act1 ゲート


冒険者ギルド――
民間人では対処のしようもない仕事の数々を、一手に受け持つ斡旋所である。
実際に依頼を引き受けるのは冒険者と呼ばれる人間の類で、ギルドの役目は、あくまでも仲介に過ぎない。
罪人以外であれば、出身、身分を問わずして、どのような人間でも冒険者になることができる。
いや、もっと言うなれば、種族が人間かどうかすらも問われない。
冒険者ギルドの本部があるバラク島が、もっとも判りやすい例だろう。
人間の他にも妖精族や魔族、獣人族などの様々な種族を、お目にかけることができる。
酒場へ足を運べば、種族の展覧会気分を味わうことができるはずだ。
時代が乱れれば乱れるほど、冒険者ギルドは賑わいを見せる。
不穏な空気が各国で漂う中、ギルドに寄せられる依頼の数も日を追うごとに多くなっていた。


「よッしゃァ、Cランク賞金首コンプリートォッ!!」
冒険者ギルドの窓口にて、威勢の良い声があがる。
窓口に座るギルド員も、にこやかな笑みを浮かべて書類にチェックを入れた。
「快進撃ねぇ、ここんところ。あなた、本当はレベル一の新米じゃないんじゃない?」
書類は本部へ送られて照合された後に、冒険者の口座に報酬が振り込まれる仕組みとなっている。
ソロンの口座は、今月だけで早くも二十クレジットまで貯まっていた。
新米冒険者、しかもレベルは一とされる新人の口座が裕福というケースは、きわめて珍しい。
レベルの低いうちは、せいぜい二十、三十ゴールドが報酬の、しょぼいおつかいで稼ぐのが一般的だ。
うっかり自分を過信して賞金首を追いかけようものなら、死体となって教会送りになるのが関の山。
「まッ、レベルは新人だが俺の強さはレベル一なンてもンじゃねェからよ」
本日倒したばかりの賞金首、そのポスターを引っぺがし、ソロンが息巻く。
「ふふっ、威勢の良いこと。次も頑張ってね」
好意的な受付に見送られ、颯爽とギルドを出て行――こうとした際、入ってきた誰かと肩をぶつける。
「よぉッ、ソロン!」
入ってきたのは、キーファだ。ソロンの腐れ縁にして幼なじみの青年である。
色々あって今は彼も冒険者をやっており、レベルも一緒。
実力の程は、まぁ、ソロンよりは劣るものの、そこら辺の新米よりは一桁ほど強さが違う。
彼もまた、単独で賞金首を追いかけられるだけの実力を秘めていた。
「よォ」と片手をあげて応えるソロンの腕を、がしっと掴み、開口一番。
「ちょっと、金貸してくんねぇかな?買いたい道具があるんだよ」
その手をバシッと手荒く振り払い、ソロンはさっさと出て行こうとする。
「バーカ、買いたいモンがあるンならテメェで稼ぎやがれ」
稼ごうと思えば、稼げないキーファじゃないのである。にも関わらず、彼は追いすがってきた。
「いや、稼いでるよ?けど、お前が俺の獲物を全部取ってくからさぁ」
ソロンと同じく賞金首退治で一気に稼ごうと思っていたのに、いつも先を越されている。
それなら賞金首ではなくモンスターでも倒してくればいいのに、彼は何故かモンスター退治を嫌がった。
そのココロは、というと……
「な、金貸してくれないなら、この依頼を一緒に引き受けようぜ?」
懐からビラッと取り出した依頼のチラシを見せられて、ソロンの眉間に縦皺が寄る。
そうなのだ。キーファは別に、モンスターが苦手だから嫌がっているのではない。
ソロンと一緒に行きたいから、単独で行くのを嫌がっているだけなのだ。
「テメェ、それ前にも言ってた依頼じゃねェか。まだ引き受けてなかッたのかよ?」
「だって〜。ソロンと一緒に行きたいんだよぉっ。お前いっつも一人でどっか行っちゃうだろ?」
そう言って、すん、と啜り泣く真似を見せる。
可愛い女の子が同じポーズを取ったなら、じゃあ仕方ない、一緒に行こうという気にもなるのだが。
別段可愛いわけでもない同い年の男がやったところで、見苦しいだけである。
というか、純粋にウザイ。二十四歳にもなって、寝言をほざくのは大概にしてほしい。
「なンで俺がお前と一緒に、この程度の雑魚モンスターを片付けに行かなきゃいけねェンだ」
キーファが持ちかけてきたモンスター退治の依頼は、本来ならば中堅冒険者が引き受けるべきランクの物だ。
普通の新米冒険者が雑魚などと言おうものなら、失笑されてもおかしくない。
しかしながら、今、この窓口付近には中堅冒険者の姿もなく。
二人の会話につっこめる者など、一人もいなかった。
「だってぇ。一緒に冒険者になろうぜって誘っときながら、お前一度もパーティー組んでくんないじゃん」
キーファは口をとがらせ、不満ブーブー。
ソロンは頭を抱えた。
「お前なァ……」
ついでに受付嬢が興味津々でコチラを見ているのに気づく。
「まァ、行ッてやッてもいいが……いつまでも窓口で騒いでンのは迷惑だ。場所を変えようぜ」
「ソロン!やっぱソロンだ、話が判るなぁ〜」
ぱぁぁっと顔を輝かせたキーファの背中を半ば強引に押してやりながら、一緒に外へ出て行った。

場所を酒場に移し、さっそく二人は取り分について話し合う。
「報酬は十五クレジットか……なら俺が七で、お前が三な」
いきなりのとんでもない配分に、キーファが腰を浮かす。
そりゃ誘ったのは自分だが、七対三という理不尽な配当は一体どこから出てきたのであろう。
「断固反対!なんだよ、そりゃあっ。いくら嫌々っつっても酷すぎるぜ、ソロン〜」
手が痛くなるほどテーブルを叩いて抗議するキーファに対し、ソロンは、どこまでもつれない態度で接した。
「どうせ俺が前衛張るンだろ?後ろでチョロチョロしてるだけで半分貰おうなンざ、考えが甘すぎるぜキーファ」
チラシには、巨大な青虫の絵が描かれている。
グリーンワーム。さほど凶悪ではないが、農業を営む者達にとっては天敵とされている。
毒を持ち、ネバネバした糸も吐く。それに何と言っても厄介なのが、口から吐き出す悪臭だ。
運悪く胸一杯吸い込もうものなら、一ヶ月は目を覚まさないんじゃないかと思うほど、酷い匂いなのである。
体を張って戦うのが剣士の役目とはいえ、そんな生き物と戦う以上、取り分が半分では納得いかない。
「うー……判ったよ、お前が六で、俺が四な」
「七:三だ。それ以下は、まからンねェ」
さりげなく自分の取り分を増やしたら、即座に突っ込まれた。
「いいじゃんかよぉ」
またまた頬を膨らませて、キーファは抗議を申し立てる。
「これまでだって稼いでるんだろ?ソロンは。少しぐらい俺にも寄こしてくれたって」
だがソロンは「なら、お前一人で行ってくるか?」と、にべもない。
手元で冒険者カードを弄びながら、涙目のキーファを横目に眺めた。
まぁ、本音を言うと、報酬の取り分など半分ずつでも構わない。
金を貯めても特に使い道のないソロン、彼が依頼を引き受ける最も大きな理由とは知名度にあった。
後ろから伸びてきた手が、ひょいっとソロンの冒険者カードを奪い取る。
「ふぅ〜ん……貢献ポイント、五十八かぁ。あと少しで、レベル二になれそうじゃない?」
冒険者カードに記された数字を読み上げ、ソロンの横へ腰掛けた、その人物こそは。
知る人ぞ知るロイス王国の王宮戦士、ティル=チューチカだ。
あどけない童顔と軽装に惑わされたら、悪夢を見るハメになるだろう。
こう見えて彼女、素手で熊と格闘できちゃうのである。しかも余裕で勝利。
他にも、鉄格子を素手でぶち破っただの、兵士宿舎の天井を蹴り破っただのと、武勇伝には事欠かない。
ティルもソロンと一緒の時期に、冒険者としてデビューした。
当然レベルも一緒と思いきや、王宮戦士としての貢献度があるという理由でレベル五からのスタートとなった。
冒険者カードにも記されている貢献度。こいつは、世間一般に対する貢献の度合いを指しているらしい。
基本的に、依頼に成功すれば一ポイントずつ溜まってゆく。
ただし難易度の高さと比例しており、難しい依頼をこなせば一気に三ポイント以上入ることもある。
規定値以上溜まれば、めでたくレベルが一つあがるというシステムになっている。
ティルが何をどう貢献したのか、ソロンは知らない。
が、そこはロイス王国の王宮戦士としての知名度がモノを言っているのだろうと推測した。
結局なんだかんだ言ったところで、知名度というのは大事である。
賞金首を追いかけるにしたって、有名人に追い詰められたほうが向こうだってビビッてくれるに決まっている。
これから先、ランクの高い賞金首を追いかけるに辺り、ハクは必要だった。
無論、冒険者としての箔だ。無名のままよりは、ずっといい。
「ここらで、ドーンとドデカイ依頼でも入ってきてねェかなァ」
ソロンの呟きを拾って、ティルが彼の顔を覗き見る。
「今すぐレベルをあげたいのは判るけど……あんまり無理しちゃ駄目よ?」
お母さんよろしく心配してくれるのは有り難いが、無理をしなくて、どうやってレベルをあげろというのか。
ちまちまショボイお使いをやる気はないし、キーファが行きたがっているモンスター退治も然り。
でっかい芋虫を倒したところで貢献度など、せいぜい一か二程度だろう。苦労の割には実が伴わない。
ついさっき出てきたばかりだが、もう一度窓口へ行ってみようか。
何か新しい依頼が入ってきているかもしれない。
そんなことを、ソロンが考え始めた時。
酒場のドアが勢いよく開き、黒いローブに身を包んだダークエルフが入ってきた。
切れ長の瞳が、ソロンを捉える。
彼はノンストップでソロン達のいるテーブルまで歩いてくると、テーブルの上に行儀悪く腰を降ろした。
「ぃよぅ!ソロンッ、やるじゃねーか。Cランク賞金首をコンプリートだってなァ、受付嬢も驚いてやがったぜ」
黙っていれば美麗なイケメンのはずなのに、砕けた口調で台無しなコイツの名前は、シャウニィという。
荷物から取り出した焼き鳥を、もしゃもしゃ頬張りながら、気さくに話を続けた。
「異例の勢いで破竹の如く快進撃を繰り広げる新米冒険者、ソロン=ジラード!かぁっこいいねぇ!ほれぼれするねぇ〜。まるで若かりし頃の俺を見てる気分だな。そうそう、冒険者ギルドじゃ、近々バウンティハンターの表彰式を行いたいっつってたぜ。Cランクの悪党どもが一掃されたお祝いってやつだな。ま、一時の平和だろうがよ。お前は絶対呼ばれるだろうから、テキトーなお洒落着でも見繕っておけよ?」
永遠に続きそうなおしゃべりにソロンは無理矢理割り込み、ダークエルフを睨み付ける。
「表彰式に出たら、貢献度が一気にあがるッてのか?じゃなきゃ出るだけ無駄だな」
シャウニィは呆れ顔で肩をすくめた。
「祝い事だぞ?出たら知名度がアップするってのに、出ない理由はないだろ」
「そいつは誰に対する知名度だ?ギルド員相手に有名になっても意味がねェンだ」
負けじとソロンも言い返し、プイッとそっぽを向く。
見かねたのか、「でも、ソロン」とティルが口を挟んでくる。
「ギルド員の間で有名になっておくのは悪い案じゃないわ。高名な冒険者になるとね、公に出来ない秘密の依頼も舞い込んでくるっていうし」
「ふゥン」と、どこまでも気のないソロンとは違い、キーファが食いついてきた。
「何それ!?もしかして暗殺ってやつか?それとも密輸や強盗の」
「どうして、そっち方向にいくのよ!」
呆れてティルが怒鳴れば、キーファも青筋を立てて怒鳴り返す。
「今、あんたが自分で秘密の依頼って言ったんだろーが!」
なるほど、元悪党のキーファにとって秘密といえば悪事。それしか思いつかないらしい。
「あのねぇ……普通、公に出来ない秘密の依頼っていえば、高貴なる女性が誘拐されたのを助けに行くとか、そういった依頼に決まってるでしょ?冒険者ギルドは悪事を斡旋しないもの」
こんなことはティルがわざわざ説明するまでもなく、一般の冒険者なら誰でも知っている。
だが世間知らずのソロンとキーファは、ティルが説明しても納得のいかない様子で聞いていた。
「貴族が誘拐されて、何でそいつを公に出来ねェンだ?大事だろうが」
ソロンまでもが無知な事を言い出したので、ティルは心底呆れたといった風にジト目で見つめた。
「大事だから、よ。下手に信用の薄い冒険者に情報を流して悪用されたら、どうするの?ギルドに来るのは、いい冒険者だけとは限らないんだから」
誘拐側に味方する不埒者が出る恐れもある。だからこそ、重要な依頼は信用のおける――
すなわち知名度の高い冒険者だけに教えるのが、仲介屋としての基本だろう。
「そうそう、お前ら更正人に一つ忠告しといてやるぜ」とは、シャウニィ。
食べ終わった焼き肉の串で歯をシーシーしながら、先輩気取りで説教する。
「気をつけろよ?素行の悪い奴は貢献度をマイナスされることもあるかんな。一度依頼を引き受けたら途中で放り出さない、情報を売らない、こいつは冒険者としての基本だ」
まるで馬鹿を諭すかのような物言いに、さすがの無知二人組も気を悪くしたか。
「そんぐらいは知ってるさ。俺達が今まで依頼を放棄したことなんてあったか?ないだろ。つっても、あんたは知らないかもしれないけど」
ムッとした顔でキーファがぼやき、ソロンは無言で立ち上がる。
ここでシャウニィの説教を聞いているぐらいなら、ギルドに戻って依頼を探した方がマシだ。
無言で出て行くソロンに、気を悪くしたかとティルが慌てて後を追う。
「待って、ソロン。依頼を探しに行くなら、私も一緒に行く!」
テーブルに置いてあったチラシを握りしめ、キーファも立ち上がった。
「お、俺も!つっか、ソロン!これ引き受けるんだろ?なぁっ」
慌ただしく出て行く三人を目だけで見送り、シャウニィは小さく溜息をついた。
「焦って功を得ようとしたって、うまくいかねーのになぁ……ま、いっか」
しばらく考える素振りで下を向いていたが、やがて焼き鳥の串を投げ捨てると。
ソロン達の向かった方角、冒険者ギルドへ向けて、のんびりと歩いていった。

シャウニィがギルドのドアをくぐり抜けた時には、折しもソロンが新しい依頼を引き受けた処で。
ふくれっ面のティルと目が合い、シャウニィはガラにもなく焦ってしまう。
「よ、よぅ。険悪な雰囲気だな?一体何があったのか、俺に説明してくれると嬉しいんだけどな」
待合い用の椅子に腰掛けたキーファも口をへの字に曲げて、明後日の方角を向いている。
シャウニィが尋ねるまでもなく、三人の間で壮絶な喧嘩が行われたことだけは明白であった。
ソロンだけが、陽気に依頼書を見せびらかして答えた。
「あァ、たッた今、新しい依頼を引き受けたンだ。聞いて驚け、こいつァ壁に張り出されもしねェ極秘の任務だぜ!」
得意げになっているところを見るに、受付嬢に上手く乗せられ、おだてあげられたのか。
「俺と一緒にモンスター退治してくれるって言ったのに」
ぼそりとキーファの呟きが聞こえ、ティルもやはり、ソロンのほうは見もせずに呟いた。
「……危険だって言ってるのに。どうして話を聞いてくんないのよ」
それらの呪詛は聞かなかったことにしながら、シャウニィが依頼書を覗き込む。
「ヘェ、さっそくか。どら、見せてみろよ」
だが見てみようかという瞬間、ソロンは依頼書をしまい込んでしまった。
「自慢だけして見せねーとか、性格悪いなぁお前!」と、怒るシャウニィの前に手を差し出した。
「何だよ?」
当然ながら訝しがるダークエルフに、ソロンは言った。
「こいつは極秘の任務だ。だが、どうしても見たいッつーンなら、条件付で見せてやる」
「何だよ、金か?」
依頼書を見せるだけで金を取るんだとしたら、相当の強突張りだ。
しばらく会わないうちに、ソロンも随分と強かな性格になってしまったものである。
だが、そんなシャウニィの予想とは百八十度違う方向の答えが返ってきた。
「違ェよ、バカ。この依頼に手を貸してくれるなら見せるッつーンだ。悪い条件じゃないだろ?」
なるほど。
要は彼、シャウニィに直接頭を下げるのが恥ずかしいので、遠回しにお誘いをかけているのだ。
可愛い面もあるじゃないか。不機嫌だった気分も一気に吹き飛んで、シャウニィは陽気に頷く。
「いいぜ。だが、この俺の魔力を借りようってんだ、つまんねー依頼だったら承知しねぇぞ?」
ガサゴソと、しまい込んだ依頼書を広げながら、ソロンも嬉しそうに言い返した。
「あンたの噂は、あちこちで聞いたよ。すげェ魔力の持ち主なンだッてな?俺は魔法に関しちゃ素人なンでね、あンたの力を借りたいンだ」
今度こそ、シャウニィは依頼書に目を通す。
「どれどれ――?」
そして、そのままの格好で、しばし硬直してしまったのであった。
依頼書には、ただ一行。こう書かれていた。


『新たなる門をラグロ・ロロックにて発見。信頼できる冒険者へ突入を命じる。現地にて詳しい調査を求む』


「なんっっだあァァ、この依頼書はァァァ!!?」
シャウニィの絶叫がギルド窓口に響き渡る。
「何って、依頼書に決まってンだろ?」
ボケた返事のソロンは無視して、シャウニィは窓口へ詰め寄った。
「おい!ゲートッつったら禁呪条約に思いっきり触れてんじゃねーか!いいのかよ、こんな無知で魔法ド素人もいいとこの新米冒険者に任せちまって!!」
聞き慣れぬ言葉が出てきた。ゲートとは、何だ?
禁呪条約も何のこっちゃかよく判らないが、彼の剣幕を見る限り、トップシークレット事項と思われる。
口から猛烈なつばを飛ばして抗議するダークエルフに対し、受付嬢は、しどろもどろ。
ギルド長が任せろと言っていた、とか何とか言い訳するも、シャウニィの猛攻は止まらない。
「新しいゲートが見つかった、そいつを調べるのはいい。だが、なんでコイツなんだ?もっと他に高名で役に立つ冒険者がいるだろうが!それにッ!もし俺とコイツが知りあいじゃなかったり、俺の都合がつかなかった場合は、どうすんだよ!こんなヒヨッコ、一人で行かせたら間違いなく異世界で無縁仏になるのが判ってんじゃねーか!!」
後ろで小さく、ティルも賛同する。
「そうよ、そうよ。大体、その依頼書、全く意味が判んないし」
ラグロ・ロロックというのは、ラグロ地方にある大きな商業都市の名称だ。
だが新たなる門というのは、何を指しているのか?
ラグロ・ロロックの出入り口にある門を抜けた処で、街の外に広がるのは何の変哲もない草原だ。
今さら調査するべき点も、見あたらない。
第一その程度の内容だったら、悪名高き召喚師、ダークエルフのシャウニィが激高するわけがない。
となると、この依頼。文面通り以外の意味が込められているのだろう。
それが判らない。あまりにも抽象的すぎて。
判らないからこそ、ティルの本能が危険を察知していた。なのに、ソロンときたら。
「なァ、なんで、アンタはそンなに怒ってるンだ?」
受付嬢とシャウニィの間へ割り込むようにして、仲裁に入っている。
怒りの矛先はソロンにも向かい、シャウニィは彼の胸ぐらをひっつかんで怒鳴った。
「なんでって、お前を心配してるんじゃねーかッ!!わかんねぇかなぁ、この依頼がどんなに危険なのか!」
「わかンねーよ」
即答するソロンの胸ぐらを、さらにギリギリとシャウニィが絞り上げる。
「こーの、オタンチンがァ!よっく聞けよ?ゲートってのはなぁ、禁止条約事項なの!本来なら、その辺のチンピラ冒険者にホイホイ話すほど簡単な問題じゃねーんだよッ」
「だから!」
ソロンも次第に怒りが伝染したのか、眉間に皺を寄せてダークエルフを睨みつける。
「その怒りの原点を話せッつってンだろうが!ゲートってなァ、何なんだ?」
またしても険悪な雰囲気の中、ギルド窓口の奥にある扉が開いたかと思うと。
穏やかな声が、怒り心頭の二人へ話しかけてきた。
「彼については、調べがついている。君と彼が知人である事もね。だからこそ、彼に頼めば君にも話がいくと踏んで、我々は彼に依頼したのだよ。なにしろ君は年中ふらふらしていて連絡のつけようもないのだからね。シャウニィ」
「アァ?」
ごろつき顔負けの目つきで、そちらを見たシャウニィの顔が瞬く間に歓喜へと変わる。
「なんだよ〜、マクリゥスじゃねーか!お前、いつからギルドの犬に成り下がったんだ?」
辛辣な毒舌に、マクリゥスと呼ばれた男は眉毛一つ動かさずに笑った。
「ハハハ、犬とは酷いな。私は単なる協力者だ。その依頼に携わる一人としてね」
「そりゃーなぁ、お前がいなきゃ話になんねーもんなぁ」
シャウニィに気安く肩を叩かれても、男が嫌がる様子はない。
ティルが尋ねた。
「誰なの?あなた……シャウニィとお知りあいみたいだけど」
男が応える。
「その通り。私と彼とは、かつて賢者ゼトラの元で学び合った友人だ」
振り返った拍子に、髪の毛が揺れて尖った耳が見え隠れした。
「ダークエルフ……なのか?」
だがダークという程には、肌の色が黒くない。
男の肌は、ソロンやキーファと同じぐらいの濃さだ。
ポツリと呟くソロンへ、キーファが耳打ちする。
「違うよ、ソロン。あいつはダークじゃなくて、普通のエルフだ。多分な」
ひそひそ話だったのに聞こえたのか、マクリゥスがキーファを見て、薄く笑う。
「正しくはハーフエルフだ。私の体は半分、人間の血が流れている」
ソロンもマクリゥスを見た。いや、睨み返した。
「で、そのハーフエルフ様は、俺をダシにシャウニィへ連絡を取りたかったッてワケか?」
「そう怒らないでくれたまえ」
ハーフエルフは肩をすくめ、おもむろに懐から手帳を取り出す。
「君のことは調べてあると言っただろう。聖王教会に優秀な協力者がいてね」
聖王教会の協力者といえば、真っ先に思い浮かぶのは一人しかいない。
ランスリーか。彼女が、ソロンの情報をギルドへ流した張本人に違いあるまい。
「君の中に12の審判がいたという過去も、実に興味深い話だ。だからこそ我々は君とシャウニィに、ゲートの向こうを調査して貰おうと思ったのだ」
「待てよ」と、シャウニィが割り込んでくる。
「俺はいいぜ?優秀な召喚師だもんな。けど、こいつは何でだ?何でコイツを選んだ?」
最初の話題に戻り、マクリゥスは手帳をめくる手を止めた。
「12の審判は、異世界から移住してきた種族であるという説もある。審判とコンタクトした彼ならば、異世界の住民とも対等に接することができるのでは――そう判断した。無論、彼だけではなく、調査には君の協力が必要不可欠だが」
「そんな不確かな情報だけで」
文句を言いかけたティルを制し、ソロンがマクリゥスへ近づく。
手と手が触れあうかという距離で足を止め、真っ向から真摯な視線で見据えた。
「いいぜ、やってやッても。シャウニィと俺とで、行ってきてやらァ」
「ちょ、ちょっとソロン!?」
「ま、待てよ!行くって、どこに行くんだお前!?」
慌てるティル、それからキーファにも目を向け、ソロンは誘いをかける。
「決まってンだろ?ゲートとやらの向こうに広がる場所へ行くンだよ。お前らも行きたいンなら、一緒に行こうぜ」
ゲートとは、なんなのか。
そして、マクリゥスとシャウニィが言う『異世界』とは、何処なのか。
もちろんソロンは、全部を理解したわけではない。
だが、今この依頼を蹴ったら、二度と似たような規模の依頼を見つけられないんじゃないかと思うと。
とてもとても、そんな真似は出来なかった。
――まぁ、もっと簡単にいってしまえば、新しいジャンルの依頼にワクワクしていたともいう。
汚いゴロツキや食い逃げ常習犯を追いかけ回すのには、飽き飽きしていた処である。
まだ見ぬ場所の探索。
それもシャウニィほどの高名な冒険者の手を借りねば、出来ない依頼ときた。
これを達成した暁には、一気に有名人となるのも容易いであろう。
やる気満々で瞳を輝かせるソロンに意義を唱えられるほど、ティルやキーファが強気に出られるはずはなく。
結局二人はシャウニィやマクリゥスに連れられて、商業都市ラグロ・ロロックへ足を運ぶ次第となったのであった……

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