小春日和

1.期待の新人?

春。
春は期待の季節。
心躍る、初めての出会い。
新天地へ向けて一歩踏み出した新卒の彼も、期待で胸を膨らませていた。

須藤 真作というのが、彼の名前だ。
警察学校を卒業し、今年の春、ようやく警官への第一歩を踏み出した。
配属先は捜査第三課。
スリや万引き詐欺などを取り扱っている部署だ。
殺人犯罪を扱う第一課と比べたら、かなり地味かもしれない。
だが人々の暮らしを守るという意味では、第一課よりも庶民の身近にある仕事といえよう。
人の役に立ちたい。人々を守りたい――
須藤は人一倍、正義漢の強い奴だから、迷わず警官の道を選んだ。
そして、やっとチャンスを掴んだのだった。


「新人の季節かぁ……」
ふわぁっと大きく伸びをして、ぼやく長田の肩を少し乱暴に叩き、同僚の内木が笑う。
「どうせまた、貴方が全員のお守りをする事になるんじゃない?」
「どうせまた、か。どうして、いつも俺なんだろうな」
新人の面倒を見るのは先輩の役目。
それは判っちゃいるのだが、どうしていつも自分にお鉢が回ってくるんだろう。
先輩は俺だけじゃない。たまには、他の奴にやらせたっていいのに。
そう言い返すと、必ず先輩の田沼は、こう言うのだ。
お前は準キャリアだろ、と。
キャリアなら、なおのこと新人のお守りなんぞをしている場合ではないと思うのだが。
「貴方に期待しているのよ、とんぬらさんは」
とんぬらさんこと田沼の中では、違うらしかった。
エリートだからこそ、新人を正しい方向へ導いてほしい。要は、そういうことだろう。
「今年は何人?」
長田が尋ねると、内木は両手を突き出してきた。
「今年は枠が狭かったからね、うちの課は十人よ。ま、でも世の企業と比べれば、まだ多い方じゃない?」
「民間企業と比べるなよ」
もう一度大きなあくびをしてから、長田は入力しかけのデータベースと向き合った。
デスクワークは肩が凝る。新米が来たら、こいつを押しつけてやることにしよう。

数日は、何事もなく穏やかな日々が続いた。
だから油断していた、とも言えなくはない。
自分のほうへ新人を連れて田沼が歩いてきた時、長田は心の中で舌打ちする。
今年は大丈夫だろうと安心していたが、やはり今年も……か。
新人のお守りだ。
断れば「君はエリートだろう、優秀な人材が育ててこそ優秀な部下が育つものだ」と、今年も言われるに決まっている。
大体、キャリアだの何だのと周りからは言われているが、長田に出世欲は全く無い。
親の熱心な薦めで仕方なく国家公務員試験の上級を受けたら一発で受かってしまい、自分でも把握できないうちにエリートとして祭り上げられていただけだ。
そういった人種を天才と呼ぶ者もいる。
だが長田にしてみれば、そいつは勘違いだ。
人は誰だって、生まれながらに能力を持っている。ただ、能力の使い方を知らないだけで。
「長田くん、ちょっといいかね?」
田沼の声で現実に引き戻された長田は、愛想良く微笑んだ。
「なんでしょう?」
「今年も君に教育係を頼みたいんだが……」
そら、来た。
「こちら、新人の須藤真作くん。既に何度か顔合わせぐらいはしていると思うが」
同じ部署なのだから当然、署内でも会っている。
しかし、こうして間近に挨拶されるのは初めてだ。
彼ら新人は最初に世話してくれた田沼にばかり懐いて、先輩には近寄ろうともしないから。
「は、はじめまして」
こわばった表情の青年が、長田へ頭を下げる。
「須藤真作と申します。宜しくおねま、おっ、お願いします!」
しかも、噛んだ。
緊張しているのか、額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
くすりと微笑み、長田は手を差し出した。
「あぁ、宜しく」
「は、はいッ!」
右手を差し出したのに、右手で掴もうとして慌てて左手を差し出し直す。
あまりにもガチガチすぎて、可愛くて。長田は自分から須藤の手を握ってやった。
たった一言二言かわしただけだというのに、須藤の手は汗ばんでいた。
「そんなに緊張しなくていいよ」
「須藤くん、彼は長田厚志くん。チャラい外見とは裏腹に面倒見は良い男だから、安心しなさいね」
お守りを押しつけてきた割には、あんまりな紹介だ。
もしかしたら、田沼流のジョークなのかもしれないが。
ひとまず、ここは田沼に乗っておこうと長田も肩をすくめて、須藤を見やる。
「そういうことなんで。もっとリラックスしてくれると嬉しいな」
「は、はぁ……」
頷く須藤は、まだ緊張が解けていない。
しばらく一緒に行動して、徐々に解いていくしかなさそうだ。
「長田くん、君には彼ともう一人、柳くんを担当してもらうよ」
「柳……あぁ、あの問題児ですか」
「あぁ。だが、君なら彼も何とかしてくれると信じている」
きょとんとする須藤を置き去りに、なにやら意味深な会話を交わす二人だが、田沼は無責任に去っていき、須藤は長田の側に取り残された。
「君なら、ねぇ……面倒な奴を、俺に押しつけただけじゃないのか?」
小さく口の中でぼやいていた長田が、再び須藤へ振り返る。
「その点、君は素直そうでいいね。俺好みだ。しっかりやっていこうな」
肩にポンと手を置かれ、須藤は裏返った声で返事した。
「は、はいっ!」
いちいちガチガチで、初々しい奴である。
こういう可愛い後輩なら、何人きても構わないな。
去年世話した奴らの顔を思い浮かべながら、長田は、そんな事を考えたのだった。


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