合体戦隊ゼネトロイガー


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act3 酷いこと

シークエンスという言葉自体は、前々から話題に多々あがっていた。
発言元はエリス。辻教官に対して言ったらしい。
彼女を問い詰めても『幾多のうちの可能性』という判ったような判らないような答えが返ってくるだけで、結局教官の何を指した言葉なのかは未だに判らないままであった。
辻教官が来てから、ラストワンの状況も急変した。
空からの来訪者に、学校が襲われる事態。
教官が彼になるまで、一度もなかった大事件だ。
そして、乃木坂教官の失踪。一部では誘拐されたのではないかとも言われている。
一体、辻教官は何者なのか。
一連の事件と彼のラストワン入りには、何らかの関連性があるのか否か。
まどかは非常に興味がわいた。
だから昴の頼み事、辻教官から乃木坂教官失踪についての情報を聞き出す役目を引き受けたのだった。

翌日の休み時間、亜由美はまどかに廊下へ呼び出される。
「ねぇ亜由美ちゃん。あなたから見た辻教官って、どんな感じ?」
やぶからぼうに直球で質問されて、亜由美は一瞬ハァ?となるも、興味津々答えを待っている先輩へは割合早く答えた。
「そうですね。生真面目で融通が利かない、けど良い教官だと思います」
「どこらへんが良い教官なの?」
「え、と。私達の話を最近は特にちゃんと聞いてくれるようになりましたし、授業へ対する思い入れっていうか教育熱心なところが素敵だと思います」
いかにも亜由美らしい模範的な回答を右から左へ聞き流し、さらにまどかは突っ込んだ質問を重ねる。
「あ、そぉ。それじゃ、座学はいいとして……アッチの授業はどうなの?実技」
「じっ、実技ですか!?」
途端に亜由美の声は裏返る。
「そ、実技」
「ま、まだ、そこまで授業が進んでいませんし……!」
「あら、でもマリアちゃんの話だと、前に教官の全裸を見たって」
「あっ、あれは……二人の授業態度が、その、不真面目だから……そ、そのっ」
しどろもどろに視線を外そうとする亜由美をジッと見つめると、みるみるうちに彼女の頬が赤く染まる。
まどかの一言で、あの授業の情景でも思いだしたのだろう。
何かを言おうとしては言葉に詰まり、を繰り返している。
畳みかけるように、まどかは亜由美の耳元で囁いた。
休み時間は短いのだ、必要な部分だけ聞き出せればいい。
「どういう流れでそうなったのかは、どうでもいいの。肝心なのは辻教官の態度よ。カチュアちゃんが触れたそうだけど、その時、教官はどういう反応を示したの?」
「え、あ、ビックリしてました」
「吃驚?」
ごくっと唾を飲み込んで、亜由美が繰り返す。
「えぇ、ビックリ」
「吃驚して、それから?」
「その、ブルブルッて体を震わせて、困ったような泣きそうな目でカチュアちゃんを見て」
亜由美の言葉とチャイムが重なる。
「あ、もう休み時間、終わっちゃいましたね……」
どこかホッとした様子の彼女を解放し、「ありがとう、それじゃね」と、まどかは踵を返した。
亜由美の話をまとめるに、授業への態度は真面目。
でも、実技には不慣れ。
幼女に触られたぐらいで動揺しているようじゃ、女性自体が不慣れとも言える。
大体自分が予想していたイメージと同じだ。
全校集会で挨拶を聞いた時も、クソ真面目そうな奴が来たなぁと思ったものだ。
まともな教官は、ラストワンじゃ驚くほど少ない。
乃木坂教官は見た目どおりのチャラ男だし、水島教官からは、やる気が伺えない。
石倉教官は真面目といえば真面目だが、物事の考え方が単純で、脳味噌まで筋肉が詰まっていると思われる。
まどかの担任の後藤教官。何故この学校にいるのかが不思議になるほど不真面目の塊だ。
言ってみれば熱血で真面目なのは、去年この学校へ新規で入ってきた木ノ下教官ぐらいなものだった。
そこへ、新たな真面目教官がやってきた。それが辻教官だ。
以前の飲み会での木ノ下教官評価によると、辻教官は『少々テレ屋』だそうである。
人にものを教える教師がテレ屋で務まるのかと、その時は呆れたのだが、本当だったようだ。
「なら、正攻法が一番効果ありそうね」
小さく呟くと、まどかは口の端をニヤリと歪めた。

授業が終わると候補生は真っ直ぐ寮へ帰り、教官は一度教官室へ立ち寄ってから寮へ戻る。
夕飯の時間がくるまで少しばかりの自由時間を過ごし、夕飯が終われば風呂タイム。そして就寝。
だから、寮にも帰らず「少し話があるんですけど」と半ば強制的に、まどかに誘われた鉄男は怪訝に眉をひそめた。
赤城まどかとは、ほとんど口を訊いた覚えがない。
そもそも受け持ち生徒以外と話をする機会が全くない。
後藤の受け持ち生徒だと聞いている。
素行が悪いとも聞かされているが、こうして見た限りでは亜由美らと同じ、至って普通の女の子だ。
青い髪はサラサラで、背中まで長く伸ばしている。
動くと良い香りがする。
隅々まで気を遣っているのか、爪が艶やかで綺麗だ。
じろじろと眺めている自分に気づき、鉄男は不意に恥ずかしくなった。
仏頂面で、だがやや俯き加減の鉄男へ、まどかが話しかけてくる。
「単刀直入にお伺いします。スタッフの皆さんの話だと、乃木坂教官と最後にいたのは辻教官、あなただそうですね」
候補生の興味は、今や行方不明の乃木坂にある。
だが彼女達がそれを知ったのは、一昨日の朝礼が初めてのはずだ。
一昨日知ったばかりで即日スタッフに話を聞き出したとなると、えらい迅速な行動である。
鎌をかけているのか。それにしては乃木坂の親友ツユではなく、鉄男に狙いを絞った理由が分らない。
鉄男が黙っていると、まどかが距離を詰めてきた。
「ね、教えて下さい。乃木坂教官はラストワンにとって大事な先生です。皆、心配しているんですよ」
さりげに後方へ下がりながら、鉄男も聞き返す。
「……俺に、何を話せと?」
再び、まどかが近寄ってきて、息のかかる距離で、そっと囁かれる。
「あの日、何が起きたのかを全て」
「あの日?」
背中が壁に当たった。後がない。
「最後に乃木坂教官と別れた日の事です。あの日、何があったんですか?」
何があったと聞かれても。
乃木坂に無理矢理、中央街まで引っ張ってこられて、情報収集しただけだ。
そのうちに空からの来訪者に奇襲されて、重傷を負った鉄男は気を失ってしまった。
乃木坂とは焼き肉屋の前で別れて、それっきりだ。
彼に何があったのかは、鉄男のほうこそ知りたい。
だが素直に答えようとして、鉄男は思いとどまる。
もし乃木坂が中央街で行方不明になったと話して、それで、まどかは納得するのだろうか?
きっと彼女は、乃木坂を探しに中央街へ行くに決まっている。
まどかまで何かの事件に巻き込まれたら、たまったものではない。
乃木坂が行方不明になった時、鉄男は酷く落ち込んだ。
けして好きな相手ではなかったけれど、自分がもっと強く引き留めていれば、或いは防げた災難だったかもしれないのだ。
また自分の行動で誰かが不幸になるかと思うと、余計な一言は言わないに限る。
鉄男の沈黙をどう受け取ったのか、まどかが更に距離を詰めてきた。
体と体が触れる距離になって、ようやく鉄男は我に返る。だが、少々遅かった。
「教えてくれないと、私、教官に酷いことしちゃいますよ」
「酷い……こと?」
「そっ。酷いことされたくなかったら、素直に話して下さい」と言って、目の前の少女はニコリと微笑む。
女の子がする酷い事とは何だ。
殴られたり蹴られたりといった暴力は、幼い頃より慣れている。
目の前の少女は、暴力的な真似をするような子には見えない。
呆気にとられる鉄男の前で、まどかが背伸びする。鉄男の耳元で、そっと囁いた。
「あの日のこと、最初から教えて下さい。何故辻教官は、乃木坂教官と一緒にいたんです?」
そっと耳たぶを軽く噛んでくるものだから、鉄男は大いに狼狽した。
「なっ、何を……!」
突き飛ばそうにも少女の両腕が首に回され、二人は抱き合う形になる。
確か十七歳と聞いていたが、まどかの胸は意外や大きい。
鉄男の視線を辿った彼女が、悪戯っぽく笑う。
「私の胸、そんなに気になりますか?」
赤面する鉄男に、わざと胸をすり寄せると、じっと上目遣いに見つめあげてポツリと呟いてみせる。
「いいんですよ……?触っても」
「な、なにを、言って」
完全に相手のペースだ。
少女のペースに呑まれっぱなしである。
よく知りもしない少女との抱擁が、鉄男から冷静な判断も思考力も軒並み全部奪ってしまった。
すっかり頭の中が真っ白だ。
真っ白な中で、まどかの胸の柔らかさが服を通して伝わってくる。
「触りたいんでしょ?そういう顔しています」
一体どういう顔に写っているのやら、蛇に睨まれた蛙の如く脂汗を流す鉄男に、まどかの攻撃は容赦ない。
あろうことか、鉄男の手を掴むと自分の胸の上に重ねたではないか!
ダイレクトに柔らかさと重量とを掌で受け止めた瞬間、ついに鉄男の思考は木っ端微塵に砕け散る。
「…………ッ!」
真っ赤になって固まる鉄男を見上げながら、まどかは考えた。
もしかしたら教官を脱がして自分も脱ぐ必要があるかと思っていたが、そこまでいかずとも済みそうだ。
たかが胸を触らせた程度で、こんなにも極端な反応を示すとは些か予想外であった。
ラストワンの教官になるぐらいだから、てっきりムッツリスケベか肉食男子の類だと予想していたのに。
ホントのホントにテレ屋さんだった。ここまでくるとコミュニケーション障害と言ってもいい。
「ね、教官。もっと酷いことされたくなければ、話して下さい。あの日、どうして乃木坂教官と一緒にいたんですか?」
鉄男のくちがパクパクと動くのを見て、まどかは彼の手を解放してやった。
手が胸から離れて、ようやく鉄男にも、まともな思考が戻ってきたらしく、力なく側にあった椅子へ腰を下ろすと、ぽつぽつと話し始めた。
「あの日は乃木坂教官に誘われて、中央街へ出た。目的は、空からの来訪者の情報集めだった……」


辻教官から聞き出した話は、思った以上の収穫だった。
乃木坂教官は、空からの来訪者について調べていた。
中央街へ出たのは、以前ヴェネッサと一緒の時に遭遇した連中が中央街に潜んでいるのではないかと考えたからだそうだ。
敵が中央街に潜んでいる――考えたこともなかった。
しかし、連中は人型に変身できるのだ。ありえない話ではない。
そして、その情報収集中に乃木坂は行方不明になった。
乃木坂の行方不明と、空からの来訪者を結びつけるのは容易だ。
辻教官や学長も、そう考えたらしい。
教官は急遽代理を立てておき、内密に乃木坂の行方を探すと同時に、空からの来訪者の情報も探る。
軍に救助を要請しなかったのは、事実関係がまだハッキリしていないからだと辻教官は言っていた。
「それで遊園地へ行って、黒いモヤモヤと戦ったりしたわけか……」
昴の独り言を聞き逃さず、すかさずまどかが突っ込んでくる。
「黒いモヤモヤって?」
「ん、あぁ、メイラくんが言っていたんだ。遊園地で、謎のモヤモヤした物体と戦ったって。遊園地に出向いていたのは、情報収集の為だったんだろうね」
「そうなの」と一旦は頷いてみせ、まどかは続けた。
「それって偶然だったのかしらね?」
「どういう意味だい」と聞き返す昴へ、自身の推理を披露してみせる。
「考えてもみてよ。ここ最近の騒動って、全て辻教官がうちに来てから起きているじゃない。空からの来訪者は何故今になって、突然うちを襲撃してきたの?ゼネトロイガーは四年も前に完成していたってのに、それまでは全然襲ってこなかったじゃない」
疑問はもう一つある。
何故、乃木坂は鉄男を誘ったかだ。
情報収集が目的なら、相方は誰でも良かったはず。例えば親友のツユでもいい。
何故鉄男でなければならなかったのか。
辻教官自身にも判らなかったのか、彼は何度も首をひねっていた。
まどかが疑問を口にすると、昴は少し考え、言った。
「乃木坂教官って面倒見のいいところがあるからなぁ……きみの言うように辻教官がコミュ障だとしたら、人慣れさせる目的で、情報収集につきあわせたのかもしれないね」
面倒見が良かったのか。全然知らなかった。
考えてみれば、まどかは乃木坂教官と普段ほとんど話したことがない。
外見から内面までチャラチャラした印象しか受けなかったので、なんとなく敬遠していた。
もっとも、乃木坂のほうではまどかに興味があったのか、よく話しかけられてはいた。
面倒なので、いつも軽く流してしまったが、もっとよく話してみれば彼の本当の性格が判ったのかもしれない。
「疑問は、もう一つあるよ、赤城くん。倒される前にね、黒いモヤモヤが言ったそうだ。辻教官へ向けて『見つけたぞ、シークエンス』……ってね」
「それって」
ハッとなるまどかを見、昴が結論づける。
「エリスが辻教官をシークエンスと呼んだ件を考えるに、シークエンスが辻教官なのは間違いない。黒いモヤモヤと空からの来訪者の関係は不明だが、どちらもシークエンスを探していたとすれば、僕らの学校が今年初めて連中に襲撃されたのも、たまたまではなく、辻教官が目当てとは考えられないか?」
「で、でも」
それでは順序がおかしい。
黒いモヤモヤがシークエンスこと辻鉄男を見つけたのは、つい最近だ。
一番最初にラストワンを襲ってきた時点では、空からの来訪者は情報を掴んでもいなかったはず。
「他にも要因があるってことか。謎の多い学校だね、僕らの養成学校は」
ふむぅと昴は考え込み、まどかも自分なりに情報を整理する。
この学校が他と違う一番大きなポイントは、やはりゼネトロイガーの存在だろう。
しかし機体は四年前に完成していた。それまで襲われなかったのだから、機体は原因ではない。
次に考えられるのは、学長とエリスの存在だ。
エリスは不思議なオーラをまとった少女だ。
過去陰惨な目にあったという噂だが、本人から直接聞いたわけではない。
未来を占ってもらった候補生もいる。
本当か嘘か、見えないものが見える体質であるらしい。
初めてシークエンスという単語を皆の前で使ったのも彼女だし、彼女が空からの来訪者に狙われる原因だろうか。
だが、エリスがラストワンへ来たのは二年前。
機体同様、今年ではない。これまで襲われなかった理由がつかない。
学長も然り、何故今年になって唐突に連中はラストワンを襲ったのか。
やはり辻鉄男が原因なのだろうか?
「辻教官が何故狙われるのかは、彼の生い立ちを調べるしかなさそうだね。だが、それは後でもいい。僕らが先に調べなきゃいけないのは、乃木坂教官のその後の足取りだ。焼き肉屋の前で別れて、それで、彼は何処へ消えた?」
まどかが言った。
「教官達も聞き込み調査をしているようだし、辻教官に情報を流してもらいましょう」
「辻教官を抱き込むのかい?しかし」
自分達の動きを、仲の良い木ノ下あたりに話したりしないか。
懸念をくちにする昴へ、まどかが差し出したのは自分の携帯電話だ。
画面には、まどかの胸を触っている辻教官が映っている。
「なんだいこれ。きみ、一体辻教官と何をやっていたんだい?」
たちまち昴の眉間には縦皺が寄ったが、まどかは全く気にせず得意げに話した。事の顛末を。
「何って情報収集に決まっているじゃない。こう、携帯電話を録画にセットしといてね。ちょっとばかり胸を触らせてあげたら、真っ赤になってペラペラしゃべってくれたわよ。可愛かった〜」
かと思えば、昴の前に画像をちらつかせて、にんまり微笑む。
「ね、これ、脅迫に使えると思わない?これを証拠に、無理矢理胸を揉まれたって学長に泣きついてやるって言うの。そうやって脅したら、辻教官は無条件で私達の仲間になってくれるわよ」
目眩がした。
だが教官側の動きを探るにあたり、内偵役は必要だ。
こと、目的を同じとするならば。
「それでもダメなら、また色仕掛けをして録画で脅すんだろ?きみって悪魔だね」
「あら、判ってきたじゃない。あたしのこと」
屈託なく笑うまどかを見て、ますます目眩と疲労を濃くしながら、昴は渋々妥協した。
「いいよ、いいだろ。きみに頼んだ以上、きみの好きなようにやるといい。辻教官を仲間に引き入れたら、一旦僕の部屋で作戦会議といこうじゃないか」
まどかに辻教官の尋問を頼んだのは、こんないかがわしい脅迫をやらせる為じゃなかった。
彼女なら、うまく口車で聞き出してくれるんじゃないかと見込んだのだが、とんだ見込み違いだったかもしれない。
或いは、読み違いとでもいうべきか。
昴の想像を遥かに越えた、とんでもない奴を仲間に引き入れてしまった。
だが、もう後戻りは出来ないのだ。


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