合体戦隊ゼネトロイガー


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act1 臨時教官

ベイランドで鉄男が掴んできた情報は、学長に衝撃を与えた。
「謎の生命体……そいつは間違いなく"空からの来訪者"と関係あると見ていいだろう」
シークエンスを知る者が、自分達以外にもいた。
ましてや、それが来訪者らしき生き物とあっては、驚かないほうが難しい。
「どうせなら捕獲して欲しかったねぇ」とツユには言われたが、そんな余裕がなかったのも、ちゃんと説明してある。
「乃木坂くんの消息は依然として掴めず、か。だが」
手元のタブレットを操作し、御劔学長が皆に見せる。
「空爆後、ベイクトピアの上空から飛び去った巨大人型の行方が判った。今はクロウズの上空に空中停止しているようだ。奴らと何とかして接触できないだろうか」
大胆な発言に剛助が声をあげる。
「軍を通さずに、直接奴らとコンタクトをとるつもりですか?そんな真似をすれば、罰せられてしまいますよ」
軍の介入なしに来訪者と接触しようとした研究者が、過去にいなかったわけではない。
そうした連中のほとんどが消息を絶つか命を絶たれており、現在、軍を通さぬ接触は法で禁じられている。
「だが軍に要請していたら、結果がいつ出るか判らない。時間がない、こちらは人質を取られているんだ。せめて乃木坂くんだけでも取り返さないと」
物憂げな表情で応えると、学長はタブレットの電源を落とす。
「けど、誘拐したのが来訪者なら、連中がいつまでも乃木坂さんを生かしておくでしょうか?」
不吉な質問を飛ばした木ノ下は、ツユに「バカ言うんじゃないよ!」と怒鳴られる。
学長もツユへ頷き、木ノ下を見据えた。
「乃木坂くんの命が危険なのは、言うまでもない。ただ、向こうはゼネトロイガーに興味があるようだ。人質は取引にも使える。乃木坂くんも、すぐには殺されないだろう」
いずれにしても、と学長は話を続ける。
「もしかしたら、再び襲撃があるかもしれない。警戒は怠りなく」
話の途中で、剛助が扉へ向けて「そこにいるのは誰だ!!」と誰何するのと、鉄男が廊下に飛び出したのは、ほぼ同時で。
「な、何よ?突然」と狼狽えるツユを無視し、剛助が学長へ耳打ちした。
「何者かが廊下で立ち聞きしていたようです。生徒の誰かかもしれません」
部屋へ戻ってきた鉄男も「逃げ足の速い奴だ」と吐き捨てる。
「誰なのか、判らなかったのか?」と尋ねる木ノ下へ頷くと、むすっと口をへの字に折り曲げた鉄男が聞き返す。
「候補生の中で陸上をやっていた過去のある奴はいるか?この部屋から曲がり角まで一瞬で逃げ切れるスピードだ」
「陸上?陸上ってーと」
首を傾げる木ノ下の横で、ツユが叫んだ。
「もしかして、昴じゃないか?あの子、中学時代は陸上の大会に出たこともあるって聞いたよ、勇一から」
「聞いていたのが朝日川だとすると、厄介だ」
眉間に皺をよせ剛助が呟く。かと思えば、学長を振り仰いで結論を促した。
「乃木坂失踪の件、隠し通せなくなってきたかもしれません」
「そうだな」と御劔も同意し、仕方ないとばかりに肩をすくめる。
「はっきりと確証できるまで伏せておく予定だったが、仕方ない。今判ることだけでも伝えておこう」

聞き耳を立てるつもりはなかった。
聞こえてしまったのだ、偶然。
部屋から飛び出そうとする足音を聞いた瞬間、足は曲がり角へ走り出していた。
今し方小耳に挟んだばかりの情報を、混乱する頭で昴は整頓する。
乃木坂教官が囚われているだって?
しかも相手は"空からの来訪者"だと、学長自ら確信を持っているようでもあった。
研修が嘘ではないかというのは、候補生の中でも、ちらほら疑惑があがっていた。
モトミのネット調べによると、今の時期に研修を受け入れているパイロット養成学校は一つもなかったらしい。
だが、まさか、こんな突拍子もない方向へ話を飛ばされるとは、思ってもみなかった。
いつ浚われてしまったのだろう。
辻教官が謹慎処分になった前後だろうか。
謹慎になる前日、二人で外へ出ていったという目撃情報もある。見たのは飛鳥だ。
乃木坂教官と辻教官。おかしな組み合わせだ。
二人で何をしに、どこへ行って、そして何故乃木坂教官だけが不運に見舞われた?
学長か辻教官を締め上げてでも、真実を突き止めねばなるまい。
考えをまとめた昴の耳に、学内放送が飛び込んでくる。
『候補生は全員、格納庫に集合して下さい。繰り返します。緊急集会をおこないます。候補生は全員格納庫に集合して下さい』
緊急集会なんて、これまでに一度も行われたことがない。
なにか、乃木坂教官に関する発表があるのではないか。昴は急いで格納庫へ向かう。

格納庫には、既に何人かの少女が集まってきている。
どの顔も不安げに互いの顔を見交わしながら、小声でぼそぼそと囁きあっていた。
「緊急集会だって。珍しくない?」
「ホント〜。でも朝礼じゃないってことは、ホントにホントの緊急事態?」
「大体緊急って何なのさ。今は避難警報も出ていないってのに」
「しっ」と誰かがざわめきを制する。
学長以下、数名の教官が格納庫に入ってきた。
「まずは君達に残念なお知らせがある」
前口上もなしに御劔が切り出す。
「研修へ出かけたと言ってあった、乃木坂教官だが……実際には消息を絶っていたことが判明した。携帯、メール、何をやっても彼とは連絡が取れなくなっている」
どよっと大きなざわめきがあがり、少女達は口勝手にしゃべり始め、誰が何を言っているのかも聞き取れなくなる。
「消息不明って、どういうこと!?」とマリアが叫べば、その横では「やはり……」と物知り顔でモトミが頷く。
「やはりって?」と尋ねる亜由美へも頷くと、モトミは言った。
「ウチな、前に木ノ下教官に聞いたんや。今はどこも研修受け付けとらんのに、乃木坂教官どこ行きはったん?って。けど、なんやよう判らん感じで誤魔化されてしもうて」
「きっと、もうその時から行方不明だったのね」
したり顔でマリアも頷き、前方の学長を睨みつける。
「黙っているなんて酷くない?あたし達の教官なのに」
「はっきりしたことが判るまで、言いたくなかったんじゃないかなぁ」
亜由美が一応学長を庇えば、間髪入れずにモトミの突っ込みが入る。
「けど研修に行くっつってたのは、だいぶ前の話やで?そん時に連絡取れへん状態やったんなら、ウチらに話しとくのは義務やんか」
後ろのほうでバタンと大きな音がして皆が振り向くと、床に倒れたメイラをヴェネッサが抱き留めて介抱しているのが見えた。
「一番つらいのはメイラ達だよね」
ひそひそ囁くマリアへ、亜由美も囁き返す。
「警察へは、もう通報したのかな」
「そりゃ、したでしょ。とーぜん。行方不明だよ?」
マリアは力強く頷き、メイラのほうをちらりと伺う。
普段は無駄にテンションの高い先輩だが、今は完全に顔色をなくし、力なく両目を閉じている。
何か話そうとしているものの、唇はワナワナと震えるばかりで言葉にならないようだ。
彼女は乃木坂教官を尊敬していたし、恐らくは好意をも寄せていたはずだ。ショックは並々ならぬものがあろう。
「ホンマに研修行かせた上で消息不明になったんか、それとも行方不明を研修だと誤魔化していたんかは判らんけど……」
ギロリと学長を睨みつけ、モトミが呟く。
「生徒に何も教えへんスクールなんて信用ガタ落ちやで、ウチの中で」
モトミの信用が落ちたところでラストワンは痛くも痒くもなさそうだが、マリアと亜由美はひとまず彼女に同意しておいた。
隠し事をされていたのは、いい気分ではない。
しかし真相が分るまで発表を先延ばしにしていた学長の慎重さも、判らないではない。
「それで」と甲高い声が、ざわめきを破って格納庫に響き渡る。
「乃木坂教官が見つかるまでの間、最上級生の授業はどうなるんですか?」
質問したのはユナだ。石倉組の一人である。
「それについては、ひとまず臨時の教官を呼んである」と学長が淀みなく答えたので、誰もが、えっとなった。
候補生だけじゃない、鉄男や木ノ下もだ。
ツユや剛助にも初耳だったのか、皆の視線が御劔学長へ集中した。
視線集中も、ものともせず、学長が戸口へ声をかける。
「入ってきたまえ。臨時教官クルウェルくん」
「長い前振りだったよね」と軽薄な声が応えて、皆の注目を浴びながら格納庫へ入ってくる。
すらりと背の高い、スマートな青年だ。
ゆるやかに流れるようなウェーブを描いた長髪は薄い藤色で、腰の辺りまで伸ばしている。
口元は薄く、目鼻立ちが整っていて、睫毛は細く、長い。
黙って立っていれば、かなりの美形。乃木坂とは違った意味での、線の細いハンサムだ。
だが声は予想外に甲高く、しかも軽快にしゃべるもんだから、顔から受ける繊細なイメージと全然合っていない。
「俺の紹介、ないまま集会が終わっちゃうんじゃないかと思ったよ」
軽口を叩くと、皆の前で一礼した。
「クルウェル=マグリットだ、よろしく。発音しづらかったら、クリーって呼んでくれればいいから。乃木坂さんが見つかるまでの間、実技以外を教えることになっている」
「……ん?実技以外?」
首を傾げる昴へ、クルウェルがにっこり笑った。
「そう、実技以外。俺がね、そういう契約にしてもらったの。実技は乃木坂教官が無事戻ってきてから、教えてもらってくれよな。俺がやるより乃木坂さんのほうがいいだろ?君らだって」
「それは、まぁ……」
ぽんぽん飛び出す言葉に気後れして、ヴェネッサが冴えない返事をするのも臨時教官は聞いておらず、ぐるっと少女の顔を見渡した後に、教官の顔まで全員見渡すと、にかっと剛助を見つめて微笑んだ。
「いろんな人がいるんだねぇ、ここは。前のガッコよかぁ楽しめそうだよ」
「前は、どこの学校にいたんですかぁ?きゃぴぃ☆」
もはや乃木坂の行方そっちのけで好奇心満々なレティの質問に、クルウェルが答える。
「君らは知ってるかなぁ、スパークランっていうんだけど」
途端に「あー知ってる!そこって偏差値無茶苦茶高い処でしょ!?」だの「全然聞いたことなーい」だのと少女達が騒ぎ出す中、鉄男の体がぴくりと反応したのに気づいた木ノ下は、そっと彼に囁きかけた。
「どうした、鉄男?何か気になることでもあんのか」
鉄男は黙って頷くと小声で返す。
「……あとで話す」
ざわめきが静まるのを待ってから、学長が集会の締めに入る。
「乃木坂教官の行方は警察にも依頼してある。無論、我々も独自に捜索を続けるつもりだ。彼が心配だとは思うが、君達は勉学に励んで欲しい。乃木坂教官も、それを願っているはずだ」
無理矢理終わらせようとする御劔を眺め、杏がポツリと呟いた。
「そんなふうに願う人が行方をくらましたり、するでしょうかねぇ……」
だが消息を絶った原因が本人の意志ではなく第三者の介入あってだとしたら、ましてや、その第三者が空からの来訪者だとすれば、乃木坂の命が危ない。
警察だけに任せては、おけない――!
口に出しては何も言わなかったが、昴は心の中で決意を固める。
解散の挨拶後、メイラをヴェネッサの反対側から抱え上げるようにして医務室へと向かった。


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