合体戦隊ゼネトロイガー


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act5 ”道具”

「――――ああぁぁぁーーーーーーーーーーーーーッ!」
顔に当たる風が痛い。
落ちているのだ、真っ逆さまに。
背中にはパラシュートも翼もない。
このまま地上まで落ちれば、全員真っ赤なトマトだ。
一か八かの賭けは、失敗に終わるのか。
苦節十九年。
短い人生だった。
正規のパイロットになる夢も、ここで終わる――
「あふぁっ!?」
ふわっとした感触を、落下してきた全員の背中が受けた。
大丈夫、砕け散って粉々になってはいない。
ヴェネッサはまず己の体の無事を確認し、続けて周辺を見渡した。
雲一つない青空が広がっている。
背中へ手をやると、堅い感触。これは鉄の肌触りだ。
衝突の瞬間は、確かにクッションのような柔らかさを感じたはずだが。
「い……生きてる?」
呆然とした表情で、レポーターが身を起こす。
他の皆々も信じられないといったふうに辺りを見渡す中、乃木坂が素っ頓狂な声をあげた。
「おい!これ、ゼネトロイガーだ!ゼネトロイガーの掌だぞ!?パイロットが誰だか知らないけど、俺たちを受け止めてくれたんだ!」
改めて、もう一度周囲を見渡してみると、真後ろに紫色の顔面とご対面する。
間違いない。ゼネトロイガーだ。
片手を差し出す格好で、突っ立っている。
戦っていたはずの空からの来訪者は、どこにも見あたらなかった。
「……あっ」
昴の小さな声に振り向くと、ちょうど市街地に巨大戦艦が墜落していくのを見届けた。
激しい轟音と爆風を予期したが、ビルへぶつかるかという直前、巨大なものは皆の目の前でパッと姿を消してしまったではないか。
「えっ?」
誰もが目を擦って、もう一度同じ方向を見たが、巨大戦艦は影形もない。
煙のように消えてしまった。不時着もせず。
「どういうこった。俺達、全員揃って夢でも見ていたのかなぁ……?」
木ノ下が呟くのには、鉄男の脳内でシークエンスが答える。
――夢じゃないわ。単に瞬間転移しただけよ。
瞬間転移とは、いわゆるワープであろう。
そんな真似まで出来るとは、"空からの来訪者"は、ますます驚異の存在だ。
要人も瞬間転移で別の場所に収容したのか?と脳内で鉄男が尋ねれば、シークエンスは頷き、地上にやつらの隠れ家があるのではないかと推測した。
乃木坂の推測とも同じだ。いずれまた、中央街を探索せねばなるまい。

『すごいぞ水島!よく辻くん達をキャッチできたな!!』
学長からお褒めの言葉を頂いても、ツユは、すぐに返答できなかった。
誓ってもいいが、ゼネトロイガーの動きはツユの功績でもミィオの功績でもない。
何故ならミィオは意識を失ったままだったし、ツユは落ちてくる人影に気づいてもいなかったのだ。
突如がっぷり四つに組み合っていたはずの敵が目の前から消えたかと思うと、今度は足下の見物客が「落ちてくるぞー!」と騒ぎだし、何事かと空を見上げる暇もなく機体が勝手に動いたのである。片手を天に突き出して。
操縦桿を引っ張っても倒してもゼネトロイガーは、そのポーズを維持して全く動かない。
やがて機体の掌に黒い塊がボスッと落ちてきたかと思うと、次の瞬間にはミィオが目を覚ました。
「……お姉様。私、夢を見ましたわ。天使です。天使が私に微笑みかけてきたのです」
起きるや否や、おかしなことを言う。
「なんだって?」
ぽっと頬を赤く染め、ミィオは呟いた。
「天使に言われたのです。私の体を貸してくれ、と。私、お貸ししましたわ。なにやら、お困りのようでしたので。えぇ、そうしたら天使は嬉しそうに微笑んで、片手を天にあげたのです。『君のおかげで救える命がある。とても喜ばしいことだ』そうおっしゃって、天に昇ってゆかれましたわ」
片手を天に。今のゼネトロイガーと同じ格好だ。
ではミィオが夢に浮かされて、無意識にゼネトロイガーを動かしたのか?
――そのような機能は聞かされていない。
現に学長も、ミィオが意識を取り戻して鉄男達を救ったと考えているかのような喜びようだ。
「そ……それより、学長」
不可解な現象に悩みながらも、ツユは言葉を絞り出す。
「ついさっきまで戦っていた相手が消えたのは一体、どういう」
『あぁ、確かに不思議だ。そうした能力を持っているのか……』
通信の向こう側で学長が頷き、こうも続けた。
『だが、連中は試合放棄した。となれば一騎討ちは、ひとまず、こちらの勝利という事になろう』
「では……家畜化は免れた?」
ならば、もう戦いは終了だ。
晴れてハッピーエンド、ということになるのだが……
学長は唸り、慎重な答えを返してくる。
『それは、どうだろうな。向こうの出方を待たない事には』
元々一騎討ちで決めると言い出したのは、こちらだ。
向こうが言い出した条件ではない。
加えて、空からの来訪者が約束を守るという保証もない。
何にせよ、常に相手の出方を待たなければならないのが歯がゆい。
この一騎討ちで唯一利点があったと言えるのは、乃木坂が戻ってきた点ぐらいだ。
依然として要人の行方は判らない。軍も頭の痛い処であろう。
ともあれ無事に戻ってきた乃木坂からは、詳しい事情を聞かなくては。
『しかし、よくクッションを用意してあったな』という学長へ、ツユも首を傾げる。
「クッション?」
『ん?水島、君が用意したんじゃなかったのか。掌の上の衝撃吸収材は』
「いいえ……そんなもの、用意していませんけど」
もう一度首を傾げるツユに聞こえたのは、学長の小さな呟きだった。
『……では、スタッフの誰かか?あとで誰がやったのか聞いておくとするか』
最後にもう一回、ツユは操縦桿を引っ張ってみる。
意外やすんなりゼネトロイガーは動き、地面に片膝を突くと、ずっとあげていた手も降ろした。
掌に乗った鉄男達が、地上へ降りやすくなるように。


無事生還した乃木坂の持ち帰った情報は、驚くべきものであった。
まず、あの巨大戦艦が生き物であったこと。
彼らは、あれをアベンエニュラと呼んでいた。あれの名前だそうだ。
表でゼネトロイガーと戦っていた巨大生物も、生き物ではなく奴らの道具であるらしい。
道具はモチーフさえ固まれば、幾らでも作り出せる。
さらには、道具自体に意志を持たせることも出来るのだとか。
"空からの来訪者"は、自らをシンクロイスと名乗った。
彼ら曰く、正しくは空からではなく外宇宙から来たとのことである。
宇宙とは何なのか?
学長の問いに、乃木坂は「空の上の上にあるらしいです」とだけ答えた。
彼らの家畜化計画について乃木坂は詳しく教わらなかったが、代わりに木ノ下がシークエンスから聞いていた。
それによると、家畜化とは具体的に言うと、魂の器を製造する為の養殖場であった。
「彼らは寿命が切れそうになると、別の生物へ乗り移るそうです」
木ノ下の報告に、誰もが目を丸くする。
自由自在の製造能力に加え、生き物に乗り移る能力を持ち、さらには瞬間移動の能力まであるってんじゃ人類に勝ち目がないじゃないか。
――いや、一つだけ、打開策がないでもない。
シークエンス曰く、乗り移られても魂が定着しないうちなら打撃を与えれば追い出せるそうだ。
彼らの道具も、シークエンスには制御できるという。
ならば、シークエンスは常時戦いに参加してもらわねばなるまい。
しかし、そこにも問題はあった。
「シークエンスが常時表に出るってこたぁ、その間鉄男は、どうなっちまうんです?」
木ノ下の問いに「そりゃあ、お前……意識の底とかで寝ててもらうしかないだろ」と、歯切れ悪く乃木坂が答える。
「そんなの、鉄男が可哀想です!」
木ノ下の勢いにつられるようにして、学長も重々しく頷く。
「そうだな。世界の為に、辻くんの人生を犠牲にするのは上手くない。他の方法を考えよう」
「いや、でも」と異議を唱えたのはツユで、「こいつとシークエンスは瞬時に入れ替われるんでしょう?だったら、戦闘の時だけ出てきてもらえば」と言いかけるのに「いいえ」と鉄男は首を振り、ツユの間違いを訂正する。
「入れ替われるのは、シークエンスが一方的に、です。俺の意志で彼女と入れ替わる方法は判っていません」
「辻を犠牲にするか、シークエンスを仲間にするかの二択ってわけか。俺としちゃあ、シークエンスちゃんを仲間にしたいとこだけど」
なにやら非情なことを言う乃木坂に木ノ下が非難の目を向けるも、乃木坂は構わず言葉を締めくくる。
「ま、辻には助けられた恩があるしな。シークエンスを使うのは、別の方法で考えようか」
「そういえば――」と、話題を替えてきたのは剛助で。
「後藤が帰ってきておらんな。クルウェルの家へ向かったはずだが」
「春喜がクルウェルの家へ?一体何をしに」
眉をひそめる学長へ、剛助が答える。
「クルウェルが報道へネタを売りに行くのではないかと危惧していたようです」
「そうか。しかしクルウェルくんには一応箝口令を敷いてあるよ、契約上。それに売るとしても一体何の情報を売ると思ったんだ、春喜は」
ゼネトロイガーは特許を取ってある機体だ。
従って構造も機能も公開されている。
見る人が見れば、動かし方も判るはずだ。何一つ謎がない。
悩む学長の元へ電話が入る。
見物に出ていた候補生が、無事に戻ってきたとの報告であった。
無論、捕まっていた昴達を除いた全員である。
「これで、帰ってきていないのは後藤だけになりましたね。そういや学長。俺が戻ったんならクルウェルって奴は、もうお払い箱ですか?」
軽く尋ねる乃木坂へ、学長が頷く。
「あぁ、そうなるな。元々短期間だけでの契約だ。次の就職先はウェルスコープスの予定になっている。こちらの根回しでね」
なんと用意のいい。
ウェルスコープスというのも、パイロット養成学校の一つだろう。
誰も質問しなかったところを見るに。
「ウェルスコープスですか。スパークランに戻すのではなくて?」
ツユの問いに、学長は首を振る。
「いや、スパークランには拒否された。守秘義務を守れない奴は必要ないそうだ」
知らないのか?と馬鹿にされるのが嫌で、鉄男は黙って皆の話を聞いていた。
その鉄男に、木ノ下が話しかけてくる。
「スパークランかぁ〜。そういや、そこから来たって言ってたな、クリーさん。あぁ、そうそう。鉄男、お前、前に言ってなかったっけ?スパークランの人に話しかけられたって」
言った、確かに木ノ下には話した覚えがある。
乃木坂が誘拐されたと判る前だ。
スパークラン所属の女性に話しかけられたのは。
あれから、あまりにも色々とありすぎて、遠い昔の出来事に思えた。
「ほぅ、スパークランの人間と知り合いだったのか?」と尋ねてくる学長へは否定の意を示し、鉄男は答えた。
「偶然、話しかけられたのです。俺が、ここのジャンパーを着ていたせいでしょう。確かミソノ……ミソノ……」
フルネームが出てこなくて言いよどむ鉄男に、学長の声がおっかぶさる。
「ミソノ=ラフラスか!」
「は、はい、そのような名前だったかと」
ごにょごにょ言う鉄男など放っておいて、木ノ下も話題に加わってきた。
「軍の元エースパイロットでしたよね。彼が今はパイロット育成学校で教鞭を振るっているってわけですか?」
「エースパイロットだったのは、兄のデュラン=ラフラスだろう。ミソノ=ラフラスは妹のほうだ」とは、剛助。
「妹は元軍医だ。こちらも何度か人命救助で表彰されている」
剛助もツユも情報通だ。国と繋がる研究者だった頃の名残か。
乃木坂が鉄男を振り返った。
「お前、なんだよ。情報収集したんなら、皆にもちゃんと伝えておけっての」
「すみません」と俯く鉄男を庇う格好で、木ノ下が言い返す。
「仕方ないっすよ、あの後ゴタゴタしていましたし」
そのゴタゴタの原因が自分であると自覚しているのか、乃木坂も、それ以上は追求してこず。
「とりあえず……今できることが判ってきましたね」と、彼は学長へ話を振った。
今、出来ること。
シークエンスから空からの来訪者改めシンクロイスの情報を、もっと詳しく引き出さねばなるまい。
その為には――全員がチラリと鉄男を見、また気を失わされるのかと鉄男は怯えたのだが、先手を打ってか木ノ下が尋ねてきた。
「お前が起きていても、お前自身はシークエンスと話が出来るんだよな?だったら、そのまま聞いてくれないか。シンクロイスの情報を、さ」
土手っ腹への一撃は、回避できそうだ。
鉄男は頷くと、意識を集中してシークエンスに呼びかけた。
だが、返ってきたのはシンプルな一言で。

――進と二人っきりでなら、話してやってもいいわ。

はたして数分後には鉄男と木ノ下は自室へ戻り、向かい合う事となった。


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