act4 悪の手先
その日は、授業が始まる前から生徒が起き出していた。授業など始められる状況ではないほど、全員に動揺が走っていた。
「大変!大変よ、昴クン!TV、TV見てぇ!!」
激しいノックと大声で呼ばれ、夢うつつにベッドで寝ていた昴は飛び起きる。
この声は、メイラ?時計を見ると、まだ朝の六時だ。
授業は八時から始まるから、安眠妨害にも程がある。
「なんだい、朝から騒々しいなぁ」と文句を言いながら扉を開けると、泡をくったメイラと鉢合わせた。
「それどころじゃないのよぅ!TV、早く早くっ」
やたら急き立ててくる同級生に背中を押されるようにして部屋を飛び出すと、TVが設置された食堂へと急ぐ。
既に何人かの候補生が集まって、熱心に見ていた。
画面を一目見て、昴も、あっと驚く。そこに映っていたのは――
「やれぃっ!者ども、ヤロウは殺せ!女は全部俺のモノだ〜!」
画面の向こうで、女性を背後から抱きかかえ腰を振っているのは誰であろう、乃木坂勇一ではないか。
黒いスーツに黒いマントと奇天烈なコスチュームを身に纏い、野球場の得点ボード上に立っている。
誰もが目を丸くしてTVを凝視し、ツユがぽつりと呟く。
「な……何やってんのよ?勇一っ」
鉄男達は学長室で、それを見た。
皆、学長に叩き起こされて招集されたのだ。
乃木坂は一人ではない。多くの部下を引き連れていた。
全員が黒い全身タイツを着ていて顔もマスクで見えない、如何にも雑魚といった軍団だ。
そいつらが一斉に球場の客を襲っている。
こんな朝早くに何故、球場が開いていて客も入っているのか。
そして何故、乃木坂はヘンテコな恰好で彼らを襲わせているのか。
状況の見えない惨状に、教官は誰一人理解できないといった顔でTVに見入った。
「洗脳……でしょうか?」
木ノ下の呟きに、学長も首をひねる。
「だとしても、こんなまだるっこい真似を、何故……?」
誘拐したいなら乃木坂をさらった時のように個別で浚えばいいものを、こんな大々的にやる必要性が見あたらない。
わざと騒ぎを大きくして、TV局に中継させたがっているようにも見える。
「うぅん……乃木坂くんを誘拐犯に仕立て上げる為、とか?」
臨時教官のクルウェルが推理を口にする。
それにしたって、やはり"何故"だ。
皆が見守る中、画面の向こうで乃木坂が吼えた。
「我は偉大なる空からの来訪者、その遣いである!この星に住む者どもへ伝達だ!貴様らは速やかに我々の家畜となるがよい!我々に従うなら生かしてやるが、従わぬものは残らず処罰する!!」
「空からの来訪者!?」
空からの来訪者自身も、その名前を名乗っていたとは驚きだ。
いや、違う。こちらが、そう呼んでいるのを逆手に取ったのか。
「決まりだな。乃木坂はスケープゴートにされたのだ」と剛助が言い、ツユは悔しげに爪を噛む。
「軍部は動いているの?勇一を早く捕まえないと逃げられちゃうわ」
球場を囲む形で陸動機が映っているから、動いてはいるようだ。
ただ、手出しが出来ない。
内部に潜り込めば間違いなく混戦になるし、そうなると一般人の救出も困難になる。
手をこまねいて見ているばかりかと思いきや、画面を劈くぐらいの大音量で銃声が轟いた。
「突入した!」
カメラが大きく揺れ動く。
入り口という入り口から一斉に、軍人が走り込んでくる。
黒タイツの怪人軍団も軍隊の突入に気づいたか、口々に『ギー!』と鳴いて振り返った。
「話せないのかよ、あいつら!?」
「後藤さん、今はそれに突っ込んでいる場合じゃないっすよ!」
TVに突っ込む後藤と、それに突っ込む木ノ下の遣り取りを聞き流しながら、鉄男は上空へ目をこらす。
いた。
巨大な影が、球場の上空に留まっている。
いつぞやラストワンへ奇襲をかけてきた、あの巨大戦艦だ。巨大な人間の形をした。
「家畜になれって言ってましたよね……殲滅じゃなく、占領が目的だった?」
ツユの呟きに、学長が頷く。
「奴らの科学力を持ってすれば、我々など簡単に全滅させられた。それをしなかったのは、今までこちらの戦力を計るためだったのかもしれんな」
しかし、それにしても。
乃木坂が生きていたのは喜ばしいが、人質ではなく、こういった使い方をしてくるとは意外だった。
これでは取引を持ちかけることもできない。
いや、まだ望みはある。
家畜になるか、否か――
「軍はノーと答えるだろうね。となると、乃木坂くんは戻ってこられなくなるかも?」
「冗談じゃないわ!」
クルウェルの一言に、すかさずツユが声を荒げる。
「学長、俺達は、このまま手をこまねいて見ているだけなんですか!?」
「勇一を取り戻す作戦、うちらで考えないと!軍に任せていたら、あいつが殺されるかもしれないわッ」
両脇から木ノ下とツユの双方に詰め寄られ、学長は小さな溜息をもらすと、二人を手で宥めてから結論を下した。
「……仕方あるまい。反撃だ」
えっ?となる面々に、重ねて付け加える。
「こちらから打って出よう。挑発するんだ、ゼネトロイガーで。危険だが、乃木坂くんの人命がかかっている。我々に残された時間は少ない」
TVの向こうでは銃撃戦が続く中、乃木坂の叫び声が聞こえた。
「これが貴様らの答えか!?だが、我々の主は寛大だッ。一つの答えだけで決めるほどには推量が浅くない!全てのもの達に問う!答えを見つけたものは、いつでも来るがよい!」
捨て台詞を残し、乃木坂がふわりと宙に舞う。
マントの下で見え隠れしているのは噴射ジェットだ。あれで空を飛んでいるらしい。
黒スーツは吸い込まれるようにして、巨大な人間戦艦の中へ消えていった。
学長の立てた作戦は単純なもので、ゼネトロイガーに搭乗して空からの来訪者へ向けた全国放送を流す。
我々を家畜にしたければ一対一で勝負しろと、一騎討ちを呼びかけるのだ。
彼らはゼネトロイガーに興味があるようだったし、乃木坂をさらったのも偶然ではあるまい。
彼がラストワンの教官だと判っていて、声をかけてきた事もあるのだ。
誘拐は故意に行なわれたと見て間違いない。
その乃木坂に悪の手先を演じさせたのは、こちらをおびき出す作戦か。
なら、あえて乗ってやるのも手だ。あの男は、ラストワンにとって大切な人材なのだから。
「それにしても……乃木坂さん、思いっきり素顔だったよな」
中継を思い出して、木ノ下が悩ましい表情で腕を組む。
「あぁ」と頷き、鉄男は俯いた。
拉致されたのが乃木坂ではなく自分だったら、自分が、あれをやらされていたのだ。
どちらでもよかったはずだ、ラストワンの関係者なら。
ただ、彼が先に正解を引き当ててしまったというだけで。
「まぁ、乃木坂さんの身柄は学長が保障してくれると思うけど」
鉄男も考えていたことを木ノ下が口にし、二人揃ってゼネトロイガーを見上げた。
空からの来訪者を誘き出し、一対一で戦う役目を背負ったのはツユ組だ。
ツユとミィオで戦う。
一番戦闘訓練が進んでいるのは乃木坂組だが、肝心の乃木坂がいないのでは戦おうにも戦えない。
「一対一だろ?向こうが強敵出してきて、万が一負けでもしたら、どうするんだよ」
戦う前からネガティブな発言で、何事もポジティブな木ノ下にしては珍しい。
鉄男が、そっと先輩の横顔を伺うと、木ノ下は落ち着かなさげに両手を組んでは離している。
「それに、軍部が許可しなかったら強行するっつってたけど、そんなことして大丈夫なのかよ、この学校……」
木ノ下を落ち着かせてやろうと、ずっと黙っていた鉄男が何か発言するのと。
「木ノ下。学長の事だ、きっと何か対策があって」「大丈夫じゃない?ここの学長なら」
後方から話しかけてきたクルウェルの言葉が見事に重なった。
「えっ?」と振り返る二人へ片目を閉じてウィンクすると、新顔教官はしたり顔で語り出す。
「ここって何度か軍の要請でゼネトロイガーを出撃させてるよね。あれって、どうして出撃できたと思う?いや、どうして軍が出撃要請してきたのか。君ら、ちゃんと考えたことある?」
考えたこともなかった。
軍が出ろというから、仕方なく出撃しているものかと。
木ノ下がそう答えると、クルウェルは、にっと笑って否定する。
「軍だってバカじゃないからね、戦えるかどうかも判らない奴に出撃要請を強制したりしないよ。互角に戦える力がある、それを知っていたからこその要請って考えるのがトーゼンでしょ。んで、なんで軍がラストワンを、それほど信頼しているのか?それは、学長に秘密ありってトコかな」
「学長に……」「……秘密?」
鉄男と木ノ下は顔を見合わせる。
この新参、一体何を知っているというのか。
無言に促されるようにして、クルウェルは話を続けた。
「御劔高士はロボット工学じゃ有名な研究者だ。しかも、軍部とは深い繋がりを持っている。まー俺も詳しく知っているわけじゃないけどね?親族の誰かにコネがあるらしいよ」
知らなかった。そんな話は聞いたこともない。
大体、学長個人の情報など鉄男は全く知らないと言っても過言ではない。
顔の綺麗な男だとは思ったが、それほど学長個人に興味を惹かれなかったのだ。
木ノ下は一応ここへ就職した際にネットで調べていたけれど、それでも、そこまでの情報は掴めていない。
学長が昔ロボット研究をしていたのと、ラストワンが比較的、他と比べて新しい学校だというのが判った程度だ。
なので「ホントかよ?」と木ノ下が疑りの目を向けると、クルウェルは肩をすくめて「信じるか否かは、ご自由にどうぞ」と流してきた。
「ロボットを独自に開発してんのは、ラストワンだけじゃない。他の養成学校だって一台や二台は所持してるもんさ。それなのに、他の養成学校には出撃命令が下りたことなんか一度もない」
「それは、たまたま連中が、うちを襲撃してきたからじゃないのか?うちが一番近かったから、軍は……」と言う木ノ下を、ちらりと眺め、クルウェルが言い返す。
「近いというだけで?実力の判らない素人を軍は強制出撃させないって、さっき言っただろ。だが実際、出撃要請は出た。そして君達は見事撃退した……でも養成学校同士の大会にも出てこない学校の実力を、何故軍部が知っているんだ?おかしいだろ」
言われてみれば、そのとおりで、何故誰も疑問に思わなかったのかが不思議なぐらいの展開だ。
もっとも、襲われた当初は驚きと恐怖と混乱で、それどころではなかった。
「じゃあ、今回の出撃希望は通ると思っているのか?クルウェルは」
「クリーでいいよ」と応えてから、彼は再び微笑んだ。
「まーね。そうじゃなきゃ面白くならないし」
「……面白くならない?」と鉄男は聞きとがめたのだが、クリーには、あっさり無視される。
「せっかくラストワンへ来たんだ。乃木坂くんが戻るまでに一度はゼネトロイガーの勇姿を見ておかないとね」
些か不謹慎な発言の新米に、眉根を寄せながら木ノ下は尋ねた。
「そういや、お前。うちには誰のツテできたんだ?面接、受けてないみたいだけど」
「ん?決まってんじゃん。学長だよ」
答えて、ついでとばかりに付け足した。
「前の学校をクビになって、どうしよっかな〜って考えてたトコ、ここの学長にスカウトされてね。臨時だけど、まっ、いいかってんで話に乗ったんだ。噂のゼネトロイガーと石倉剛助、一度ナマで見てみたかったしね」
意外な名前が意外なタイミングでポンと飛び出し、木ノ下と鉄男は同時に声をあげた。
「石倉、さん!?」
「そ、石倉剛助。学生時代、異種格闘技戦総ナメ優勝だった、あの石倉剛助。一度手合わせしてみたかったんだよね。けど、ラストワンって全然大会出てこないじゃん?だからスカウトは渡りに船だと思って」
次から次へと知りあいの意外な過去を教えられ、鉄男も木ノ下も驚くばかりだ。
「そういや、お前、スパークランから来たんだよな。スパークランっていやぁ」と木ノ下が反応する。
「確か電撃ロボを所有してるトコだろ?名前、聞いたことがあるぞ」
「そうそう!けど、あれって意外と高コスト&ロー機能でさぁ。訓練で殴り合いした程度で腕関節がぶっ壊れる機体じゃ〜、空からの来訪者とは戦えねーよなっ」
こちらが聞くよりも早く、門外不出の重要機密を、べらべらと語られた。
クリーが学校の講師をクビになるのも、判るような気がした鉄男であった……