小春日和

13.夏だ!祭りだ!肝試し大会だ!

「長田はんの……」「……実家ァ!?」
夏も真っ盛りの、とある昼間。
節電中の部署に、須藤と柳の素っ頓狂な大声が響き渡る。
「声が大きいよ」
話を振った張本人、長田は苦笑して二人を窘める。
「す、すんまへん」
頭を掻いて謝る柳、素直に頭を下げる須藤を見つめて、長田は再度問う。
それは、こんなお誘いであった。
内木主催による肝試しが、近々行われるらしい。
その会場となるのが、長田の両親の住む家の近くにある神社。
なので、ついでに家へ泊まりに来ないか?――とのことである。
「今度の休み、班ごとで取れるだろ?だから」
「けど、いいんですか?大勢でおじゃましちゃ、悪いんじゃ」
遠慮する須藤には、長田が微笑む。
「皆の話を父にしたら、父も皆に会ってみたいと言い出してね。それで……会わせてみたいと思ったんだ。駄目かな?」
先輩に頼まれて駄目と言えるほど、須藤は強気な人間ではない。
それに一泊の宿代が免除されるなら、柳としても願ったりかなったりだ。
「そ、そんじゃ〜」「お世話になります!」
だが実際に神社へつくまで、須藤はすっかり忘れていた。
本来の目的が、内木主催の肝試し大会であることを……


祭り囃子の太鼓が聞こえる。
神社では、地元のお祭りが開かれていた。境内には屋台も並んでいる。
「長田はん、北海道の生まれや〜聞きましたけど?」
「へぇ、誰から聞いたんだい?」
「広瀬巡査ですやん、広瀬はんも道民っちゅー話ですやろ?」
「あぁ、だが俺も広瀬も千葉に引っ越してきてね。生家は既に他人へ渡ったよ」
他愛もない雑談を聞き流しながら、須藤は前を歩く先輩にボーッと見とれる。
長田さん、制服姿も格好いいけど、浴衣も似合うんだなぁ。
薄い灰色単色と思いきや、遠目からだと縞模様に見える。
長田の話によると、亀甲織と呼ぶらしい。
織物知識など全くない須藤と柳は、ウンウンと判ったような顔をして頷いておいた。
背丈があって足も長いから何を着ても似合うんだろうな、と須藤は考えた。
それに引き替え、自分ときたら。
長田の母に借りた浴衣を見下ろし、須藤は、こっそり溜息をつく。
青い霞模様に金魚が泳いでいる。
ちょっと……いや、かなりお子様くさいデザインだ。
浴衣に着替えた時、長田一家は「似合う」と手放しで褒めてくれたけれど、柳と内木の反応は、もっとシビアで須藤を落ち込ませた。
内木曰く「バカボンみたいね」だったし、柳に至っては鼻で笑われる始末。
なんだよ。どっかの三下ヤクザみたいになっている奴に笑われる筋合いは、ないぞ。
そう拗ねていた須藤だが、薄暗い方面へ差し掛かると、次第に歩みが遅くなっていった。
「こらぁ、須藤くん。遅いぞ、早く来なさい」
一番前を行く内木が、くるりと振り向いて急かしてくる。
肝試しは三人でお楽しみ下さいと言い返したいが、そんな暴言は間違っても言い出せない。
なにしろ相手は、この日の為だけに非番調整した内木先輩である。
オカルトやホラーにかける彼女の意気込みは、須藤如きに計りしれるものではない。
大体こんな時に限って怖がり仲間の櫻井がいないとは、どうした事だ。
「それにしても、櫻井さんは残念だったね」
彼女の気持ちを知ってか知らずか、長田が言う。
「せっかく非番が取れそうだったのに、別の班に組み込まれるなんて」
「俺も残念やわぁ。せっかくの肝試しやのに、紅一点が内木はんしかおらんなんて」
「なんだって?このチンピラ小僧」
すぐさま内木に睨まれて、柳はぴゅうっと長田の後ろへ逃げ込んだ。
「こ、怖っ!内木はん、ヤクザの親分も真っ青やで今の顔っ」
「――さて、皆さん。お立ち会い」
もう柳など視界の隅に追いやって、内木がパンパンと手を叩く。
神社の奥には、お寺へ続く道があり、その向こうに広がるのは墓地だ。
「今から二人で組んで、墓石の上に置いてある石を取り、ここへ戻ってきてもらいます。あ、柳くん。あんたは櫻井ちゃんの欠席により一人で行ってきてもらうわよ?」
「え?ほな、内木はんは」
「あたしは、ここで皆の帰りを待つ役よ。あぁ、脅かし役として町内会の皆さんにも、ご協力をお願いしてありますから、その辺のサービスは、期待しといてよね」
なんと、いつの間に。須藤が慌てて長田を振り返ると、彼は肩をすくめて苦笑した。
須藤が知らないだけで、この企画。何ヶ月も前から出ていたそうな。
ただ石を取って帰ってくるだけなら出来そうだと思っていたのに、なんてこったい。
この間の怪談話以上の失態を繰り広げそうで、須藤が一人、青くなっていると、不意に横から手を握られた。
「須藤くん、俺も一緒だよ。柳、お前なら一人でも大丈夫だよな」
「俺に気遣いは無用でっせ。ほなー真ちゃんを宜しく頼んまっさ、長田はん」
長田だ。
そりゃあ参加者が柳と須藤と長田しかいなくて、内木は同行しないってんじゃ、このタイミングで手を握ってくれるのなんて、彼しかいないと判っていても、須藤は本気で涙が出そうになり、慌てて目元をゴシゴシこする。
「しっかし小泉の奴、うまいこと逃げよったわ……」
柳が何かブツブツ呟いている。
小泉も、このイベントには不参加だ。
名目は帰郷となっているが、逃げたのは明白だ。
しかし、それを言うと内木の機嫌が悪くなるので、あえて長田も須藤も追求を避けた。

さてさて。
灯りが見えている範囲までは、それでも、おっかなびっくり歩いてこられた須藤だが、灯りの届かぬ暗闇まで来た時、ついに彼は立ち止まる。
怖い。向こうに続くは、真の闇。
長田の存在さえなかったら、速攻で逃げ帰ってしまいたい。
いい歳した大人が手ェつないでもらって何言ってんだって感じだが、怖いものは怖いのだ。
ここへたどり着くまで、脅かし役に一人として遭遇しなかったのも気にかかる。
「須藤くん。ここから先は俺一人で行ってこようか?」
長田が気を遣ってくれるが、こんな処で置いてけぼりをくらわされるのは倍怖い。
――えぇい、こんな闇がなんだ。こんなことで怖がっていたら、凶悪犯と戦えないぞ!
「だ、大丈夫ですっ!」と、気張って一歩前に出た瞬間、真上からペチョッと何かが背中に触り、須藤は自分でも吃驚するほどの奇声を張り上げた。
「きぃやぁぁぁーーっっ!!!」
「すっ、須藤くん、落ち着いて!コンニャクだよ、こりゃあ!」
「ぎぃや、ぎぃや、ぎぃやぁぁぁぁぁっっ!!!!」
長田は急いで糸のついたコンニャクを引きはがし、錯乱する後輩を抱き寄せる。
「あ、あばばばば、あばばばばばっ」
「須藤くん、怖いなら目を瞑っていて。俺が先導してあげるから」
背中を優しく撫でてやるが、須藤は鼻水と涙でグチョグチョだ。
コンニャクだけでも、この有様では、もし暗闇で仮装した誰かと出会ったりしたら、須藤が今以上の大パニックに陥るなど、長田じゃなくても容易に予想できる。
それでも大の男が情けない、という感情は不思議と長田の胸には沸いてこなかった。
誰にだって苦手なものはある。それが須藤の場合、たまたまオバケだっただけだ。
「あぶぶぶ、あぶぶぅ、はぶぅ」
「大丈夫、俺がついているよ……須藤くん」
両目を瞑ったままギュッとしがみついてくる須藤を抱きかかえるようにして、歩き出す。
見かけは優男でも、長田は肝試しで腰を抜かすほどヤワな神経をしていない。
その点では柳も同じだろう。今頃は、とっくに石を取って戻っているはずだ。
もっとも、こんなのは別に誇るほどのモノじゃない。
たまたま闇に耐性があるってだけの話だ。
「はふぅ……」
一方、ようやく落ち着いてきた須藤は、まず、自分の置かれた状況に気がつくと、カァッと耳まで一気に赤くなる。
何だこれ、俺ってば長田さんに自分から抱きついてる!?
慌てて離れようとした瞬間、闇が視界の隅に入り、「あばばばっっ」とばかりに、再び長田の腕へ飛び込んだ。
駄目だ、やっぱ怖い。
「須藤くん、無理しなくていいからね」
「は、はい……」
恥ずかしさで顔もあげられない。
あげられないのは恐怖も半分混ざっているけど。
「ごめんな。怖いの苦手なのに、無理言って参加させちまって」
「い、いえ、いいんです……俺も、参加してみたかったので」
なんか今日は、特に長田が優しく感じられる。
自分を見つめる目が慈愛に満ちている。
「どうして?」
「あ、あの、その、長田さんのご両親に、お会いしてみたかったし……」
うわ、今、視界を白いモノが横切ったような気がするけど、きっと気のせいだ。
「そ、そうなんだ。二人とも、普通すぎて拍子抜けただろ?」
「いえ、長田さんのお父さんっぽいなって……いかにも知的で優しそうな人だと思いました。お母さんも、長田さんと雰囲気そっくりですよ。一緒にいると安心するっていうか」
ここまで両親をベタ褒めされては、長田のほうが、くすぐったくなってくる。
そうでなくても密着した須藤の息が首筋にかかって、くすぐったい。
だが、抱きつくよう仕向けたのは他ならぬ自分なので、我慢して墓石の前まで辿り着く。
「あふぅ……や、やっと着きましたね、あれじゃないですか?石って」
ふるえる指で石を指す須藤へ頷くと、長田は慎重に近づいていく。
墓石の裏に誰もいないことを確認してから、須藤を解放して、石を持ち上げた。
その直後、またしても甲高い須藤の悲鳴を聞くハメに。
「ひ、ひぎぃぃぃぃっ!だ、だれか、誰かぁぁぁっ」
「ど、どうした須藤くんっ!」
「何かが、俺のっ、俺の尻に触ったぁぁぁっ!!」
「こんの野郎ッ!!」
最後まで聞かず、長田が走り寄ってきたかと思うと、須藤の真後ろにいた人物を蹴っとばす。
正確には、相手の股間を蹴り上げた。
グシャッと音がしたかどうかは不明だが、泡をふいて悶絶する相手を見る限り、キンタマ直撃は免れなかったであろうことだけは、須藤の目にも明らかだった。
「思い知ったか、この野郎……って、夜村のおじさんッ!?」
鼻息荒く勝ち誇っていた長田がハッと驚き、気絶した相手を抱え起こす。
どうやら町内会の人で、しかも知りあいだったらしい。
しかし、それにしても。
相手をよく確かめもせず蹴っ飛ばすとは、およそ普段の長田らしくもない失態だ。
この後、救急車で運ばれていった夜村のオジサンとやらを皆と一緒に見送りながら、長田も怒らせると怖いんだな、と須藤は肝を冷やしたのであった。
――ただ、何故彼があれほどまでに怒ったのか、その理由はサッパリだったのだが。


BACKNEXT
Page Top