合体戦隊ゼネトロイガー


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act1 個が個である理由

「随分手荒な真似してくれるわね。あたしが連中と一緒に溶けちゃったら、どうするつもりだったのよ」
鉄男の意識と交替したシークエンスの第一声は、苦情であった。
来訪者に操られた乃木坂は、するりと彼女の文句を受け流す。
「その時は、その時だ。異端分子が余計な真似をしなくて済むようになったと受け取るさ」
「酷いのね。あんた達は、いつもそう」
ふぅ、と大きく溜息を吐いて、シークエンスは床に手をつく。
正確には床じゃない。
鉄男が乗り込んだ場所は、飛行船でもない。
巨大生物――アベンエニュラの体内だ。
空からの来訪者。この星の連中は彼らのことを、そう呼んでいる。
彼らがコンタクトに応じず一方的に攻撃ばかり仕掛けてくるので、便宜上名前をつけたのだ。
来訪者がコンタクトに応じない理由も、シークエンスには判っていた。
コンタクト、すなわち交流をはかる必要などない。そう判断したのであろうということは。
「何故、抜け出した?」
乃木坂の問いに、シークエンスは顔色一つ変えずに答える。
「面倒だったからよ」
「面倒?」
「あんた達の暴力的なやり方が。あたし、そういうの興味なかったのよね。なんで普通に相談しないのかなって」
「時間がなかった。それは、お前も知っていたはずだ」
じろりと乃木坂に睨まれ、シークエンスも睨み返す。
「あんた達の悪い点は、そうやって言葉を省略してしまうところよ。だから、もう、つきあいきれないってわけ」
「それで、どさくさに紛れて抜け出した――と?」
「そんなところね」
遠い昔。
生物の住める惑星を目指して旅立った宇宙船の中にシークエンスは、いた。
そして皆がまとまらない意見や仲間内の諍いで頭を悩ませているうちに、そっと船を抜け出した。
宇宙空間を彷徨い、やがてこの惑星、名は何というのか定かではないが、この地にシークエンスは降り立った。
長旅の余波で彼女の体が腐敗に蝕まれていた事もあって、早急に新しい肉体を必要とした。
やがて、見つけたのである。宿り木ともいえる格好の肉体を。
辻鉄男。それが新しい肉体の個体名だ。
空からの来訪者――否、自らをシンクロイスと名乗る連中は、己が肉体への固執がない。
痛めば捨てて、別の生き物に乗り移ることで新たな肉体を得る。
本来その肉体に存在していた精神を吸収し、己の記憶につけ加える。
肉体は魂に依存する。
女であれば女に、男であれば男になる。乗り移った先の生物が何であれ。
シークエンスも成長と共に鉄男の意識を吸収して、シークエンスとして生活していく予定であった。
だが、誤算があった。
鉄男の意識は思った以上にしぶとく、そう簡単に肉体全てを乗っ取らせてくれなかった点である。
おかげで、表に出てくるまでに二十五年もかかってしまった。
鉄男は、けして裕福でも幸せでもない家庭に生まれたが、それでも心と体が頑丈に育った。
友達は一人もいなかったが、彼は自分を鍛える事のみに専念し、やがて一枚の紙を見て故郷を後にした。
ラストワン。パイロット養成学校の生徒および教官募集のチラシである。
戦いを嫌うシークエンスとしては、これもまた誤算の一つであったが、肉体を自由に出来ないのでは止める手だてもなく、ずっと鉄男の中で歯がみしていたというわけだ。
「手頃な赤ん坊を見つけて乗り移ってみたまでは良かったんだけど……上手くいかないわね」
「あぁ、この星の生物は意外と骨があった。この男にしても、そうだ」
乃木坂が胸に手をやり、しかめ面を見せる。
「吸収できなかったの?」と、シークエンス。
「あぁ。やつめ、肉体の主導権を手放す代わりに精神層に鍵をかけやがった」
肉体に宿る本来の魂がシンクロイスとの同化を拒絶することは、稀に起きる。
精神層の鍵とは、いわば精神内部で引きこもるようなものだ。
同調する為の信号を全て遮断してしまう。
こうなってしまうと、いかなシンクロイスでも手を出すことは出来なくなる。
表から見れば、植物人間と同等である。
何も見えず、何も話せず、何も聞こえなくなる。
意識が肉体との連携を放棄してしまったのだから、当然だろう。
この状態であればシンクロイスも表に出てこられるが、いつ何時、元の魂が心を開くかは判らない。
今、乃木坂を乗っ取っている奴も乃木坂本人の魂が目覚めれば、再び心の奥底に封じ込められてしまうのだ。
「そう。じゃあ、あんたが封印される可能性も高いのね」
ニヤリと意地悪く笑うシークエンスに、乃木坂も笑い返す。
「まぁな。だが、今のところは大丈夫だ。だいぶ痛めつけられていたから、当分は出てこれまい」
シークエンスが眉をひそめる。
「痛めつけたの?趣味悪ぅい」
「やったのは俺じゃないぜ」と、乃木坂の中の者が言った。
「判ってるわよ。あんたが残っているぐらいだもの、ロゼやカルフも生き残っているんでしょう?あの二人なら、やりそうな事だわ」
「ベベジェも残っているぜ。今は外で戦っているが」
顎でくいっと真横を示すと、改めて乃木坂の中にいる者が話題を変える。
「世間話は終わりだ、シークエンス。さっそくだが、お前も俺達に協力しろ」
「さっそくすぎない?」
応えるシークエンスは、どこまでも気乗りしない様子だ。
「判っているだろう。長旅で俺達は仲間を消耗しすぎた。手数が足りないのだ」
この地へ辿り着くまでに、肉体の崩壊に耐えきれず命を落とした仲間は一人や二人ではない。
生物の住む惑星が見つからなかったせいだ。
崩壊する肉体を治す術を、シンクロイスは持ち合わせていない。
古い肉体を捨てて、新しい肉体へ乗り移ることで生き延びてきた生命体ゆえに。
「この星を肉体生産地にしようってのね。でも……」
「でも、なんだ?」
「原住民には、イイヤツもいるわ」
呟いたシークエンスの脳裏に浮かんだのは、木ノ下進の顔であった。
ラストワンで出会った、鉄男の先輩だ。
何故か彼は初対面から鉄男にとても親切で、シークエンスは一目で好きになってしまった。
肉体候補でしかない他の生物に心を奪われるなど初めての出来事で、でも嫌な気はしなかった。
彼女は幸せな気分に満たされた。
木ノ下と末永く一緒にいられたら、どんなに素敵だろうかと妄想に浸るぐらいには。
愛の行為は断られてしまったけれど、きっとコンタクトが足りなかったのだ。
この星の原住民は見知らぬ相手とでもコンタクトを取りたがる、コンタクトの好きな生物なのだから。
「イイヤツだと?馬鹿馬鹿しい。容器に情が移るとは、気でも違ったかシークエンス」
ありえないとばかりに何度も首をひねる乃木坂を横目に、シークエンスも呟いた。
「そうね……あんた達より、ちょっと長く居すぎたせいかもね」


乃木坂救出隊が囚われた頃には、別ルートで侵入した昴達も囚われの身となっていた。
彼女達のほうには幸い、消化液は流れてこなかったものの、通路でばったり内部の住民と出会ってしまったのだ。
やはり全員後ろ手に縛られて、部屋らしき一角に閉じこめられる。
カメラも録音機も、機材は全て取り上げられてしまった。
彼女達を此処へ放り込んだ来訪者は一見、TVで見た下っ端同様、全身タイツを着ているかのような格好だった。
だが、よく見ると、それは黒タイツではなく肌自体が真っ黒なのであった。
顔には、のっぺりとしたマスクを被っている。
男か女かも判らず、言葉を一言も話さない。
そいつ一人に報道班は瞬く間に叩きのめされ、昴とヴェネッサ、それからメイラは抵抗を止めて大人しく捕まった。
「う、うーん」と報道スタッフの一人が息を吹き返し、縛られた格好のまま天井を見上げる。
「一体、こりゃあ……」
「捕まったんです、私達」
メイラが説明する横で、昴も部屋を見渡した。
捕まってから十分は余裕で過ぎたろうに、誰も来る気配がない。
連中は、こちらを殺すつもりはないのだろうか。
「助けるつもりが捕まるなんて……辻教官達は無事かしら」
ギリッと歯がみするヴェネッサを横目に、カメラマンが体を揺する。
「チッ、頑丈に縛りやがって。やべぇな、これじゃ通信機も使えねぇ」
「あ、通信機も取られちゃいましたよ。全員分」と、これもメイラ。
「なんだよ!そりゃ打つ手なしじゃねーかっ」
天井を仰ぐカメラマンの横で、レポーターが情けない下がり眉でぼやく。
「あー……俺達、どうなっちゃうのかなぁ〜。やっぱ実験台にされたあげく、殺されちゃうのか?」
かと思えば、昴達をキッと睨みつけて食ってかかってきた。
「それもこれも、本をただせば君らが俺達のボスを唆したりするから!」
「な、何よぉ。そっちだってノリノリでOKしたじゃないですかァ〜」
思わず言い返すメイラとレポーターの口喧嘩を遮ったのは、シュッという僅かな音と、割り込んできた誰かの声であった。
「元気なものね。向こうの奴らとは大違い」
入ってきたのは人型の女性だ、髪の長い。
すらっと背が高く、唇には紅を差している。目つきは鋭く一分の隙も伺えない。
「誰?」
誰何するメイラへ、ニコリともせずに女が答える。
「名前なんて意味がないけれど、そうね、一応名乗っておきましょうか。私はロゼ。貴方たちのいうところの、空からの来訪者よ」
「なっ――!」
一斉に驚愕の眼差しがロゼに向けられる。
どの顔も引きつっていて、言葉も出ないようだ。
愚かな原住民。
自分達から敵地へ乗り込んできておいて、戦っている相手が、どんな風体なのかも想像がつかないなんて。
それとも、まさか自分達と同じ二足歩行だとは、考えてもみなかった?
「そ、空からの来訪者だって!?しかし、君は俺達と同じ言葉をしゃべっているじゃないか!」
泡くってレポーターが叫ぶのへは、蔑んだ目つきでロゼが切り返す。
「そりゃあね。動くサンプルを、あれだけ採集すればバカでも覚えるわ」
「こ……言葉が通じるなら、ありがたい」とカメラマンも会話に加わった。
「単刀直入に聞こう。君達の目的は何だ?」
それにも言葉少なにロゼが答えた。
「宣言を見ていなかったの?あんた達を家畜にするって言ったでしょう」
「家畜……本気なのか!」
「本気じゃなかったら言わないわ。これ以上の馬鹿馬鹿しい会話は無意味ね」
ぴしゃりと封じられ、報道陣は言葉を失う。
代わりに質問を続けたのは候補生だ。
「なら、馬鹿馬鹿しくない質問をさせて」
ヴェネッサを、じっと見つめて数秒置いてから、ロゼは頷いた。
「えぇ、いいわ。どうぞ?」
「あなた達は空から来たのよね……どうして、ピンポイントに私達の住む街を襲ってきたの?」
「愚問ね。生命体のいる場所を探してやってきたからに決まっているじゃない」
なんという星かは知らないが、この星の自然は豊かだ。
文明も知能も劣る原住民には勿体ない場所でもある。
ロゼが逃げ出してきた母星フーリゲンと違って、この星には未来がある。
彼女の故郷は、滅亡の危機に瀕していた。
故に、新しい惑星を探す必要があった。
宇宙航海は何百年にも渡り、長旅の中、次々と仲間は寿命で倒れ、ようやく生命体のいる、この星へ辿り着く。
「えぇと、そうじゃなくて、どうして私達のいる都市の位置が判ったのかっていう事よ!」
「それも愚問ね。我々は生命体のいる場所を感知できる、それだけの話よ」
空からの来訪者に会えたら、聞きたいことは色々あった。
だが実際に遭ってしまうと、何から聞いたらいいのか判らなくなってしまう。
「あなたは?他に何か、聞きたいことがあって?」
話を振られ、昴は尋ねた。今、最も自分にとって関心のある話題を。
「あなた達が拉致した人間の中に、乃木坂という男がいただろう。彼は何処だ?」
名前だけで通じるか怪しいものがあったが、ロゼは案外素直に答えてくれた。
「……あぁ。我々が一番最初に捕まえた知的生命体か。確かに"ノキサカ"と言ったな、あれの魂は」
「魂って……まさか、用済みと見なして殺しちゃったの!?」
顔面蒼白のメイラをちらりと見、ロゼは首を真横に振る。
「いや。移住には成功したが、吸収までには至らなかった。未だ心の最深層で頑なに鍵をかけているよ」
「移住?吸収?……一体、なんの話だ」
首を傾げる昴へは、口元に嫌な笑みを浮かべる。
「我々の目的は貴様らを家畜にするだけではない。育てて増やし、器にも用いる」
口元を歪め、表情は陰湿なものへと変わり、言葉遣いも乱暴になってきている。
どう見ても人間の女性にしか見えないが、本来のロゼ、空からの来訪者に性別などというものは存在しないのかもしれない。
「ともあれ今、"ノキサカ"であった器の主導権を握るのは我らが同胞、ミノッタだ。"ノキサカ"を取り戻したければ、ミノッタを器から追い出すとよかろう。できるものならばな」
「ど、どうやって」と昴は尋ねたのだが、それよりも先にロゼの足は出口へ向かっていた。
「貴様らの処分は、後ほど伝える。処分が決まるまで、そこで大人しく震えているといい」
ぷしゅっと小さな空気の抜ける音がして、壁に人が通れるほどの穴が開く。
あっと思う暇もなくロゼは出ていき、穴は元通りに塞がれた。
「……なんてこった。どうやっても俺達は、ここから逃げられないみたいだぞ」
嘆くカメラマンを見て、メイラが根拠のない励ましを送る。
「そんなことないわ!壁が開くのを見たじゃない。何か殴れるものがあれば、きっと壊せるわよ!」
「その、壊せる道具が僕達の近くに転がっていて、なおかつ縛られた両手が自由になれば、ね」
すかさず昴に突っ込まれ、メイラはプゥッとふくれっ面。
「な、なによぅ……希望は捨てちゃ駄目って、乃木坂教官がいつも言ってたじゃない」
楽観的ではいられない状態だ。
乃木坂は奴らの話によると乗っ取られるかどうかして、今は正気ではないらしい。
たとえ両手を自由にしたところで、この部屋からの脱出方法。
乃木坂を探す手段。
乃木坂と運良く出会えたとしても、彼を元に戻す方法は?問題は山積みだ。
「ほら、よくTVドラマでやっているじゃない?ロープを噛み切って脱出するってやつ」
またメイラがおかしな事を言い始め、あろうことかレポーターが彼女の提案に乗ってくる。
「よ、よぅし、歯には自信があるんだ……任せろ、噛みきってやる」
歯をガチガチ鳴らせて、メイラの背後へ転がり込むと、レポーターは彼女の手を縛るロープに噛みついた。
「んぎぎぎぎ」
「ちょっ、やだぁ、手を舐めないでぇ〜?くすぐったぁ〜いっ」
二人がじゃれ合うのを横目に、昴は必死で考えた。
考えろ。何か方法があるはずだ。一つ一つを確実に解決へ導ける作戦が。


シークエンスが次に連れて行かれたのは、アベンエニュラの心臓部。
大人数が入れるほどの広さがある場所であった。
鉄男と一緒に捕まった突撃機動隊の姿もある。
順繰りに男達の顔を眺めていったシークエンスは、とある男の前でハッと息を呑んだ。
「どうした?」と、この星の言語ではない言葉で、ミノッタが話しかけてくる。
母星フーリゲンで使われていた言語だ。
「……別に」と現地語で答え、シークエンスはなるべく、その男のほうを見ないように努めたが、間違いない。
見間違えるはずもない。
俯いて顔を隠すようにしているけど、あれは木ノ下じゃないか!
どうして、彼が機動隊に混ざっていたのだ?
隊に混ざるのは、鉄男一人の約束だったはずだ。
周りの連中は、誰一人木ノ下に気づいていない。気づいているのか否かも判らない。
どの顔も、こちらを敵意の目で睨みつけている。
木ノ下が混ざっていることなど、気にも留めていないようだ。
とにかく――
内心の動揺を静めようと、シークエンスはミノッタを振り返り、尋ねた。
「こいつら相手に何をしろというの?言っとくけど、あたしが美食家だっての忘れちゃいないわよねぇ?」
「覚えているさ。何も食えとは言っていない。こいつらの何人かを、移住しやすくなるよう手なづけてくれ」

溶けかけていた服をミノッタにはペロリと剥かれ、シークエンスの胸が露わになる。
途端に、場違いにも機動隊員達は「オォ……ッ」と前のめりになって、二つの膨らみへ視線を注いだ。
――こいつら……
呆れてジト目になりながらも、シークエンスの腹は決まった。
ミノッタの言うとおりに動く必要はない。一人でも多く、味方を作るのだ。


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