小春日和

15.合コンするって本当ですか?

「やっほ〜。須藤くん、いるぅ?」
昼下がりの三課部署へ、ひょこっと顔を出した白衣の女性。
彼女こそは科捜研のお騒がせ所長、日野道さくらである。
本来なら研究室で待機していなければいけない身だというのに、いつも勝手に歩き回っては部下に連れ戻されている、困った所長なのだ。
「あ、どうも」
書類相手に奮闘していた須藤は、これ幸いとばかりに彼女へ駆け寄った。
半年経ってもデスクワークは苦手なままだ。多分、一生苦手だと思う。
相棒の柳だって、今日も元気に爆睡中。
書類の上へ豪快に涎を垂らしているようだが、須藤は見なかったことにして話を進めた。
「今日は、どうしたんですか?」
「それがねぇ〜、面白い現場を見ちゃったの。だからね、須藤くんだけに教えてあげようと思って」
さくら所長は、時々こうやって他部署で起きた内緒話を持ち込んでくる。
何故かは判らないけど、教えてもらえる一番手は、いつも須藤であった。
「あのね、さっき一課へ鑑識結果を教えてあげに行った時――」

一課の部署には、長田がいた。
そればかりじゃない。広瀬と何やら喧嘩していたらしい。
ものすごい剣幕で、長田が広瀬に詰め寄る現場を目撃したというのだ。
「合コンするって、本当なのか!?」
「お、お前、それ、どこで」
「何処でもいい!本気でするつもりなのか!」
長田の気迫に負けたのか、広瀬は、しどろもどろに言い訳する。
「いや、そりゃな?するよ、仕方ねぇだろ?じゃねぇと、無理矢理お見合いさせるって親父が息巻いてんだからよ」
「おっ、お見合い……ッ!?」
遠目に見ても、その時の長田と来たら、今にもバタリと倒れそうなほど青ざめていた。
そんな彼へ、広瀬が長々と言い訳を続ける。
「ほら、俺も三十過ぎてさ、いい加減オッサンだからってんで、やれ初孫が見てぇだの、早く自分を安心させろだの言ってくんだよ。俺ァ別に結婚する気はねぇって言ってきたんだが、何しろ相手はあの親父だろ?こっちの言うこと全然聞きゃあしねぇんだ。しまいにゃ見合い写真を持ってきやがった、それもココ宛の郵送でな!」
長田は聞いているのかいないのか、ふらっと幽鬼の表情で部署を出ていく。
「おっ、おい、待てよ厚志!」と追いかける広瀬と、さくらは正面衝突した。

要するに広瀬に結婚話が持ち上がっていて、長田がショックを受けた。
そういう話らしい。
「せやけど、何で広瀬はんが結婚したら長田はんがショック受けますねん?」
いつの間にか起き出してきた柳も、ちゃっかり会話に混ざっている。
「さぁ〜。リア充爆発しろって事じゃな〜い?」
「まさか、柳じゃあるまいし長田さんが親友の結婚に嫉妬だなんて」
笑う須藤には、柳本人のツッコミが。
「柳やあるまいし〜って何や、真ちゃん。俺かて親友の幸せを祝う器量ぐらい持っとんで!」
「ホントかな〜?」「ホントかしらぁ〜?」
すかさず反撃のハモりに「なんでやねん」とふて腐れる柳は、もう、ほっといて。
「ねぇねぇ〜、もし私が結婚したら、須藤くんはどうするぅ〜?」
鼻にかかった甘え声ですり寄ってきた所長に、須藤は内心アワアワしながら答えた。
「ど、どうするって、なにがです?」
「嫉妬しちゃう?それとも、祝福してくれる?」
さくらさんが結婚。
充分ありえる話なのに、言われてみれば考えつきもしなかった。
なんとなく、さくらさんは一生歳を取らなさそうなイメージのあった須藤である。
もちろん現実には所長だって毎年確実に、一歳は歳を取っているのだろうが。
「それともぉ〜結婚式の日にタキシードで来て誘拐してくれるぅ〜?」
「へっ?い、いや、それ、犯罪じゃないですか」
「もぉ〜、須藤くんてば卒業、見てないの?そ・つ・ぎょ・うっ」
「卒業?卒業式が、どうかしたんですか」
まるで噛み合わない会話を続けていると、長田が戻ってきた。
さくらが言うほどには青ざめていなかったが、普段より顔色が冴えない。
「須藤くん、日野道所長と遊んでいる場合じゃないぞ。事件だ」
「えっ、事件!?」「聞いてまへんで?」
ハモる後輩二人を機嫌悪くジロッと睨み、長田は言った。
「さっき通報が入ったばかりだ。ほら、行くぞ!」

パトカーの中でも長田の機嫌は悪く、須藤も柳も黙り込む。
お通夜よろしく沈黙のまま、一行は現場に到着した。
三階建てのアパートだ。ベランダには鉢植え植物の並ぶ部屋が多い。
「それで……何が盗まれよったんですか?」
柳の問いには、むっすりしたまま長田が答える。
「パンツだ」
えっ、と戸惑う須藤の横では、柳が鼻息荒く聞き返した。
「下着ドロでっか?ほんで被害者はJKでっか、それともOLはん?」
どう考えても下心アリアリな質問には、長田ではなく須藤がブチキレた。
「被害者が誰であろうと関係ないだろ。俺達は、一刻も早く犯人を捕まえるだけだ!」
長田は、さっさと被害者の部屋へ入ろうとしている。
「被害者は女子高生でもOLでもないが……判断は個人に任せる」
いつもなら軽くジョークで受け流すはずの彼が、今日に限って無愛想だ。
やはり広瀬の合コンが、原因だろうか。しかし何故?
――だが須藤の思考は、そこで途切れ。
被害者と呼ばれた相手の顔を柳共々、ポカンと見つめる。
「やだぁん、んっもう!ドア開けっ放しじゃ他の住民に見られちゃうでしょ〜ォ?さっさと閉めてェん、気の利かない警官さん達ねェッ」
両拳を唇の前に当てて、本人は可愛いつもりでしゃべっている。
どう見ても女子高生やOLではない。いや、女性ですらない。
すね毛は濃いし、ヒゲのそり跡はあるし、何と言っても声が野太い。
「須藤くん、ドアを閉めて」
長田に命じられるがままに「あ、はい」とドアを閉めたものの、須藤は動揺を隠しきれない。
こんな奴、もとい、このような人物の下着を盗む猛者がいるなんて。
世の中って侮れない。
「盗まれた事に気づいたのは、いつ頃でしたか?」
長田の確認に「はァい」と両拳を胸に添えて微笑む被害者、有末さん。
「多分〜、昼間だと思うのよねェ。だァッてアタシ、夜営業でしょォ?おかしなドロボーさんがいたらぁ、絶対気づくと思うしィ〜」
二人の会話が右から左へすり抜けていく。
須藤がやっと我に返ったのは事情確認が終わり、パトカーへ乗り込んだ時だった。
「あ、あれ?俺、いつの間にパトカーに」
車に乗り込んだ事にも気づかなかった須藤へ、ハンドルを握った長田が微笑む。
「俺の後にくっついて、自分で乗り込んだんだよ?もしかして、無意識だったのかい」
全然覚えがない。首を傾げる須藤へ、彼は尚も言う。
「地取りには柳を行かせた。君は一旦、俺と一緒に署へ戻ろう」
こんな時だというのに長田の笑顔が眩しくて、須藤は、やや照れながらも、一応希望を申し出てみる。
「い、いえっ。俺も柳と一緒に情報を集めてきますッ」
しかし長田には、やんわりと押し止められた。
「駄目だよ。須藤くん、調子悪いみたいだし……俺の言葉も聞こえていないようじゃ、聞き込みには行かせられないよ」
遠回しに怒られているのだと気付き、須藤は恥ずかしくなる。
だが同時に、ずっと気になっていたことを吐き出した。
「でも、それ言ったら長田さんのほうが具合悪いんじゃないですか?」
「俺が?どうして」
「だって長田さん、ずっと顔色悪かったじゃないですか!」
須藤の脳裏を、さくらが横切る。
柳のいない今しか聞けない事を、尋ねてみた。
「も、もしかして悩み事があるんじゃないですか?俺で良かったら」
「……うん、そうだね」
そう言ったまま無言の走行後、おもむろに長田が話を切り出す。
「親友がね、結婚するかもしれないんだ。それを知った時、俺は……何とも言えない気持ちになったよ」
予感は的中だ。やはり、広瀬の件で悩んでいたらしい。
バックミラーに映る長田は泣きそうで悲しそうな、切ない表情を浮かべている。
「俺は、ずっと彼に迷惑ばかりかけてきた。ずっと彼を頼ってばかりで……彼が失恋したのも、故郷を出ていく羽目になったのも、全ては俺のせいなんだ」
後半は初耳だ。広瀬の武勇伝にだって、出てこない。
いや、武勇伝だから、黒歴史な想い出は出てこなくて当然なのかもしれないが。
「彼が結婚して幸せになるなら、俺は祝福しなくちゃいけない。なのに……悲しいんだ。嫌なんだ、彼が何処かへ いなくなってしまうようで」
信号が赤になる。
しばらくして、長田が大きく息を吐き出した。
「……ごめん、取り乱してしまって。今の話は忘れてくれるかな?」
長田はもう、悩んでいないし悲しそうでもない。
だが、まだ本調子とは言えず、笑顔なのに、どこか暗い影が差している。
反射的に須藤は叫んでいた。
「い、いえ!俺で良かったら、いつでも愚痴って下さいッ」
言ってから、ごにょごにょっと付け足す。
「な、長田さんには、いつも俺の愚痴を聞いてもらっていますから」
信号が赤から青に変わった。
署につく手前で、長田がチラリとバックミラーへ目をやった。
「ありがとう」と小さく囁いた彼の顔は本当に嬉しそうで、須藤は何だか照れくさいような、それでいて誇らしい気分に包まれる。

しかし、この後――しっかり長田には、お説教を食らい。
須藤の浮かれた幸せ気分は、すっかり何処かへ飛んでいった……


BACKNEXT
Page Top