小春日和

2.あいつは常習犯!

暖かい日差しの中、須藤は自転車をこいでいた。
といってもサイクリングではない。れっきとした仕事だ。
二丁目のスーパーで万引き事件が発生したので、呼ばれたのだ。
須藤にしてみれば初の大仕事なのだが、あいにくと長田は一緒ではない。
彼が留守にしている時に連絡が入ったので、現地で落ち合う約束になっていた。
チャリを店に横付けして、須藤は一旦天を仰ぐ。
「ふーっ」
ここまで全力疾走してきたので、息が上がってしまった。
息を整え、ついでに店のガラスに映して曲がったネクタイも整えると、裏口を通り、地下にある事務室直通のエレベーターに乗り込んだ。

廊下を急ぐ須藤の耳に、何やら剣呑な声が聞こえてくる。
「こないな真似したら、オカンが可哀想やろ!なぁ、そやろ?」
まだ若い、男の声だ。
何語だろうか。いや、日本語なのは判っているが、ひどく訛っている。
「あァ?聞こえんで!なんやハッキリ言うたらんかいッ。人に聞かれてんねんで?俺の目ェ見て、答える事もでけへんのかィ!」
大阪弁?それとも京都弁?どのみち、この辺では全く馴染みのない方言だ。
首を傾げながら、須藤は事務室のドアを開いた。
「今更泣いても遅いんや!」
途端に罵声を浴びせられ、反射的に須藤は謝る。
「す、すいません!遅くなりました」
言ってから、ハタ、と部屋内にいた人物と目があった。
テーブルの前に腰掛けて、俯いている女学生が一人。
彼女の真向かいに立って、熱弁を繰り広げていた青年が一人。
須藤と目があったのは青年のほうで、彼は口の端を歪めると薄く笑う。
「なんや、随分時間がかかったやん。どっかで寄り道でもしくさっとったんかぃな」
「よ、寄り道なんか、してません!」
憤慨して詰め寄る須藤をマァマァと手で制し、男は空いている席を勧めてきた。
「ま、エェから休んどき?汗だくやで、ニーチャン」
警官の制服を着ているというのに、兄ちゃん呼ばわりか。
かなりムッときたが、第三者の目がある場所なので須藤は大人しく椅子へ腰掛ける。
状況から考えて、先ほどからシクシク涙をこぼしている少女が万引き犯だ。
口の悪い青年に怒られて、後悔が押し寄せてきている真っ最中なのだろう。
テーブルの上には、口紅とコロンの瓶が転がっている。
万引きされそうになった商品か。
大した額でもなかろうに、こんなものを万引きする彼女の気が知れない。
……さて、そうなると、この青年は店の人?
にしては、スーパーの制服を着ていないのが気にかかる。
上はVカットの白シャツ、下は薄黄のスラックスと、青年は全くの私服だった。
目元は涼しく、やや吊り目。
短めの髪には緩くパーマを当てており、それが、この青年には似合っている。
変な方言でわめいていた割に、顔をよく見てみれば、なかなかの男前。
黙って立っていればモデルか?と見間違うほどの、足の長さと顔立ちだ。
男が笑った。
「なんや、ジロジロ見ィくさって。俺の顔になんぞついとるんか?」
「あっ、い、いえっ!失礼しましたッ」
慌てて謝ってから、恐る恐る須藤は質問する。
「あ、あの……お店の方ですか?」

「違うよ」

そう答えたのは、青年ではなく。
入ってくるなり彼の頭をポカリと小突いた、長田であった。
「あだッ!なんや、何しよる――」
振り向いて長田と目があった青年は、ニヘラとだらしない笑みを浮かべて取り繕う。
「っと、なぁがた先輩じゃ、ないですかァ」
「何がナーガタ先輩だ、この野郎」
向き合う二人に割って入ったのは、須藤。
「あ、あの、お知りあい……ですか?」
「こいつは」と親指で示し、長田は溜息をついた。
「柳充巡査。君と同じ新人だ」
「えっ」
もう一度、マジマジと青年の顔を眺めて須藤は首を捻る。
新人式の時、いや、もっと遡れば警察学校時代に、こんな目立つ奴いたっけ?
全然、記憶にない。
「またの名を、サボリの常習犯」と付け足して、またも長田が溜息をこぼす。
「そんなァ〜、溜息連呼せェへんでもエェやないですかァ、センパァイ」
言い返す柳からは、反省の色など微塵も感じられない。
大体、警官だというのなら何故私服?
今日は非番なのか、と尋ねる須藤へ、柳ではなく長田が答える。
いや、ジト目で柳を睨みつけた。
「……また、無くしたんだろ?」
何を?
「エッヘッヘ。すんまっせぇ〜ん」と、柳。
頭の中がハテナで埋まる須藤へは、長田が補足した。
「柳はな、制服紛失の名人でもあるんだ。ほら、新人式で、一人だけ私服の奴がいただろ?それが、こいつだったんだよ」
「え……」
理解するまで少々の時間を要したが、やっと理解できた須藤が大声を張り上げる。
「えっ、えぇぇ〜〜っ!?な、なくせるものなんですか?制服って!」
「全くだよなぁ」
長田が苦笑する。
「どうやったら、なくせるんだか。こんな大きなものを」
「俺の部屋にはブラックホールがありますねん」
キリッと真面目な顔で答える柳には、もう一発ゲンコツをくらわした。
「なぁにがブラックホールだ、このバカ。きちんと部屋を掃除しておけ」
「あだッ!」と涙目で頭を押さえる柳なんかには、もう目もくれず。
「さて、そろそろ本題に移ろうか」
長田は須藤を促して、やっと本来の仕事――万引き犯の説教に取りかかったのであった。


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