合体戦隊ゼネトロイガー


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act3 聞き込み開始

いくら隠したところで、嘘のつけない人種というのはラストワンにも存在する。
連日乃木坂研修の件をしつこく問いただされ、うんざりした教官達は学長室に集まった。
「隠し通すのは無理ですよ、今はネットもあるし」
切り出したのは木ノ下で、手元の携帯機で検索結果を皆に見せる。
パイロット養成学校の情報がずらりと並んでおり、内何校かは独自のサイトを持っていて、学校行事案内が閲覧できるようになっていた。
「問い合わせられたら、どこが研修を受け入れているか否かも簡単に判っちまいます。現にモトミが俺に聞いてきましたよ、今はどこも研修生を募集していないのに乃木坂教官はどこの学校へ行ったんだ?って」
「勘の良い子は、もう気づいているかもしれないねぇ」と、ツユも同意する。
最上級生の間では、研修は嘘ではないか疑惑もあがっている。
時期が中途半端だし、直前告知がなかったのでは勘ぐって当然であろう。
「しかし何と伝えるつもりだ。乃木坂が空からの来訪者に誘拐された、とでも?」
難色を示したのは剛助で、事実がはっきりするまで生徒に教えないほうがいいと彼は言った。
「確かにハッキリそうと決まったわけじゃないけどさ、状況が状況だし、そう考えてもいいんじゃないの?」
即座にツユが反論し、学長を見る。
「どうするんです、学長?生徒達にバラすのか、まだ隠しておくのか」
それに対する学長の答えは「真実が判るまで、もう少し待ってくれ」であり、御劔の視線が木ノ下を捉える。
「辻くんの謹慎を今日から解く。情報収集を頼むぞ」
「わ、判りました!」
「情報集め、ホントにこいつらだけで大丈夫ですかねぇ」
慌てる木ノ下を横目で眺め、不審がるツユに学長は微笑んだ。
「全員で動くよりは目立たないだろう。それに木ノ下くんと辻くんは、いつも一緒にいることのほうが多いからね。候補生の皆も変に勘ぐったりしないんじゃないかな?」
「そういうもんですかねぇ」
意味深な言葉にギクリとしたのは木ノ下ぐらいで、ツユと剛助は半信半疑ながらも納得した。

候補生の殆どが、木ノ下と鉄男は年齢が近いし部屋も一緒な為、仲良しである――そういう認識を持っている。
だが、そうではないのも何人かいて、中でも一番執拗に二人の仲を疑っているのが最上級生の遠埜メイラだ。
疑っている、というのは正しくない。
二人の仲を誤解している、といったほうが正しい。
彼女は男性同士を恋愛感情で結びつけ、勝手に二人がラブラブだと妄想する、想像力の逞しい夢見る乙女であった。
「ねねね、最近の木ノ下教官と辻教官、だいぶ急接近してきたんじゃない〜?」
今日も教室で同級生の昴とヴェネッサに腐った妄想を持ちかけては、二人に呆れられていた。
「そんなことないって、単に仲良く話しているだけじゃないか。ったくメイラくんは、いつもそればっかりだね」
心底呆れた調子で昴が突き放し、逆にヴェネッサは問いかける。
「どうしてメイラは、あの二人が気になるの?私達が今、気にかけなくてはいけないのは、乃木坂教官の行方ではなくて?」
「そりゃあ、もちろん乃木坂教官の事は気になっているわ。けど、情報が何も入らないんじゃ、どうしようもないじゃない」
ぷぅっと頬を膨らませてむくれたのも一瞬で、すぐにメイラは気を取り直す。
「そ・れ・よ・りぃ〜。急接近してきた二人の仲が、どこまで進むかのほうがミモノじゃない?」
「全然」
全く気のない素振りで昴は席を立ち、戸口まで歩いていってからメイラを振り返る。
「……君は気楽でいいよ。僕は乃木坂教官が気がかりで、もう何日も寝不足だ。情報は確かにメイラくんの言うとおり何も見つからない。けどね、糸口はないこともない」
ヴェネッサが驚いたような顔で彼女を見つめた。
「アテがあるというんですの?」
「まぁね」と言い残すと、昴は教室を出て行った。
「ふぅ〜ん……だったら教えてくれてもいいのに」
ポツリと呟くメイラへ、ヴェネッサがフォローに入る。
「確実だと判るまでは言葉にしたくないのではないかしら。あの子は、そういうところは堅実だから」
「堅実ね、要はリアリストってわけ。まぁ、いいわ。昴が一人で調べたいなら、好きにすればいいし」
メイラも席を立ち、出て行こうとするのをヴェネッサが呼び止めた。
「あなたも調べ物を?」
「うん」
「何を調べるおつもり?」
「もっちろん!木ノ下教官と辻教官、二人の愛のお出かけを尾行するのよ」
メイラに元気よくストーカー行為を宣言され、一気にヴェネッサの興味は失われた。

鉄男の謹慎が解けて、まず最初に木ノ下のした事とは、鉄男を誘って中央街へ出かける。それであった。
休日以外の外出許可も貰っている。
一刻も早く乃木坂の消息を知る為にも、急がなくてはならない。
――というのは、建前で。
木ノ下の興味は、鉄男の中にいるシークエンスの解明探求に注がれていた。
実際に接触したのは一度きり。乃木坂が行方不明になった、あの日だけだ。
彼女は不思議な事を言っていた。
鉄男とシークエンスは同じ器を持つ者だけど、体と心は別物だと。
器とは、何を指しているのか。
体は別だと言うからには、器イコール肉体ではないようだが。
二つの肉体が、その器とやらの中に入っているというのも想像がつかない。
人間は生まれた時から、魂も肉体も一つしか持ち得ていないはずである。
両性器具の可能性も考えてみたが、風呂場で見た鉄男の体を思い出すに、その線も捨てた方がよさそうだ。
一番近いのは二重人格かもしれない。
普段とは違う、もう一つの意識が鉄男の中には潜んでいる。
その意識が肉体にも影響を与え、女体化させている?
二人の人間が一つに合さっていて何かの拍子で分離すると考えるよりは、幾分マシな気もする。
とにかく、もう一度シークエンスを呼び出す必要がある。
学長も期待している存在、シークエンス。
彼女はラストワンにとって、どんな希望の星となるのだろう。
ちらりと後方をついてくる鉄男を一瞥し、次の瞬間には木ノ下の鼻の下は伸びきっていた。
こうして鉄男と二人っきりで出かけるのは、何週間ぶりだろう。
もう何ヶ月も一緒に出歩いていなかった錯覚を起こしてしまうほど久しぶりに感じた。
「て、鉄男。今日は聞き込みがてら、俺オススメの定食屋にも連れてってやるよ」
聞き込みは重要な使命だというのに、どうしても頬肉が緩んでしまう。
それもこれも、普段の鉄男が口下手でシャイなせいだ。
受け持ち生徒には強気な態度を取るくせに、何故か木ノ下には遠慮というか恥ずかしがっているフシが見受けられる。
今日も、やっぱり鉄男は木ノ下のほうを見ようともせず、俯きがちに答えた。
「あ、あぁ……今日は、宜しく頼む」
「堅苦しくならなくていいって!もっとリラックスしていこうぜ、あんま緊張していると怪しまれっちまうし」
バンバンと力強く背中を叩いたら、困ったような、それでいて、どこか嬉しそうな瞳が木ノ下を見上げてくる。
身長は鉄男より木ノ下のほうが高い。それでいて、鉄男のほうが筋肉質だ。
「やっぱり、理想よね……凸凹コンビは萌えの基本だわ」
二人の後をつけながら、ポツリとメイラは呟いたのだった。

中央街で聞き込みをせよと命じられた時は随分漠然とした話だな、と鉄男は思ったのだが、木ノ下には、ちゃんと通じていたようで、彼は中央街につくや否や件の焼肉屋へ直行した。
「ここで別れたんだよな?で、お前は焼肉屋の前で時間を潰して、乃木坂さんはどっちの方角に歩いていったんだ」
「確か北、だ……」
北を指さす鉄男に、木ノ下も北を見やり、なるほどと頷く。
「よし、なら乃木坂さんが歩いたと思わしき方角を重点的に探していくぞ。ここ数ヶ月で街に変わったことがなかったかを調べていたんだよな?あの人は」
「あぁ」と頷く鉄男に、木ノ下がにっかりと歯を見せて笑った。
「なら地道に聞き込みしていけば、空爆前の異変に気づいた人にも出会えるかもしれないな」
どうだろうか。
あの空爆で、だいぶ人が亡くなったと聞いた。
しかし、やる前から無駄だと決めつけていては何も始まらない。
鉄男は大人しく木ノ下の後をついていき、さっそく通行人を呼び止めて話を聞く彼を、そっと見守った。
ほとんどの者が知らないと答え、或いは素っ気ない返事をして通り過ぎていく。
例の空爆後、中央街の空気が変わったと鉄男には感じられた。
以前は、もっと賑わっていたし、人々の表情にも余裕が伺えた。
今はどうだ。誰もが早足にこの場を通り過ぎようとし、歩く人達の顔色も俯きがちに暗い。
寒々しい周りの情景に鉄男が目をやっていると「やっぱ駄目だな、地上街は」と木ノ下が呟く。
「地上街?」と聞き返す鉄男に頷き、木ノ下は「地下街行ってみようぜ」と誘ってきた。
「地下にも街があるのか」
「……えっ?お前、もしかして知らなかったの」
驚く鉄男に木ノ下も一瞬ぽかーんとして、思わず聞き返してから、すぐに訂正した。
「っと、そうだよな!鉄男はベイクトピア来て日が浅いんだもんな、知らなくても当然か」
羞恥でポッポと赤くなる鉄男に気を遣ったものらしい。
「よし、じゃあ聞き込みがてら地下街を案内してやるよ!」
突然ぎゅっと手を握られ、えっ?となる暇も与えられないまま、引きずられるように鉄男は走り出す。
走らなくても地下は逃げない、そう言おうとしたが下りの急な階段が迫ってきて、ひとまず転げ落ちないよう階段を駆け下りた。
煉瓦の壁に囲まれた地下道を通り抜けると、一気に開けた場所へ出る。
地上にある店舗も種類が多かったが、ここはそれ以上だ。
遠目に大きな樹木が見える。地下で緑を見るとは。
鉄男の視線を辿り、木ノ下が微笑んだ。
「ベルトツリーか?休日なら登れるんだが、今日は無理だな。また今度、一緒に来ようぜ」
「ベルト……ツリー?」
首を傾げる鉄男へ、こくりと頷く。
「あぁ、ベイクトピアのシンボルツリーだ。昔は地上に生えていたそうだけど、空爆が酷いってんで地下に避難させたって話だよ」
木ノ下もニケア人のはずなのに、いやにベイクトピアの歴史に詳しい。
それを鉄男が褒めると、彼はテレ隠しに頭をかいて、苦笑した。
「全部生徒からの受け売りだよ。ユナやマリアが教えてくれたんだ。あいつら、ああいうデートスポットは大好きだからなぁ」
「で……デート、スポット……?」
ちらりと鉄男が木ノ下の顔を見上げると、木ノ下はジッとツリーを眺めていたが、視線に気づいて振り返る。
「うん?あぁ、デートスポットだ。こういうのは鉄男も覚えといたほうがいいぞ?候補生と、そのうち行くことになるかもしんねーし」
「精進する……」
来たるべき試練の日を想像して、がちがちに硬くなる鉄男の背中を木ノ下の手が軽く叩いてくる。
「はは、そんな気張らなくたって大丈夫だって!何度もいきゃ〜嫌でも覚えるだろうし」
言われたことを脳内で反芻し「……何度も?」と鉄男が聞き返す頃には、木ノ下はだいぶ前を歩いており、立ち止まって早く来いよと促してきた。
慌てて追いつく鉄男に「そうだよ、俺と何度もくれば道も覚えて一石二鳥だ」と何でもないことのように頷くと、木ノ下は手近な店の戸口に立ち「そんじゃ、聞き込み再開といきますかぁ」と再び号令をかけた。
何をするにも自分と比べて、手慣れている。
聞き込みにしたって、要点を判りやすくまとめて相手が話しやすいよう誘導している。
何から何まで自分には不可能な事を、いとも容易くやってしまう一年上の先輩に、鉄男は羨望の目を向けた。
どうやれば、ここまで異境の地に慣れることが出来るのか。純粋羨ましい。
鉄男は故郷の地でも馴染めなかった。いつも孤独だった。
ベイクトピアに来て、木ノ下と出会って、やっと人間として当たり前の生活が出来るようになれた。
この場所にずっと居たい――着任したばかりの頃とは違い、そんな風にも思い始めていた。
「おい鉄男、やったな!とうとう手がかりの第一歩発見だぜ」
いきなり大声で叫ばれ、鉄男はハッと我に返る。
木ノ下が満面の笑みを浮かべており、「よっしゃあ、お次は遊園地だ」と呟くのも聞こえた。
「遊園地?遊園地になにが」
小さく尋ね返すと、木ノ下には怪訝な顔をされた。
「ん?ちゃんと聞いてなかったのか?駄目だぞ、人の話は聞かないと。さっきの人が言ってただろ。最近ベイランドに、いつまで経っても建設の終わらない地域が幾つかあるって」
周りを見渡しても情報源は既にいない。
遊園地に、永久に工事の終わらない区域がある。
ベイクトピアの住民が不思議がるぐらいだ、そこに何かがあると考えてもいいだろう。
「行こうぜ、遊園地に」
きりっと真面目な顔で言う木ノ下へ鉄男も真摯に頷くと、控えめな小声で、つけたしておいた。
「それと、手を離してもらえると有り難いんだが……」
「えっ?あぁ!う、うん、悪ィ、その、はぐれないようにって思ってさ」
バッと手を離した木ノ下が泡を食って言い訳するのを聞き流しながら、鉄男も恥ずかしさに頬を赤らめ、先を促した。
「……急ごう。情報は早めに、と学長も言っていた」
「お、おう!」
バタバタと忙しなく走っていく二人の後を、さらにメイラが追いかける。
「もぉ、辻教官ったら恥ずかしがり屋なんだから。でもバッチリ撮っちゃったもんね、ラブラブお手々繋ぎの現場」
なにやらポツリと、こちらも頬を赤らめて呟きながら。


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