウッカリ蹴っ飛ばし、キーファもブーブー文句を言う組に加わった。
「毛布をティルが使うのには異論ないけどよ、この船の狭さは何とかならなかったのかよ?狭すぎて、横になることもできねーじゃねぇかっ」
「横になるのが億劫なら、丸まって寝りゃいいだろうが」と、間髪入れず突っ込んだのはルク。
腕を枕に、猫のように身を丸くしている。
壁を背につけて窮屈そうな姿勢で座り込んだバージが、気休めのつもりかキーファに言った。
「眠たくなかったら甲板に上がっててもいいぞ。ただし、船員の邪魔にならないようにな」
「あ、それじゃ」
広げた毛布をキーファに押しつけ、ティルが立ち上がる。
「ソロン、甲板に出てみましょ?ここでじっとしていたら、体がガチガチになっちゃう」
「だな」とソロンも同意、立ち上がった。
慌てたのはキーファで「お、おれも」と立ち上がろうとして毛布に足を取られ、すっ転ぶ。
転んだ拍子にルク、それからシャウニィも踏みつけ、さっそくギャーギャー喧嘩が始まったのを横目に。
ソロンとティルは階段を登り、甲板へと出て行ったのであった。

甲板に出た途端、寒い風がびゅうっと真横から吹き付けてきて、ティルは身震いする。
「寒っ!」
一方のソロンはティルより軽装のくせして全く寒がっておらず、身震いする彼女をからかってきた。
「大丈夫か?ティ。下で毛布にくるまッてたほうが良かったンじゃねェのか」
思わずムッとなり「へ、平気よ」と強がったところに、また北風。ティルは大きくクシャミをかました。
「おいおい……これから北国へ行こうッてンだ、こんなトコで体調崩してちゃやってらンねェぞ」
「そりゃそうだけど、でも」
ティルは文句を言いかけるが、近づいてきたソロンに抱き寄せられ、ぽぅっと頬を赤らめる。
風が真っ向から吹き付けようと、ソロンは平気の平左で水平線を眺めている。
彼が自分を向かい風から守る位置に立っていることに気づき、ティルは腕の中で向きを変える。
ソロンへ抱きつく形で向かい合うと、甘え声で囁いた。
「ね……向こうについたら、まずは服を買いましょ。ソロンの服は、私が見立ててあげる」
頭の上から、呆れたような声が返ってくる。
「服、ねェ。服が必要なのは、お前らだけだろ?それに」
見上げる前に、腕の中から解放された。
「え?」
見れば、ソロンはすでに腰の剣を抜いている。
「無事につけるかどうかも怪しくなッてきやがッた。船底に行って、皆を叩き起こしてきてくれ」
「ど、どうして?」
慌ててティルも水平線に目をやって、あっとなる。
水平線に船影が、一、二、三つばかり、こちらへ向かって進んで来るではないか!
「な、なに?あれ。海賊船!?」
ソロンは応えず、無言で頷いた。剣を構えたまま、一時も油断のならぬ様子で船を睨みつけている。
殺気立っているのはソロンだけではない。船員も大声で走り回っていた。
船長ストングが甲板へ現われる頃には、目視でも船と判る物が随分と間近に接近してきた。
無論船長ばかりではなく、ハリィやシャウニィも寝入りばなを叩き起こされて、甲板へ上がっている。
「俺、ここに出てきても役に立たねーんだけどなぁ……ハックショイ!」
ブツブツ文句の多いシャウニィを、ティルが叱咤する。
「船底で寝ているうちに海賊の捕虜になってもいいの?」
寝癖でピンピン跳ね上がった髪の毛を撫でつけながら、ダークエルフは小声でぼやいた。
「捕虜になってもメイツラグには、つくんだろ?なら、それでも構わねーよ」
「メイツラグへ一緒に連れていってもらえるとは限らんぞ。途中で魚の餌にされるかもしれん」
ハリィは悴む手に息をかけ、懐から取り出した短銃に弾を込める。
ルクとバージもライフルを担いでいる。
もし海賊が仕掛けてくるようなら、この船では対抗できまい。
所詮は漁船、軍艦と違って大砲など積んでいない。頼りに出来るのは、己の持つ銃だ。
ストング船長が目をしばたたかせて、近づいてくる船を見上げる。
「メイツラグの船だな。おぅおぅ、四つも大砲を積んでやがる」
ハリィもメイツラグの船を眺めた。
全て旧型、今時実弾式仕様の大砲が左右に二つずつ並んで設置されている。
旧型とはいえ、向こうは場数を踏んでいるだろうから油断は禁物だ。
「そこの不審な船!止まれェェェ!!!」
いきなり向こうの甲板から大声が響き渡り、誰もがビクッと身を竦ませた。
「どうにも、よく響く声だこと」
シャウニィだけが暢気に呟く中、再び海賊船の甲板からは大声が轟く。
「船型ナンバーと所属国を言え!メイツラグは現在鎖国状態にあると知っての航海か!?」
ストング船長が負けじと大声を張り上げる。
海賊のガラガラ声とは違って、深みのあるバリトンだ。
「我々はレイザース国の漁船だ!メイツラグへ魚を売りに行くため航海をしていた!メイツラグが鎖国状態にあるというのは初耳だが、本当の話なのか!?」
返答がない。ややあって、再びガラガラ声が響いてくる。
「貴様の船は、商船か!ならば好都合ッ!!金品魚を我々に渡して、すぐに海域を立ち去れ!!」
「違う、漁船だと――」
「危ねぇっ、船長!」
ストング船長は叫び返すもキーファから横抱きに飛びつかれ、甲板を勢いよく転がる。
直後、彼の居た場所へ砲弾が飛んできて板が吹っ飛び、漁船は大きく左右に傾いた。
「撃ッてきやがッた!ハナから襲う気満々かッ」
ルクとバージがライフルを構え、相手の甲板をスコープする。
「乗り移られるぞッ、旋回しろ!」
だが船長の命令で船が大きく旋回するもんだから、なかなか狙いが定まらない。
「ちょ、ちょっ、ちょっと、この船どこ行くの!?」
いきなりの急旋回にティルもバランスを崩し、尻餅をついてしまう。
おまけに、気分まで悪くなってきた。いわゆる船酔いというやつだろうか。こんな時に。
「船長、船を安定させろ!俺とソロンで相手側の船に飛び移る!!」
キーファの命令に、船長は首を振って拒絶する。
「ダメだ!相手の船に近づけば、こちらも飛び移られてしまう!こっちには戦える船員などいないんだ!!」
「んーなコト言ってる場合かよ!あっちは三艘いるんだぞ!?振り切る自信があるってのか!?」
三隻の海賊船は、ジワジワと漁船を囲む形に移動している。
もしこの漁船の船足が速かったとしても、完全に振り切るのは無理だろう。
現に今も相手は大砲をひっきりなしに撃っており、ギリギリのスレスレでかわしている有様だ。
「船長、蛇行をやめろ!足場がコレじゃ、ライフルで狙えやしないッ!」
バージも悲鳴をあげ、甲板を転がった。
船の縁に掴まって海賊船を睨んでいたルクが叫ぶ。
「突っ込んでくるぞ!緊急回避だ!!」
一艘が、ものすごい水しぶきをあげて突っ込んでくる。
「わぁぁぁぁぁ!!!」
船員達の絶叫が耳を劈き「緊急旋回ィィィ!」と、血反吐が絡む船長の大声が届いたかして。
ぎりっぎりで船は旋回、何とか避けたと思ったのもつかの間で。
突っ込んできた船から、ひらりと一つの影が飛び降りて、こちらの船へと降り立った。
「オイィィ!接近しなくても乗り込まれてんじゃねーかよ!テメーはもう、船長失格だァァ!!」
怒り頂点のキーファにガックンガックン揺さぶられ、ストング船長は早くもグロッキー。
なおも船長を叱りつけようと、キーファは口を開きかける。
「――危ねぇッ!」
間髪入れずソロンにタックルされて転がったものの、足に鋭い痛みを覚えて飛び上がる。
「つぅッ!?」
避けきったはずの足からは、一筋の血が流れ出ていた。明らかに切り傷、剣で斬られた傷だ。
「敵が乗り込んできたってのに、船長と仲良くコントやってんじゃねぇよ。まぬけヤローが」
まず目に入ったのは、すらりとしたシルエット。
黒い長ズボンに黒い長袖のシャツ。極めつけに黒髪と、黒づくめの青年が立っていた。
「テメェ、剣士か!」
キーファを庇う位置で構えたソロンを一瞥し、青年が鼻で笑う。
「だとしたら?」
「俺と勝負しろッ!」
言うが早いかソロンは突っ込み、青年の懐で一閃する。
相手に構える暇など与えたつもりはなかった。
それぐらいの速さで突っ込んだにも関わらず剣は空を切り、黒づくめの青年は音もなく後方に飛び退いた。
「結構速いな」
口元を皮肉で歪める。
黙って立っていれば、なかなかの美形なのに、邪悪な笑い一つで台無しだ。
「雇われの傭兵にしちゃ、いい腕をしている……何者だ?」
名を聞かれ、ソロンも口元を歪めてやり返す。
「人に名前を尋ねる時ァ、自分から名乗るモンだぜ」
「名乗ったところで、お前は知らないと思うが一応教えてやる」
青年の姿が、不意にぶれる。かと思う暇もなく、真正面に殺気を感じてソロンは身をひねった。
ピシッ、と風を切る音がした。頬が微かに切れて、血が滲む。
よけたつもりが、微かにかすっていたようだ。
正面にいたはずの青年が、いつの間にか後方に移動している。
ゆっくりと剣を構えたまま立ち上がった。
「フン、今のを避けやがったか。思った以上にやるようだ」
一連の動きを眺めていたハリィは、内心舌を巻く。
今の遣り取り、ソロンだからこそ避けられた芸当だろう。
残念ながら、ハリィには青年がいつ動いたのかも見切れなかった。
あっと思った時には、ソロンの後方にいた。
再び低く剣を構え、青年が名乗りをあげる。
「俺の名はヒスイ。コハクと呼ぶ奴もいるがな。メイツラグのバイキングに雇われた、無名の傭兵さ」

Topへ