合体戦隊ゼネトロイガー


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act2 反逆

品定めするふりをして、シークエンスは一人の男の前で立ち止まる。
「こいつがいいわ。じゃあ、ちょっと手なづけてくるから、あんたは此処で待っていて」
「どこへ行くつもりだ?」
とミノッタが尋ねてくるのへは、人差し指を唇に当てて答えた。
「二人っきりになれる場所、よ。大勢に見られていたんじゃ、こいつだって気を許さないでしょ?」
「面倒な魂だ」
と呟き、それでもミノッタはシークエンスの自由行動を許可する。
「余計な真似は、するなよ。例え手数不足といえど、お前を処罰しなけりゃならなくなる」
そして二人きりになれる場所まで、ご丁寧に教えてくれた。
「ありがと」と微笑み、シークエンスは男――木ノ下を無理矢理立ち上がらせる。
「さぁ、ついてきなさい」
うんともすんとも返事しない彼の腕を取り、有無を言わせずグイグイ引っ張って出ていった。
二人きりになれる場所は、いわゆる物置スペースであった。
ここなら滅多な事では仲間も見回りにこない、とはミノッタの談。
二人っきりになったところで、ようやく木ノ下がくちを開く。
「き、君は来訪者の仲間だったのか!?」
「元仲間、よ。まぁ、分類するとなれば今も来訪者だけど」と答え、シークエンスは彼の両腕を縛る縄を解いてやった。
木ノ下の服も、あちこちドロドロに溶けており、かろうじて大事な部分は隠されているといった状態だ。
もう少し長く浸かっていたら骨も残さず溶けていたかと思うと、ぞっとする。
せっかく見つけたつがいなのだ。分解されては困る。
仲間の養分にされるぐらいなら、自分で取り込んだ方がマシだとシークエンスは考えた。
アベンエニュラは昔から、当然のように皆の足がわりにされていた。
別段可哀想だとは思わない。
シークエンスから見ても、奴は同志以下の存在だった。
出来損ない、生まれ損ないとでもいうべきか。
「え、えぇと、その。君が来訪者ってことは、鉄男も、そうなのか……?」
木ノ下は激しく動揺している。
無理もない。これまで敵だと思っていた相手が、味方にいたのでは。
「違うわ。鉄男は、この星で生まれた現地人よ。ちょうど生まれた瞬間を見つけて乗り移ったのが、あたしってわけ」
「のり、うつ、る……?」
「そ。あたし達は、他の生き物に乗り移って生き長らえる生命体なの。器に魂が残っていようと、いまいとね」
「た、魂ってのは、つまり」
「元々、その肉体に入っている意識よ。今、鉄男は、あたしの意識深層に封じられているわ。あたしの意識が遠のけば、表に出てこられるでしょうけど」
木ノ下の誤解を解くと、べろべろになった衣類を取り除いていく。
「え、あ、ちょっ、ちょっと!?」
裸に剥かれると判って抵抗する彼の腕を押さえつけ、耳元で、そっと囁いてやる。
「どうして、一緒についてきちゃったのかしら。そんなに鉄男が心配だったの?」
「そ、それは……」
瞬く間に木ノ下は赤面する。図星か。
ちくりと胸の奥が痛んだが、シークエンスは構わず続けた。
「ここにいる味方は、あたしだけ。他は全員敵よ。いいえ、敵ってのは正しくないわね。皆、あんた達の肉体が欲しくて捕まえたんだろうし。どうするの?味方は全員捕まった。逃げ道なんて一つもないわよ」
「そ、れは……そう!君が居るなら話は別だ」
何かを思いついたのか、木ノ下は案外明るく答えた。
「君と俺とで協力すれば、乃木坂さんや皆を助けて逃げ出すことだって出来るんじゃないか?」
「楽観的ねぇ」
彼に頼られるのは嬉しいが、そう簡単な話でもない。
体内に囚われているのは突撃隊や乃木坂だけではない。
これまでに捕獲した民間人も、どこかに放り込まれているはずだ。
木ノ下の言う"皆"というのが、どこまでを指すのか判らないが、人質全員を救助したいのであれば二人だけでは到底手が回らない。
「突撃隊以外にも手数があれば、脱出可能になるけど。まずは、家畜――いいえ、囚われの人間が何処に収容されているのかを調べないとね」
「あ、あのさ」と木ノ下が話しかけてきたので、シークエンスは耳を傾ける。
「何?」
「君が他の生き物に憑依する種族なのは判った。けど、どうして性別の違う鉄男を選んだんだ?」
なんだ、そんなことか。
シークエンスは肩をすくめて、答えてやる。
「たまたま、よ」
「たまたま?」
「そっ。たまたま、目の前で誕生する生命があった。それが、たまたま鉄男だったってだけ」
それにね、と続けて木ノ下に寄りかかる。
「あたし達には他生命体でいうところの性別に意味なんてないの。どちらに乗り移っても番になれるんだから」
それは、一体どうやって――?と目で尋ねる木ノ下の顎を指でなぞり、シークエンスは微笑んだ。
「あら、それを知りたがるってことは、あたしと番になりたいのかしら?」
「い、いや、滅相もない」
何が滅相もないんだか、木ノ下はズササーッ!と勢いよく飛び退くと、改めて彼女に問う。
「確か、君が意識を失うと鉄男が表に出てくるんだったよな。それは、意図的に行えるものなのか?」
「できないこともないけど……どうして?」
「いや、陽動で上手く使えないかなぁと思って」
「そんなことしたって無駄よ。鉄男に戻れば、また捕まるだけだわ」
シークエンスの記憶通りの性格のままなら、彼らは、その程度じゃ動揺しない。
それに、ミノッタは鉄男にシークエンスが乗り移っているのを知っている。
一番助けたい相手に陽動が効かない。やるだけ無駄だ。
「それより、もっといい手があるんだけど?」
しなだれかかってくるシークエンスから逃げるように一歩下がって、木ノ下も聞き返す。
「ど、どんな?」
「あたしに惚れたフリをして、あなたがロゼやミノッタを直接攻撃する。二人が乗り移ったばかりなら、素手でも攻撃が効くはずよ。浮いた瞬間を狙って、かきまわしてやるの」
聞き覚えのない名前を突然出されて木ノ下は一瞬「ハ?」となるも、すぐに彼女が元同胞、空からの来訪者について話しているのだと察しがついた。
「乗り移ったばかりだと攻撃が効くって、どういうことだ?」
「そのままの意味よ。あたしは年季が長いから殴ったぐらいじゃ追い出されないけど、一年経っていないミノッタなら確実に、物理的な衝撃を与えて追い出すことができるわ」
「じゃ、じゃあ」
殴るのは君がやれよ、と続けようとする木ノ下に、シークエンスが流し目をくれる。
「逃亡者のあたしが攻撃するのなんて、向こうも読んでいるに決まってんでしょ。あんた達無力な下等生物が突然牙を剥くからこそ、意表を突けるんじゃない」
「下等、生物……」
さすがに面と向かって下等呼ばわりされたのはショックだったのか、木ノ下は黙り込む。
言い過ぎたと気づいたシークエンスも、言い直した。
「あ、進は別格だけど。だって鉄男に優しくしてくれたし」
「えっ。どうして鉄男に優しくしたら別格になるんだ?」と彼が聞いてきたので、すかさず抱きつく。
「鉄男に優しくするってことは、あたしにも優しいってことよ。あたしと鉄男は同じ器に住む魂なんですからね」

皆の元へ戻る途中、「……君は」と木ノ下が小声で話しかけてきたのでシッと制してから、シークエンスは小声で聞き返す。
「何?」
「逃亡したと言っていたな。どうして仲間の元を逃げ出しちゃったんだ」
「面倒臭くなってきたから、よ。その件は皆にも話すから、そこで聞いてね」
それ以上の雑談は無用とばかりに彼を黙らせると、ミノッタの待つ部屋へ入る。
待っていたのはミノッタだけではなかった。
髪の長い女や小柄な少年も増えていて、一緒に入ってきた木ノ下は驚くが、シークエンスは動揺もせずに話しかけた。
「久しぶりね、ロゼ、カルフ。あんた達が、くたばっていなかったのは残念だわ」
「これはこれは、ご挨拶じゃないか、シークエンス。君こそ宇宙の塵になったとばかり思っていたよ」

少年とシークエンスは、木ノ下には判らない言語で挨拶を交わした後、おもむろに少年が本題を切り出してくる。
「ミノッタに聞いたよ。一人一人丁寧に洗脳していくとは、君にしては手厚い扱いだな」
「えぇ、そうよ。宇宙を放浪しているうちに気が変わるなんてのは、よくある話でしょう?」
肩をすくめるシークエンスに、カルフ少年の鋭い眼差しが注がれる。
「容器に情が移るのも気まぐれの一つってわけか。だが、我々には時間がない。単刀直入に言おう。一人と言わず、ここにいる全員を君に任せる」
ここにいる全員とは突撃隊の連中だ。
どいつもこいつも敵意を剥き出しに、こちらを睨んでいる。
シークエンスの胸が露出した直後は動揺していたが、今は、さすがに股間を堅くする者など一人もおらず。
「君には我々の要求を断る権利がないぞ。逃亡者の前科がある限り」
それには答えず、シークエンスは、ぐるりと周囲を一瞥する。
「シャンメイは一緒じゃないの?それに、グルーエルも。あいつら洗脳は十八番だったでしょ、あたしがやるよりも上手に出来るはずだわ。あっ、もしかして、死んじゃった?」
「シャンメイは我々とは別行動を取っている」と答えたのは、髪の長い女ロゼだ。
「それより、逃亡者の汚名を晴らす返答を期待しているわ」
シークエンスはロゼの事もちらりと見やり、口元に笑みを浮かべる。
「まぁ、いいけど?一人目の洗脳に成功したんだから、まずは褒めてよね」
ぐいっと突き出されて内心木ノ下は慌てたが、ロゼとカルフが近寄ってきたので、ぼんやりした表情で彼らの視線を受け止める。
「ふぅん……見た目からでは判らないね。本当に彼は君に忠誠を?」
「当然よ。ね、進。あたしと結婚したいでしょう?」
アドリブで振られたので、訥々と木ノ下も受け応える。
「あぁ。結婚、して幸せになろうぜ」
「えぇ、幸せになりましょ。まずは子供を五人、いいえ、六人は作りましょうね」
「じゃんじゃんやろうぜ」
「いやね、何を言わせているのよ」とロゼが母星語で呟いて、顔をしかめる。
「何も恥ずかしがる事じゃないでしょ。子供は繁栄の証よ」とシークエンスも母星語でやり返すと、カルフを見た。
ぼんやりした木ノ下の顔を、至近距離でジロジロと眺め回している。
「ふぅん、僕達がやった時とは全然違うな。さすがシークエンスとでも言うべきか」などと呟いているのが聞こえたが、それよりも、攻撃するなら、この距離をおいて他にない。
カルフは完全に油断している。現に彼らは武器を持っていない。
逃亡者のシークエンスが反旗を翻すなんて、考えてもいない証拠だ。
だが、シンクロイス同士で殴り合いをするのは危険だ。
うっかり器が入れ替わってしまう可能性も高い。
彼らの乗り移り方は非常に単純で、器との接触により行なわれる。
もし自分が首尾良くロゼの魂を叩き出せたとしても、ロゼの選んだ器に自分が取り込まれては、たまらない。
鉄男の体は頑丈だ。それに、この体に乗り移っている間は木ノ下も好意的に接してくれる。
ロゼやカルフの選んだ器より、何かと情報を得られやすいし効率もいい。
入れ替わるなんて絶対に後免だ。
従って、シークエンスは攻撃武器として木ノ下を利用しようと決めた。
他者による物理攻撃なら彼女に害が及ばないし、乗り移ったばかりの魂を叩き出す事だって可能である。
魂が器に定着するまでには時間を要する。
ロゼもカルフも、この地へ降り立ってから、そう時間は経っていないはず。
なんせシークエンスが鉄男へ乗り移ったのは、ニケアで本格的な空襲が始まるよりも前の事だったのだから……
今こそ攻撃のチャンス!の意味を込めてバチーンとウィンクを飛ばしたのだが、木ノ下は死んだ魚の目で、ぼんやり立ちつくしている。
変なところで気の回らない男だ。
否、打ち合わせにない合図では判らなくても当然だ。
シークエンスは、さっさと作戦を変更した。
「さぁ、進。カルフにも挨拶なさい?同志への挨拶は、さっき教えたから判るわよね。ぎゅうっと抱きしめてやるのよ。愛情をいっぱい込めて、ね」
木ノ下は、うつろな目でカルフを見た。
小柄で可愛い少年に見えるけど、こいつも"空からの来訪者"なのか。
ぷりっとしたお尻はショートパンツに包まれ、銀の髪は柔らかく輝き、緑色の瞳は大きく、くりくりとして愛らしい。
なるほど、こんなのに突然襲われたら、木ノ下だって対処しきれない。
――いや、これは乗り移った後の姿なのだ。
以前は、どのような容姿だったのだろう?
気の毒な少年。器と称され、体を化け物に乗っ取られるなんて。
シークエンスは、ぎゅっと抱擁しろと言ってきた。
殴り倒す作戦は、どこへ行ったんだ。
いやしかし、実際目の前で少年を眺めてみると、この子を殴り飛ばすなんて、とんでもない。
大体、相手が少年だとも聞いていなかった木ノ下である。早くも攻撃意欲が削がれてきた。
言われたとおり、抱擁しておこう。殴り倒すよりは平和的だ。
木ノ下は少年を愛情込めて、ぎゅぅっと抱きしめてやる。
抱きしめる際、手がさわさわとお尻を撫でてしまったのは、けして意図的ではなく身長の差のせい。という事にしてほしい。
それにしても、ぷにぷにしていて手触りのいいお尻だ。ずっと触っていたくなる。
それに、なんか良い匂いがするし、この子。何の匂いかな?
フンフン鼻息の荒い木ノ下に力一杯抱きしめられて、「うっ」とカルフが小さく呻く。
親愛の抱擁はシークエンスの言うとおり、シンクロイスが互いの友情を確かめ合う為の挨拶だ。
ただし同種同士なら、ではあるが。
やたら鼻息は荒いし、恍惚とした表情を浮かべているし、シークエンスに魅了されたにしては様子がおかしい。
さっきから、やたら尻の割れ目を指でなぞってくるのも気持ち悪い。
そこは信頼の情を深める場所ではない。触る必要のない部位だ。
「お、おい、もう離せ。あっちにいけ」
小声で命じ、腕から逃れようとするカルフを、ますます力強く抱きしめる木ノ下。
あと、どれくらい抱擁していればいいのだろう。
できることなら、一日抱きしめていてもいいんだけど?
抱擁に浸っていると、「今よ!」と、突然シークエンスに腕を掴まれる。
木ノ下が我に返って「は?」となるのと同時に、勢いよく木ノ下の腕は、本人の意志とは無関係に振り回された。
「あぼッ!」と悲鳴にならない悲鳴をあげて、腕の中にいたはずの少年が床へ転がるのを、木ノ下は眼窩に捉える。
「だ、大丈夫か」と駆け寄ろうとしたが、やはり体は己の意のままには動かず。
シークエンスが「どりゃあぁぁぁっっ!」と勇ましく叫んだかと思うと、次の瞬間には宙を舞っていた。
投げ飛ばされたんだと木ノ下が判ったのは、着地地点でロゼと衝突し、彼女をお尻に敷いた後であった。
「なっ!何をする、シークエンス!?」
慌てるミノッタを指さし、彼女が叫んだ。
「進、GO!」
殴り倒す作戦が、ここで発動するとは。
指示された直後、木ノ下の体は本人が意識するよりも早く勝手に動き、次の瞬間には、いいパンチがミノッタの顔面に繰り出され、悲鳴をあげるまでもなく乃木坂の体は崩れ落ちた。


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