act4 尋問

レイザース王国には、陸と海、二つの軍隊がある。
他国が海に力を入れているのに対して、領土の割合を陸が占めるレイザースでは陸の勢力が強い。
陸軍は、またの名を騎士団――とも呼ばれていた。
鎧甲冑に身をまとい、剣を振るう騎士。
魔術を操る魔術師、そして治癒の呪文を扱う僧侶を含めた大所帯である。
彼らは瞬く間に、その武力でもって中央にある大陸の殆どを制覇した。
今、騎士団を率いているのは若き白騎士、グレイグ=グレイゾン。
亜人の島より来襲した怪獣事件の際も、この男が指揮を取っていた。
レイザースの民にとってグレイグ=グレイゾンは誇り高き騎士団長であり、レイザースで一番強い男と認識されている。
いや、強いだけでは国民の信頼は得られない。
グレイグ=グレイゾンは強いだけではなく、見た目も麗しい。
逞しい肉体に艶やかな銀髪。
庶民出身でありながら、気品と風格が漂っていた。
それでいて性格は控え目で無口なのだから、国民に人気が出ないわけがない。
グレイグ=グレイゾンはレイザースNo1の騎士であると同時に、女性人気もNo1の騎士だった。
「――では、あれは君達が創り出した物ではなく、はじめから、あの場にあったというのか」
グレイグの私室に呼び出されたハリィは、彼の言葉に頷いた。
「あぁ、そうだ。俺達がアレを創り出す理由が、どこにある?」
間髪入れぬ答えに騎士団長はウッと詰まり、小さくぼやく。
「いや……君達になら、訳のわからない装置を造れるかもしれないと思ったんだ」
剣の扱いに関してはエキスパートだが、機械に関しては全くのド素人なのが騎士の短所だ。
グレイグもそうした騎士の一人であり、洞窟で見た装置を『何が何だか判らないが、とにかく機械』と位置付けたらしい。
「俺達にだって、あの装置は謎なんだ。だから、大騒ぎになる前に調べておこうと思ってね」
先ほどからレイザースで一番偉い陸軍の隊長に向かって、ハリィは随分と馴れ馴れしい。
だが、それもそのはず。
ハリィとグレイグは、ご近所づきあいの幼なじみであった。
仮保留所にハリィがぶち込まれたと聞いた時、グレイグは大急ぎでハリィだけ自室へ呼ぶよう部下に命じた。
自分が尋問をする……というのは建前で、本音を言うと豚箱に彼を突っ込むなど一分一秒たりとも許せなかったのだ。
「何故、騎士団に通報しようとは思わなかった?」
尋ねるグレイグの表情は険しいが、けして責めている訳ではない。
心配で胸が潰れそうなのはハリィにも伝わっているようで、肩にポンと手を置かれた。
「だから、レイザースの国民を心配させたくなかったんだよ。騎士団が動けば必ず大騒ぎになるだろ?君にも負担がかかる。厄介な仕事を、騎士団長様に任せたくなかったんだ」
肩に置かれた手を振り払おうともせず、グレイグが呟く。
「だが、いずれは、こうやって見つかっていたはずだ。見つけたのが庶民で通報した相手が騎士団だったから、よかったものの、たちの悪い傭兵にでも絡まれていたら、どうするつもりだったんだ」
「同じ傭兵同士だ、どうにでもできるさ」と言って、ハリィは肩をすくめた。
軍人と傭兵は、一般的に仲が悪い。
金で何でも引き受ける傭兵は国のために命を捧げる軍人から見ると、大層目障りな存在らしい。
ハリィが傭兵となって凱旋した時、グレイグも、かなりの衝撃を受けたようだった。
なんで、よりによって傭兵なんかに、君の父上が悲しむぞと愚痴られたが、ハリィは華麗にスルーした。
なりたくなかったのだ。父親と同じ、国家の犬なんかには。
だから家出して、傭兵となった。
ハリィからしてみれば、グレイグが軍人になっていたことのほうが数倍ショックだった。
しかし彼の家は庶民だし、レイザース軍への入隊は庶民にとって一種のステータスでもある。
従って剣の才能があるグレイグが軍隊入りしてしまったのは、仕方のない話なのかもしれなかった。
「大抵の傭兵は金で解決できる」
同業を皮肉った彼の発言に、グレイグが噛みついてくる。
「金で解決できない傭兵だっているだろう。君達みたいに」
「過大評価は嬉しいがね、俺達だって金で動く時もあるぜ。それに」
「それに?」と尋ね返すグレイグの耳元に、口を寄せた。
途端にボッと赤くなる騎士団長にはお構いなく、囁いてやる。
「親愛なる君のいるレイザースを守るためなら、必死で戦ってみせるさ」
耳に息がかかり、くすぐったかったのかグレイグが身を離した。
「き、危険だ!」
「危険は承知さ。あんなワケのわからん装置を調べようってんだ、アレを作った連中に襲われる可能性だってある」
「襲われる可能性……?」
グレイグの目に脅えが走る。
「やはり、あれは危険な装置なのか?」
「の、可能性がないとは言い切れないだろ?誰もアレを理解できないんだから」
ハリィが苦笑する。
幼い頃からの癖だ。グレイグがハリィを、まるで母親の如く心配してくれるのは。
彼の目に映る怯えは、自分自身に対する危機感ではない。
ハリィに危険が迫る、それが嫌なだけだ。
「ホントはメイツラグまで足を伸ばして、技師か魔術師を探すつもりだったんだ。そこへ現われたのが」
「君の連れている人物か」と、グレイグが繋げる。
「彼らは何者なんだ?」
ハリィは答えを暈かした。
「さぁな。俺にも、よくわからん」
今の今でさえ、訳のわからない装置の出現で騎士団は混乱している。
この上、異世界から来た住民だよと彼らを紹介すれば、騎士団は全く機能しなくなるだろう。
連日、異世界からの居住民について、ああでもない、こうでもないと、くだらない会議を始めるに違いない。
そんな馬鹿馬鹿しい会議に、人員と日数を費やして貰いたくない。
見つかってしまった以上、騎士団には、あれを警備する義務がある。悪しき輩を遠ざけるために。
「彼らに関しては、俺に任せてくれないか?どこから来たのか、こちらの話は全然通じない、とんでもない田舎者のようなんでね」
「しかしレイザースの民でないとすれば、調べる必要がある。無断入国は法で禁じられている」
などとグレイグは渋い顔。
さすがは騎士団長、と内心舌打ちしながら、ハリィは慌てて付け足した。
「もしかしたら、異世界からの迷子ってこともありえるだろ?これ以上の揉め事を」
「異世界からの住民だと!?」
「シッ!――声が大きい」
ピッタリくっついて口元を抑えただけで、グレイグは超がつくほど頬を真っ赤にして黙り込んだ。
「……すまない」
居心地悪そうに小さく身じろぎすると、ポツリと呟く。
「その、もう騒がないから、少し……離れてもらえないだろうか?」
「スキンシップは、お嫌かい?」
苦笑と共に、あっさりハリィは身を翻す。
「つれないね、昔は一緒に遊んだ仲だってのに」
まだ頬を赤くしながら、グレイグもやり返す。
「む、昔は昔。今は今だ。それに今は公務中だぞ」
「公務中なのは、君だけだろ」
さらにハリィもやり返し、苦笑が穏やかな微笑に変わる。
「ともかく、彼らの監視は俺に任せてくれ。これ以上の問題を騎士団へ持ち込む訳にはいかん。君達騎士団には、あの装置を警備して貰いたいからな」
額に浮かんだ汗を拭い取り、グレイグが頷く。
「も、勿論だ。警備はつける。あのようなものが近辺にあったのでは、住民も不安がるだろう」
警備、それからソロン達を開放する約束を取り付けてから、ハリィは部屋を出た。


一方、牢屋にぶち込まれたままのソロン達は……
一人ずつ呼び出され、尋問室で取り調べを受けていた。
本来ならば重要人物ということで、騎士団長が直々に調べる手はずとなっていた。
しかしハリィを呼び出したっきり、騎士団長からは何の音沙汰もない。
故に仕方なく、下級騎士が取り調べを始めたのであった。
取り調べと言っても、大した事は聞かれない。
名前と出身地、それからレイザースへ入国した理由などを、ざっと聞かれるだけだ。
だが――
「ダークエルフ!?何だ、そりゃ。どこの部落だ」
取り調べに応じたシャウニィは、露骨に不審感を隠そうともしない騎士へ横柄に答えた。
「部落じゃねぇよ、種族だっつの。知らねぇの?森に住んでる妖精を」
「妖精?架空の物語に出てくる、アレか?羽が生えて、小さくて、ピロピロしている」
「ピロピロしてるかどうかは知らねぇが、まぁ、大体あってるかな。それだよ」
「で?それと貴様と、何の関係があるというんだ!」
一番最初にシャウニィが呼び出されたのは、騎士にとってもソロン達にとっても失敗であった。
ダークエルフの件から話が一向に進まない。
「大体貴様、通行証を持っていないだろう!無断入国する気だったのか?アァン?」
「まぁな」
屈託無く笑うシャウニィに、尋問係の怒りはヒートアップ。
「不法侵入を認めるというのか!」
「だってしょうがねぇじゃん?ゲートくぐった先に出たら、いきなり風呂場だったんだしよォ」
尋問係の怒りに対し、あくまでもシャウニィはマイペースで、からからと笑い飛ばした。
反省しないシャウニィの前に、騎士の怒りは爆発する。
「いきなり風呂場だと!?貴様、不法侵入というだけじゃなく痴漢でもあったのか!」
尚も何かを怒鳴りつけようとする彼の胸元でピピピと電子音が鳴り響き、騎士はサッと通信機を取り出す。
二言三言、誰かと遣り取りをしているうちに、騎士の顔色は赤くなったり青くなったりと忙しい。
やがて通信を終えた彼は、がっくりと疲れた表情をダークエルフへ向けた。
「騎士団長のご命令だ。貴様達の身柄を傭兵に預け、釈放しろとのことだ」
ただし彼はチッとあからさまに舌打ちして、呟くのも忘れなかったが。
「……運の良い野郎だな」
感じの悪い騎士に気を悪くするでもなく、シャウニィもさわやかな笑顔で毒を吐く。
「下っ端はツレェよなぁ。不正を目の前にしても、上からの命令にゃ逆らえないもんな!アハハハッ」
余計な一言のおかげで下っ端騎士の血圧が、またもヒートアップしそうになったのだが。
それを押しとどめたのは、ドアをノックして入ってきた二人の人物であった。
一人はハリィだが、もう一人はシャウニィの知らない顔だ。
黒い鎧に身を包み、金色の髪をおかっぱ程度に伸ばした青年である。
美麗、そう言っても差し支えない。
青年はアレックス=グド=テフェルゼンと名乗り、シャウニィへ深々と頭を下げる。
「奇妙な装置を前に、現在の騎士団は浮き足立っている。部下の非礼を許していただけるだろうか」
シャウニィはヒラヒラと手を振って、笑った。
「別にいいよ、そんなに謝らなくってもさぁ。俺は全然気にしてねーし」
大昔から迫害され続けてきた種族にとって下っ端騎士に怒鳴られた程度など、気を悪くするネタにもなりゃしない。
寛大なダークエルフに対し再度会釈してから、黒騎士はハリィを視線で示して言った。
「諸君らの身柄は本日以降、ハリィ大佐に預けられる次第となった。レイザース国内での行動は許可されるが、くれぐれも揉め事を起こさぬよう注意して頂きたい」
「オッケ〜」と軽い調子でウィンクを飛ばした後、シャウニィは近づいてきたハリィに、こっそり耳打ちする。
「俺達の身柄確保はいいとして、アレの件はどうなったんだ?」
「アレか?まぁ、まずはソロン達も開放してから、俺の家でゆっくり説明するとしよう」
騎士達の視線を気にしてかハリィも小声で返すと、ソロンのいる牢屋へと歩いていった。

かくして牢屋から無事に釈放されたソロン一行はハリィに促されるまま、彼の家に戻ってくる。
「で?アレを調べるって件はどうなったんだ」
つくなりシャウニィと同じ疑問をソロンが口にし、珈琲を煎れてきたハリィが話し始める。
「引き続きアレを調べられる人物を捜すよう、騎士団長殿からの依頼を受けている。君達には、俺の手伝いをしてもらえると有り難いんだが」
ソロンが皮肉に口元を歪めた。
「嫌だッつッても無理矢理連れてくつもりだろーが。アンタらは俺達の監視役だもンなァ?」
傍らでは、珈琲を受け取ったティルが口をつける。苦かったのか、彼女は、ほんの少し顔をしかめた。
ソロンにも珈琲を手渡してやりながら、ハリィは肩をすくめる。
「どうしても手伝いたくないっていうなら、この家で留守番していてもいいがね。その代わり、外出は禁止だ。一切外へ出ない引きこもり生活を君らに強制する。どちらがいい?」
「そんな言い方されたら、手伝うしかないじゃねぇかよ!」
興奮のあまりか、キーファが叫んだ。
勢いで珈琲カップが派手に床に転がり、茶色い染みを作る。
「ちょっとキーファ、落ち着いて!」
ティルが止めに入るも、彼は怒りをティルにもぶつけてきた。
「俺達は何のために、この世界に来たんだ!?捕まった挙げ句、監視付の使いっ走りって何だそりゃ?聞いてねーよ!」
ものすごい剣幕にティルも、しどろもどろで「わ、私に怒鳴らないでよ」と呟くが、キーファの怒りは止まらない。
大人しく珈琲をすすっているシャウニィへも、内心の怒りをぶちまけた。
「そもそもの元凶は、あんたとあのゲートマスターだろうが!こんなクソ依頼にソロンと俺を巻き込みやがって!!どうしてくれんだ、コラァ!」
カタン、と音がした。キーファが振り返ると、珈琲を飲み終えたソロンと目が合う。
「なら、お前は降りるか?」
「えっ……」
てっきり、ソロンも自分と同じで怒っているとばかり思っていたキーファだ。
どうせ帰るなら、ソロンと一緒に帰りたい。
「ソ、ソロンは?まだ続けるつもりなのか?」
慌てて問いかければ、ニヤリと不敵な笑みを返される。
「当然だろ」
カップをつきだして無言のおかわりを要求すると、ソロンは続けて言った。
「俺もアレの正体が知りたくなッてきたンでな。この世界の騎士どもが右往左往するほどのシロモノだ。あの装置が何なのかが判ッてからファーストエンドに戻ッても、遅かねェと思うぜ」
「言っただろ?そこの黒エルフ様が、魔族の作ったマナ還元装置だって!」
何とかしてソロンを諦めさせようとキーファは騒ぐが、当の黒エルフ様が横からダメ出しする。
「かもしれねぇってだけの予想だ。ホントのところは何なのか、俺にも全く判んねぇよ」
シャウニィの襟首を掴みあげ、キーファがまたまた怒りを爆発させた。
「何だよ、お前!あんなに自信満々に言い切っといて、今更撤回か!?ふざけんなっ」
黒エルフ様からお前扱いと、一気に降格である。
「だーかーらぁー」と、さすがにシャウニィも気を悪くしたのか、キーファの腕を乱暴に突っぱねた。
「どんな優秀な奴だって、読み違いぐらいするっつーの。そもそも、この世界の技術なんて一つも知らないんだ。俺が勘違いしたとしても仕方ねぇっつーもんよ。それと同様に、何のアテもなく新世界を調べようったって上手くいくわけがねぇ。ひとまずハリィ達を手伝いながら、この世界の文化や種族を順に調べてまわろうじゃねぇの。どうよ?俺の案は、ハリィにとってもソロンにとっても悪い話じゃないと思うんだけどねぇ」
「異論はないな」
開き直ったダークエルフ様の提案へは、ハリィが真っ先に賛成し、ソロンも肩をすくめた。
「俺もだ。ティも、それでいいよな?ハリィ達を手伝いながら、世界を見て回るッてコトで」
「えぇ、私も構わないけど……」
ティルの目がキーファを捉え、ソロン、ハリィ、全ての視線が彼に集まる。
気まずそうに二、三度咳をしてから、キーファは答えた。
「わ、判ったよ。もう少し頑張ってみっから」
「決まりだ」と呟いたハリィが、通信機を取り出す。
「手始めに、どこへ行くンだ?」
さっそく期待に満ちた表情で尋ねてくるソロンに目で待ってくれと合図すると、回線を繋いだ。
「バージ、馬車の準備は出来ているか?これより全員で港町へ向かう。目的地はメイツラグだ」
「メイツラグ?って処には、何があるの?」
今度はティルに尋ねられ、ハリィは笑顔で応えた。
「メイツラグには高名な元僧侶が住んでいる。俺達は、その僧侶様とコンタクトをとる必要がある」
僧侶の名は、レリクス=アルバルト=オーソリア。
かつては、レイザース陸軍に所属していた男である。
強大な魔力と膨大な知識を持つ、百人に一人の天才と呼ばれた。
『金色の太陽』という通り名で有名な人物でもあった。
彼なら機械と魔導、双方の知識に詳しかったし何か判るかもしれない、とグレイグが教えてくれたのだ。
軍を引退後、『金色の太陽』はメイツラグに引っ越し、別名で隠居生活を営んでいるという。
有名な人間は、敵の数も多いのだろう。
探すのは骨だが、謎の装置相手に頭を悩ますよりは幾分マシだ。
部下の一人に馬車の手配を頼むと、ハリィは通信を切ってソロン達を促した。
「バタバタした出発で悪いんだがね、さっそく出発だ。すぐに出られるかい?」
間髪入れず、ソロンが頷く。
「あァ、いつでも大丈夫だ」
手荷物なんて、ないに等しい。
ソロンはいつでも長剣一本の軽装だし、シャウニィやティルに至っては常時素手。
キーファも、お気に入りのナイフを懐に隠し持っている。準備は万全だった。
「じゃあ、停留場に行こう」
鍵をかけるハリィへ、ティルが尋ねた。
「あの二人には、連絡しなくていいの?」
ボブとレピアは、一緒ではない。牢屋を出されてすぐ、二人とは街の中で別れたっきりだ。
「二人には別の指示を出してある。メイツラグへ行くのはバージとルクだけだよ、俺達の他は」
しかしながら何の指示を出しているのかまではハリィも教えてくれず、話はそれっきりとなり。
一行は馬車の停留所へと急いだ。

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