合体戦隊ゼネトロイガー


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act4 いちかばちか

襲い来る下っ端軍団を片っ端から殴り倒していくうちに道が開けたのを幸いとし、一同は最後尾目指して走り出す。
最後尾までいけば出口がある――
とにかく、その場にいた全員が、そう思いこんでいた。
だから実際に巨大生物アベンエニュラの一番奥まで辿り着いた時には、誰もが絶望に駆られるハメになった。
そう、空からの来訪者の一人であったはずのシークエンスでさえも。
「どういうことだ!?出口がないなんてッ」
穴も何もない壁をドンドンと叩いて、突撃隊の隊長が怒鳴る。
木ノ下も顔色をなくして鉄男に詰め寄った。
「君が後ろに行けっていうから来たんだぞ!出口がないなんて聞いていない!」
「お、俺に言われても困るのだが……」
どもる鉄男の肩へ手を置くと、木ノ下はポツリとつけたした。
「と、シークエンスに言っといてくれ」
そこへ横から「おい、内輪もめしている場合か!?」と乃木坂が突っ込んでくる。
乃木坂は今やすっかり正気に戻り、鉄男と協力して黒い下っ端軍団を殴り倒し、ここまで一路全力疾走してきた。
だが肝心の出口は、どこにも見あたらず、全員、奥の壁の手前で呆然と佇む結果に終わった。
「なぁ、外の連中と連絡は取れないのか?あんたらは、外で戦っているロボットの仲間だろうが!」
ややヒステリック気味なレポーターに尋ねられ、木ノ下が首を真横に振る。
「俺がココに来るのは、皆には内緒だったんだ。それに」
乃木坂は誘拐された当人だし、鉄男も突撃隊に極秘で混ざると決まっていたから通信機類は持っていない。
昴達の荷物は捕まった時に取り上げられていた。完全に手詰まりだ。
「僕達の手荷物……ケータイだけど、あいつら、どこに持っていったのかな」
ふと思い出して昴が呟けば、ヴェネッサもハッとなって後に続く。
「そうよ、そうだわ、昴クン。ケータイさえ探し出せば、外と連絡が取れるのではなくて?」
「今から戻れってのか?黒い軍団と戦って!」
ギャーギャーわめく報道陣を横目に、乃木坂が肩をすくめる。
「下っ端軍団は何とかなるだろ、辻がいる限り。けど、あいつらはどうする?空からの来訪者」
「乃木坂さんは、あいつらにやられたんですよね……強いんですか?」
木ノ下の問いへ、乃木坂は即座に頷いた。
「あぁ。俺はロゼってのと戦ったんだが、瞬殺K.Oされちまった。とんでもねぇ強さだ」
「しかし、君は武道の心得がないんだろ?民間人との比較じゃアテにならん」とは突撃隊の隊長のツッコミに憤慨して、乃木坂の口調も荒くなる。
「武道の心得があったってなくったって、あんなの捉えきれると思えないぜ。奴ら、尋常じゃないスピードなんだ」
鉄男の脳裏で、キンキン声がわめく。シークエンスだ。
――奴らは、あたしに任せて!ほら鉄男、さっさと交替するッ!
鉄男は彼女の声を無視した。
彼女と切り替わったら、二度と戻れない。そんな予感がしたのだ。
「奴らは俺が倒す。朝日川、お前が捕まった場所を覚えているか?」
「え、はい、一応は……けど、本当に戻るんですか?」
質問に質問で返され、鉄男はコクリと頷き返す。
「外へ連絡さえつけられれば、脱出する方法も生まれてくるはずだ」
「そっか!いざって時はゼネトロイガーで、ぶちっと引きちぎっちゃうのね!?」
メイラが何か物騒な案を唱えていたが、昴もヴェネッサも聞こえないふりでスルーすると乃木坂を促した。
「どのみち、ここへ留まっていても打つ手なしですし……一旦戻ってケータイを探してみましょう」
「だな」と、案外あっさり乃木坂は頷いて。他の面々の顔を見渡した。
「あんたらは、ここで待っているか?俺達は、荷物探しついでに要人も探してこようと思ってんだが」
報道組も隊員の視線も突撃隊の隊長に集まって、一呼吸置いてから、隊長が答えを出す。
「――いや、要人は恐らく此処には居まい。それに分散するのも考えものだ。どちらかが捕まれば、お荷物となろう」
一同は元来た通路を戻っていく。
追いかけてきた黒い下っ端軍団との乱闘が、再び始まった。


携帯電話を何度もかけるが、一度として相手が出ない。
「どうしよ、昴クン全然出ぇへんやん〜」
携帯電話を片手にオロオロしているのは、モトミだ。
ラストワン候補生の何人かは、地上の見物客に紛れていた。
一応戦闘見物という名目でやってきたのだが、一部の候補生は報道陣を騙して巨大飛行物体に乗り込んでいった。
以降、まったく連絡が取れない。
何度電話をかけても、一人として電話に出てくれないのでは。
外での戦いは膠着状態にある。
ゼネトロイガーと巨大生物は、がっぷり四つに組み合って、互いに押すも引くも動けない。
振りほどけないし、振りほどけば体勢を崩して引き倒される可能性もある。
外野からは口汚い野次が飛び、実況中継がどんなに決着を煽っても、こればかりは、どうにもならない。
両者のパワーは全くの互角であった。
ゼネトロイガーが必殺ボーンを発射さえすれば、形勢も変わるのだろう。
だが、発射される様子もない。
外からでは、中で何が起きているのか全然判らない。
今までは、ずっと格納庫で通信を取り合ってきたから、ロボット内部の状況も把握できたのだが。
「ミィオ、どうしちゃったのかしら。前の戦いでは速攻で決着をつけていたのに」
まどかが見上げる横で、マリアもハラハラしながらゼネトロイガーを見上げる。
「まさか新型機の不調、なんてことはないよね?」
「新型機は感度が良くなったって、教官も褒めていたのよ。そんなはずは――」
何か続けようとするまどかの弁を遮って、轟音が辺り一帯を貫いた。
「な、何っ!?」
誰もがギョッとなって音の方向を見上げると、ゼネトロイガーの上部に浮かぶ巨大物体が激しく回転しているのが見えた。
「な、なんだ、あれ!回っているぞ」
「落ちて、くる……?」
初めは小さな囁きがあちこちで起こり、やがて大きなざわめきとなって辺りを包み込む。
「あ、あれ……落ちてないか?」
「ホントだ、落ちてる!落ちてきている!?」
誰かが、あっとなって指をさす。
そこから、見物客は一斉にパニックへと陥った。
というのも巨大飛行物体が目に見えて判る角度を保って、こちらに向かって落下してきたからだ!

突如失速落下するアベンエニュラの中で、一体何が起きたのか。
そして、ゼネトロイガーの中でも何が起こっていたのか。
『水島、ミィオはまだ意識を取り戻さないのか!?』
切羽詰まった学長の通信に、ツユも半ばやけっぱちに叫び返す。
「ダメ、ひっぱたいても揺すっても全然反応しないよ!」
先ほどからガクガクと乱暴に揺すぶっているのだが、ミィオは両目を閉じて、ぐったりしたままだ。
空からの来訪者との一騎討ちが始まって、数分も経たない内だっただろうか。
ミィオの反応が、いつもと違うのにツユが気づいたのは。
「はぁん!お姉様、お姉様ァァッ」
しょっぱなから髪を振り乱し、汗だくになって身を揺する彼女に、おや?となった。
愛撫は以前と変わらない。
あってないような平らな胸を撫で、先端を軽く親指と人差し指でつまみ上げる。
同時に首筋には舌を這わせ、熱い息を首筋にかけてやる。
こちらのゆっくりとした動きに対し、ミィオの反応は激しすぎた。
「ミィオ、どうしたの?いつもより過剰反応だけど」
「あ、あんっ、お姉様、ダメ、そんな激しく吸ったりしちゃあッ」
やってもいない行為を指摘され、ツユは一瞬ポカンとなる。
ミィオの様子を改めて眺めてみれば、彼女はしきりに太股を擦り併せ、股間を気にしているようである。
そこはまだ、触ってもいない。
だというのに、パイロットスーツに染みを作るほど濡れている。
――おかしい。
「ミィオ、まさか乗る前にマスベしてきたんじゃないだろうね?」
怪訝に尋ねるツユの下で、ミィオが甲高い声をあげる。
「ひんっ!お姉様、お姉様、もっと優しくしてェ!!私、壊れる、壊れてしまいますウゥ」
まるっきり、こちらの言葉を聞いていない。
体は激しく痙攣し、今にも果ててしまいそうだ。
『どうした?ゲージの上昇が止まっているぞ』
通信で学長が話しかけてくるので、ツユも答える。
「ミィオの様子がおかしいんです。あたしが触るより過剰に反応して」
『過剰に?しかしゲージは全くピクリとも動いていない』
学長と話している間も、ミィオはビクビクと体を震わせて、譫言のように喘いでいる。
その様は、どことなく熱に浮かされているような、夢遊状態にあるような。
瞳は二つとも開けているのに、ツユを見つめていない。
うつろに天井を見つめていて、意識ここにあらずといったところだ。
まさか、相手が何か仕掛けてきたのか?と窓から来訪者を盗み見ても、おかしな様子はない。
いや急激に間合いを詰めてこられたので、ツユは咄嗟にバランスを保とうと操縦桿を引っ張った。
ゼネトロイガーの両手が来訪者を掴み、来訪者の両手もゼネトロイガーに掴みかかる。
両者は、がっぷり四つに組み、互いに動けなくなった。
「チッ……」
ギシギシと嫌なきしみを耳にし、ツユは舌打ちする。
向こうのほうがパワーが多少上か。
ミィオがおかしい今、撤退も考えた。
だが一騎討ちの真っ最中に、撤退は許されない。
操縦桿を握って踏ん張るツユの下では、ミィオが「あッ、あッ、あァン!」と可愛い嬌声を上げ続けている。
腰を完全に浮かせ、ツユの股間に擦りつけてくる様は、疑似挿入を伺わせた。
もしかして、彼女の脳内では既に挿入された状態なのではあるまいか?
自分で思いついた考えに、ツユは自ら驚愕する。
まさか。
ミィオはまだ、セックスの経験がない。
だが何もしていないというのに彼女は額に汗をかいて、呼吸困難に陥りそうなほど喘いでいる。
腰の動きも、一定のリズムを刻んでいる。
脳内でツユとの激しいセックスが展開されているとしか思えない。
「ミィオ、ミィオ、しっかりして!意識を集中させるんだっ」
ツユは片手で操縦桿を握り、もう片方の手でペチペチと少女の頬を叩く。
苦しい姿勢の中、ミィオがカッと目を見開いた。
「ミィオ?」
意識が戻ったのか、と思った瞬間。
「はぁぁぁん〜〜っっ!」
これまでにないぐらいの大音量が彼女の口を飛び出し、ミィオはがくりと身を横たえた。
さながら、糸の切れたマリオネットが如く。
「み、ミィオ?ミィオ!!」
あとはツユが頬をひっぱたこうが、がくがく肩を揺さぶろうが、全く反応しない。
それでいてゼネトロイガーの動力は失われていないというのだから、おかしなものだ。
攻撃出来ない上、動けない。
かわりに、エンジンが止まりもしないから組み合っている均衡も崩れない。
どうにもならない。ツユ一人では。
「ミィオ、ミィオ!どうしちゃったのさ、しっかりして!!」
ツユの声は、果たしてミィオに全く届いていなかったのか。

――教官にガクガクと揺さぶられながら、ミィオは夢を見ていた。
真っ白い空間を、上も下もなく、ふわふわと歩く夢を。
やがて、前方に全裸の少年が浮かび上がる。
彼は言った。
「君の体を使わせてくれないか?」と。
話しかけられて、初めてミィオは、自分も裸であると気がついた――


アベンエニュラ内部での異変はゼネトロイガー内で起きた異変よりは、もっと単純で、壁に打ち付けられたり床に叩きつけられた下っ端のせいで、とうとうアベンエニュラの怒りが爆発した。
巨大生物がユサユサと体を揺さぶれば、当然中にいる連中も縦揺れの横揺れに襲われる。
真っ直ぐ歩けないことに腹を立てた報道陣の一人が腹いせに壁を殴り、またも反撃の大揺れが起こり、そうこうしているうちに誰かの一撃がアベンエニュラの急所を思いっきりクリティカルヒットしたのだった。
「ギョルエェェェエエゲゲエエエエッッ!!!!」
中にいた人々は謎の咆哮と同時に、下へ引っ張られる力を感じて気分が悪くなる。
「落ちていますわ!」
ヴェネッサに金切り声で叫ばれずとも、落ちているのは全員が判っていた。
「くそ、荷物を取り戻す暇もありゃしない」
昴が悪態をつく横では、メイラが乃木坂にしがみつく。
「おおお、落ちたら私達どうなっちゃうんですかぁ!?怖いです、乃木坂教官〜!」
ギリギリと腰を締め付けられた乃木坂は、狼狽えながらも彼女を励ました。
「お、おおお、落ち着けメイちゃん!大丈夫だ、お前ら三人は俺が守る!」
鉄男も動揺する面々に囲まれながら、奥の壁を振り返る。
激しい振動の中、万が一にも出口が開いてやいないかと確認したのだ。
奥に出口が隠されているという確証が、必ずしもあったわけではない。
最初に見えたのは、小さな光だ。
光の点が広がったり、すぼまったりしているのを視界の先に捉えた。
あれがシークエンスの言っていた一番後ろの穴、すなわち巨大生物の尻の穴だろうか。
「木ノ下!奥へ向かって走れ!」
言うが早いか鉄男は木ノ下の腕を取って、方向転換。
荷物を探しにいくのとは逆方向へ走り出す。
「え?お、おいっ、荷物探しは、どうするんだ!?」
当然ながら逆走は木ノ下の頭の中にない作戦で、動揺する彼には振り向きもしないで鉄男が怒鳴った。
「出口が見えた!広がった瞬間を狙って、飛び出すぞ!!」
「飛び出すって、お前ココが何十メートル上空だと思ってんだ!?」と、これは乃木坂の怒号だ。
「こんなとこでアテもなく飛び出したら、真っ逆さまに落ちて死んじまうぞ!」
「だからといって、ここに残っていても死ぬんだ!」
混ぜっ返してきたのは、突撃隊の面々だ。
「だったら、いちかばちかだ!脱出にかけよう!!」
飛び出して、そして、どうする?
ゼネトロイガーか、上空に残っているはずの飛行船に拾ってもらえるのに賭けるしかない。
「いちかばちかすぎます!」
候補生達の悲鳴にも、やはり鉄男は振り向かなかった。
揺れが、いつまでも続くとは限らなかったし、出口は揺れている今しか出現しないのだ。
迷っているうちに振動が収まってしまったら、今度こそ本当にお終いだ。
このまま通路で立ち止まるわけにもいかず、さりとて鉄男抜きで荷物を探すわけにもいかず、結局は全員が走る鉄男を追いかけて、もう一度奥へ向かうことになった。
「いくぞ!穴が最大まで大きくなった瞬間に飛び込むんだ!!」
「と、飛び込むって?」
聞き返す木ノ下の体を抱き寄せ、抱きかかえると鉄男が答える。
「頭から突っ込む!」
ぎゅうと抱きしめられて、こんな時だというのに木ノ下はドキドキと胸を高鳴らせる。
先頭が何をやろうとしているのか、後方に続く面々も理解したのか、それぞれに伝達が飛んだ。
「いくぞ!穴が大きくなったら飛び込むんだ、走るスピードは緩めるな!!」
光の点が、ぐんぐん近づいてくる。
点は、やがて輪となり、大きくなったり小さくなったりを繰り返した。
タイミングを謝ってはならない。
鉄男は近づく直前で大股に一、二のステップを踏むと、三で頭から輪の中へ突っ込んだ。

――飛び出した直後。空が、見えた。
真っ青で、雲一つない空が。


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