act2 異世界へようこそ

西大陸ラグロ地方には、国と呼べるものがない。
これから向かう貿易都市ラグロ・ロロックが、一番大きな街だ。
あとは広大な草原と深い山脈、ドラゴンが住むとされる谷、小さな村が幾つかあるぐらいで。
「今回見つかったゲートは貿易都市より北、竜の谷へ差し掛かる山道の側にある」
歩きながらマクリゥスが、一行に説明する。
「ゲートとは、異世界と、この世界を繋ぐ道だと言われている。異世界というのは、我々の住む場所と似て非なる場所だと考えてくれ」
ティルとソロンとキーファは、ふむふむ、と判ったような顔をして頷いた。
実際の処、判っているのはシャウニィぐらいなもので、三人は全く理解できていない。
「ま、あんま難しく考えなくてもいいぜ?新しい土地へ行くぐらいの感覚でいいさ」
シャウニィの軽口を、マクリゥスが窘める。
「今回のゲートは誰かが召喚で開けたものではない。それだけに、注意が必要だ」
「召喚?召喚って、アレでしょ、魔法の召喚と同じもの?」と、横からティルが口を挟む。
「そうだ」
マクリゥスは頷き、前方へ目を凝らす。目的の場所へつくまでには、まだまだ距離があった。
「本来、ゲートとはゲートマスターが召喚で呼び出す門である。今回のように誰が呼び出したわけでもないのに出現するというのは、初めての事態だ」
ヒュ〜ゥ、と口笛を吹いて、シャウニィは頭の後ろで腕を組む。
「案外、向こうの世界の奴らが呼び出した門だったりしてな」
マクリゥスは大真面目に「あぁ、ありえるな」と頷き、歩みを早めた。
「ゲートを呼び出せるのが我々だけとは限らない。異世界にも、そうした魔法があると考えて然るべきか」
「な、なぁ」
頷き合う二人へ、キーファが問いかける。
「異世界異世界って言うけど、要は知らない土地なわけだよな?そこって。その……向こうへ行ったら、向こうの連中と言葉は通じるのか?」
「だな。俺達は精霊語も天界語もしゃべれねェぞ?」と、ソロンも相づちを打つ。
ファーストエンドにおいて最も広く使われているのは、共通語と呼ばれる言語である。
すなわちソロンやキーファ、ティル達が日常で会話する時に使われる言語だ。
共通語を使う主な種族は人間であり、都市に住む者であれば共通語を理解するのは必須とされた。
だが未開の地、例えば光の森深層や竜の谷など、人の住めぬ場所になると言語も変わる。
辺境へ行けば行くほど、共通語の通じないエリアは増えてゆく。
本来、妖精族や獣人、竜人族など、亜種族と呼ばれる人間以外の種族は、特殊な言語を持っている。
種族特有の言葉、彼らの言語を紐解くには、それなりの学習も必要とされる。
今回行くのが新天地となれば、当然、共通語は通じないと思った方がいい。
キーファは、それを心配していた。
「心配いらんよ。多少の亜種言語ならば、私とシャウニィの二人でフォローできる」
マクリゥスが答え、シャウニィは肩をすくめてみせる。
「向こうの言語を調べるのも調査の内だしな。通じなきゃ通じないで、研究し甲斐もあるだろうぜ」
そう言って取り出したのは、なにやら四角い鉄の箱。
ギルドで借りてきた道具で、名を【集音器】という。機械都市の産物だ。
てっぺんについた赤いボタンを押せば、周辺の音が鉄の箱に吸収されるという優れもの……らしい。
「他に質問はあるかね?ないなら、少し急いで向かいたいのだが」
「急いで向かうことに、何か意味はあるのか?」と、これはソロンの質問。
マクリゥスはソロンを一瞥したが、すぐに前方へと視線を逸らす。
「ゲートは常に不安定なものだ。今そこにあるからといって、永遠にあるとは限らん」
歩調が早まったので、四人も自然とマクリゥスの歩調に併せるかたちとなりながら先を急ぐ。
「……だな。今回のはゲートマスターが召喚したやつじゃねぇって話だし」
せかせか歩いていくマクリゥスの背中を見つめ、シャウニィがポツリと呟いた。


問題のゲートはラグロ・ロロックと竜の谷の、ちょうど境目にあった。
「こいつが……」と言ったまま、ソロンは絶句する。
いや、ソロンが絶句するのも尤もで、キーファやティルも、ポカンと口を開けて眺めるばかり。
ゲートは彼らが想像していた『門』とは、大きくかけ離れた姿を保っていたのだ。
門には、扉も取っ手もなかった。
ただ、真っ黒な空間が不安定に形を変えながら、宙に浮いている。
キーファが後ずさりした。
「こ……ここに入れってのかよ?」
「その通りだ」
反対に、マクリゥスとシャウニィは全く動じていない。
「じょ……冗談じゃねぇぞ!?こんなとこに入ったら、どうにかなっちまう!」
慌てふためくキーファを押しのけ、ティルが一歩前に進み出る。
宙に浮かぶゲートを強気な視線で見上げていたが、やがてマクリゥスを振り返って尋ねた。
「入れば、すぐ向こうにつくの?」
マクリゥスが頷く。
「あぁ」
「なら、さっさと入っちゃいましょ」
颯爽と仕切るティルに、キーファが待ったをかける。
「ちょ、ちょっと待て!あんた怖くないのか!?」
ところがティルときたら、平然としたもので。逆にキーファを煽ってきたではないか。
「あら、キーファは怖いの?男のくせに情けないわね」
いや、よく見ると彼女の体は小刻みに震えていたのだが、鈍なキーファがそれに気づくわけもなく。
「こここ、怖かねぇよ?行ったろーじゃんか!行こうぜ、ソロン!!」
ティルの煽りにまんまと乗せられ、鼻息も荒く出発進行を促した。
「そうね、行きましょう。ソロン」と、ティルにも促され、ソロンはマクリゥスを見た。
「それじゃ……行くけどよ、どうやッて入ればいいンだ?」
「私が召喚の言葉をゲートに投げかける。そうすればゲートは降りてこよう」
言うが早いか彼は呪文詠唱に入り、詠唱が終わりに近づく頃には、ゲートは地上すれすれまで降りてくる。
「いやっほ〜、異世界いっちばっんのりぃ〜♪」
真っ先にシャウニィが飛び込み、「あ、ずるい!」と続けてティル、キーファも飛び込んだ。
残ったソロンを手で呼び止め、マクリゥスが囁いた。
「万が一を考えて、君にこれを渡しておこう」
「なンだ?こりゃ」
渡されたものを、ソロンは天に透かす。
薄いプレートで作られた、丸い板のついたペンダントであった。
「緊急脱出用の魔法をかけてある。お守りだ、危機に陥った時、その首飾りに祈るといい」
ソロンは頷き、「判ッた。ンじゃ、行ってくるぜ」とマクリゥスへ別れを告げる。
もやもやしたゲートへ足を踏み入れると、そのまま一気に闇の中を駆け抜けた。

といっても、闇の中だと感じたのは、ほんの一瞬で。

スカスカ、と足が二度三度、空中を踏んだ後。
「――だぁぁぁッッ!!?」
ソロンは絶叫と共に、地上へ落下した。
幸いにも落ちたのは堅い床ではなく柔らかな絨毯の上で助かったが、そうも安心してはいられない。
「な……なんなのよぅ。なんでさっきから、何人も何人も!」
こちらを怒り顔で凝視している、可愛い女の子と目があった。
小柄ながらも、プロポーションの良い少女の体を覆うのはバスタオル一枚。
なんでそんな格好をしているのかと周りを見てみれば、それも当然で。ここは、どうやら風呂場のようだ。
タオルの下からニュッと伸びる、しなやかな白い足に、ソロンは思わず目を惹かれる。
「い、いや、別に俺ァノゾキッて訳じゃ……」
しっかり見とれておいてノゾキじゃないもクソもあったものではないが、ソロンは一応言い訳をしておいた。
だが次の瞬間、少女の口から飛び出したのは騎士を呼ぶ大声で。
ソロンは慌てて、その場を逃げ出したのであった。
逃げながら、そういや、あの子、俺の言葉を理解していたなぁ――などと暢気に考えた。

這々の体で風呂場から逃げ出した後。
あっちこっちと迷いながらも、ソロンは建物からも脱出を果たした。
建物を飛び出しても白い鎧の騎士達は追いかけてきたが、そいつらも何とか小道に出入りすることで煙に巻く。
やがて大通りに出た彼は、はぐれた仲間と酒場で合流する。
やはり三人とも同じところに出たらしく、シャウニィとキーファは見事に頭から濡れ鼠。
ティルは濡れてこそいないものの、プンプンと不機嫌に頬を膨らませていた。
「何なのよ、あの子!私まで痴漢扱いするなんてッ」
シャツを店内で絞りながら、キーファが応じた。
「いいじゃねぇか、俺達みたいに熱湯をかけられなかっただけマシだろ」
おしぼりで体や髪の毛を拭きながら、シャウニィは馬鹿笑いしている。
痴漢と間違えられたことなど、この黒エルフにとっては大したダメージではないらしい。
「あぁ、言い訳無用でぶっかけてきやがったよな。けどソロン、お前は濡れてないんだな?」
「あら、ホント……」
ティルがまじまじとソロンを見つめ、何を思ったか、いきなりジト目で問い詰めてきた。
「もしかして、あの子を口説いてきたんじゃないでしょうね?」
とんでもない疑惑に、ソロンは慌てて手を振って否定する。
「じょ、冗談じゃねェよッ」
「口説く暇もなかっただろ?」とキーファの助け船を受けて、頷いた。
「あァ。聞く耳持たねェッてンで騎士を呼ばれちまッた。そッから先は騎士との追いかけッこさ」
ところで……と、改めて周囲を見渡して、ソロンは続ける。
「なンか皆、こッちを見てるような気がしねェか?」
具体的に言うと四人を……ではなく、シャウニィだけが重点的に見られている気がする。
ダークエルフが珍しがられるのは、仕方ないと思う。
ソロン達の世界でだって、ダークエルフの冒険者は珍しい存在なのだから。
だが人によってはヒソヒソと耳打ちしたり、あからさまに指をさしてくる奴もいる。
だからといって声をかけられるわけでもなく、沈黙の中で珍獣扱いされるのは、あまり気分の良いものではない。
「そんなにダークエルフが珍しいのかねぇ?」
キーファの呟きに、ティルも周囲を油断なく見渡しながら囁き返した。
「というよりも、亜種族が珍しいんじゃない?だって、この酒場。いるのは人間だけよ」
言われてキーファも店内を見渡した。
本当だ、酒場にいるのはどれも人間ばかり。
背中に羽が生えた種族や、体を獣の毛で覆われた者など一人もいない。
「亜種族の……いない世界なのかな?」
再びキーファが呟き、シャウニィも相づちを打った。
「かもな」
ガタン、と奥の方で席を立つ音が聞こえたかと思うと、誰かが四人のいるテーブルへ近寄ってくる。
黒人だ。それも肩幅の広い、屈強な大男である。そいつがニヤッと笑い、ソロンへ話しかけてきた。
「お前ら、見かけねェ顔だナ?傭兵か、それともハンターか」
「傭兵?ハンター?違うな」
チッチッチ、と指を振り、かっこつけてキーファが答えた。
「俺達は冒険者だ!!」
軽いどよめき。黒人はというと、さほど驚いた様子はなく、順番に四人の顔を見比べていく。
最後のシャウニィで長らく止まっていたが、やがて最初の人物、ソロンへと視線を戻した。
「冒険者なんてのを職業にしてる奴を見たのは、久しぶりだゼ。何年ぶりかな?」
首を傾げる彼の元へ、近づいてきたのは一目で化粧が濃いと判る女性。
特に口紅の色がケバイのだが、しかし出るところと引っ込むところがハッキリした体格で。
ついつい男二人の目線は彼女の体に釘付けとなり、ティルをムッとさせる。
「三年ぶりじゃないか?ほら、ロクサンダールだよ、あのド田舎。反乱分子の中に、冒険者を名乗るバカどもがいたじゃないか。あいつらも確か、四人組だったっけね」
「冒険者が、バカだとぉ!?」
自分が言われた訳でもないのに怒り出すキーファを制し、ソロンが逆に尋ねる。
「ここら辺じゃ、冒険者を名乗る奴は珍しいのか?」
黒人は肩をすくめ「まァナ。まず、いねェよ。馬鹿にされっからなァ」と頷く。
傍らに並んだ女性は上から下までソロンを無遠慮に眺め回し、彼の装備が長剣一本と判るや否や鼻で笑った。
「マァ、でもアンタ達には冒険者がお似合いかもね?防具も道具も持たないで傭兵家業もないもんだ」
女の態度に少しカチンと来たのか、ソロンは眉根を寄せる。
「ここにゃ剣士の傭兵は、いねェのかよ?」
「いるこたいるけどヨォ、お前みたいに防具を一つも持たない傭兵ってのは相当珍しいゼ?」と、黒人。
「お前ら、一体どこの田舎から出てきたんだ?」
ティルもむくれて、そっぽを向きながら答えた。
「田舎じゃないわ。首都よ」
「首都!?」
黒人と女がハモッた。
「そうは見えないけどねぇ〜」
女の方は猜疑心ありありで、ティルの格好を逐一チェック。
黒人は、もう一度シャウニィに視線を止め、しきりに首を傾げている。
「なんだよ、オメーら。俺がそんなに男前で気になるか?」
ニヤニヤしながらシャウニィが問うと、我に返った調子で黒人は即否定した。
「いや!俺ァ、ソッチの気はないぜ?ただ、アンタの耳……どーも尖ってるように見えるんだが、こいつぁ俺の気のせいかな?」
シャウニィの耳は斜め上に長く伸びており、おまけに先っぽが尖っている。
気のせいでも何でもなく、誰がどう見ても、そう見えるはずだ。
先ほどから店内の人間全員が彼をじろじろ見ていると思ったのは、けして気のせいではなかった。
マスターやウェイトレスまでが彼を凝視して、ヒソヒソと囁きあっているではないか。
警備隊を呼ばれるのも時間の問題だ。
「おい、どうする?目立っちゃマズイんじゃないか」
今になって、キーファがそんなことを言い出した。
ずぶ濡れで酒場へ入ってきた時から、充分に四人は目立っていたはずだ。
同じ危惧を抱いたか、ティルが立ち上がる。
「えっと、話の途中で悪いんだけど、私達、用事を思い出したの」
にこやかに黒人へと話しかける中、ウェイトレスが厨房へ消えたのをソロンは見逃さなかった。
厨房から抜け出して、警備隊へ連絡を取るつもりか?
そう予想したソロンはキーファとティル、双方の腕を軽く掴む。
「用事?食事も途中にするほどの急用なのかィ」
黒人がしつこく食い下がってくる。さりげない動きで、ソロンの行く手を塞ぐ。
邪魔なデカブツめ。まぁ、いざとなったら切り倒しても逃げてやる。
ソロンは小声で二人に囁いた。
「ティル、キーファ。隙を見て、一気に逃げ出すぞ」
一人、腕を掴まれなかったシャウニィは、もぐもぐと暢気にサラダを食している。
殺気立つソロン、及び黒人と女を見比べながら、さらに料理追加の注文をしようと手を挙げた時。
「やぁ、待たせたかな。出がけに用事が出来てしまって、遅れてしまった」
ポン、と背後から突然肩を叩かれて、ティルは文字通り飛び上がる。
「キャア!」
「どうした、ティ――」
振り向きかけたソロンは、いきなり現われた男性に抱きつかれて硬直した。
「驚かせてしまったかな?ボブ、レピア、彼らは俺の友人だ。怖い顔で虐めないでくれ」
見知らぬ金髪の男性はソロンをぎゅっと抱きしめたまま、そんなことを言っている。
もちろんソロンにもティルにも、見覚えのない男だ。
何事か文句を言おうと口を開きかけるソロンは、男が目で合図をしているのに気がついた。

――このまま俺に調子を合わせてくれ――

目線に対し小さく頷くと、男は口元を軽く歪めた。了解、という意味だろう。
ひとまずソロンは、ぐいっと彼を押しやって怒っているフリをしてみた。
「確かに友人だがよ。突然抱きつかなくたッていいだろ?俺達ァ、そーゆー仲じゃねェンだ」
ハハッと男が悪気なく笑い、ソロンの肩を馴れ馴れしく叩く。
「悪い悪い。それにしても、よく来てくれたな」
曖昧に頷きながら、ソロンは必死で脳味噌をフル回転させた。
この男、どうやら俺達を助けてくれるようだが――何のために?
俺達を助けて、こいつに何の得があるというんだ。考えても、さっぱり答えは出てこない。
だが困惑したのは黒人や女も同じだったようで、いきなりの急展開に黒人が声を荒げる。
「お、オイッ、ハリィ!お前、いつ、そんなダサイ奴らと友達になったんだ!?」
彼はハリィというのか。ソロンより頭一つ背の高い彼を、ティルはじっと見つめた。
顔は……まぁまぁ、といったところだ。
ブサイクではないが、きわめてイケメンというわけでもなく、まぁ、普通である。
ただ、目元が優しげに見えるから、そこそこはモテるのかもしれない。
体格は、ソロンよりもスマートだ。
脆弱というのではなく、均等な体格をしているというだけの話だ。
年の頃は三十代真っ盛りではなかろうか。二十代というには、少し老けている印象を受ける。
短めの金髪に、青い瞳。ハリィはロイス王国の住民と大差ない外見をしていた。
そのハリィが黒人達へ頷き、勘定をテーブルの上に置いた。
「ここの勘定は俺が払っておくよ。それじゃ、さっそくレイザース観光と行こうか」
「あァ、行こうぜ……ハリィ」
促されるままにソロンがハリィと並んで歩き出し、ティルやキーファ、遅れてシャウニィも立ち上がる。
黒人や女も一緒に店を出た。
「お、おい、ハリィ。待てよッ」
だが仲間に呼び止められようと、お構いなしにハリィは歩いていく。
彼が足を止めたのは、住宅街にある大きな建物の一室に入った時だった。

彼らが落ち着いたのは、いくつもの部屋が連なる大きな建物のうちの一部屋だ。
表の表札にはハリィと書かれていたから、ここが彼の借りている部屋なのであろう。
念入りに扉の鍵をかけ、勝手に出て行けないようにしてから、ハリィは改めて四人を振り返る。
「騎士団に捕まって押し問答するのは厄介だろう。馴れ馴れしくして、悪かった」
「い、いえ。気を遣っていただいて、ありがとうございます」
シンプルな男の部屋にキョロキョロしていたティルが、弾かれたように頭を下げた。
つられてキーファやソロンも礼を言う。
続けて何かを尋ねようとするソロンを制し、先にハリィが問いかけた。
「単刀直入に尋ねるが……君達は、異世界からの移住者だな?」
「えっ!?」
これには三人もビックリして、目を大きく見開くばかり。
唯一シャウニィだけが、質問に質問で返した。
「異世界を知ってるってこたぁ、テメェが、あのゲートを開けた張本人なのか?」
「ゲート?おいハリィ、こいつは何を言ってるんだ?」と、黒人。
ちらりと黒人を一瞥し、ハリィが立ち上がる。
本棚から一冊の本を取り出し、シャウニィへ渡した。
「レイザースに住む者なら、誰でも異世界の存在を知っている。信じているかは別として、な」
渡された冊子には、【異世界研究機関誌・501号】と書かれている。
察するに、異世界の研究をまとめた本であろう。
ファーストエンドで学者や魔術師達が異世界、つまりはゲート魔法を研究しているように。
この世界でも、異世界を研究している人物がいるということだ。
「異世界とワールドプリズとの間に出来た空間の亀裂を、俺達は【門】と呼んでいる。君達の世界では、ゲートと呼ぶようだがね」
ぱらぱらと冊子を捲りながら、シャウニィが陽気に応えた。
「門って呼んでる奴らもいるぜ?まぁ、名前なんざ飾りだけどよ」
「確かに」
ハリィも苦笑し、未だ硬直の解けぬ三人を一瞥した。
「……君は話が判るようだが、君のお連れさんは、そうでもないようだね」
冊子をテーブルへ戻し、シャウニィは何かを言いかけたのだが、黒人の声がそれを遮った。
「ハリィ!俺達にだって話がわかんねぇゼ!!そいつらは、一体何だってんだ?」
「判ってないねェ。大佐が今言ったばかりだろ?異世界からの移住者だって」
置いたばかりの冊子を手に取り、女が呆れる。判っていないのは、大男だけだったようだ。
「ボブ、レピア。しばらく彼らの身柄を預かろうと思う」
ハリィの決断に、全員が驚いて彼を見つめる。
「何のために?」と聞いたのは、ボブでもレピアでもなく、ソロンであった。
ワンテンポ遅れて「正気かよ?」とボブも尋ね、レピアは否定するでもなく冊子を捲っている。
しばらく黙っていたが、やがて意を決したようにハリィが言った。
「……あれが首都の近くに出現した直後に、異世界からの住民が現われた。俺には、これが偶然とは思えないんだ」
「あれ?」
ソロン達と、ボブの声が重なる。ハリィは頷き、窓の外へ目をやった。
日が暮れかけている。オレンジ色の夕日が周辺の景色を染め上げていた。
「あぁ……あれを見るなら、夜のほうが好都合だろう。直接見た方が説明するよりも早い」
「正気かよ!?」
もう一度、ボブが同じ事を叫ぶ。
「こいつらにアレを見せるなんて!こいつらが本当に異世界の住民かどうかも判らねぇってのに」
ボブの叫びへ答えたのは、レピアだ。
読んでいた冊子をテーブルへ置くと、皆にも見えるように記事を指さした。
「全員がそうかは判らないけど、少なくとも、そこの尖り耳のお兄さんは異世界の住民だよ。ほら、これ見て。ここに、そいつの事が書いてある」
どわっと一同がテーブルに寄り集まって、該当の記事を見てみると。
そこには確かにエルフらしき容姿のイラストがあって、横に説明が書かれていた。


剣と魔法の栄えている世界に存在する生き物――その名は、エルフ。
尖った耳とつり上がった目を持ち、肌の色は褐色または色白。
育った環境によって微々たる違いがあるものの、種族共通の特徴としては魔力の高さが目立つ点。
彼らは大抵ダブダブのローブを好み、ロッドまたは杖を装備したがる傾向にある。
魔力が高いだけあって、魔法を会得している者が圧倒的数を占める。
反面、殴られると非常に打たれ弱い。


シャウニィに全員の視線が集まる。彼は、イラストと全く同じ格好をしていた。
違う箇所といえば、ローブにしては露出の高い衣類をまとっているぐらいで。
ハリィが愉快そうに笑った。
「だから、いつも言っているだろ?ボブ。人の言うことを、むやみやたらに疑うもんじゃないって」

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