合体戦隊ゼネトロイガー


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act4 ベイランド

ニケアから出なくても、他の国の情勢はニュースで見ていたから知っていた。
だから不思議だった。
大都市たるベイクトピアは何度空襲を受けても何故、一向に滅びないのだろう。
今日初めて、木ノ下に地下街の存在を教えられ、鉄男は知ることになる。
ベイクトピアの重要拠点は地上ではなく地下にあったのだ。
遊園地や映画館などの娯楽施設の他に巨大なマーケットや歓楽街、軍事基地も地下に揃っている。
無論、地上にも買い物や娯楽の施設はあった。だが、品揃えは地下街のほうがずっと豊富らしい。
ベイランドは地下街の誕生と共に作られた場所で、一番歴史が古い娯楽施設でもある。
その一角に五年前から工事中の区域があるという話を、木ノ下が通行人から聞き出した。
「木ノ下は気づかなかったのか?」と鉄男が問うと、彼は困ったように頭をかく。
「いや、全然。だって遊びに来ている時にフツーは気にしないもんだろ?作りかけの場所なんて」
「なら、さっきの人は何故気になっていたんだ……」
顔も見ていない情報源に鉄男が思案を巡らせていると、木ノ下は「きっと新しいアトラクションの完成を待ち続けていたんだろ」と応え、頭上の電光板を指さした。
「このまんま北へ進むと軍事区域。俺達一般人は立ち入り禁止だから気をつけろよ。遊園地は右折、歓楽街は左折だ。ま、お前は興味ないかもだけどな、歓楽街は」
木ノ下の後をついていきながら、鉄男は尚も質問する。
「歓楽街とは……なんだ?」
「えっ?」と虚を突かれた顔の木ノ下に振り返られ、またおかしな事でも聞いたのかと鉄男は恥ずかしくなった。
木ノ下は「あぁ、そうか」と口の中で呟いたかと思うと、すぐさま笑顔で鉄男を慰めにかかる。
「いや、お前には必要のない場所だよ。うん、あんな処は知らなくていい。不潔で汚い場所だしな」
「そ……そうなのか?」
鉄男は驚いた。不潔で汚い場所が、この大都市にあるとは意外だ。
地上の道は綺麗に舗装され、街の隅々まで掃除が行き届いていた。
地下街も同様、地下にしては空気が澄んでいて、足下には塵一つ落ちていない。
しかしベイクトピアをよく知る木ノ下が「汚い」というからには、きっと掃きだめが如く汚い区域なのだろう。
歓楽街とは、ニケアみたいな場所なのかもしれない。
ニケアは綺麗な区域を探す方が難しかった。
どこへ行ってもゴミだらけで、裏路地に入ると下水の匂いが漂っていた。
もっとも、あの頃の自分は荒んでいたし、目の前に綺麗な景色があっても気づかなかっただろう。
「候補生をつれていくなら歓楽街だけはやめとけよ?行くなら地上のスポーツ施設か映画館、地下なら遊園地が妥当だろうな」
「地上にも、あるのだろう?その……遊園地は」
「そりゃあ、あるさ。けど、地上は危なっかしいからな〜。地下なら空襲あっても平気だし?」
話している間に、遊園地の入り口が見えてきた。

入り口は混雑していたが、待てないほどの数でもない。
三十分ぐらいすれば、二人は園内に入ることができた。
木ノ下曰く、遊園地は朝方より昼、休日より平日に来る方が、より空いているらしい。
そうは言われても、聞き込みでもなければ平日の昼間ここへ来る機会などないだろう。
平日の遊園地は閑散としていた。
それでもアベックがちらほらいて、鉄男は表情を硬くする。
「仕事をさぼって遊びに来ているとは、けしからんな」
堅真面目な意見に木ノ下は苦笑し、目線で目的の場所を探す。
「いや、まぁ、今は不況だから……それにさ、もしかしたら夜働いている連中かもしれないだろ?」
園内案内板には、工事中の場所は記されていない。
となると、歩き回って探すしかない。
「片っ端から見て回ろう」と提案する木ノ下に、鉄男が言う。
「広そうな場所だ。分散して探すというのは?」
すぐさま「駄目だ、ダメダメ!」と勢いよく却下され、目を丸くする鉄男に木ノ下が迫ってくる。
「鉄男はココ、初めてだろ?それに何かあった時、一人じゃ危ないじゃないか。乃木坂さんの二の舞になったらヤバイだろ。だから、二人一緒に回るぞ」
木ノ下の言うとおりだ。
己の考えたらずに鉄男は項垂れるが、一年上の先輩は鉄男にしょぼくれる暇も与えてくれなかった。
またしても手を繋がれ、颯爽と歩き出す木ノ下の背へ鉄男は話しかける。
「ま、待て!今度はどこへいくつもりだ」
「行っただろ、片っ端から見て回るって。ちんたら歩いていたら日が暮れちまう、レッツゴー!」
木ノ下の足は中央へ向かっている。案内板に『広場』と書かれていた方面だ。
まずは真ん中へ行って、そこからアタリをつけるつもりか。
「俺が思うに工事中のスペースがあるとしたら、園の奥か半ば辺だろうな」
早足で追いかけながら、鉄男も問う。
「どうして、そう思うんだ?」
「どうしてって、入り口に工事中があったら皆がっかりするじゃんか。入り口付近に遊べるアトラクションを置いとくのは、商売の基本だろ。んでもって新しいアトラクションを追加するとなれば、奥まった処か奥へ続く途中のスペースってわけよ」
いちいち納得しつつ、鉄男は突然「待った!」と大声をあげた。
「ん?どうした」と振り返る木ノ下にも判るよう、人差し指で場所を教える。
「向こうに白いテントが見えた。あれが、そうじゃないか?」
手前に見えるアトラクションの背後に生えている、並木をまたいだ先に白いものがチラッと見えたのだ。
一瞬だったから、もしかしたらテントではなかったかもしれない。
「んん、そうか。じゃあ、まぁ、とりあえず行ってみるか」
木ノ下は褒めるでもなく、しかし却下するでもなく鉄男の指さした方向へ歩いていく。
曖昧な態度に鉄男は内心落胆したが、なにしろココは初めての場所だ。
大人しく木ノ下についていくしかない。
果たして鉄男の見つけたものは、というと、平らなステージであった。
ポカンとする鉄男に、木ノ下が説明する。
「ここは休日だとヒーローショーをやったりする場所だな。昔は広場にあったんだけど、だんだん人気がなくなってきたんで、こっちに移動したって話だぜ」
ステージの上には白い布が被せられている。
テントに見えたのは、これのせいだ。紛らわしい。
腹立ちまぎれにステージを睨みつけていると、不意に背後からポン、ポンと背中を叩かれて、鉄男は心臓が飛び出すんじゃないかってぐらい驚いた。
慌てて振り向くと、背の丈自分より、やや低い小男が口元に手を当てて、ニヤニヤしながら立っている。
「おに〜ぃさん、おにいさん、ちょっとイイお話があるんですがね?」
男の着ている物は、この遊園地のスタッフが着ているのと同じスタッフジャンパーだ。
卑猥に垂れ下がった目が、鉄男をじぃっと見上げている。
「……誰だ?」
誰何する鉄男の元に、去りかけていた木ノ下も戻ってくる。
「なんだよ、俺のツレに何か用?」と、怪しい小男から鉄男を庇うかのように立ちふさがった。
「いやね?お兄さん、今ステージ見ていたでしょう。ヒーローに興味あるんじゃないんですか?」
なるほど。
ステージを見ているように見えたのか。いや、確かにステージは睨んでいた。
だが、ヒーローに興味があるわけじゃない。
鉄男がそう言うと、小男は含み笑いをして言い返す。
「じゃあ何でステージを眺めていたんです?」
「それは……」と言葉を濁す鉄男に代わり、木ノ下が小男に話しかける。
「あ、そうだ。なぁ、オッサン。ここに工事中のアトラクがあるって聞いたんだけど、それってどこら辺?」
「なんで、そんなものをお探しで?」
小男は怪訝な表情を浮かべている。
それもそうだろう。工事中のアトラクションに興味を持つ客は、普通いない。
「いや、その、うん、なんだ……?」
木ノ下までもが言葉を濁す中、小男はニヤリと意地悪く口の端を歪める。
「いちゃつきたいんだったら、トイレでやったらどうです?」
途端に泡くって「んなッ!?そ、そんなんじゃねーよ!」と騒ぐ木ノ下は無視する形で、もう一度、小男が鉄男に話を持ちかけてくる。
「ねぇ、おにいさん。休日しかヒーローショーが見られないなんて、寂しい事だと思いませんか。昔はねぇ、平日もやっていたんだ。小さい頃、ヒーローが大好きだった大人達が集まって。ショーが終わった後も、ここで盛り上がったりなんかしてね。そりゃあ楽しい一時でしたよ。なのに来年にはステージをなくす話まで持ち上がっている。酷いと思いませんか?」
鉄男は質問に質問で返す。
「あんたは、ヒーローが好きなのか?」
「勿論ですとも!」と小男は瞳を輝かせる。
「昔はあたしもステージにあがったことがありましてね」と、まだまだ語りたりないようであったが、昔話を遮ったのは木ノ下だった。
「あー悪いんだけどさ、俺達あんたの思い出話につきあっている暇はないんだよ」
「おや、そうですか」と案外男も簡単に引き下がり、ヒヒッと笑い声を漏らした。
「そうですね、デートの邪魔をしちゃ悪いや」
「だっ、だからデートじゃねーっての!!」
慌てる木ノ下などには目もくれず、小男は鉄男にだけ視線を向けて会釈する。
「年寄りは退散するとしましょう、では、また」
去りかける小さな背中を、鉄男が呼び止めた。
「俺に話しかけたというのは、つまり、俺にヒーローショーへ関わって欲しいということか?」
「お、おいっ鉄男!」と木ノ下が慌てるも、鉄男は彼を無視して小男へ話しかけ続けた。
「それとも、俺にヒーローをやって欲しいのか」
「その通りです!」と小男が小走りに近寄ってきて、鉄男の手をすくい取る。
馴れ馴れしい行動に鉄男は内心ギョッとしたが、小男はお構いなく熱っぽい視線を鉄男に向けた。
「おにぃさんみたいなイケメンが彼女と二人でもなく一人で遊園地にくるなんて、ありえません!」
馬鹿にされているのかと鉄男の眉間には皺が寄るが、小男の目はキラキラしている。
「アベックでも子連れでもない妙齢の男性が一人で遊園地に来る理由……あたしゃピンと来ましたね。おにぃさんは、あたしと同じ人種に違いないと!」
「同じ……とは?」
鉄男はヒーロー大好きっ子ではなかったし、ヒーロー願望も持っていない。
だが小男の目には、鉄男が自分と同類――
すなわち、子供の頃の憧れを捨てていないヒーロー志願に見えているらしく。
「ヒーロー好きに決まっています!そうでしょう!?」
両手を握りしめられ、力説された。
きっとステージを睨みつけていた姿が、ヒーローショーへの情熱に脳内変換されたのであろう。
とんだ勘違いだ。
しかし、ここまで期待されてしまうと、違いますと手を振り切っていくのも情がない。
何より、幼い頃から誰かに期待されるなんて一度も経験しなかった鉄男である。
小男を救いたい気持ちと情報収集を急ぎたい気持ちの板挟みに迷っていると、木ノ下がボソボソ話しかけてきた。
「しょうがねぇ、ここはオッサンに併せてやろうぜ。工事中のアトラクについて、もう一回聞くチャンスもあるかもしんねぇし」
鉄男はコクリと頷き、小男へ囁いた。
「……俺に出来ることがあれば、何でも協力しよう」
「本当ですか!?あぁ、よかった……勇気を出して声をかけて良かった!」
小男は笑顔で空を仰ぎ見ていたが、やがてくるりと振り向いて「あ、そうそう」と名刺をポケットから差し出した。
「あたしゃ、いや、私はベイランドスタッフの末広 乱童と申します。ヒーローショーを担当しております」
今更営業スタイルに戻られても、違和感絶大だ。
「普通でいいッスよ」と木ノ下も頭をさげ、「俺は木ノ下、こっちは辻だ」と簡単に自己紹介を済ませる。
「ん?あなたもご同行するんですか?」
意外そうに末広には片眉をあげられて、些か機嫌を悪くしながら木ノ下は頷いた。
「そりゃそうですよ。俺のツレだっつったでしょ、彼は」
「ふむ……まぁ、いいでしょう。怪人役に混ざってもらえれば」
末広は何やら呟いていたが、鉄男へは笑顔で振り返り、同行を促した。
「近くに工事中のアトラクションがあるんです。今はヒーローショーの休憩室にも使われていましてね。そこで詳しいお話をするとしましょう」
なんと、労せずに目当ての場所が見つかりそうだ。間髪入れず、木ノ下は尋ねた。
「そ、そこって、どんなアトラクションを作る予定なんです?」
勢い込んだ木ノ下に驚く事なく、末広が答える。
「計画が始まった当初は、びっくりハウスを作る予定だったらしいんですがね。着手しようにも、工事の手が集まらなくて放置同然になっているんです」
「工事の手が?しかし……」
箱物だったら、すぐに作れそうではある。鉄男の疑問へ答えるように、末広は頷いた。
「そうなんです。引き受けてくれる業者が見つかっても、途中で問題が起きて作業を投げられてしまう。どこもそうなんですよ。なんだかんだ言い訳しては、依頼を放棄されてね。皆、首を傾げていますよ。もう、あそこにはアトラクションを作らないで事務室を作ろうって話も出ているぐらいでさ。どうせだったらヒーローショー用の事務室にしてほしいと、私なんかは意見しているんですがね」
「詛われた一角、とか?」
幽霊のように両手をさげて茶化す木ノ下に、末広も苦笑した。
「そうかもしれませんね。お化け屋敷を作ったら、流行るかもしれないな」
気持ちの悪い話だ。
しかも、そこで話をしようというんだから、この末広も大した度胸の持ち主だ。
歩きかけた鉄男は、突然足を止める。
「どうした?」と問いかける木ノ下や末広を手で制し、大声で怒鳴りつけた。
「さっきから俺達をつけている奴!気づかれていないとでも思っているのか!?」
びっくりした顔でアベックが見守る中、ビクビクオドオドしながら姿を現したのは遠埜メイラであった。
「あ、あれ?メイちゃん、どうしてココに?」
驚く木ノ下へ、申し訳なさそうにメイラが頭をさげる。
「え、えっと、あの。出かけていく教官達を見つけたので、つい、好奇心で」
好奇心でついてきたと言われても、候補生の外出は休日以外禁止されている。
「駄目だろ、勝手に出てきちゃ。学長に許可も取っていないんだろ?」
「すみませぇ〜ん」と口では謝りつつも、ちらっとメイラは上目遣いに木ノ下を見上げ反論してくる。
「でも、木ノ下教官だって休日じゃないのに外出してるじゃないですか」
「俺達はいいの。学長から許可もらっているし」
「許可を?でも、どうして」
驚くメイラを横目に、鉄男が木ノ下の袖を軽く引っ張る。
「全部話すつもりなのか」
ヒソヒソ囁いてくる鉄男へ、木ノ下もヒソヒソと言い返す。
「まさか。極秘任務だぜ、とにかく適当な理由を――」
「もしかして、デートですか!?」
頓珍漢な推測に「あ?」となって二人が振り返ってみれば、メイラは目を輝かせている。
「休日でもないのに二人で遊園地に来るなんて、デートですよねっ。ベイクトピアに不慣れな辻教官をエスコートする木ノ下教官……やだ、ここから愛が始まりそう!」
唖然とする鉄男や末広を前に、木ノ下が慌てて彼女を窘めにかかる。
「こら、メイちゃん!他の人も見ている場所で、妙な妄想をぶちまけるんじゃないっ」
だがメイラも然る者、ふるふると首を振って可愛らしく微笑んでみせる。
「妙な妄想じゃありません。乙女の腐妄想ですよぉ〜」
「ふもうそう?」と鉄男が呟く横では、末広が「まさか本当にデートだったとはねぇ」と悩ましげに首を振る。
「ち、違いますってば!」
再度デート疑惑を打ち消してから、木ノ下は、やや怖い顔を作ってメイラに詰め寄った。
「俺達の用事なんか、どうでもいい。問題は君が校則違反している件だ。さぁ、帰るぞ。皆も心配しているだろうからな」
「え〜?」とメイラは不満に口を尖らせ、かと思うと、ひょいっと木ノ下の肩越しに鉄男と末広を見やる。
「けど、今からやるんでしょ?ヒーローショーの打ち合わせ。やるって言っといて帰っちゃうのは無責任だと思うなぁ〜。そうでしょ?そこのオジサン」
どこまで話を聞いていたんだと鉄男は驚くが、末広の反応は素早かった。
「お嬢さん、ひょっとしてヒーローに興味あるんですか?」
話をふられて、木ノ下が止める暇も与えず、間髪入れずにメイラが頷く。
「うん!すっごく興味あります」

――かくして。
遠埜メイラを加えた四人は、工事中のアトラクションスペースへと足を運んだ。
次の休日に行われる予定のヒーローショー出演について、詳しく話をまとめる為に。


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