合体戦隊ゼネトロイガー


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act6 ヒーローショー

「冷房スペース?そんな噂話まで聞いてたんだ」
木ノ下がマネージャーのユズに話を振ってみたら怪訝な表情を浮かべられたものの、案外彼女は、あっさりとテントの奥を指さして答えた。
「あそこら辺が、そうだよ。ま、でもヒヤッとするかどうかは個人差があるみたいだけど」
「個人差が?」と聞き返す木ノ下へ頷き、ユズが言う。
「そっ。人によっては背中がゾワッとしたり足下がひんやりするんだって。あたしは何ともなかったけどね。なんなら、木ノ下くんも試してみる?」
「は、はぁ」
教えられた場所には、重機が止まっている。
「じゃあ、ちょっと待っててね」と言って石川のほうへ歩いていったユズが二言三言話すと、今度は石川が走ってきて、重機に乗り込んだ。
「もう、ひんやりスペースを知っているとは耳が早いよね〜」
石川は呟きながら手慣れた運転で後方に車体をずらすと、人一人立てる場所を空けてくれる。
「いえ、まぁ、こういうオカルトっぽい噂には目がないもんで……」
適当にお茶を濁した木ノ下は石川へ軽く会釈すると、鉄男とメイラを手招きで呼び寄せる。
つられて役者の面々も何人か集まってきたが、構わず木ノ下は切り出した。
「ここら辺に立ってみてくれるか?なんか、ひやっとするらしいんで」
「わ〜、冷房スポット初体験?」
役者メンバーの言葉に、「冷房スポット?」と首を傾げながらメイラが立ってみる。
「どう?」と木ノ下に尋ねられた彼女は「別に、ひやっとしませんけど」と答えた。
続けて鉄男が立ってみる。
途端に足下からゾクゾクするような寒気が這い上がってきて、慌てて、その場を飛び退いた。
ペティが嬉しそうに手を叩く。
「あっ、辻さんは感じるんだね!あたしとお揃い♪」
ひんやりというよりゾクゾクだ。嫌な気配と言い換えてもいい。
ただ、それだけなのに過去に此処で何かあったのかと良からぬ想像をしてしまう。
「個人差があるんだ。で、何なんです?これ」
メイラは首をひねり、もう一回立ってみた。
やはりゾクゾクもヒンヤリも感じず、むぅっとメイラは口を尖らせる。
ここで何らかの反応を見せれば、皆の関心を集められたかもしれないのに。つまらない。
「なんなのか判らないのよね〜、だから余計気持ち悪くて」とは、役者の一人。
木ノ下も立ってみたが、結果はメイラと同じであった。
「ふーん?感じる奴のほうが少なそうだけど」
「あたし達、特別な霊感があるのかも」と言って嬉しそうに身をすり寄せてくるペティから身を退くと、鉄男は遠慮深げに役者メンバーへ声をかけた。
「それより……演劇に関する基本事項を教えて貰えないか?頼まれた以上、手を抜いた演技は、したくない」
「わぁ〜、助っ人さん、やる気満々!」
思ってもみないほど褒め称えられ、目の前にいる女性全員に拍手され、予想外の反応に鉄男は狼狽える。
狼狽えているうちにペティには腕を組まれ、引きずられるようにして皆の元へ連れて行かれた。
「ひんやりスポット……ここに建物を建てられない事と何か関係しているんでしょうか?」
メイラは、まだ件のスポットが気になるようであったが、ここで二人、頭を悩ませていても解決する謎とは思えない。
木ノ下は緩く首を振り「さぁな」と答えると、メイラをつれて鉄男の後を追いかけた。

皆が立ち去った後。

ミ ツ ケ タ

そう呟いたのは誰であったのか、空耳か。
否、空耳ではない。
ある特定の波動を感じられる者にならば、見えたはずだ。
冷房スペースの三十センチぐらい上空に、ぼんやりと黒い影が浮かんでいたのを。
影は口にあたる部分を開閉させて、こうも呟いた。

ヤット ミツケタ
シークエンス

と――


演劇の基本といっても、大した事は教えてもらえない。
台詞は大きな声で、はっきりと話す。
視線は極力、正面。客席を見る。
その程度だ。
発声練習から始まり、台本を読みながら簡単に動きを併せる。
シャイで内気な鉄男に出来るのか?という木ノ下やメイラの予想を大きく覆し、鉄男は意外やシャキシャキ動いていた。
真面目にやると決めたからには、何かが彼の中で吹っ切れたのかもしれない。
台詞は最初の頃こそ棒読み全開だったが、好きなように言えと奥村からアドバイスを受けた後は多少スジが良くなる。
堅かったアクションも、自分流に置き換えていいよと奥村に助言され、動きが自然になってきた。
少なくとも、「はぅ〜ん、格好いい……」と、ペティを含めた何人かの女の子が頬を染める程度には。
ここにマリアやカチュアがいないのを、メイラは残念に思った。
普段の鉄男は年中怒っているんじゃないかってな仏頂面なのだが、今の鉄男はメイラが見ても熱血ヒーローだ。
笑顔は、まだぎこちないけれど、手を抜きたくないと本人も言っていたし、本番までには、きっちり決めてくれるに違いない。
もし鉄男の笑顔を二人が見たら、一発でコロリと気持ちが傾いてしまいそうである。
カチュアとマリアは未だ完全には鉄男へ心を開いていないように、メイラには感じたので。
「水木くんより辻くんのほうが格好良いね」
「ね、格好いいよね〜」
「てか水木くんってさぁ、演技がクサかったじゃん?白々しいっていうか、鼻につくっていうか!そういうの、全然ないのがイイよね」
メイラの隣で、役者の女子軍団が好き勝手な感想で盛り上がっている。
辞めていった元主役は、随分と影で嫌われていたようだ。
こりゃ鉄男の言うとおり手を抜かないでやらないと、自分も何を言われるか判ったもんじゃない。
辞めていった片平さんとやらと比べられて、あっちのほうが良かったよね〜、今度のヒロインは鈍くさいし、演技大根だし、ブサイク眼鏡だし。
……なんて言われたら、いくらメイラが陰口に耐性があると言っても凹んでしまう。
キモイ・ダサイ・オタク眼鏡と罵られるのには慣れているけれど、誰かとの比較はツライ。
知りもしない相手を嫌いになってしまうのも悲しい。
「はい、次、遠埜さんとの二人シーン!遠埜さん、スタンバイして」
奥村に声をかけられ、憂鬱に沈んでいたメイラは我に返る。
「はっ、はい!」
「頑張ってね〜」と女性陣から声援を受けているのにも気づかず、ガチガチに緊張して鉄男と向かい合った。
演劇をするのは中学生以来だ。中学までの学芸会に、いい思い出はない。
ヒロインなんて夢また夢、メイラに割り振られるのは大抵小道具か照明、よくてモブ役だった。
それがブランク挟んで、いきなりのヒロイン役である。緊張しないほうがおかしい。
「大丈夫だ、遠埜。普段学校で話す要領で話せばいい」
真正面から鉄男に微笑まれ、メイラの心臓はドキンと跳ね上がる。
うそ、私の本命は乃木坂教官なのに。
どうして辻教官の笑顔でときめかなきゃいけないの?
さっきまで冷静に鉄男の笑顔を分析していた自分を取り戻そうとメイラが汗だくになっているうちに、練習が始まる。
台詞を何度も噛んでグダグダになって泣きそうになるメイラを励ましてくれたのも、なんと目の前の男であり。
「遠埜、気負うな。気負うと何を話していいのかも判らなくなってしまうぞ」
普段見慣れぬ鉄男の笑顔を至近距離で見た衝撃か、慰められれば慰められるほど緊張は高まってしまう。
結局、グダグダのループからメイラを救ってくれたのは、彼女をよく知る木ノ下の一言であった。
「メイちゃん、ヒロインを自分だと思って演技しちゃ駄目だ!登場人物の気持ちを、登場人物になりきって考えるのは十八番だろ?」
普通は役に感情移入してなりきれとアドバイスするものだが、木ノ下の助言は全くの逆だ。
ぽかーんと皆が見守る中、メイラだけは判ったとばかりに頷いた。
架空キャラクターの考えそうな思考の妄想は得意中の得意だ。
漫画や小説を読むたびに、いつもやっている。
そう、ヒロインは自分じゃない。
ついでにいうとヒロインは役名『周防涼子』でもない。
ヒーロー辻鉄男に微笑まれていいヒロインは、木ノ下進だけ!
受け攻めが逆転しているけど、この際贅沢は言っていられない。
誘い受けだと考えれば、いいのだ。充分萌えられる、バッチリ。
それからのメイラは、己の妄想内に存在している『木ノ下進』になりきって演技を続ける。
あちこちで囁かれる「ちょっと男の子っぽいよね〜」という感想を耳にしながら、その日の練習が終わった。

三日続いた付け焼き刃の演劇練習も終わり、ついに舞台デビューの日がやってきた。
デビューといっても、今日一日だけの舞台である。
鉄男は『久能アキラ』となり、メイラの演じる『周防涼子』を悪の手から救い出す。
木ノ下は『デビラー軍団』の総司令、『デビール総帥』だ。
末広に聞かされた時は怪人役だったはずだが、いつの間にか総帥に昇進している。
そこに突っ込む暇もなく、デビールデビールと騒いでいるうちに当日が来てしまった。
舞台裏から、そっと覗くと、ガラガラのスキスキかと思いきや、それなりに子供連れが集まってきている。
「ううう、うしっ。鉄男、キンチョーすんなよ?リラックスしていこうぜ、リラックス」
ガチガチに固まった木ノ下に親指を立てられ、鉄男が頷く。
「あぁ」
「あまり緊張してないんだね?」
ペティに問われ、鉄男は彼女にも頷いた。
もっと緊張するかと自分でも予想していたのだが、不思議と緊張していない。
この三日間、奥村にベタ褒めされたのが効いているのかもしれない。
どんなに大根演技でも棒読み口調でも、彼はけして鉄男を叱らず、前向きな助言を与えてくれ続けた。
笑顔が柔らかいのも、奥村の大きな特徴だ。教えを受ける側を気持ちよくさせてくれる。
シナリオライターより教師に向いているのではないか。
奥村みたいに他人へ物を教えることが出来たら、どんなに素敵だろう。
彼に褒められた演技を、他の人にも見せてみたい。奥村の恩義に報いたいと鉄男は考えた。
ジリリリ、と大きなベルが鳴って開幕を告げる。
ナレーション役のペティが軽快に語り始めた。
『喫茶「V SEAL」で働く久能アキラは、デビラー軍団と戦うヒーローだ!日夜デビール総さっ、総帥率いるデビール軍団との戦いに、終わりはあるのか!?』
「……噛んだな」
ぽつりと舞台裏で石川が呟き、周りの面々も無言で頷く。
『今日も今日とてデビール軍団、悪事を働くために街へやってきた!』
舞台横から、颯爽と歩いてきたのは木ノ下演じるデビール総帥だ。
やたらゴテゴテした飾りのついた衣装で、手をあげるたびに肩パッドのトゲトゲが頬に刺さるのが困りもの。
「ふぁーっはっはっはっ!者ども、可愛い女子を見つけたら、手当たり次第誘拐せよ!」
客席からは子供達の「変態〜!」だの「ロリコン〜」といった容赦ないコメントが、木ノ下のハートに突き刺さる。
だから悪役は嫌なんだよなぁ……
一旦は心折れそうになる木ノ下だが、これを鉄男が受けるよりは自分が受けた方がマシと思い直し、演技を再開する。
「誘拐した子は全員怪人へ改造してくれるわ、ゆけっ!」
合図と共に怪人役の面々が舞台下へ降りて、子供達へ手を伸ばす真似をする。
たちまち、キャアキャアと客席は大はしゃぎ。
その騒ぎを物ともせずに舞台をのんびり歩いていくのは、メイラの演じる周防涼子だ。
アキラの運営する喫茶店のアルバイト、という設定である。
「はぁ〜、今日もいいお天気!絶好の喫茶日和ね」
「はっはっはーっ!そこのべっぴんさん、待てぇいっ」
さっと彼女の前に立ちふさがり、デビール総帥が過剰とも思えるポージング。
「お嬢さん、俺のものになるがよい!」
「やだぁ、ロリコンッ!?」
メイラは口に手をあて、眉間には皺を寄せて迫真の演技だ。
ブワサッとマントを翻し、デビール総帥は格好つける。
「ロリコンでは、ぬぁ〜い!お嬢さんは怪人幹部となって、我が元で永遠に働くのだぁ〜!」
がばっと総帥に抱きかかえられ、涼子は素っ頓狂に声を張り上げる。
「いやぁ〜〜ん、助けてアキラすわぁぁ〜〜んっ!」
その悲鳴を合図に「とぉっ!」と、かけ声勇ましくステージへ飛び降りてきた人影に、ざわっと客席が沸く。
「すげぇ、クレーンじゃん!」と頭上を指さして叫ぶ子供達を無視し、ステージ上の鉄男こと久能アキラが叫んだ。
「そこまでだ、デビール総帥!その子を離してもらおうか」
キリッと睨みつけられ、練習以上に鉄男が格好良く決まっていて、木ノ下は内心ドキドキする。
だが、ここは舞台の上。まだ演技の真っ最中だ。ドキドキしている場合ではない。
ぶわぁっとマントを翻し、木ノ下は芝居がかった台詞で応じた。
「ふぁーっはっはっはぁっ!離せと言われて離すバカがいると思うかぁ〜?」
即座に客席からは「引っ込め、変態〜!」だの「ロリコンしつこい〜っ」といった罵声が飛び交った。
ノリの良い子供達へ、ナレーション役のペティが間髪入れずに呼びかける。
『おやおやぁ〜?デビール総帥は退く気がないぞぉ、困ったな〜!みんな、久能さんが頑張れるよう、大きな声で応援しよ〜ぅ!せーので、久能さんの名前を呼んでね!さんはい、せーのっ』
久能さ〜ん!と客席は大合唱。
今日が初めてのシナリオ公開だというのに、子供達にはブレがない。
もしかしたら、ここまでの流れはヒーローショーのお約束というやつなのかもしれない。
「これですよ……!これが好きで、あたしゃヒーローショーを、うぅっ」
舞台裏では末広がハンカチで鼻水をかみつつ、涙を浮かべている。
そんな彼らの横を、不意に何かが通り抜けた。
ぶるっと身を震わせて「ひっ!?」と叫んだ石川の腕を叩き、ユズが叱咤する。
「ちょっと!まだステージ中だよ、静かにして」
「す……すみません、今、なんかヒヤッとするものが脇を通り抜けて……」
「ヒヤッとするものぉ?」とユズが聞き返した時、舞台でも異変は起きていた。
黒い、ぼんやりした影が突如舞台に出現したかと思うと、デビール総帥と久能アキラの間に割って入ってくる。
影はパクパクと口らしき場所を開閉させて、くぐもった声を出した。
『ミツ、ケタ……シークエンス、ワレラノ、モトヘ、カエッテコイ……』
明らかに鉄男へ向かって、話しかけている。
それに耳がおかしくなったんじゃなければ、この黒い影。
今、確かにシークエンスと発しなかったか?
「シークエンスですって!?」と演技を忘れてメイラが怒鳴れば、客席も「シークエンスって何?」と、ざわめき出す。
「貴様、何者だ!どうして俺をシークエンスと呼ぶッ」
鉄男の誰何にも影は『シークエンス……モドッテ、コイ』を繰り返すばかりで、埒があかない。
そのうち、押し問答にも焦れてきたのか影が不規則に姿を変えた。
黒いもやだった物がハッキリと人の顔に形を替えて、巨大化する。客席からは悲鳴があがった。
早いところ影の正体を突き止めないと、客にまで被害が出るかもしれない。
「このっ」と飛びかかった鉄男の腕は空を切る。
予想以上に素早い動きだ。
そればかりか、影が逆に鉄男に襲いかかってきて、鉄男は影に巻き付かれてしまった。
ギリギリと締め付けられて、「くぅっ」と苦痛の声を漏らす鉄男。
いけない、このままじゃ鉄男がやられてしまう!
メイラは咄嗟に木ノ下の腕をかいくぐると、鉄男の前に飛び出した。
「待ちなさい、影!シークエンスは此処よ、アキラさんじゃないわ!!」
緊急時でも役名で呼んでいる辺り、さすがは腐ってもオタク娘。
『ナ、ニ……?』
鉄男を締め付けたまま動揺する影へ、再度メイラが挑みかかる。
ビシッと決めポーズのおまけつきで。
「シークエンスは、この私!周防涼子の、真の姿よ!!アキラさんは関係ないわ!」
咄嗟のアドリブなのに、よくスラスラ台詞が思いつくものだ。
半ば感心して見入っていた木ノ下も、ハッと我に返るとメイラの演技に続けて仰々しくポーズを決める。
「むぅっ!まさか、お嬢さんがシークエンスだったとは、この我が輩にも見抜けなんだぁっ。おい、影よ!お嬢さんを束縛せよっ」
舞台裏で「我が輩っ!?」と一人称の間違いに突っ込む奥村へ「そんな場合じゃないでしょ!」と更にユズが突っ込む。
『ム、グググ……擬態ダト、シークエンス……知能ヲ、ツケタナ……!』
ぐにゅにゅっと悔しげに折り曲がった影が呟くと、今度はメイラへ襲いかかる。
しかし先の発言は、木ノ下の仕掛けた罠であった。
自由になった鉄男が、即座に「させるか!」と影へ飛びかかったのである。
もちろん、打ち合わせなしのアドリブだ。
だが鉄男なら、間を読んでくれるという確信が木ノ下にはあった。
鉄男渾身の回し蹴りが、影の顔だか後頭部だかを確実に捉える。
『ブゴオォォォォッッ!!』
影は舞台の外まで一直線に飛んでいくと、フェンスにぶつかった瞬間ぷしゅんと消えてしまった。
途端に客席は大喝采。
「うぉぉー、すげぇっ!」
「かっけ〜っ!」
子供や親御達の歓声が飛び交う中、ようやく我に返ったペティがシメに入る。
『え、えっと……久能アキラの活躍で怪人カゲーは倒された!デビール総帥も慌てて逃げ出して、街の平和は守られたぞ』
「お、おう」と思わず素でナレーションへ返事をしてから、木ノ下も役に戻って仕切り直す。
「我の怪人を倒すとは、やるではないか久能アキラ!きょ、今日のところは、このへんで許してやる!さらばだぁ〜〜っ」
舞台を飛び降り、裏へ駆け込む。
背後で子供達の大喝采、そして沢山の拍手が鳴り響き、なんとかステージは終了できた。

舞台が終わった後、一同はテントに集まって一息入れる。
「あぁぁ〜、びっくりした!何あれ、サプライズ演出ですか?も〜、サプライズがあるなら前もって教えといて下さいよー!」
無茶を言うペティに奥村も石川もユズも、舞台裏にいた全員が揃って首を真横にブンブン振る。
「とんでもないよ、あんなのが乱入してくるなんて、こっちだって予定外だったし!」
「えっ……」となって皆が顔を見合わせる。
気味悪そうに肩をすくめ、石川が両腕をさする。
「あいつが脇をすり抜けた瞬間、ぞわっとしたんだ。鳥肌が立って」
見れば今も石川の腕には鳥肌が立っている。あの時の悪寒を思い出したのかもしれなかった。
「何それ……もしかして、幽霊?」と青くなる役者には、鉄男が否定する。
「いや、蹴り飛ばした時に実体を感じた。少なくとも幽霊ではない」
「ユーレーじゃなかったら、何なのよぉ〜?怪物!?」
混乱する一同を宥めたのは、意外や暢気な「まぁ、それよりも」という末広の横やりで。
「舞台が成功したことを、いの一番に祝うべきじゃないかね?諸君っ」
「ユーレーだか怪物だかは、どうすんのよぉ」と役者に詰め寄られても、末広の笑顔は変わらない。
「あれは飛び入り参加のエキストラだ!我々の舞台に貢献してくれた脇役だよ」
そんな馬鹿な。
突拍子もない結論に鉄男は目眩を覚えたが、周りを見てみると「そっか〜、エキストラかぁ」と皆々も納得しかかっている。
いや、もう、石川あたりは「そんじゃ、打ち上げいきますか!」と早くも打ち上げに思考が飛んでいた。
鉄男がすがる視線を木ノ下へ向けると、彼は人差し指を口元にあてる仕草をする。
この場は黙って、収めておけ。ということか?
なるほど、シークエンスは自分達だけが知る情報だ。
ここで拡散しても意味がないし、皆を不安に惑わせるだけだろう。
舞台の上ではメイラが一番冷静だったが、今は木ノ下が一番冷静だ。
打ち上げだと騒ぐ一行の中にメイラを見つけ、鉄男は手招きで彼女を呼び寄せた。
「なんですか?」と首を傾げる彼女へ、小声で木ノ下が囁く。
「そろそろ帰るぞ。学長を騙し続けるのも限界だしな」
三日間、捜査と偽って出てきたのだ。
いい加減、学長もメイラの同行を訝しんでいるであろう。
新たな情報の手土産で機嫌を直してもらうしかない。
シークエンスを知る、謎の影との遭遇。
『戻ってこい』とは、どういう意味だったのか。
もしかしたら、と鉄男は憶測を巡らせる。
あの影は空からの来訪者と、何らかの関係があるのではなかろうか。
明らかに人間ではなかった。かといって、作り物でもない感触を足に受けた。
あれは生身だ。気体のように透けていたのに確かな弾力、肉質を感じた。
「辻くん、君達も打ち上げに来てくれるよな?」と誘ってくれる末広には悪いのだが、緊急に報告する必要がある。
「あ、すいません。俺達そろそろ帰らないと門限ヤバイんで。それじゃっ!」
反論する暇も与えず、ちゃっちゃとお断りして木ノ下が歩き出す。
鉄男も木ノ下の後を追いかけ、後ろ髪ひかれる思いなメイラも仕方なく二人と一緒に帰路へついた。


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